第6話 俺様偉大なる魔法使いなるぞ
「なんて麗しい姿でしょう」
三十五歳の俺様を見て、ジェダイドは恍惚の表情だ。大丈夫か?こいつ。なんて俺様は思ったのだが、ジェダイドに意見を述べるほどの人材は居ない。
「俺様を見抜けたことを褒めてやろう」
「有り難き幸せです」
ジェダイドはそう言うとまた俺様の靴に唇を寄せた。そう何度も人前ですることでは無いのだが、ジェダイドのやつはあえてそうしているのだろう。俺様は椅子にふんぞり返って周りを見た。
どいつもこいつも間抜け面を晒してくれている。隣に座るウォルターは、驚きすぎて俺様の手をつかんだまま離せないでいる。
「で?俺様に何を望む?」
ぞんざいに俺様が言い放てば、ジェダイドは恭しく頭を下げた。
「もちろん、アトレ。あなたの名誉を」
「くだらねぇ。そもそもお前今回のコレは何のつもりだ?」
「生まれ変わったあなたを守るためです」
「はっ、くだらねぇ。お前なら生まれてすぐの俺様を探し出すのなんて容易いだろうが」
「……そ、それは、ですね。その……」
ジェダイドはいい淀み、その瞳が揺れた。
なんだ?ジェダイドのくせして、落ち着きがないな。
「私では赤子を育てられません……から」
「は?」
いやいや、何言ってくれちゃってんの?
「このくらいまでおおきくなれば……私でも世話ができるのではないかと……その」
ジェダイドのやつがごにょごにょと口にしてきた。要するに、赤子の世話はできないから、そこそこ大きくなるまで親の育てさせた。と。愛情を持って、と言うのは、虐待防止のためだったらしい。
なるほど、なるほど。一応は、この帝国での黒髪の子どもの扱われ方は分かってんだな。
まあいい、それなら俺様も、伝えるべきことを伝えてやろうじゃないか。
「ジェダイド、絵本を読んだぞ」
「本当ですか?いかがでしたか?」
「ま、それなりに面白かったが……俺様に関しては間違いだらけだ」
「ま、まちがい?」
「そうだ。お前は黒髪の子どもがこの帝国においてどのように扱われているのか、本当のことを知らない」
「本当の、こと?」
ジェダイドの顔から表情が消えた。
「うちはともかく、こっちの連中は密かに待ってんだぜ」
「待つ?」
ああ、やっぱりジェダイドのやつは何にも知らねーんだな。周りの奴らもジェダイドに気付かせ無いようにしていたな。だが、俺様はそんな配慮なんて気にしてやらない主義だ。
「金だよ。金。なんで帝国に黒髪がいないと思う?忌み嫌われてるから殺されてると思ったのか?違うよ、買われてんだ。他国にな。生まれて間もない赤ん坊なら百程度でギルド経由で買われていくんだよ」
「……………………は?」
本当に知らなかったのだろう。たっぷりと間をあけて、ジェダイドは間抜けな顔をした。そんな顔を見て俺様はおかしくて仕方がないが、周りの連中はそうでもないらしい。みな一様に顔が死んでいる。
「ギルドのな、常設依頼の端っこの方にな、『黒髪赤子金100也』ってな」
「金百とは?」
「金貨百枚に決まってんだろ」
俺様の返事をきいて、ジェダイドはへたり込んだ。それはそうだろう。金貨百枚なんて、平民で稼ごうと思ったら十年はかかる。貴族にとっては端金程度かもしれないが、黒髪を育てることを考えたら金だろう。
「な、なぜ……貴方は知っていたのですか?」
「なぜかって?俺様もそうやって買われていったクチだからな」
「どうして……」
「アカデミーで教えただろ?生まれはこの帝国だがあちこちフラフラしていたってな」
「それは、だって、冒険者を……」
「お前は本当に素直だな。俺様、そーゆーとこ結構気に入ってるからな」
「は、はい」
余計なところで返事が早いやつだ。
さて、俺様の本当の半生を教えてやらねばな。
「ジェダイド、お前に俺様の本当の半生を語ってやる前に、この帝国が犯した罪を教えてやろう」
「帝国が、犯した罪……ですか?」
「そうだ、そこから話さないと、なぜ俺様が買われていったのか説明できないからな」
「帝国の、罪」
ジェダイドが真顔で俺様を見ている。なかなかに面白い。
「アカデミーの封印されし部屋に禁書として隠された本の内容だ。このことを知らないのは世界中でこの帝国の人間だけだ」
「私たち……だけ」
「そうだ、だからこの帝国だけ魔獣が大量に生まれ瘴気が溜まる」
「なぜ?」
「他の国は知っているからこそ助けない。それはこの帝国が未だに罪を認めないからだ。帝国はその罪を闇魔法の使い手に押し付けて隠蔽した。その結果が今だ」
「帝国の罪とはなんですか?アトレ」
「ああ、教えてやる。皇帝と神官どもを連れてこい」
俺様がそう言うと、ジェダイドはこくこくと頭を動かした。
そうして立ち上がると、周りに控えている侍従たちに指示を…………
「あ、あの、アトレ……明日……ではダメですか?」
「俺様は別にかまわん」
「わかりました。では明日ここに皆を集めます」
ジェダイドはそう言って俺様に頭を下げると、すぐさま侍従に指示を出していた。侍従たちは顔色を大層悪くしながら散っていった。
そうして戻ってきたジェダイドは、俺様のことをご丁寧に抱き上げた。
「あちらでお茶にしましょう。あなたの大好きだったお菓子を用意してあるのです」
「ちょれはいいな」
俺様、もうちびっ子だからな、魂の姿でいるには魔力が必要なのだよ。自分の魔力使うと疲れるのよ、まだちびっこだから。
「ウェンリー兄様っ」
抱き上げられた俺様を、下からウォルターが見上げている。
「もちろん、皆さんご一緒してくださいね」
俺様を抱きかかえるジェダイドを先頭に、黒髪のちびっ子とその保護者たちは大広間を後にした。
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