第9話


 沈黙が重たい。なんてことをたまに耳にするが、いま現在本当に重たい。本当に静寂は空気後重たいとは、俺様今頃知ったわ。あーすげーなぁ。

 なんでかって?そりゃ、俺様歩く騒音と言われるぐらいにうるさいからな。自分のことを元冒険者としたのも、このやかましいのを納得させるためだった。普通の魔法使いは静かに動くものなんだよな。戦いなんかの時にさ、自分の居場所を知られると厄介だろ?詠唱している時間に攻撃されたらやられちまうからな。

 それなのに俺様はやかましい。何故かって?それは俺様が偉大なる闇魔法の使い手だからだ!そう、つまり俺様は強い。強いが故に、無詠唱なんてことが出来てしまったりするのだ。そんなわけで、俺様静かに移動するってことに無頓着なんだな。

 と、それはさておき、この大広間、謁見の間?すんげい人数がいるのに静かなわけよ。俺様の正体を知って驚きすぎて声を出せないんだよな、きっと。


「月の君が……」

「銀の妖精が……」

「麗しの君が……」


 うん?静けさの中に変な声が聞こえてきたぞ。ジェダイドのやつに論破された神官たちではなく、主に魔法使いたちがいる辺から聞こえるな。


「光の神殿に、あなた方は入れると言うのですか?」


 ようやく、神官の一人がまともな声を上げてきた。


「俺様は入れるぜ?ローダ帝国にいた時代に登録してるからな」

「なっ、ローダ帝国にっ?」


 神官がめちゃくちゃ驚いて声を上げた。そりゃ驚くことぐらい俺様だってわかっていた。


「俺様二十五でこの国のアカデミーに入学したんだぜ?それまでどこで何していたと思ってた?冒険者をしていたなんてことを本気で信じていたのなら、お前ら素直で可愛いよ」

「違うのですか?アトレ」


 隣に立つジェダイドがそんな事を口にするから、俺様、おかしくて仕方がない。ジェダイドは本当に素直なやつだ。俺様の言うことを素直に聞いちゃうんだよな。それが可愛くて学園の頃からそばに置いておいたんだけどな。


「俺様はローダ帝国で神官をやってたんだよ。だから神殿の記録はつぶさに読み込んでいるし、教えられてもいる。そう、中央大陸にある神殿の歴史は誰もが知っている事だ。知らないのはこの帝国の人間だけだ。犯した大罪に蓋をしたから、神殿の祈りの間にこの帝国の神官は入ることが出来ない。罪を認め清算しない限り、この帝国の闇は晴れないし……死者の魂は浄化されない」


 俺様がそう言うと、再び静寂が訪れた。どこかで息を飲む微かな音がする。そう、知っている奴らそれはすなわち神官たちなのだが、他国には黒髪の神官がいることを見ているのだ。そうして、その黒髪の神官たちは、自分たちが入れない祈りの間に入室を許可されているという現実。

 知っているからこそ、神官たちは迂闊に声を上げられないのだ。


「死者の魂が浄化されないとは、なぜです?私たちは光魔法で死者を弔っているのですよ?」


 ジェダイドが代弁者のように口を開いた。


「光魔法じゃ魂は約束の地に旅立てないんだよ。魂は循環するんだ。死者の魂は約束の地で休み前世の行いを浄化し、そうして再びこの世界に生まれる。入口と出口があるのに、この国は出口を無くしちまったんだ。だから死者の魂はこの国に留まり闇になる」

「そ、うなのです、か……」

「そうだ、帰るための出口を見失った魂は、もう一度肉体を得ようとする。だが、約束の地で浄化されていないから新しい肉体に入ることが許されない。それでも肉体を得ようとして獣の肉体に入り込むとそれが魔獣になる」

「っ……」


 改めて事実を聞かされたジェダイドは言葉を失ったようだ。それは神官たちも同じようだ。だが、俺様は分かっている。俺様の近くにいる貴族がプルプルと拳を震わせていることを。


「で、でたらめを言うなぁ!この汚らわしい黒髪めっ!」


 案の定、貴族のひとりが俺様目掛けて突進してきた。まぁ、察するに最近身内を亡くしたのだろう。


「ぎゃっ」


 俺様にたどり着く前にジェダイドの魔法によって拘束された。じたばたと暴れているが、ジェダイドがかけた拘束の魔法によって手が動かせなければ、床に這いつくばったまま暴れるしかない。

 貴族としての矜持はどこに行った?とききたくなるほど見苦しくそいつは暴れた。


「ああ、五月蝿い。お前のような奴がいるからローダ帝国は黒髪の子どもを買いあげるんだよ」


 俺様がそう言うと、どこかでガタンと大きな音がした。音のした方を見れば、皇帝が俺様のことを立ち上がって見つめていた。


「なんだ?皇帝のあんたも知らなかったのか?ローダ帝国はこの国に生まれた黒髪の子どもを金百で買い上げてるんだよ。ギルドを通してな」


 俺様がそう言うと、皇帝は無言で椅子に座った。何かを悟ったのだろう。宰相が皇帝に水を飲ませているのが見えた。


「黒髪の子どもが買い上げられるのは必然だろう?何せこの帝国にいたんじゃ殺されるからな。こんなヤツらに」


 俺様はぞんざいに顎で床に這いつくばる貴族を指した。


「こんなヤツら奴がいるからな、ローダ帝国は魂の循環の安全のために黒髪の子どもを買いあげ育てているんだ。そもそも、お前らこの世界の魂の数が有限だってこともしらないだろう?」

「魂の数が有限?」


 やはり驚きの声が上がった。光魔法だけを教え、光の神殿での作法しか知らない神官たちは、魂の循環についての教えを知らない。


「この世界の魂の数は有限だ。この帝国だけが魂の循環が出来ないまま、五百年ほど経ってしまった。いい加減限界が近い。約束の地にたどり着かない魂が多すぎて、この帝国の人口は減る一方だろう?」

「そ、そうですね。確かに出生率が下がっていることは否めませんね。最近は死産も多いと聞きます」

「つまり、それよ」


 俺様はふんぞり返った態度のまま続けた。


「魂の数に限りがあるからな。どんなに頑張って器を増やしても、そこに治まる魂がなければ、空っぽの器は壊れるだけだ」


 俺様がそう言えば、ジェダイドの顔から表情が消える。心あたりがあるのだろう。その目線が貴族たちの方へとさまよった。侯爵家の次男であるから、最近そういった事が起きた知人がいるのだろう。まぁ、俺様にはどうすることも出来ないから関わらないけたどな。


「まぁ、つまるところ、五百年ほど前にこの帝国の皇帝がしでかした大罪に繋がるわけだ」

「それは、どのような大罪なのでしょう?」


 俺様の話をナビゲートするようにジェダイドが促してくる。本当にジェダイドは俺様のやりやすいように場を動かす。

 だから俺様は用意した言葉を口にすればいいだけなのだ。


「神殿を破壊した」

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