第10話 昔話をしてやろう


 俺様が発した一言で、回りの空気が止まってしまったかのように静かになった。誰も隣にいるものにさえ確認をしようとさえしない。

 もちろん、ジェダイドでさえ瞬きを忘れて俺様を見つめたまま動かない。その目は『本当ですか?』といつものように問いかけることさえ忘れているようだ。


「今から五百年ほど前の皇帝は、その妻を大変に愛していた」


 誰もが声を発することを忘れてしまったようなので、俺様はこのまま話し続けることにした。



 ――――五百年ほど前、この帝国の皇帝であったアルカシオンはその妻アリアをとても愛していた。

 二人がとても中睦まじかったのはその子どもの数にも現れている。皇子が四人に皇女が三人。帝国と呼ばれる程に国土が大きければ、大勢の皇子は争いごとの元になるから嫌煙されるものであった。だがしかし、皇帝と皇妃がたいそう仲睦まじかったためか、後継争いは起きず、皇子たちはそれぞれ巨大な帝国を守る為の役割をきちんとこなしていた。

 皇女たちは力の均衡が保たれるように、帝国内の貴族の元に嫁いで行った。そうして、皇子たちにも子どもができ、穏やかな時を迎えようと皇帝がその玉座を譲り渡そうと考え始めた頃、皇妃が病に倒れた。

 初めは風邪が長引いただけであったが、年齢的なものあったのか、皇妃はなかなか床上げが出来なかった。それにより、光魔法で治癒を施したが、皇妃の体調は元には戻らない。既に年齢的に体力の向上が見込めなかったため、闇魔法の使い手が皇妃の心を穏やかにするための処置を皇帝には内密に施していた。

 それは皇妃の願いでもあり、母を慕う皇子たちからの願いでもあった。しかし、愛する妻を失いたくない皇帝は安らぎを与える闇魔法の使い手たちの存在を疎ましく感じていた。

 光魔法によって皇妃の体調は見た目上は良くなってはいたけれど、結局は体力が回復されず皇妃は儚くなった。

 皇帝の最愛の妻である皇妃の葬儀である。帝国を上げて大々的に執り行われるかと思いきや、皇帝は皇妃の死を受け入れなかった。闇の神殿に所属する闇魔法の使い手たちの施す、安らぎの地への旅立ちの儀式を拒んだのだ。

 本来なら葬儀をし、闇魔法によって旅立ちの儀式を受け、闇の神殿にある門を通って死者の魂は安らぎの地へと向かう。そこで魂の穢れを落とし、光の神殿の門を通りこの世界の肉体に入るのだ。

 しかし、皇帝は愛するあまり皇妃の魂を旅立たせることを拒んだ。皇妃の遺体を保管するためにガラスの棺を作らせ、光魔法をかけさせた。そうして、一度離れた魂を肉体に戻そうとしたのだ。

 反魂は許されない魔法であるため、帝国内にいる闇魔法の使い手たちは拒絶した。正式に旅立ちの儀式が行えないとしても、道標はかざせるため、闇魔法の使い手たちは闇の神殿への道標を唱えた。

 だが、それを知った皇帝は激高し、皇妃の魂を拐したとして、闇魔法の使い手たちを処罰し始めた。命の危機を察した闇魔法の使い手たちは、帝国をあとにするが、その逃げる先は闇の神殿である。

 皇妃の魂を安らぎの地に行かせたくない皇帝は、一石二鳥と闇の神殿の破壊を命じた。闇魔法の使い手の逃げ場を無くし、同時に皇妃の魂をこの世界に留まらせるためだ。初めて皇帝より大々的に命じられた討伐に兵士たちは戸惑いはしたものの、逆らえるはずもなくその命令に従った。

 

 中央大陸にある闇の神殿は、光の神殿と対を成す。

 その存在はアラザム帝国だけのものではなく、この世界の全ての国々の為のものであった。闇の神殿が襲撃を受けたため、闇魔法の使い手たちの大半はその向かい側にあるローダ帝国に逃げた。さすがにそこまでは追って来られないからだ。

 だがしかし、闇の神殿が破壊されたことにより、ほかの国々は猛烈に反発をした。闇の神殿はアラザム帝国が建てたものでは無い。はるか昔に人々がまだ中央大陸にのみ暮らしていた頃に建てられたものだ。そして、その役割もこの世界の人々が知っている。


 それでも、アラザム帝国は今回の事態について一切詫びず、またその理由も明らかにしなかった。ただ、闇魔法の使い手たちは騒動が静まったあともアラザム帝国に戻ることは無かった。

 そうして、皇帝が代替わりをし、第一皇子が皇帝の座に着いた時も、アラザム帝国は近隣諸国に何も言わなかった。それはけっして沈黙を貫いたからではない。死した皇帝と、その妻の遺体が動き出してしまったからだ。しかも、その肉体に宿ったのは確かに二人の魂だった。

 しかし、皇妃はこの現状を嘆きこの体を滅ぼせと言い、皇帝は互いに蘇った事を賛辞した。だが、一度魂の抜けた体は、再び魂を入れたところで滅びの運命からは逃れられない。どんなに光魔法で浄化をしても綻び朽ちる。そうして、その肉体に引きずられるように魂も歪んでいく。

 そうして、皇妃が滅びゆく肉体に宿る魂から叫ぶ。「この体を討ち取れ、そうして、 燃やせ」と。

 最初は親に手をかけることを躊躇った皇子たちであったが、皇帝の魂の歪みが酷くなるにつれ、魔獣が城内に現れるようになり、涙を流しながら二人の体を剣で断ち切った。そうして、魔法でその場で骨も残らぬほどに焼いたのだった。


