第7話 おれちゃまのすきなもの


「うみゃい」


 俺様感動したね。

 なんでかって?

 ジェダイドのやつ、ちゃあんと俺様が好きな菓子を覚えていたのだ。このしっとりとした食感のケーキは確かに俺様の大好物。添えられたクリームも主張しすぎずに上品な甘さだ。

 そして、紅茶ではなくコーヒーを出してきた。うん、偉いぞ。俺様前世ではコーヒー派だったからな。


「ウェンリー兄様、その黒い飲み物はなんですか?」


 普段見ている紅茶と違い、不透明な黒い液体を見てウォルターは何度も瞬きをしている。匂いも紅茶に比べて強烈だしな。


「これか?これはだな……コーヒーだ」


 俺様は得意げに教えてやると、コーヒーを一口飲んだ。甘い菓子を食べたあとの口の中に広がる苦み。鼻から抜ける香り。そうすると、また甘い菓子を食べたくなる。この無限ループに陥りそうな状態がたまらんのだ。


「匂いから言っても苦そうです」

「にがいぞ」


 もちろん、ちびっ子の体だから、苦味の感じ方はかなり強い。どからこそ、菓子の甘みがもうたまらんのだ。


「ウェンリー兄様はそう言う苦い飲み物がお好きなのですか?」

「そうだにゃ、おれちゃま、ぜんせではコーヒーをのみながりゃまほうのけんきゅうをしていたのだ」

「そうですね。アトレがコーヒーを飲むから一時アカデミーでコーヒーが流行りましたね」


 すっ、とジェダイドが会話に加わってきた。手にしたカップには茶色い液体。


「私は結局飲めなくて、このようにミルクと砂糖を加えて飲んでます」

「あいかわらじゅだにゃ」


 俺様偉そうに言ってやったけど、カミカミなんだよな。他の五人の黒髪ちびっ子たちが驚きすぎて固まってるな。


「このかしはうまいじょ」


 俺様がすすめると、ようやくちびっ子たちは菓子を食べ始めた。それでも緊張しているのか、一口が小さいな。


「おい、ジェダイド」

「はい、なんでしょう」

「おれちゃまたちのへやはよういちてありゅんだろーな」

「もちろんです。メイドも厳選してあるますよ」


 ジェダイドがそう言うと、給仕をしたりしていたメイドたちがキレイに整列した。


「紹介しましょう。アトレ、あなたとここに集まった子どもたちの世話をするメイドたちです」


 メイドたちは順番に名前を名乗り頭を下げる。美しい所作で、オマケに顔も整っている。

 うん。

 俺様気づいたね。


「どうです、アトレ」


 ジェダイドよ、その顔やめろ。

 よろしくないだろう。俺様五歳児なんだぞ。


「……わるくない」


 俺様、負けたかもしれん。



 そうして、黒髪の子どもの保護者たちは城の侍従が用意した袋を受け取った。うん、結局はそれなんだよな。

 

 城に上がりジェダイドに会った。


 名誉と金を手に入れたから貴族は大満足で、平民はなんだか名残おしそうな顔してるんだよな。


「はにゃれたくにゃいのか?」


 仕方がないから俺様が聞いてやる。

 そしたらどうだ。平民の保護者は、他国に移り住むつもりでいたらしい。俺様が明日話してやることを、実は仕事で他国に行った時に耳にしていたそうで、この帝国以外でなら黒髪であってもなんの不自由もなく生活出来ることを知っていたんだそうだ。

 生まれてまもない頃ならともかく、五年も一緒に生活していたのなら情も湧くだろう。まして、他国の事を知っているなら住み良い方を選ぶのはおかしなことでは無い。


「ジェダイド」


 俺様はジェダイドを呼んだ。


「そうですね。幸せに暮らせるのならその方がよろしいでょう」


 ジェダイドはあっさりとそう言って、金はそのまま受け取ってくれと言った。しかし、平民の保護者は受け取らなかった。だから、国境を超えるまでは護衛をつけることで折り合いをつけていた。商人っぽいとこは、通いではダメかと交渉してきた。貴族たちはそのまま帰って行った。

