第3話


 温かい。

 いつもフカフカで温かな布団が幸せすぎて起きたくないのだけど、今日はまた一段と温もりに包まれている気がする。それこそ俺様の頭からすっぽりと包まれてる気がする。


「ウェンリー、寝坊助さんなんだね」


 長兄の声がしたので驚いて目を開けた。

 ん?

 んん?

 ゆっくりと視界を広げていくと、すぐ近くに長兄の顔があった。


「はれぇ」


 うっ、また変な声出たぞ。ちびっこの体はコントロールがきかなさすぎる。肉体年齢に魂が引っばられる感じだな。こうやって成長して行くにつれて前世の俺様としての記憶が失われていくのだろう。


「おはよう。ウェンリー」


 そう言って長兄は俺様の額にキスをしてきた。あまりにも自然にするものだから、流石の俺様もぽかんとしてしまったでは無いか。さすがは貴族だな。照れとかそんなものは一切ない。


「ウェンリーは?」


 しかも、俺様にお返しを要求してきたぞ。さて、どうしたらいいものか。


「兄上、おはようございます」


 うん。ゆっくりと言えば噛まずに言えるな。

 って、俺様が挨拶を完璧に口にできたことで悦に浸っていると、何故だか長兄は自分の頬を指さしてきた。なんだと言うのだろう?挨拶はしたぞ。


「ウェンリー、お返しは?」


 お返しだと?

 俺様のおでこに勝手にキスしてきたくせに、俺様にはほっぺにしろと言うのか?図々しいだろう。


「ねっ、ウェンリー」


 俺様が微動だにせずいると、長兄は自分のほっぺたを俺様の前に寄せてきた。うーん、面倒くさいヤツめ。男同士でほっぺたにキスとかないだろう。いくら俺様がちびっこであってもキツいなぁ。

 しかし、しないでいるといつまでもベッドから出られないではないか。朝飯に遅れるなんて言語道断だ。この家の朝飯は大変に美味いのだ。焼きたてのふわふわパンに季節の果物のジャム。具沢山のスープにカリカリベーコンと卵。ちびっこの体だとおかわりが出来なくて、毎朝悔しい思いをしているのだ。添えられる果物に蜂蜜をかけてくれてたりするので、俺様としては朝から大満足してきるんだ。

 モタモタしていると食べ損ねる。


「はい、兄上」


 仕方が無いので、チュッっと軽く触れるだけのきすをしてやった。うーん、俺様男なんだがな。しかも黒髪黒目だぞ。気持ち悪くないのか?


「ウェンリーの唇は柔らかいね」


 しかも感想がそれか。

 大丈夫なのか?侯爵家の長兄がこんなんで。


「ああっ!やっぱり」


 微笑む長兄を見ていたら、俺様の部屋の扉が乱暴にあけられて、随分と朝に似つかわしくない声量が耳に響く。


「クリウス、行儀が悪いよ」


 なんて言いながら、長兄は俺様を抱き上げた。そうか、次兄の名前はクリウスと言うのか。なんて俺様今更次兄の名前を知るのであった。


「あ、そういうところ」


 次兄は駆け寄ってくると、抱き上げられた俺様の顔を覗き込んできた。


「おはよう、ウェンリー」

「おあようごじゃましゅ」


 慌てすぎてちゃんと言えてないぞ俺様。


「可愛いっ」


 って、次兄は俺様のほっぺたにキスしてきた。しかも一度では無い。何度もしてきた。


「ウェンリーのほっぺた、柔らかぁい」

「やめろ、減る」

 

 長兄が俺様を隠すように移動した。


「あ、なにそれ。ウェンリーは僕の弟でもあるんですよ」

「そんなこと知っている」


 長兄は俺様のことをパウダールームへと連れてきてくれた。うん、朝の排泄大事だからな。


「ちとりでできましゅ」


 手伝おうとする長兄を追い出す。一人でできるもんな俺様。しかし、長兄の気配が立ち去る様子がない。まぁ、生理的欲求には勝てないので排泄は済ませる。んで、扉を開ければ長兄がいた。何故か次兄も。


