第4話


俺様を兄弟たちになかなか合わせなかったのは、俺様が生まれた時、上の兄二人がちょうど学校に通い始めた頃だったからだそうだ。

学校に通う年齢になったとはいえまだ幼い。うっかり弟が生まれたことを友だちに話してしまわないとは限らない。それに、遊びに来た友だちに見られてしまう可能性もある。だから俺様の部屋は二重扉にされ隠ぺい魔法を施されていたそうだ。

下手に離れなんぞにしてしまうと、怪しまれると考えたらしい。

まぁ、貴族の屋敷ってでかいからな。扉の数と部屋の数が合わなくても誰も気にしない。オマケにこの屋敷、口の形をしているんだよな。俺様の部屋は中庭に面しているから、窓を開けても外部からは見つかることはなかったということらしい。

まぁ、隠ぺい魔法かかってたからな。

それで、俺様に家庭教師をつけるタイミングで兄弟たちに解禁したということらしく、上の兄二人は純粋に弟もうひとり居た。って大喜びしているだけのようだ。

ジェダイドが宣言したことにより、学校などで闇を纏いし者を卑下するようなことは禁止されたそうだ。まぁ、俺様が学校にいたときは、俺様実力で黙らせていたんだけどな。


しかしまぁ、いくらジェダイドのやつが言ったからって、愛情注ぎすぎなんじゃなかろうか?

