最初のプレイヤー 2

 休日の午後四時、国境線に夕日が差し掛かる頃地獄は始まった。数機の爆撃機が待機している兵の頭上を通った。途方もない彼方へと進んでいった爆撃機はフリーディア領内に入ると、紫色の煙を排出しながら、進んでいく。爆撃機が見えなくなる。その直後に、党首と思われる男がトランシーバから作戦開始の掛け声をだした。

それと同時に、戦車や爆撃機のエンジン音が響きわたる。そして、赤軍兵士の力強い声が響き渡った。

 僕もそれに合わせて軍の先頭を進む、僕が率いる部隊が目指すのはフリーディアであった。水晶で武装された歩兵師団はプレイヤーの軍をあっさりと迎え撃った。NPCがいとも簡単にプレイヤーを倒す光景はかつての内戦の逆のようだ。彼らが都市を凱旋するとともに、フリーディアの建物が次々に破壊されていく。十分もすれば都市は完全に焼け落ちていた。

 兵士たちが続々と散っていく中、ライファーにはクリスタルを奪われたプレイヤーたちの名と捕虜になった上級NPCの名前が次々に載せられている。

僕はその中で、一人がまだやられていないことに気付いた。

「おい…やってくれたな…」

 部隊が次々に散らばっていきついに一人となった僕の背後から一人の女の声が聞こえた。振り返らずともそれが誰かは分かった。僕はあの刺客が使っていた水晶を手で握り潰す。女は間髪入れずに僕に炎の纏った剣をふるう。それを躱すのは大して難しくも無かった。そのまま、女の周りを往復しながら、すれ違いざまに静止している彼女をナイフで切りつける。あの時僕が味わったような焦燥感がきっとこの女にも表れているのだろう。あたふたしながら、ただ女は僕に切られていく。はっとした彼女は両手の剣を自分を軸にして円状に振るう。僕はその斬撃から回避できずにもろに斬撃を食らってしまった。水晶の変身が解ける。それと同時に僕は本来の自分のクリスタルを握り潰した。クリストムになると、そのまま、PPSh‐41を取り出して撃ち込む。少しずつではあるものの、女の体力は削れていった。女は直接こちらに攻撃を叩きこむ気なのか、僕も両手にロングソードを持ち出すが、鍔迫り合いにすらならずに二本の剣は折れてしまう。一旦後退しようと、一歩後ろに下がるも、身体能力は女の方が上だったみたいだ。あっという間に再び距離を詰められる。剣を振るう彼女の腕を押さえ、僕は女を突き飛ばした。

 よほど、僕の行動が意外だったのだろう。彼女はあろうことか剣を自分の手から離してしまった。一瞬、見えないはずの彼女の焦りの顔が見えた気がした。僕は、彼女の胸、恐らく心臓があるであろう場所にナイフを突き刺す。

それと同時にライファーから『ポイント・キラー』を発動させた。赤い斑点をゼロ距離で女に打ちこむ。拘束された彼女から一旦離れると、斑点の中心を思いっきり殴った。怒りもない。憎いわけでもない。ただ、やらなきゃならないという理由で生まれて初めて女を殴った。

 言葉にできないような悲鳴と共に転がっていくその女。変身が解除されると、砕けた水晶と共に彼女は消えてしまった。

 そのことに思わず声に出るほどの驚きだったが、その理由はすぐに分かった。彼女はNPCだったのだ。燃え盛る瓦礫の中で僕はそう結論付けた。目の前には彼女のライファーが転がっている。プレイヤーではそんなことはありえない。となれば、ランキングで一位を常に独占していたのは誰か。それは党首に違いない。根拠と言うには乏しいが、あの男の部屋にいったときの明らかな装備の少なさであった。まさかとは思うが、あの男は衣服のどこかに水晶を潜ませていたのではないか。そんなことを思った。

 部隊がもはや法則性を成すこと無く、国に展開しては溢れんばかりの狂気を用いてフリーディアのビル群を再び壊していく。政府幹部の水晶を回収したという報告は何十回と受けている。しかし、党首はまだ誰の手にもかかっていない。僕はとぼとぼと燃え盛る党本部のビル前まで向かった。スクリーンは下敷きにされ、コンクリートや窓ガラスの残骸は歪な山となってかろうじてその地から動かないようにとしている。

ここに党首がいたとしてもこれでは巻き込まれて死んでしまっている。僕はその場を去った。党から送られてきたフリーディアの地図では制圧が確認された地域が赤く塗りつぶされている。侵攻開始から二時間、赤い津波がリベラルギアを侵食していた。リスポーンしたプレイヤーも赤軍に度々各個撃破されてしまうものだからとうとう諦めたのだろう。