「兄上たち、じゃまでち」


 俺様は兄たちの脇をすり抜け手を洗い、部屋へと戻った。メイドが本日の着替えを用意して待っている。


「今日も可愛いなぁ」


 そんなことを言ってきたのは次兄だ。恐らく長兄は俺様の後に排泄行為をしているはずだ。だから次兄が俺様の着替えを手に取ったのだ。


「ウェンリー、今日はお兄様が手伝うよ」


 そう言って俺様のパジャマのボタンを外し始めた。


「自分でできまし」


 慌てて止めようとして、また噛んだ。最近はパジャマは自分で脱ぎ着するようにしているのだ。ボタンを止めたり外したりは、なかなか指先を使って楽しいからな。だが、まだ服は難しい。貴族の服は随分と複雑すぎる。そもそも、一人で脱ぎ着する作りになってないと思うのだよ俺様は。


「えー、今日はいいでしょう?シャルル兄様と一緒に寝てたんだし」


 何故かそこで長兄と寝たことを理由にしてきた。それは関係ないだろう。とか思いつつも、抵抗するだけ無駄なので、俺様はされるがままだ。


「抜けがけだぞ、クリウス」


 長兄が慌ててやってきた。うん、手は洗ったのだろうな?


「抜けがけはシャルル兄様でしょう?添い寝をするなんて」

「添い寝はついでだよ。絵本を読んであげたんだよ。今人気の絵本」

「それも抜けがけでしょう?父上が取り寄せた絵本では無いですか。それを自分の手柄のようにするなんて」

「早く読んであげたかったんだ」


 そう言いながら長兄が、俺の顔を覗き込む。


「途中でウェンリーは寝てしまったから、今夜続きを読もうな」

「あい」


 続きか、続きは気になるところだぞ長兄。しかし、あの絵本ジェダイドのことはともかく、俺様のことはほとんどデタラメだぞ。そもそも生い立ちが間違っている。


「どうして?今夜は僕も混ぜてもらいます」

「ウェンリーのベッドに、三人は狭い」


 長兄が次兄を追い出そうとしている。俺様は別にどっちが読んでくれても構わんけどな。


「坊っちゃま方、お時間です」


 揉める兄たちにメイドがキッパリと告げてきた。ナイスだぞ。俺様は腹ぺこだ。昨夜はあんなに真ん丸なお腹が今朝はぺたんこだ。


「お腹がしゅいてまし」


 俺様は服を着せてもらったから、そのままメイドの方へと歩いていった。


「まぁ、ウェンリー様。少し寝癖がございますわ」


 そう言ってメイドが髪に櫛を入れてくれた。


「ようございます」

「ありあと」


 俺様が元気よく礼を述べると、メイドはお辞儀をして俺様を部屋の外へと誘導する。それを見て兄たちが慌てたけれど、長兄はだいぶ慌てていた。


「まだ、着替えていない」


 そのまま大慌てで廊下を走り、自室へと消えていった。


「着替えを用意しておけば良かったのに」


 勝ち誇った顔をして、次兄が笑っている。そんな次兄は俺様の手を取りメイドの後を歩き出した。ううむ、誰かと一緒に食堂に行くのは初めてだぞ。

 もう少しで食堂に着くという頃、背後に気配がやってきた。


「追いついた」


 振り返ればそこには長兄がいた。少し息は乱れてはいるものの、髪型も服装も侯爵家長兄として恥ずかしくないように整えられていた。


「シャルル兄様、廊下を走るのは宜しくないですよ」

「父上には見られてはいない」


 侯爵が食堂に来るのは最後だから、当然自室を出てくるのも遅い。見られていないということは、まだ時間に余裕があるということだ。

 結局三人で食堂に入ると、ウォルターが驚いた顔をしてそこにいた。


「どういうことですか、兄様たち」


 ウォルターはだいぶ怒っているようだ。キツい目でこちらを見ている。これは俺様嫌われたな。黒髪黒目のくせして兄二人を独り占めしているのだから、さぞかし悔しいだろう。