俺様毎日兄弟たちにもみくちゃにされてるんだが。


「ひとりであらえまちっ」


今日も俺様はカミカミだ。なにせ風呂に一人で入れないのだ。まぁ、元から一人で入ってはいないけどな。貴族のお子様だから、当然メイドが世話をしてくれていたわけだ。

だがしかし、今現在、何故か兄弟たちと一緒に風呂に入っている。貴族だから一人一部屋風呂付きなのに、大浴場でご一緒なのだ。


「あらえまち、あらえるんでちよ」


俺様がいくら主張しても兄弟たち、特に長兄は聞いちゃいない。俺様を自分の膝に抱っこして、石鹸を泡立て始める。


「むきぃ、くすぐったいのでち」


長兄が泡で俺様の体を洗い始めると、待ってましたとばかりに次兄も参加してくるのだ。腹が立つから隣で棒立ちしているウォルターを巻き込むのがワンセットだ。


「に、兄様。くすぐったいです」


俺様の体にたっぷりと付けられた泡をウォルターにくっつけてやる。愛情たっぷりというのなら、分け隔ては良くない。兄二人で弟二人を洗えばいいのだ。

おかげで俺様とウォルターは毎日ピカピカだ。侯爵家の石鹸は高級品なので、肌はツルツルのもちもちだ。


「もちもち」


湯船に浸かると俺様はかならずウォルターの肌をつつく。自分の肌より他人の肌だよな。ウォルターは俺様の弟なのだから、俺様に逆らうことはないのだ。


「ふふ、ウェンリーももちもちだよ」


長兄が俺様の二の腕を軽く摘むようにしている。うん、ちびっ子の二の腕って柔らかくていいよな。俺様はそのままウォルターを自分の方に引き寄せた。


「なんですか?ウェンリー兄様」

「おぼれるといけないから、ぼくがだっこしてあげるの」


ゆっくりと喋るようにすれば噛まずに行ける。慌てるとダメなのだ。


「ウェンリーとウォルターはそんなに大きさ変わらないよ?」


次兄がからかうように言ってきたが、そんなことは聞いちゃいない。俺様の弟なのだから、俺様が守ってやるのだ。


「ウォルターはぼくのおとうとでし」

「うん、そうだね。それならウェンリーは私の弟だね」


次兄がウォルターごと、俺様を膝に載せてきた。確かに俺様とウォルターは風呂の中で立ってはいたが。


「座ってゆっくり温まろうね」


今日は次兄の膝の日か。

喧嘩になるから、一日おきに俺様たちが座るの膝が決められた。なんで、喧嘩になるのか分からないけれど、ジェダイドの言うところの大切に育てる。に寄るところらしい。


「じぶんでふけまち」


風呂から上がったら、今度は次兄が俺様の体を拭いてくる。まずは自分を拭けばいいのにとか思っていたら、既にパンツをはいていた。

そうして生活魔法で髪を乾かすと、果実水を飲んで仲良く布団に入る。そのために兄二人は夕食までに宿題を終わらせるなど、結構大変らしい。


「今日はこの絵本にしよう」


四人仲良く寝られるベッドはもちろん特注品だ。俺様の部屋が元々広かったから、ベッドは俺の部屋に入れられた。ううむ、解せん。


「それはなんのおはなちでしか?」


カラフルな表紙を見て、俺様は若干興奮気味だ。さすがの侯爵家だけあって、古い絵本から最新のものまで沢山揃っているのだ。


「これはね、ネコのパン屋さんの話だよ」

「ネコのぱんやしゃん」


衛生的に大丈夫か?とツッコミをいれたくなる内容だが、内容は動物たちが面白おかしくパンを作る話だった。

パンが膨らむところが面白くて、俺様とウォルターは眠くなるどころか絵本に釘付けになってしまった。


「あちたのパンがたのちみでし」

「僕も」


俺様もウォルターも気持ちは朝食のパンへと移っていた。カラフルなジャムが添えられるここのパンは、毎朝焼きたてでとてもいい匂いがするのだ。


「二人とも食いしん坊だね」


長兄が優しく俺様たちの頭を撫でた。ナイトテーブルに絵本を置くと、長兄は部屋の明かりを落とす。

そうして俺様とウォルターの布団をなおし、四人で眠りにつくのだ。こうやって並んで寝ると前世の幼い頃を思い出すな。あのころもこうやってみんなで並んで寝ていたものだ。

ここまで上等な布団ではなかったけれど、それでも一人に一つづつ寝台が与えられて、寒くなれば厚がけも支給されたものだ。だから、絵本に書かれているアトレの話は嘘なのだ。

まぁ、前世で俺様が自分のことを何も語らなかったから、ジェダイドのやつが勝手に想像したのだろうな。

うん、五歳になってジェダイドにあったなら、前世の俺様の話をしてやろう。まだ忘れないうちに教えてやるのも優しさだろう。ただ、俺様カミカミなんだよな。あいつ、笑わないでちゃんと聞いてくれるのか?



俺様は前世では習わなかった貴族としての礼儀作法を完璧に覚え、それなりに文字も読めるし書けるようにだってなった。それでも弟のウォルターの方が上手なのが気に入らない。きっと俺様、前世の記憶に引っ張られているんだろうな。文字を書く時の癖が前世のままなのだ。

喋るのが下手なのは俺様が前世で口下手だったからだな。なんたってボッチだったからな。



 


「どうかしら?このクリーム色の生地に金の糸で刺繍をいれて……」


 朝から家族が総出で大変なことになっている。

 俺様が城に上がるための衣装を作るとかで、仕立て屋を呼んで朝から大騒ぎなのだ。

 もちろん、この仕立て屋はディアスレイ侯爵家が永きにわたって懇意にしている店なので、俺様を見ても平然としていた。ついてきたお針子たちもまゆひとつ動かさず、俺様の寸法を測っている。


「美しい黒髪が映えるよう、襟は大きめがよろしいかと」

「襟の形は丸い方が可愛いと思う」

「銀糸でも良くない?これみよがしに金糸って」

「靴との兼ね合いもあるのよ」

「ボタンを銀にするとか?」

「ポケットにチーフをさすからそれが金でもいいんじゃない?」


 俺様を無視して家族が熱い議論を交わしている。俺様、なに色の服でも構わんのだがな。前世は黒のローブ一択だったからな。糸で魔法陣を縫い付けたりはしたな。

 それにしたって、母親はともかく、父親である侯爵は仕事はどうした?あと兄二人学校は?今日は平日のはずだ。俺様暦がちゃんと読めるからな。


「ウォルター、たいくつでちね」


 俺様は家族の熱い議論に参加をしていない弟のウォルターに同意を求めた。そもそも俺様の服だと言うのに、まったく俺様の意見を求めてこないのだ。俺様は本当に寸法を測ったあとはただ暇なだけ。


「ウェンリー兄様、おやつを食べましょう?」

「ちょれはいいアイデアだ」


 俺様はいちもにもなく頷いた。客間にはたくさんの布と革が広げられていて、それらを見ながら家族が熱い議論を交わしているのだ。ウォルターも途中参加していたようなのだが、俺様の隣にちょこんと座ってきたのだ。


「ジュースばかりじあきりゅ」

「坊っちゃま方、こちらをお召し上がりください」


 すぐさまメイドが俺様たち二人の前に焼き菓子を出てきた。ふむ、やはりこの部屋からは出られないようだ。


「きょうのおやつはなに?」

「チーズケーキのチョコがけにございます」

「ちゅごい」


 俺様は出された菓子を見て驚いた。

 皿の上には少し形の崩れたチーズケーキが乗っていて、その上に濃厚なチョコレートソースがたっぷりとかかっている。飾り付けにベリーのソースが可愛らしい形を描いていた。


「美味しそうですね。ウェンリー兄様」

「こ、これはじぇっちゃいにおいしいやつ」


 俺様、興奮しすぎてカミカミなんだけど、ウォルターは気にしないいようだ。生意気な弟なら、絶対にバカにしてくるところなのにな。


「ウェンリー兄様、あーん」


 ウォルターが、上手にスプーンに乗せて俺様の口の前に持ってきた。素晴らしい分量だ。チーズケーキ、チョコレートソース、ベリーソースがスプーンの上で小宇宙の如くのバランスで乗っているではないか。