 で、我が家はと言うと。

 金は受け取らず、ウォルターが俺様の隣に当たり前の顔をして座っている。


「ウォルター、あなたは別室でお待ちいただけますか?」

「なぜです?僕もあなたに呼ばれておりますが?」


 ウェンリーがなぜかジェダイドに食ってかかっている。大人しくて優しい俺様の弟なんだがな。


「ウォルター、あなたには別室を……」

「こんな小さな子どもを一人にするなんてっ」


 そう言ってウォルターは俺様にしがみついてきた。


「そうだにゃ、ウォルターはおれさまのおとうとだじょ。おれさまよりちびっこなんだからひとりはだめだ」

「ウェンリー兄様、僕こんなに大きなお城で一人は怖いです」

「……っ、そう、ですね。ちょうど一人抜けてしまいましたから、ベッドの数に問題はありません、ね」


 ジェダイドのやつは若干顔が引きっつているようだけど、メイドたちはニコニコしているからよしとしてやろう。

 そうして、ジェダイドが用意した部屋に着くと、俺様はなんだか懐かしい気持ちになった。ベッドに机にタンス。これらがひとセットになって、パーテーションで区切られた空間。奥の扉が水回り一式につながるのだろう。


「こちらがトイレ洗面所、こちらがお風呂です」


 ジェダイドが扉を開けると、ちょっとした大浴場があった。騎士や兵士が使うものとは違い、こじんまりとはしているが、一人用とは違い浴槽には大人が四人は入れそうだ。


「浴槽は、このように上げ底にしてありますから安心してくださいね」


 ジェダイド自らが風呂場の説明なんてするものだから、貴族のちびっ子たちは違う意味で感動しているようだ。そんな話を聞いてはいたものの、俺様の体はブルンと震えた。


「んちょ」


 俺様は先ほど案内されたばかりのトイレに向かおうとしたのだが、いっぽも足を踏み出せないまま体が宙に浮いた。


「なっ」


 驚く俺様をよそにジェダイドが俺様を抱きかかえたままトイレへと入っていく。ドアノブは、ちびっ子にあわせて下の方に付いていた。


「さあ、アトレ……いえ、ウェンリーでしたね。ここでするのですよ」

「はにゃちぇぇ、じぶんでできりゅのだぁぁ」


 なんとハレンチな。ジェダイドのやつが俺様の服を脱がし、俺様の俺様を……


「がまんなど、しなくていいのですよ。私はあなたの忠実なる下僕なのですから、こう言ったお世話をするのなんて当たり前ではないですか」

「ふじゃけりゅにゃぁぁ、おれちゃまひとりでできるのだぁぁ」


 俺様、それはもう抵抗したのだ。したのだが、コーヒーの利尿作用を忘れていたのだ。ちびっ子の体には刺激が強すぎたのだ。


「ゆ、ゆるちゃぁぁん」


 俺様、俺様……かつてない敗北感。

 生理的欲求に勝てなかったのだ。


「ジェダイド!にどとしゅりゅなぁぁ!!」


 もちろん、俺様は激おこだ。地団駄だって踏むんだからな。俺様が怒っているのにジェダイドはヘラヘラ笑っているし、メイドたちも微笑ましいものを見た。と言うような顔をしている。ここはひとつ、兄の威厳をっ


「ウェンリー兄様、次からは僕がご一緒しますから安心してください」


 誇らしげにウォルターのやつが言ってきた。違うそうじゃない。他のちびっ子たちの目線がなんかおかしいじゃないか。


「寝台はお好きな場所をお選びください」


 メイドに案内されて、みんなキョロキョロとしてしまう。寄宿学校に入れば、放り込まれた部屋の空いているところを使うしかないわけだが、選べてしまえるのも困りものだ。


「おれさまはここ」


 真ん中のベッドに飛び込んだ。右と左に三セットで並んでいるから、真ん中は不人気だろう。俺様両脇挟まれても気にしない。むしろ誰かがいる方が安心出来る。


「では僕はここで」


 ドアの方の隣をウォルターが取った。貴族のちびっ子たちはキョロキョロしている。今までどんな暮らしぶりだったかは知らないが、貴族の子弟であるなら個室が与えられていただろう。ジェダイドの言うところの愛情を持って、というのならば、貴族はすなわち金を惜しまずかけて育てただろうからな。


