第5話


「にゃんかやだ」


 俺様、ただいま絶賛不機嫌なのだ。

 なんでかって?

 そりゃあ、服が出来たからだ。

 で、そいつを試着しているからだ。


「すっごく可愛いよ。ウェンリー」

「まるで王子様みたいだよ」

「誰よりも黒が似合っています。ウェンリー兄様」


 兄弟たちが俺様を褒めるのだが、オレ様は鏡に映る自分の姿を見てすんってなってしまうのだ。なんか聞いてたんと違うのだ。

 金糸とか銀糸とか言っていた気がするのだが、白いフリフリの付いたシャツを着るなんて想定外もいいところだ。

 何度も言うが、俺様は偉大なる闇魔法の使い手なんだぞ。

 それなのに、フリフリの付いた白シャツなんて着るか?いや、今着てるけど。着たくて着たわけじゃない。着させられたのだ。

 確かに金糸と銀糸で刺繍もある。

 なんかマントみたいな変な形の上着だ。丈が短くて、右肩を完全に覆い隠すデザインだ。俺様右利きだから、手を動かす度にバサバサと邪魔くさい。

 けれどこれがいいらしい。昨今のお披露目会ではこのデザインを着る貴族子息が多いんだとよ。

 俺様貴族子息だったな。

 しかも侯爵家だ。


「絶対、ウェンリーが一番に可愛いから安心して」

「そうそう、ウェンリーの可愛さにかなうやつなんていないから大丈夫」

「ウェンリー兄様が、絶対一番可愛いに決まってます」


 兄弟たちの圧がすごい。俺様、結構ドン引きだ。

 そもそも、ジェダイドのやつに会うのに可愛いは要らんだろう。要件はそこじゃないからな。着飾る必要もないと思うのだが、ジェダイドのやつに会うのが城なんだと。この帝国の皇帝が住んでる城の大広間なんだと。

 いや、ジェダイドは皇帝じゃないよな?

 ジェダイドのやついつから城に住んでるんだ?俺様初耳なんだが。なんにしたってめんどくさいことこのうえないな。城に行くから正装って、誰が決めたんだよ。子どもは除外しろ。



 って、なんだかんだとしていたけれど、結局あの小っ恥ずかしい服を着て俺様は馬車に乗っている。隣には父親、反対側にはウォルターという配置だ。つまり俺様挟まれてるのよね。

 なぜだ、解せん。


「あちがちゅかにゃい」


 前世でもそうだったが、馬車には乗り慣れてはいない。何しろ今世では初めて乗った。揺れてケツが痛いイメージだったのだが、さすがは侯爵家の馬車だ。ケツが痛くならない。柔らかくて座り心地がいい、おまけに背中にはクッションまである。ただ、足が宙でプラプラしているのが気になるだけだ。


「ウェンリー兄様、僕もです」


 隣に座るウォルターも、足をプラプラさせていた。うん、ちびっこには合わせて作ってないよな馬車なんて。基本大人が乗るもんだ。


「二人とも、城に着くまで我慢してくれ」

「はい、父上」


 もちろん俺様もウォルターもそんなことぐらい分かっている。ただ、何故だか子どもにとって、この足がプラプラしているのが面白くて仕方がないのだ。ただそれだけなのに、自分の意思とは関係なく揺れる自分の足が面白いのだ。アレだな、犬や猫が自分の尻尾を追いかけちゃうみたいなもんだな。

 今世では、俺様はじめてのお出かけだから、外を眺めたかったのだけれど、危険だからと言って窓は閉められていた。侯爵家の家紋の入った馬車だけれど、闇の色を纏いし者を何故だか憎んでいる輩がいるんだそうな。

 はて?俺様何もしていないのだが?

 まぁ分かって入る。長きに渡り、この帝国は闇の色を纏いし者を忌み嫌ってきたからな。理由も理屈もなく、ただ黒いから悪。って思われてんだよな。悲しいことだ。

 それでもって、今日この日、城に闇を纏いし子どもが集まる。ってことで、厳戒態勢が敷かれているそうだ。うん、ジェダイドが、迎えに行けばいいのに。なぜしない?

 まぁ、あいつのことだから、ついでにそんな危険思想な輩を駆逐してしまうつもりなんだろう。それじゃなんだ?俺様は囮か?失礼なやつだ。俺様は撃退できる自信しかないが、他の黒髪の子どもは無理だろう。無詠唱なんて出来んだろ?いや待て、貴族なら馬車に乗るだろうけど、平民はどうするんだ?貸馬車か?