 そのようなことがあったため、アラザム帝国は近隣諸国に何も話せなかったのだ。そこに深い愛があった故とは言えど、禁忌に手を出したことはけっして許されることではない。

 故に、アラザム帝国はこの件についての記述を隠匿した。そのせいで、帝国に歪んだ噂が広まってしまうことに気づかなかった。


 追放された闇魔法の使い手たちがアラザム帝国を呪っている。


 皇帝と皇妃の死体が動き出し、城内に魔獣が現れたのを闇魔法の使い手たちからの呪いと噂が広まってしまったのだ。人の口に扉は立てられない。城内の騒ぎを盗み見した程度の侍女たちの口から、城下に広まったのだろう。

 その噂が途絶える頃には帝国内に魔獣が、増え始める。安らぎの地に行けぬ魂がさまよった結果であった。だが、真実を知らぬ人々は増える魔獣や穢れを見てはまことしやかに口にするのだ。


「闇魔法の使い手たちが呪いをかけている」


 そうして、その噂を誰も否定しないまま年月だけが過ぎていく。アラザム帝国には闇魔法の使い手がいないから、死者の魂は安らぎの地にたどり着けない。光魔法で浄化をしても、安らぎの地で穢れを落とした訳では無いから輪廻転生の輪に入れない。そのため、アラザム帝国の人口はゆっくりと減少していくのだった。




 俺様が語り終える頃、大広間に集まった人々は随分と静かになっていた。俺様の話の真偽はともかく、皇帝と皇妃の名前は実際にいたのだから、歴史を習った際に当然知っている名前だ。ただ、何をしたのか書かれていないだけなのだ。

 だからこそ、俺様の話に恐怖しているのだ。長い帝国の歴史において、なんの記述もなく、墓のない皇帝。皇帝と皇妃だけが眠るはずの墓に、この二人の名前が刻まれた墓だけがない。何故なのか、近年になって学者が調べ始めたが、未だ解明されていない。その答えが今明かされてしまったのだ。


「そ、それが事実と言うには、なんの証拠もないではないか!」


 静まり返った大広間で、ようやく声を上げたのは一人の貴族だった。赤毛混じりの癖のある頭髪に、若干小太りな体型。豪華な飾りボタンの着いた上着を着ているあたり、典型的なボンクラ貴族だろう。俺様にとっては、そんなやつなんか敵ではない。なぜなら、証拠がないのはこの帝国だけだからだ。


「証拠はある」


 そう言って、何かを手にした男が前に出てきた。その手には数冊の古びた本。俺様の記憶にもある歴史書だ。ローダ帝国並びに周辺の国々の学校で使われているものなので、古本屋に結構並んでいるものだ。


「それをこちらに」


 ジェダイドがその男に歩み寄る。目を凝らしてみると、その男はこちらにいる黒髪の子どもジョエルの父親だ。


「私は商人ですから、仕入れのために近隣諸国に赴きます。その際、この帝国と他国の違いを痛感します。そうです。他国には黒髪の魔法使い、闇魔法の使い手が普通に街を歩いているのです。それが当たり前で、誰も迫害など受けてはおりませんでした。私は不思議に思って古本屋に並ぶ歴史書を手に取りました。するとどうでしょう、帝国では習わなかった史実が記載されていたのです。しかもそれはひとつの国だけではありませんでした。どこの国に行っても、歴史の本をめくれば同じことが書かれていたのです。このアラザム帝国が中央大陸にある闇の神殿を破壊した。と」


 数冊あったのは、ひとつの国ではなく、いくつかの国の歴史の教科書を持ってきたからなのだろう。なかなか頭の回るヤツだ。さすがは商人と言ったところか。


「どうぞ皇帝」


 ジェダイドは受け取った数冊の本をそのまま皇帝へと手渡した。皇帝は一冊ずつ中身を確認する。もちろんそばにいる宰相も見るし、見終わったものは侍従が恭しく受け取っている。


「ふむ、確かにその、記述があるな」


 皇帝は考え込むような素振りをしているが、元々答えは決まっているのだろう。


「私もそのような資料なら持っていますよ」


 そう言って前に出てきたのはアルフレッドの父親だ。俺様のことを知っている家庭教師をつけた貴族なんてどんなやつかと思っていたら、アカデミーで俺様を毛嫌いしていたやつだった。


「親愛なるジェダイド様のお言葉の後、我が家に黒髪の赤子が生まれましたので、黒髪を持つ闇魔法の使い手のことを調べたのです」


 そう言いながらも、ジェダイドのやつのそばに嬉しそうに歩いていく。こいつは光魔法至上主義と言うより、ジェダイドを崇拝してやまないジェダイド信者みたいなもので、四六時中ジェダイドにベッタリしていると俺様を目の敵にしていたのだ。逆だ、逆。


「なかなかいい資料を揃えましたね」


 ジェダイドはタイトルを見ただけで内容がわかったらしい。そうしてそれをまた皇帝に手渡した。皇帝もタイトルを見ただけで頷いた。


「ふむ、アトレよ」


 皇帝がようやく口を開いた。


「最初にお前は問うたな、かしずかせたくば技量を示せ。と、我はずっと考えていた」


 皇帝は玉座の肘掛を指先で軽く叩く。考えをまとめているのか、それはよく目にする仕草だった。


「我とて節穴ではない、アトレ、お前の真の姿ぐらい見えていた。だから、考えていた。お前の言う技量とは、なんなのか、と」


 さすがは皇帝と、褒めるべきか。俺様の変装を見破っていたわけか。それなのに、何も言わずに黙っていたといたとは恐れ入る。

 

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