「ウェンリーと一緒に寝たからね」


 長兄がサラッと説明をすると、ウォルターがその可愛らしい頬をふくらませた。


「なんですって、ずるいです」

「新しい絵本を読んであげたんだよ」

「そんな、僕だって読みたかった」


 そうだよな。侯爵が買ってくれた新しい絵本だもんな。ウォルターだって、読みたかったよな。


「ウェンリーに今夜も読み聞かせるから、終わったらウォルターに渡してあげる」


 そう長兄が口にすると、ウォルターはテーブルをバンッと叩いた。


「僕が読みます。僕がウェンリー兄様に読んで差し上げます」


 なんだとぉ。ウォルター、お前俺様の弟のくせして絵本が読めるのか?


「ウォルターだって、夜はお眠になるから無理だろう?」


 そう話しつつ、長兄は俺様を席に座らせた。そのまま話しながら自分の席へと向かう。


「昼間読みます。おやつの時間に」

「それはお行儀が悪いんじゃないかなぁ」


 長兄はそうやって牽制しているようだ。次兄は黙って二人のやり取りを見守っている。


「ウォルターもえほんがよみたかった?」


 俺様はゆっくりと確認するように口にした。ウォルターは俺様の弟のくせして、俺様より先に家庭教師がついていたのだ。当然文字も読めるのだろう。それに、新しい絵本を俺様が、先に読んでいたなんて悔しいに違いない。


「……はい」

「しょうだよね」


 やはり。と、俺様は思った。どう見ても光魔法の使い手のウォルターよりも先に、闇を纏いし姿の俺様が先に新しい絵本を読むなんてダメに決まっている。


「ぼくはまだちとりじゃよめないから、さきにウォルターが、よめばいい」


 よし、長文頑張ったな俺様。弟に譲れるいい子だろ?印象悪くないよな?そもそも、新しい絵本を持ってきたのは長兄なんだし。


「ウェンリー兄様ありがとうございます」


ウォルターが嬉しそうに言うから、俺様も思わず笑ってしまった。良かった。ウォルターは怒ってはいないようだ。機嫌を損ねなくて良かった。


「おや、何やら楽しそうだな」


そう言って食堂に入ってきたのは侯爵だ。もちろん母親も一緒だ。


「おはようございます」


俺様たちは当然侯爵に挨拶をするわけで、俺様も頑張って揃えることが出来た。


「父様、絵本をありがとうございます」


ウォルターがそう言えば、侯爵は優しく微笑んだ。


「 父様、今日の午前中の学習は、ウォルター兄様と絵本が読みたいです」 


おお、ウォルターそんなことをしてもいいのか?一人でゆっくりと読みたいのでは無いのか?って、俺様が驚いていると、二人の兄たちが怪訝な顔をしているのが目に付いた。


「なるほど。確かにあの絵本はとても大切な事が書かれている。素晴らしい学習になるだろう」


侯爵はそう口にして何度も頷いた。どうやら午前中にあの絵本を読むことは決定事項となったようだ。今夜絵本の続きを読むと言っていた長兄は不満そうな顔をしいたが、次兄と顔を合わせると何やら頷いている。そうして笑ったから、機嫌は直ったと思っていいんだろう。


朝食後、俺様は一旦自室に戻ると昨夜長兄が読んでくれた絵本を探した。絵本はメイドがちゃんとテーブルの上に置いておいてくれていた。

どうやら昨夜、俺様が寝た後に、長兄は絵本をナイトテーブルの上に置いたらしい。で、メイドは昼間に俺様が読むかもしれないと思って、テーブルの上に置いたらしい。

まぁ、確かに読むけどな。俺様じゃないけどな。


「またちぇたな」


絵本を片手に俺様はウォルターの待つ部屋に行った。本来なら午前中ウォルターは学習の時間だ。来るはずの家庭教師はどうしたのだろう?