「ちちうえ、ひとちゅいいでしか?」

「なんだ?ウェンリー」

「へいみんのこは、どうやってしろにいくのでちか?」


 うん、俺様頑張ったな。最後ちょっと噛んだけどな。


「ああ、それなら大丈夫だ。五年前にジェダイド様が宣言したあと、黒髪の子どもが生まれると城に連絡が入るようになったからな。住む家は兵士が交代で見張りについたし、今日は城から迎えの馬車が出ている」

「ちょ、ちょったんでしゅね」


 そんなことになっていたとは、なかなかやるなジェダイドめ。まぁ、そうしないと黒髪の子どもなんかすぐいなくなっちまうからな。五年後にって、含みを持たせて自己申告させたわけか。

 さて、どんなご対面になるのか俺様楽しくなってきてぞ。





「どうぞこちらに」


 城に着くと、ギリギリまで馬車の乗り入れが出来た事に驚いた。夜会でもなかなか出来ないぐらい城の内部に馬車が乗り入れているのだ。

 ここは要人用の出入り口のはずだ。二重扉で、屋根付きの馬車止めは、暗殺対策も兼ねている厳重な警備が敷かれている。そんなところに五歳のちびっ子が降り立つなんて、前代未聞だろう。

 俺様は父親の後について歩いた。もちろん、なぜだかウォルターと手を繋いでいる。ピカピカに磨きあげられた廊下は、人気が無さすぎだけどな。


「ふぁぁぁ」


 で、着いた大広間は謁見の間だった。

 ここ、皇帝と顔を合わせる場所だよな?俺様驚きすぎて変な声出たぞ。先に来ていた黒髪のちびっ子とその保護者が椅子に座っているのが見える。

 で、緊張しているのか俺様が変な声出しても誰も振り返りもしなかった。そりゃそうだろう。


「今しばらくお待ちください」


 席に案内され、丁寧に頭を下げられた。

 ジェダイドほどではないけれど、光魔法の使い手が俺様に頭を下げる日が来るとはな。どんな気持ちなのか聞いてみたいところだ。

 俺様の他に五人の黒髪ちびっ子がいた。見た感じから言って、俺様と同じような服装をしているのは貴族の家庭にうまれたのだろう。明らかに平民って感じの保護者といるちびっ子は、今日のために仕立てらしい一張羅を着ている。ちびっ子でもスーツは万能だな。それと、いかにも商売人って見た目の保護者の隣にいるちびっ子は、魔法使いっぽいマントを羽織っている。光沢のある生地からして、素材はいいものを使っているのだろう。

 俺様が黙って周りの人間観察をしていると、ウォルターが俺様の手を握ってきた。顔を見るとニッコリと微笑んできた。ん?もしかして俺様が緊張していると思ったのか?

 そんなわけなかろう。


 あ、ウォルターは光魔法の使い手になるべくジェダイドに顔見せするからいるんだと。


「おまたせしましたね」


 耳通りの良い声がした。

 玉座より手前に、金糸のような髪をなびかせ、白いローブに身を包んだジェダイドが立っていた。いつの間に入ってきた?なんてことを聞くだけ野暮だろう。基本ジェダイドが歩いても足音はならない。なぜなら浮いているからだ。身の安全を守るために常に浮いてるって、なかなかすごいよな。まあ、俺様もしてたけどな。


「素晴らしいですね。この帝国に闇を纏いし子どもがこんなにも生まれているだなんて」


 ジェダイドがそう言うと背中しか見えないが、明らかに前にいる連中が胸を張ったのがわかった。だがしかし、肝心のちびっ子たちは緊張しすぎているのかピクリとも動かない。


「さて、この中に……」


 椅子に座るちびっ子たちを眺め、ジェダイドは口を開いたまま動きをとめた。理由は簡単だ。

 俺様と目があったから。


「どうなされましたか?ジェダイド様」


 最前列に座っているどう見ても貴族らしい保護者が焦った声を出した。明らかにジェダイドの目線は自分より後ろにいっているからな。自分より後ろに何があるのか気になったのだろう。だが、ここで振り返るなんてみっともなくて出来ないだろう。

 俺様は、ジェダイドの顔を見てニヤリと笑ってやった。

 それで悟ったのだろう。ジェダイドのやつは真っ直ぐに俺様の元へとやってきた。俺様の手を握っているウォルターが緊張したのか握る手に力を込めてきた。


「その魂の輝きは間違いありません」


 言うなりジェダイドは俺の前に膝を着いた。そうして恭しく俺様の足を持った。

 足を持ったのだ。

 何事?


「アトレ、あなたの忠実なる下僕である私を許してくださいますか?」


 そう言って、ジェダイドは俺様の靴に唇を載せたのだ。

 もう、俺様パニックよ。いや、俺様だけじゃない。この大広間にいる人全員が目をかっぴらいて動きをとめた。誰も声を出さない。目の前に起きたことを受け止められないのだ。

 もちろん俺様も、なのだが。

 そこは、ほら、俺様偉大なる闇魔法の使い手だからな。


「ふん。俺様に許しを乞うほどの何をした?」


 俺様は寄せられたジェダイド唇から魔力を得て、魂の姿を現してやったのだった。

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