「あーん」


 パクリ

 うむ。

 うむ。

 美味い。美味すぎる。


「おいちいでしゅ」


 俺様はほっぺたを両手で押さえた。

 これは、なんともはや、ほんのりと苦みのあるチョコレートソースと微妙な酸っぱさを持ったベリーソースが濃厚で滑らかなチーズケーキを包み込んで俺様の口の中でビックバンの如くその味わいをぶち巻いてきたではないか。

 俺様体はお子ちゃまなんだけど、中身はおっさんだからな。ただ甘いだけでは満足出来ないのだ。甘さの中にもコクとかその先の濃厚さとかそんなものを求めてしまうのだ。

 だがしかし、さすがは侯爵家のシェフだけなことはある。俺様大満足な美味さだ。

 俺様がほっぺたを両手で押さえて堪能していると、何やら回りが静かすぎることに気がついた。


「にゃに?」


 キョロキョロと周りを見ると、こちらを見つめる大人たち。うーん?これは?どうゆう事だ?俺様はしばし考えた。うん。


「ははうえたちもたべましゅか?」


 俺様、ちゃんと気配りできるからな。そもそも、あれだけしゃべくりまくっているのだ、喉だって乾いているはずだ。


「そ、そうね。わたくしたちもお茶にしましょう」


 母親がそう口を開けば、慌ただしくメイドたちが動き出した。既に俺様たちはお茶もお菓子も出されているが、あちらの大人たちは、お茶をする為のテーブルから用意が必要なのだ。


「こちらにテーブルをご用意致します」


 そう言ってメイドたちが応接セットを用意した。すげぇな、侯爵家のメイドともなると、応接セットも運び込めるのか。魔法か?魔法でも使わないとこんなに簡単に運びこめないよな?

 いや、それにしても凄いな。あっという間にセッティングして、優雅な手つきで茶を入れている。


「あにうえ」


 俺様は気を利かせて二人の兄を呼んでみた。どう考えてもあちらは大人たちがまだまだ議論を交わしながらお茶を飲むだろう。


「何かな?ウェンリー」


 当たり前のように二人の兄がやってきた。もちろん、俺様が呼んだのは二人の兄なので、母親はやってこない。


「こりぇ、おいちいのでし」


 俺様はウォルターがしたようにスプーンの上にチーズケーキを乗せた。


「い、いいのっ」


 何やら興奮しているな兄よ。こんな弟の食べかけに食いついていいのか?なぜ俺様が大切なチーズケーキを兄に食べさせてやろうかとしているのかと言うと、答えは簡単だ。あちらのテーブルに用意されたのは焼き菓子だったからだ。


「美味しいっ」


 困ったことに長兄が割とデカ目の声を出してしまった。


「ウェンリー、僕にも、僕にもちょうだい?」


 次兄がやってきた。

 ウォルターの前にも同じのあるんだがな。でも、俺様の方がお兄ちゃんだからな。


「ちかたがありまちぇんねぇ」


 俺様は寛大にも、大切な俺様のチーズケーキを次兄にも分け与えたのだ。


「お、美味しいよ。ウェンリー」


 おお、次兄も喜んでいる。うん、良かった。俺様こんな見た目だけど、悪い子じゃないんだ。

 俺様は二人の兄を前にして、ドヤ顔でふんぞり返った。だって、こんなに美味しいものを分け与えられたんだぞ?偉いだろう?


「ウェンリー兄様は優しいのですね」


 ほら、ウォルターが俺様を褒めてきた。そうだろう?こんな、ちびっ子なのに美味しいおやつを兄弟に分け与えられちゃう俺様、すごいだろう?


「ちょんなの、あたりまえだ」


 俺様はちょっと鼻高々に言ってやった。


「それではウェンリー兄様には僕のをどーぞ」


 そう言うと、ウォルターはまた素晴らしい配合でチーズケーキをスプーンに乗せてきた。うむ、我が弟ながらよく分かっているな。


「あーん」


 俺様は再び至福の味を堪能した。

 素晴らしすぎる。なんて美味しいんだ。悔しいのはこの体がちびっ子すぎて、たくさん食べられないことだ。


「うみゃい、うまちゅぎるのだ」


 俺様がまたもやほっぺたを両手で押さえて堪能していると、兄二人が何やら騒がしい。うん、そうだな。学校に通っている年齢とは言えど、兄二人だって子どもなのだから、同じおやつを用意してやればいいのだ。そんなことを考えつつも、俺様は自分の分はキレイに平らげたのだった。

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