「ウェンリー兄様」


ソファーに座っていたウォルターが俺様に駆け寄ってきた。


「えほんを持ってきたぞ」


ゆっくりと言えば、それなりに兄としての威厳のある感じで喋れるものだ。ウォルターは俺様の腕を取り、先程自分が座っていたソファーへと案内する。メイドが待ち構えていて、俺様たちが座るとすかさずお茶の支度を始めた。


「ウォルター兄様は昨夜どこまで読まれたのですか?」


俺様が絵本を置くと、ウォルターはすぐさま手に取りページをめくった。


「さいしょのほうしかよんでないぞ。ねちゃったからな、しょれに」

「はい」


食い気味にウォルターが聞いてくる。


「まだ、ひとりじゃよめない」


俺様は開き直って言ってやった。どうだ、兄様なのに字が読めないんだぞ。凄いだろう。


「そ、そうなのですね。ウェンリー兄様。それならば、最初から一緒に読みましょう」


ウォルターは嬉しそうに絵本を膝の上に乗せてきた。俺様とウォルターの膝に半分ずつ絵本が乗った。最初のページだから、俺様の膝には表紙しか乗っていない。


「僕が読んでもよろしいですか?」

「もちろんだ」


現世の俺様、文字は読めてもいざ発音しようとすると、カミカミだったり間違えたりするんだよな。これは体が幼いからか?



ウォルターが絵本を読む。俺様は文字を目で追った。絵本であるから子ども向けなので、難しい文字は使われてはいない。優しい表現で書かれ、挿絵は大変に美しい。それはまぁ、光魔法の使い手である素晴らしき魔法使いのジェダイドのことが書かれているのだ。例え絵本とは言えど、まるで画集の様な素晴らしさだ。



やみまほうのつかいてであるアトレは、せまりくるまもののじゃくてんをみつけました。

そうして、ジェダイドにいうのです。


「はなれろ」


そうはいわれても、やみにのまれそうでジェダイドのあしはうごきません。そんなジェダイドをアトレはつきとばしました。


「おれさまにまかせておけ」


そうしてアトレは、まものにたちむかいました。まものからはなたれるやみがアトレをのみこもうとしたとき、ジェダイドがアトレにおもわずてをのばします。

するとどうでしょう。

アトレのやみがまもののやみよりふかくなったのです。アトレはじぶんのやみでまもののやみをのみこみます。

けれどまものもまけてはいません。アトレのやみをのみこもうとします。そうして、たがいのやみをのみこみあいながら、あたりのやみはどんどんちいさくなっていきます。


「アトレ」


ジェダイドがなまえをよんだとき、きえそうなやみのなかからふわりとひかりがこぼれました。

そのひかりがやさしくひかると、あたりのやみはかんぜんになくなってしまいました。そうしてそのひかりもどこかにきえてしまったのです。


しろにもどったジェダイドはひとびとにせんげんしました。


「やみまほうのつかいてアトレがじぶんのみをささげてまもののやみをはらってくれた。そのたましいはあたらしい、いのちにやどったのだ」


ひとびとはしずかにジェダイドのはなしをききます。


「アトレのたましいがやどったこどもをたいせつにそだてなさい。そうしてごねんたったなら、かならずわたしのもとにつれてくるのです」


ひとびとはふかくうなずきました。

こうして、アトレのたましいはうまれかわり、ジェダイドとふたたびであうのでした。



「いかがでしたか?ウェンリー兄様」


読み終えたウォルターがドヤ顔で聞いてきた。うん、弟なのにすらすらと絵本が読めてすごいな。でも、最後になんか不穏なことが、書いてなかったか?


