第2話


 家庭教師が来て、学習をするのだけれど、全くもって貴族はめんどくせぇ。

 まず、学習するための部屋に入る。その後に家庭教師がやってきて席から立ち上がり挨拶をしなくちゃならない。やってることは学校と一緒だ。授業が始まる度に教師に挨拶するやつな。

 結局ウォルターは一緒に学習することになった。午前中は光魔法の学習してるんだと。俺様は午後しか学習してないんだけどな。

 でも、まぁ、礼儀作法の延長戦におやつタイムがあるのが若干気に食わねぇんだけどな。


「いただきましゅ」


 俺様は今日も大好きなお菓子を前に若干興奮気味だ。なぜなら、今日は皿に三個も乗っているではないか。

 俺様ははやる気持ちを抑えつつ、ゆっくりとフォークで菓子を切り一口大にしてから口へと運んだ。


「おいしゅい」


 ああ、なんて、幸せなんだ。

 口の中でとろけるこの濃厚な甘さ。この世で一番美味いものだ。たまらん。俺様はいつも通りにフォークを置いて両手で頬を挟んだ。


「ウェンリー様は、とても美味しそうに召し上がられますね」


 家庭教師がそんな俺様を見て微笑んでいる。黒髪黒目、闇を纏いし者の俺様を見ても眉をひそめない。それどころか「愛らしい」とか「素晴らしい」とか、褒めてきやがる。こんな家庭教師探すの大変だったろうな侯爵。


「兄様、僕のも食べますか?」


 俺様が一口一口幸せを噛み締めるように食べていると、ウォルターが自分の皿の分を俺様に勧めてきた。

 え?マジか?

 だって、この菓子俺様的には前世と今世合わせてナンバーワンの美味さだぞ。


「えっ、いいの?」


 俺様は思わずそう、口にしてしまったけれど、いや、まて。もしかしなくても、俺様の卑しさを腹の中では笑ってるのかも知れない。何しろこいつは弟のくせに、俺様よりも早くから家庭教師が着いていたんだからな。

 そんなわけで俺様はブルンって頭を振った。


「い、いやない。おとうとからわけてもらうだなんてそんなみっちょもないこと、できるか」


 そう言ってウォルターから顔を背けた。

 そうすると、くすくすと言う笑い声が聞こえてきた。発生源は母親だ。俺様とウォルターのやり取りがおかしかったのだろう。家庭教師は黙って見ている。


「ウェンリー、ウォルターはあなたと仲良くしたいの。ね?」


 仲良くしたい?そんな馬鹿なことがあるか。闇を纏いし者の代表みたいな黒髪黒目の俺様と、フワフワ蜂蜜色の髪をしたウォルターが仲良くしたいだと?


「な、なんで?なかよくしたいとか……ウソをいう」

「嘘じゃありませんっ」


 俺様が言い終わる前にウォルターが否定してきた。それにしても、弟のくせに滑舌良すぎるんだよな。俺様の喋るの下手なの余計に目立つじゃねーか。


「どうして?兄様は僕のことが嫌いなんですか?」

「ぅえ……ちょ、ちょうではなくて」


 うう、また、噛んでしまった。

 緊張しすぎて上手く喋れない。自分の気持ちを口にしようとするとどうしてもこうなっちまう。


「僕は兄様が好きなんです。仲良くしたいです。だから兄様が美味しそうに食べるこのお菓子、差し上げます。食べてください」


 そう言って、あろうことかウォルターは菓子をフォークに刺して俺の口元へと運んできた。

 目の前に俺様史上最高に美味い菓子がっ!


「はむっ」


 耐えきれなかった俺様は思わず食らいついてしまった。口の中に広がる幸せの味。まったりとしていてそれでいてキレがよく、しつこくない濃厚な甘み。そして、口の中の温度で溶けだすトロトロの食感。


「う、うみゃい」


 俺様はほっぺたを両手で押さえた。感動で身悶えしてしまう。


「…………」


 ふと、顔を上げるとウォルターと目が合った。キラキラとした緑色の目が俺様を見つめている。


「な、なんだよ」


 俺様は思わず距離を取ろうとしたけれど、椅子に座っているからこれ以上離れることは出来なかった。そんなことしたら椅子から落ちる。


「兄様、可愛い」


 はぁ?

