最初のプレイヤー 1

 電車を降りて汗だらけになった首と額をハンカチで拭く。ここ最近はどうも暑い。照り付ける季節外れの日光に恨みつつゆっくりとした足取りで校舎へと入ってゆく。ため息を一回してから教室へと向かった。

学校についてスマホをいじっていると、SNSに何やら通知が来ている。誰からのメッセージかと当たってみれば、チャーリーであった。通知をくれたのは昨日の深夜くらいだろうか。文体からわかるように彼は動揺していた。

下品な英語で作られた文で彼が何を言いたいのかは心当たりがある。国中で僕が反逆者として宣伝されていることに驚いたのだろう。僕はありのまま彼に事の顛末を伝えた。どうせ党に宣伝されているのなら、真実も嘘も混合しているに違いない。

学校に帰ってから奴から返信が来る。動揺こそしていないようで日本語で書いてくれている。根が優しいのだろうか、僕を心配しているようだった。特に困っていないことを書いておく。『できることがあるならば、何でも言ってほしい』彼は最後にその一言を書いた。会話が終わったのだ。

その翌日、休日で時間に余裕のあった僕は、椎名と共に買い物をしに行っていた。晴れて外出できるようになった椎名はどこか嬉しそうだ。

回復アイテムや、SP専用の回復ポーション、食料に弾薬まで買うと合計金額はあっという間に一万円を超えていた。ただ、幸いなのは武器を買う必要が無かったことだ。こればかりは自分の能力に感謝する他ない。

ギルディアに設けられたプレイヤー用の商業施設は党に勝るほどの品ぞろえこそないが、必要なものはしっかりと備えられている。

買うものを買って帰り道を歩き、部屋に着く。一人用の部屋を二人で分ける生活にも慣れたものだ。家に帰ると、早速僕らは食事を作っていた。食事をとっている彼女を横に僕は紅茶を飲む。

ライファーから通信が来る。何のことかと見てみれば、コミューン党からの呼び出しであった。椎名は少し寂しそうな顔をしていたが、こればっかりはと謝罪して僕はレボルグラードの中央に建てられた巨大な議会の地下室、つまるところの軍の作戦本部に呼ばれた。

議会の職員に尋ねるとしつこい本人確認をされた末にようやく隠し通路のような場所から作戦本部に入れた。そこには先日あった男や他数名のプレイヤーと幾人かのNPCがいた。その一部は僕の登場に何やら驚いている様子。

彼らがホワイトボードに書いていたのは、フリーディア侵攻作戦というなんとも酷い作戦であった。僕が問うと男は答える。

「なんでも、フリーディアから逃げてきた奴らが何としても故郷を開放したいとか言い出していてな。まぁ、一応作戦は作ろうって話になったんだよ。」

「いや…勝てるわけがないでしょ…」フリーディアにはまだ二十人以上はいるであろうクリストムがいる。仮に、僕と他二人に水晶を与えたとしても戦力差は覆せない。確かに、フリーディア側にもこの国を制圧する力がないのは確かだがだからと言ってコミューンの軍事力はフリーディアには劣っている。

「それなら、心配すんな。お前の言っていた例の水晶の正体が分かったからな」そう言って男は僕が渡したものとは別の水晶を取り出す。それを片手で潰して見せると、男はクリストムへと姿を変えた。僕が動揺していると男は説明を加えた。

「そんなに難解なものでもなかったぞ。この水晶自体が元々写真や音声を記録する特性のあるアーカイブ石を削ったものだった。要はそれに特定の衣装やステータスのバフなんかを記憶させていたってだけだったみたいだ。ただ、スキルについては…まだ良くわからなかったんだがな」アーカイブ石、確かこのゲームでは一種のジョークアイテムのようなものだったか。確かに、店頭で売られているものは球体だったり、立方体だったりでこんな粗削りのものではない。そんなことだったのか。それ相手に戦っていたのかというあっけなさと、自分の強さが打ち砕かれたような感覚があった。そんなもので、僕らは強くなっていたのか。

「アーカイブ石の原石は、一応この国でも取れるんだ。既存の兵士全員に持たせることもできる。これなら、まともにフリーディアとも戦えるんじゃないのか。確かあの国ではアーカイブ石は取れないはずだ。まぁ、こんな抜け道があるなんて俺も全く思わなかったんだがな。凄まじい裏技だ」

「ははは、全くですね」またフリーディアが焼け野原にされるのもどうかと思ってしまうが、共産党員からしてみれば、それよりもスペリオル党を倒すことの方が重要なのだろう。

「ただ、それでも身体能力を強化するだけしかできないんだ。結局、スキルを持っているのが君しかいないのも事実だ。だから当日は君に先陣を切ってもらいたいんだがね」

「ああ、それは構いませんよ」僕は首を縦にふった。恐らくあの国境線の向こうでは僕は絶対的な悪人扱いを受けているのだろう。だとしたら、僕としては消えて貰った方がいい。

「ちなみに、そのXデーはいつなんですか?」僕は彼にそう聞いた。

「来週の午後四時だ。その時にはログインしておけよ」男は悪い微笑みを僕にしていた。

部屋に戻ると、椎名が食事を終えてテレビを見ていた。「この国の放送も大概ですね…」テレビでは軍歌と共に兵士たちが列をなし歩いている姿が見える。全体主義国家としか縁のない椎名としては不満たっぷりだろう。

「流石軍事大国…」

 その日からコミューン軍は水晶を装備した歩兵師団や当日の侵攻ルートなど様々なことを計画し始めた。そのたびに僕は作戦本部に呼ばれた。スペリオルも大概だが、ここも計画の不穏さで言えば負けていない。

ログアウトして僕は、スマホを手に取った。SNSを開き、僕はチャーリーにフリーディアの内情を聞いた。何時間かした後に彼からの返信が帰ってくる。軍拡や他国への侵攻計画はないとのことだ。僕はお礼だけ、書くとその情報を党の内部へと持って行った。そんな日々が過ぎていき、決戦の日はそう遠くなかった。

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