「うん、おもしろかった……けど」


俺様は聞いていいのか悩んでしまった。その絵本に書いてある俺様に関することはほぼ間違いだ。それに、なんだ?俺様が生まれ変わってるのジェダイドの奴にバレてんの?で、国中にバラされてんの?それを絵本にしたの?どんな罰ゲームだこれ?


「ウェンリー兄様………」


なぜだかウォルターが悲しそうな顔をしている。俺様、どうしたらいいんだ?どうするのが正解なんだ?


「絵本は読み終わったようね」


母親がやってきた。後ろにはワゴンを押したメイドが着いてくる。

そうして俺様たちの前に座ると、メイドは押してきたワゴンからお菓子の乗った皿をテーブルに並べ、そうしてお茶をいれてくれた。


「はい。読み終わりました」


ウォルターが返事をすると、母親は満足そうに頷いた。


「食べながら聞いてちょうだい」


母親に言われ、俺様とウォルターは有難くお茶とお菓子を口にした。ずっと絵本を読んでいたウォルターは、さぞや喉が乾いただろう。


「その絵本に書いてあることは真実です。ですからウェンリー、あなたは来年城に上がってジェダイド様に会わなくてはならないの」


うん、なんかそれ聞いたな。家庭教師つける時の理由だったな。俺様即答で断ったんだが、やっぱりダメなやつなのね。


「やでし」


俺様は念の為、もう一度断ってみた。ジェダイドに会いたい理由なんて俺様にはないぞ。


「ごめんなさいね。ウェンリー。これは決定事項なの。侯爵家である我が家が反故するわけには行かないのよ。それに……」


母親はそこで区切ると目を細めて俺様を見た。

うん?なんだ?


「あなたのように黒を持って生まれてしまう者たちの希望なの」


 そう言って、手を伸ばし俺様の手を握ってきた。俺様の手はお菓子を食べるためのフォークが握られているんだが、母親はそんなこと気にならないらしい。まぁ、俺様ちびっ子だから手がまだ小さいからな。


「母様、城に登るのはウェンリー兄様だけでは無いのでしょう?」


聡いウォルターが口を開いた。うん、そこ大事だな。


「そうね。ジェダイド様が宣言なされた後に産まれた闇を纏いし子はすべて城に上がるの。だから正確には何人いるか分からないのよ。我が家のように公表していない家もありますからね」

「こうちょうちてない?」


うお、慌てすぎてカミカミだな俺様。いや、しかしなんで公表してないんだ?あのジェダイドの依頼だぞ。物凄い名誉なことなんじゃないのか?


「あのね、ウェンリーよく聞いてちょうだい」

「あい」


何やら真面目な話のようで、俺様は思わず威を正した。隣に座るウォルターも何やらモゾモゾしている。


「我がディアスレイ侯爵家は、ジェダイド様の生家なのです。現侯爵はジェダイド様の実の兄になります。そんな我が家に闇魔法の使い手であったアトレ様の生まれ変わりがいるなんてことになれば、どれほど疎まれることか分かりますか?」


うん?それはなかなかなことだな。普通に光魔法の使い手が生まれただけでも大騒ぎするもんだ。それが国一番の、いや歴代最高とも言われるジェダイドが生まれただけではなく、疎まれてはいるけれど、国を救った闇魔法の使い手の魂を持った可能性のある子が生まれた。なんて、お祭り騒ぎになるところだけど、そりゃまずいな。

不穏だ。

貴族間のパワーバランスが崩れるな、これは。


「わかりまち」


俺様は答えた。さすがに分かるわ、これ。しかも、俺様生まれちまったからな。大当たりなんだわ、これが。


「恨みや妬みを買うだけならまたましも、ジェダイド様の御膳に上がる名誉を求めてあなたを奪おうとする者が現れないとは限らない」

「ふぇ」


うげぇ、驚きすぎて変な声出たぞ。俺様を攫うってことか?そりゃヤバいわ。俺様体はちびっ子だからな、逃げられないよな。って、そんなこと考えていたら、隣に座るウォルターが俺様の手を握ってきた。

母親が離したと思ったら今度はウォルターか、スキンシップが好きなんだな。


「それで、申し訳ないのだけれど、私は直ぐに次の子を産むことを決意したの。ウォルターあなたを産んだのはウェンリーを隠すため。分かってもらえるかしら?」

「はい。分かります」


うおぉ、弟なのに物分りいいなウォルター。お前ついでに、ってやつなんだぞ。黒髪黒目の俺様のついでなんだぞ?怒らなくていいのか?