「僕も真ん中がいいです」


 癖のある黒髪のちびっ子が俺様の向かいの寝台に触った。タレ目で大きな瞳は綺麗な青色。


「セス・ライナーはそこがいいんだね?」

「……はい」


 なんだか声がちっちゃいが、服装が俺様に似ているから貴族のはずなのに、真ん中を選ぶとは面白い。


「あの、俺は……通いがいい」


 うん。商人の家のちびっこだな。ちゃんと主張が出来て偉いな。


「ああ、その事なのですが」


 ジェダイドが、思い出したように口を開いた。


「全員、週末は実家に帰るようにしますね。週末に帰宅して、週明けの朝に登城する。光魔法の使い手と同じプログラムをうけてもらいます」


 そう言って、チラとウォルターを見た。


「近年、光魔法の使い手は誕生が危ぶまれています。ここにいるウォルターの前はもう十年以上の時が経っています。そんなわけで一人だけではなんなので、ウォルターも一緒になりますが……」

「もちろん、まったくもって異存はございません。もちろん、僕は親愛なるウェンリー兄様のお世話をいたしますから、ジェダイドおじ様はご心配なさらずに」


 ものすごい勢いでウォルターが言うものだから、皆があっけにとられた。そりゃそうだ、光魔法の使い手の色を纏っているとは言っても、一つ年下のはずなのに、帝国の重鎮であるジェダイドと対等な口の訊き方だ。おまけに、言い負かしているようにも思える。ううむ、ウォルターのやつ、俺様の弟なだけあって、なかなかやりおるな。


「それは……どういう、ことで?」


 気のせいか、ジェダイドのこめかみがピクピクしているよ、な?


「そのままですよ、ジェダイドおじ様。偉大なる光魔法の使い手であるおじ様に子どもの世話をさせるだなんておそれおおいことです」


 そう言うと、ウォルターは俺様を抱き寄せた。


「こうやって、自宅にいた時と同じように僕がずっとそばにいますから何も心配はありません」


 そう言ってウォルターのやつが「ね?」なんて小首を傾げるから、俺様は反射的に頷いた。


「同室の皆さんと仲良くしていただかなくてはいけませんよ」

「もちろんです。おじ様。僕は分け隔てなんてしませんよ」


 そう言うとウォルターはさらに俺様を抱きしめる腕に力をこめたのだった。



 で、ジェダイドがいなくなって(ウェンリーが追い出したように見えなくもなかったが)俺様たちはようやく自己紹介などをしたのだった。


「おれさまはウェンリー・ディアスレイだ。くわしいことはあしたはなすじょ」


 当然、俺様が先陣を切った。どう考えてもそんな空気だったからな。


「はい。僕はウォルター・ディアスレイです。こちらのウォルター兄様の弟です。ジェダイドおじ様はうざいので適当にあしらってます。家格とかは気にしないでくださいね。ただし、僕に断りなくウェンリー兄様にお触り厳禁ですよ」


 蜂蜜色の髪を揺らしながら話すウォルターは大変愛らしい。見た目だけならな。口から吐き出すことが少々不穏だがそこは触れないことにしよう。


「俺はジョエル・ヤルス。商家の息子だから多少は国外のことは耳にしている。だから明日が楽しみだ」


 やや挑発的な話し方で生意気そうなアーモンドアイはガラスの様に透明な茶色。俺様を見て笑うものだから、ウォルターのやつが睨んでるぞ。


「僕は、セス・ライナー。その……仲良く、してほしいな」


 癖のある黒髪はフワフワしていて、大きくてタレ目な青い瞳は揺れていて庇護欲をそそるというものだ。俺様の子分にしてやりたいな。


「僕はディオ・グラリス。父を失望させない程度に頑張るよ」


 やや長めの前髪から覗く切れ長の青い瞳がいいな。とても五歳のちびっ子とは思えない色気があるんだが、貴族だからか?


「俺はアルフレッド・バニスター。アトレの名前は家庭教師から教えられてるぜ。アカデミーで絶大な人気があったてな。興味がある、明日が楽しみだ」


 長い黒髪を後ろで一つにしているあたり、いかにも貴族のおぼっちゃまだな。俺様の名前を教えられたってことは、若い家庭教師をつけられたか?それとも退職した教授あたりか。新緑をおもわせる瞳がキラキラだな。俺様と馬が合いそうだ。

 なのに、なぜ睨みつけるんだウォルターは。みんな仲良くだろう。

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