 何言ってやがるんだこいつは。

 可愛いだとぉ。俺様はお前の兄様だぞ。


「ふじゃけたことをいうな。バカにして」


 俺様はウォルターの肩を押した。

 が、弟のくせしてウォルターはビクともしなかった。本来ならここでウォルターが椅子から転がり落ちて、家庭教師から俺様が叱責される流れのはずなんだが?


「バカになんてしてません」


 キラキラした緑の目が俺様を見つめている。俺の手はウォルターの肩を押したはずなのに何故か掴んでいた。そんなわけで何故か見つめあっている。


「じゃ、じゃあ。おまえのおかしを、じぇんぶよこせ」


 全くもって学習の成果が、出ていない。こんな言葉遣いダメに決まっているのに、何故か家庭教師は目を細めて微笑んでいる。オマケに母親までニコニコしてるじゃないか。


「兄様、あーんして」


 いつの間にかにウォルターが菓子をフォークに刺して俺様の目の前に。


「あむっ」


 俺様は反射的に口を開け、ぱくりと食べた。うぅ、美味すぎるぅ!

 結局俺様は、一口食べる事に両手で頬っぺたを押え見悶える。を繰り返しておやつタイムを終えたのだった。

 でも本当にこれって、礼儀作法全くできてねぇんじゃねーの?って思うんだよなぁ。



 それでもって、いつもは黙々と食事をしている俺様なのだが、この日は突然兄が声をかけてきた。


「ウェンリーは野菜も残さず食べて偉いね」


 量こそ少ないが、ちびっ子である俺様の皿の中身は侯爵、母親、そして兄たちと同じである。彩りみたいに置かれた野菜は美味いか不味いかで考えると、不味いに分類できる。だがしかし、こいつを作った人のことを考えるし、前世の俺様のことを思うと好き嫌いとかお残しとか、できるわけが無い。


「え、えらい?」


 とつぜん褒められて、俺様は戸惑った。なぜなら、兄ふたりともろくに会話を交わしてなどいないからだ。そう、何を隠そう、兄ふたりとも紹介などされていなかった。だから俺様は二人の名前なんて知らないのだ。

 それに、この二人の体つきから考えると、既に学校に通っているはずだ。そうなれば、黒髪黒目なんて者を忌み嫌うこの国の教育により、俺様のことを嫌っているはずなんだが。


「ウォルターは残しているのに、ね」

 

 そう言われてみてみれば、確かにウォルターの皿には野菜が残されていた。

 それを見て思わず俺様は動いていた。行儀が悪いことこの上ないが、兄としてしてやらねばなるまい。


「あっ」


 ウォルターが小さな声を上げたが、俺様は素知らぬ顔をした。もちろん、俺様の行動は丸見えだ。侯爵の席からはもちろん、母親の席からもしっかりと見えている。けれど、俺様はちびっこの特権として見られていない振りをした。


「兄上、ウォルターもやさいをたべまちた」


 うっ、最後噛んでしまった。素知らぬ顔で言いたかったのに。失敗だ。


「……あ、うん。そうだね。偉いねウォルター」


 食堂にいる全員が見ていたことぐらいわかる。何せ俺様はお行儀悪く手を伸ばし、ウォルターの皿にある野菜にフォークを突き立てたのだから。給仕が驚きすぎて何度も瞬きをしていたな。


「ごちちょうちゃまでちた」


 さすがに侯爵に叱られたくないので、俺様は逃げるように食堂を後にした。慌てて挨拶をしたからまた噛んでしまった。


「今日は食べすぎ」


 寝巻きに着替える時、ぽっこりとした、自分のお腹に驚いた。ちびっこだから沢山食べるとそのまま腹が出る。今日はおやつをウォルターにもらい、ディナーではウォルターの分の野菜まで食べた。ちびっこの体に対して量が多すぎた。


「まぁ、ウェンリー様。お腹がまん丸ですわね」


 俺様の着替えを手伝うメイドが微笑ましいものを見た。と言う目で俺様の腹を見て笑う。

 うぅむ、子どもの体とはなんて単純なんだ。食べたら食べただけ腹が出る。中年のおっさんの腹との違いは肌に張りがあることだろう。


「本当だ。まん丸だねウェンリー」


 そんな声がして誰かの手が俺様の真ん丸な腹を撫でた。


「うひぃっ」


 驚いて変な声を出すと、今度はくすくすという笑い声が耳に響く。


「まぁ、シャルル様。ノックもしないで」


 メイドが一応窘めるような言い方をしたけれど、強制力はないようだ。顔をあげればそこには食堂で見た兄の顔があった。

 ふぅむ、シャルルと言うのかこの兄は。10代に突入したかな?って体格してるな。貴族だし、いいもの食べてるから成長がいいだけか?話し方も大人びてるな。


「もう我慢できなくてね」


 メイドに向かってそんなことを言っている。我慢出来ないとはなんだ?俺様の存在についてか?やっぱりウォルターの野菜を食ったのがまずかったか?


