第11話


「我は知りながら黙っていた。いや、歴代の皇帝は皆そうだった。知りながら隠してきた。帝国の権威の上で甘えてきたのだ。自分の代は安泰だと自らに言い聞かせ、五百年前の責任を次代の皇帝に回してきた。だが、我は待っていたのかもしれない。お前のようにこのアラザム帝国の罪をさらけ出してくれる者が現れるのを」


 皇帝はゆっくりと口を開いた。

 俺様は黙っていた。あちらが俺様の真の姿を知りながらだまっていたように、俺様もまた黙っていたのだ。皇帝の戴く冠に、歴代の皇帝の記録が残されていることを知っていることを。


「別段、お前をかしづかせたいわけではない。ただ、誰かにきっかけを作って欲しかっただけだ」


 皇帝はさもつまらなそうな顔をして俺様を見た。だから俺様はニヤリと笑ってやったのだ。


「さて、我の皇帝たる技量を見せねばなるまい。……皆の者よく聞くがいい」


 皇帝がそう言って手のひらをこの謁見の間に集まった人々に向けた。これはそう、皇帝からの勅命である。まぁ、俺様には向けられてはいないんだけとな。


「ひとつ、中央大陸にある破壊されし神殿を復元せよ。神官たちは復元するに必要な資料を早急に集めよ」


 皇帝はそう告げるとそのまま退室してしまった。後に残された人々はだいぶ戸惑っている。どうしたらいいのか分からないようだ。仕方が無いので俺様がヒントをくれてやるしか無さそうだ。


「アカデミーの封印されし間に禁書がある。まずはそれを読めばいい」


 俺様はゆっくりと椅子から立ち上がった。魂の姿のまま、長い黒髪をなびかせてゆっくりと振り返ると、先程まで座っていた椅子を自宅へ転送する。そうして俺様が歩き出せば、当たり前の顔でジェダイドが着いてきた。


「アカデミーに行かれるのですか?」

「馬鹿言え、なんで俺様が動かねばならない?皇帝は神官たちに命じたじゃねぇか。俺様は休むに決まっている」

「そうですか、分かりました。このジェダイド、全力でアトレの睡眠を応援致します」


 昼寝を全力で応援されてもなぁ、とは思うのだが、確かにジェダイドは俺様の昼寝(サボり)を全力で守ってきたのだった。今更なので止めはしない。俺様寛容だからな。

 で、俺様は部屋に戻る頃にはまたちびっ子の姿に戻っていた。魂の姿になるのはなかなか魔力の消費が激しいのだ。そんなわけで、部屋に入るなりジェダイドのやつは当たり前の顔をして、俺様の着替えを手伝ってきた。


「さぁ、アトレ、いえ、ウェンリー、お昼寝を致しましょう。寝る前にトイレに行った方がいいですね」


 そう言って俺様を抱き抱えトイレに連れ込もうとする。2度目は無い!俺様一人で出来るのだ!!


「はなちぇぇ、一人でできるにょだぁぁ」


 俺様抵抗虚しくトイレに連れ込まれ、ジェダイドにしっかりとサポートされてしまったのである。屈辱(2度目)である。


「お布団をかけて、いい夢を見ましょう?」


 そんなことを言いながら、ジェダイドは部屋の明かりを暗くする。と言うか、俺様のスペースだけ暗くした。流石である。空間魔法との合わせ技なんて、流石は帝国一の光魔法の使い手だ。本来の意味と違うけどな。


「いいゆめ、きゃ……それはなんのことをいっちぇいるにょだ……」


 ジェダイドのやつ、なんのことを言っているのだろうか。俺様、今世ではなかなか、幸せな人生だぞ。まだ五歳だけどな。だからといって、前世が不幸だった訳でもないんだがな。

 いつ、どうやってかは知らないが、俺様の親は俺様を死なせないためにギルドで、俺様をローダ帝国に売ったのだ。そのおかげで俺様は無事に育った。俺様を売った金で俺様の親もそこそこまともな暮らしができたことだろう。多分な。



 ――――――――――



  歳の近い黒髪の子どもが大勢いた。いつからなのかはまったく分からない。けれど、ふと気がつくと部屋には同じような黒髪の子どもが沢山いたのだ。


「ねぇ、なんて言うの?」

「え?なにがだ?」


 目の前に同じような黒髪の子どもがいた。ニコニコとしていて俺様と違い愛嬌のあるやつだ。癖のある黒髪がふわふわと揺れている。


「うーんと、名前?」


 ふむ。名前を聞いてきていたのか。なるほど、確かに名前が分からなければ呼ぶことが出来ないからな。知ることは重要だ。


「俺はね、ダスマン」


 ほほう、名乗ったぞ。まずは自分からなんて、なかなかまともなやつだ。


「俺はアトレだ」


 お互い名乗りあった。分かってはいるけれど、やはり互いに苗字は持ち合わせていないようだ。なんとなく分かってはいた。ここにいる子どもたちは全員が黒髪だ。歳は近いようだけれど、体格にバラツキが激しい。

 俺様がそうだったように、こいつらも全員そうなのだと思った。もちろん男だけでなく女もいる。艶やかな黒髪が、腰の辺りまであってよく手入れをされているのが分かる。着ているものはみな普通だ。特別に豪華な物を着ているものはいない。


「だいぶ集まったようですね」


 きっちりとした服装の大人がやってきた。いかにも身分がありそうだ。だからと言って威圧的な態度をとる訳ではなく、背筋を正して美しい動きをする。


「ようこそ、闇を纏いし子どもたち」


 耳通りの良い声で言われ、俺様たちは互いを見た。互いが同じような黒髪であること認識した瞬間だった。

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