「ウォルター、あなたは私たちの期待以上の息子です。ウェンリーを隠すのに相応しい金の髪を持って生まれてくれた。そして、早すぎる家庭教師の学習も受け入れてくれた。おかげで私がウェンリーを産んだことは貴族間では悟られることはありませんでした」

「僕はお役にたてたということですね?」

「ええ、そうよ。賢いあなたはウェンリーを上手く隠してくれたわ。そのおかげでウェンリーは屋敷の中で安全に暮らせたのよ」


そう言って母親は目を細め、ウォルターは誇らしげに笑っている。なに?俺様にマウント取ってきたの?そうじゃないの?


「ウェンリー兄様、僕は兄様のお役に立てて誇らしいのです」


物凄い近くでウォルターがドヤ顔で笑っている。うう、近いですよ、弟よ。俺様人との距離感苦手分野なのだ。


「ですが、さすがにあと一年ともなれば、家庭教師をつけない訳にはいきません」


なるほど。侯爵家の息子が礼儀作法も出来ていないのは問題だろう。貴族目線で考えれば、礼儀作法も出来ないような育てかたは大切に育てたとは思って貰えないからな。乳母と家庭教師を付けてこそ、貴族として、大切に育てた。となるわけだ。


「家庭教師は厳選しました。ウォルターの家庭教師と時間をずらしたのは、回りの目を欺くため。既にウォルターが光を纏いしものと世間にはしれていますから、ジェダイド様のようにと教育に力を入れていると思わせるためでもあります。複数の家庭教師を雇うのは不思議ではありませんからね」

「ジェダイドおじ様も、積極的にウェンリー兄様を探そうとはしなかったようですね」


ウォルターがそう言うと、母親は頷いた。


「ええ、これは私たち国民にジェダイド様が与えた試験なのです。闇魔法の使い手に国を救われた。その感謝の気持ちが私たち国民にあるのか?それをジェダイド様は試されているのです」


おお、なんか凄いことになってるな。国民全員を試してるのか?そいつは凄いことだ。長年にわたって国民の意識に根付いた、闇を纏いし者への卑下の感情をそう簡単に払拭できるとは思えんけどな。


「我が家のように存在を隠している場合もあると気付かれたジェダイド様は、手記を出されました。闇魔法の使い手アトレ様とご自身の半生を綴られた書物です」


そう言って母親はなかなか分厚い本を見せてきた。ソコに俺様とジェダイドの半生が書かれているのか。でも、絵本と同じで俺様の生まれについては間違ってるんだろうな。


「この本にはジェダイド様とアトレ様の出会いなど学生時代のことも詳細に書かれているのですよ」


そう言って母親は微笑んだ。

が、俺様とジェダイド出会い?学生時代の話?いやいやいやいや、そんな小っ恥ずかしいことまで書いたのか?俺様許可してねぇぞ。


「そして、その絵本は幼い子どもにも分かるようにとつい先ごろこちらの本を元に出版されたのです」


ほほぉ、なるほどなるほど。意識改革に書物から、ね。確かに本は唯一の情報ツールだからな。誤った情報が流れないようにするには、当事者であるジェダイドが書くのが一番だろう。


「ん、と。(分かりたくはないけど)わかりまちた」


俺様が元気よくそう言えば、母親は嬉しそうに笑った。もちろん、隣に座るウォルターも嬉しそうに笑った。

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