「動いてるウェンリーはやっぱり可愛いね」

「かわいい?」


 抱きしめられてそんなことを言われても、さっぱり意味がわからない。俺様黒髪黒目だぞ。忌み嫌われる闇を纏いし者だぞ。この長兄、どっかおかしいのか?学校に通っているはずなのに。


「ウェンリー、そんなふうに首を傾げるなんて、ますます可愛い」


 その言葉の後に俺様のこめかみの辺りに柔らかいものが当たった。


「ふぇ」


 変な声出た。

 なんだ?なんか温かいぞ。


「ウェンリー、もう我慢できない。今夜はお兄様と一緒に寝よう」

「いっ、いっちょに?」


 驚きすぎて噛んだぞ。


「だって、昼間は学校に行かなくてはならないだろう?帰ってくるとウェンリーはお昼寝してる。寝顔しか見られなくて寂しかったんだ。まぁ、ウェンリーは寝顔も可愛いからそれはそれで楽しいのだけれどね」


 はぁ、何言ってやがるんだこの長兄は。俺様の寝顔を眺めていただと?しかも寝顔が可愛いだと?目が悪いのか?俺様黒髪黒目だそ?まぁ、寝てたら目は見えないけど、俺様前世とほぼ一緒の姿してるんだぞ。可愛いわけなかろう。


「さぁ、ウェンリー。兄様と一緒に寝よう?絵本を読んであげる」


 そう言ってこの長兄は俺様のことを抱き上げた。いくら兄とはいえ、子どもが子どもを抱き上げるとは。しかも意外とちゃんと抱っこしているではないか。なかなかの安定感。


「さぁ、ウェンリー今日は王都で人気の新しい絵本だよ」

「にんきの?」


 おお、新作だと?しかも人気の絵本だと。さすがは侯爵家だな。人気の絵本ともなれば、入手がさぞや難しいだろう。それをあっさりと手に入れるとはなかなかやるな。

 いつもはメイドが読んでくれるのだが、今日は隣に入り込んだ長兄が読んでくれるようだ。


「ちれい」


 前世の俺様じゃ手に入れることが出来なかったような絵本だ。とてもキレイな挿絵だな。


「では読むよ。ウェンリー」



 ひかりとやみのまほうつかい


 ひかりのまほうつかいジェダイドは、ゆうふくなきぞくのいえにうまれました。


 ひかりをつむいだようなうつくしいきんいろのかみ、ほうせきのようにきらめくきんのひとみをしています。

 ひとびとは、ジェダイドをほめたたえ、いずれはこのくにいちばんの、ひかりまほうのつかいてになるだろう。そううわさしました。


 やみのまほうつかいアトレは、したまちにうまれました。


 やみをあつめたようなくろいかみ、よるをとかしたようなくろいめをしています。

 アトレはしたまちでひっそりとそだちました。だれもアトレのことなんてきにしません。したまちにはやみがたくさんあるからです。


 おおきくなると、ジェダイドはがっこうにかようようになり、すばらしいまほうつかいになりました。


 いっぽうアトレは、したまちのさかばのすみでくらすまいにちでした。きゃくののこりものをたべ、みみにするのはわるいことばばかりです。



 なんだ、この絵本は?こんなものが人気なのか。やはりジェダイドのことが書かれると人気が出るんだな。

 ジェダイドのことはこの国の人間なら誰でも知ってることだからな。この侯爵家が生家で、王都の魔法学校に通って真面目な優等生で、国王の覚えめでたいご立派な人物だからな。しかし、それにしたって俺様のこと酷いもんだな。間違いだらけも大概にして欲しいもんだ。

 俺様はそんなふうに育っちゃいねぇ。

 ああ、そうか。

 俺様、自分のことを何一つとして話したことがなかったな。


「ウェンリー?」


 絵本を読んでいた長兄が俺様を呼んでいる。だが、もう瞼が開かないのだ。腹はいっぱいだし、布団は暖かいし……

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