 「まただ、また滅びた」そんなことを何となく口にしていた。これで、フリーディアは晴れて社会主義国家だ。そしたら次は誰が、この国を変えるのだろう。再びフリーディアに人類至上主義が芽生えるのか、それとも昔の自由主義が戻ってくるのだろうか。いずれにせよ、新しいこの赤く染まった牙城を崩すにはまたこんなことが起こるのか。まるで、人類史の存在しない一ページを垣間見たように、光る都市に囲まれて、僕は恐れを抱いた。なにか自分がやってはいけないことをしたような背徳感。

 「一度目は気づかなかったことに二度目は気づけたんだね」

 背後から声が聞こえる。その声には妙に聞き覚えがあった。党首だ。奴は僕の背後から現れた。彼の首には水晶が巻かれていない。それどころか装備の一つもない。ゆっくりとした歩みで彼は僕の横まできた。

 「これで…僕は良かったよ。面白かったよ。だから、次の遊びはもういいかな。この世界からもそろそろ卒業かな?」悪意のない笑顔でそう語った。

 「この世界に初めて来たプレイヤー、誰だかわかるかい?」僕が黙っていると党首はそう聞いてきた。

 「どうせあなたでしょう?党首」彼の目的も理念も全く分からないが、もうこれ以上何かがあると抜け殻のようなこの男からは感じられない。

 「ああ、そうさ…。丁度、五年前だったかな?僕が初めてこの世界に来たのは、あの時は感動したなぁ。イタリアの小さな農村に生まれた僕にとっては元々ここにあった都会っていうのは格別だったよ。僕以外のプレイヤーはなかなか出てこなかった。その間はミッションをひたすら受けていたよ。恐らく、今のプレイヤーでも到達しないようなこの世界の果てまで最強の装備なり最強のスキルを探し回ったよ。君の姿も消えていった彼女の姿も僕がそこで見つけたものから作られている。あの水晶のトリックも最初は下らないと思ったけれども三年くらい経った後かな、新しくプレイヤーが入ってきた時に何かに使おうと考えていたんだ。プレイヤーが入ってきた時は国中混乱していたなぁ。調子に乗ったプレイヤーが好き勝手にNPCを殺すものだから僕は彼らをひたすら倒していたよ。この時くらいからかな、僕はNPCの正体がただのプログラミングじゃないって思っていたんだ。最初は子供じみた憶測に過ぎなかったのだけれど、どんどん現実味を帯びてきた。前世の記憶みたいなものを唱える人たちが出てきて僕は興味に突き動かされるまま、調べたんだよ。で、それが事実だって知った。君も、彼女を匿っていた理由は粗方そんなところだろう?」長話の末に僕に質問を投げかけてくる。

 「まぁ、そうですね…。最初は単なる同情心だったのですけれど、いつしかそんなことを言いはじめていました」

 「そうだろうね。不思議だったのだけれど、しばらく経った後かな?こんな学説が発表されたんだよ。量子脳理論っていう。この学説でもしかしたら説明がつくのかななんて思っていた。今はまだ議論されている学説だけれども僕はアボスが既にその技術を完成させていると思っている」量子脳理論、よく魂の実在を示す証拠としてスピリチュアル業界で語られている言葉だ。

 「つまり、人間の意思をつかさどる量子をアボスが意図的に利用したと」

 「そういうことだね…」後ろめたそうに党首は言った。

 「でも、それとあなたの行動はどうも噛み合っていない気がしますよ」少し怒ったように僕は彼に言った。

 「はは…ほんとだよね…。ただ、一つ僕にも考えがあったんだ。もしもこの世界からNPCを解放できたらなぁって」解放、その言葉に不穏さが宿る。

 「そんな呆れた顔をしないでよ。要はあのまま、プレイヤーに有利な国を作って強い軍事力を手に入れてそのまま、NPCを全員殺そうと考えていたんだ。彼らには寿命がない。人としてずっと生きなければならない。きっと彼らに本来あるべきであった姿に戻してあげるのが正義なんだって」

 「結局他国にも侵攻する気だったのですね」ため息の後、僕は言った。

 「そういうこと。でも、ここまでしちゃったらもういいかな。この世界で僕が必要とされている自信もろくにないしね。だから、今度は君や他のプレイヤーたちが彼らをあるべき道に戻してくれる?」その言葉をつらつらと述べた男の顔には一切の感情が宿っていなかった。

 「それは…構わないですよ。ただ、あるべき形というと僕も結論を持てません。それにもうここは共産主義政権が政治を握るでしょうし」

 「その政権の中でもいいんだよ。ただ、よりよい方向に向けて行ってくれ」

党首がポケットから水晶を取り出すと自らログアウトして消えていった。その水晶を握りしめ、僕は業火の中をひたすら歩いた。ライファーからは全地域が制圧されたとの報告が入っている。兵士たちは未だ飽きずに狂人の如く叫んでいる。フリーディアの国境線を超えて、その狂気の中を一人で歩いていった。

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