ようこそコミューンへ 3

不思議なことに僕は彼を見て少なからず動揺をしていたのだ。彼は肌の色を見るにヨーロッパの出身なのだろう。スーツ姿の彼が果たして尋問官なのだろうか。仮にそうであるならば、再び武力行使をする羽目になるが。

 「二人してそんなに固まらないでよ。大丈夫、とって食う気はないよ。まぁ、僕としては幹部クラスの軍人とNPCの組み合わせには驚いたけどね」

 笑顔で男は語る。僕の身分を見た目だけで判断したのだとしたら、彼も元亡命者なのだろうか。

 ここがどこなのかは多少の知識があった。ここはフリーディアのもう一つの隣国、イクール・コミューンだ。コミューンと名乗るだけあり、ここは共産主義国家だ。ちなみに、もう一つのフリーディアの隣国であるストルフ帝国とはイデオロギー上完全にいがみ合っている。噂によれば、スペリオル党によって粛清されなかったフリーディアのコミューン党員の幾人かはこの国に亡命したそうだ。経済はあまりいい方でもないが、軍事力は立派にある。その軍事力が無ければ今頃はスペリオル党に征服されていただろうが。

 「で、まぁ一応なんでここまで来たのかくらいは聞いておきたくてね」

 興味がある素振りをみせながら、男は僕らとの間を隔てる机に肘を付けてそう言った。僕は椎名の方を見る。彼女も僕の方を向いてこくりとうなずいてくれた。僕が、ことの顛末を話すと彼は非常に嬉しそうな顔をしていた。

 「いやぁ、それなら大歓迎だよ!なんなら君は赤軍の役職にでも就くかい?給料は…あれだけど」いかにもフレンドリーな素振りを示す彼に僕は段々と不信感が増していた。

 「それは流石に怒られますよ。コミューンの政治家たちが僕らの亡命を受け入れてくれているかすら未だに怪しいですもの」僕は苦笑いしながら彼にそう告げた。しかし、彼が動揺するにはその言葉は足りなかったようだ。

 「ここにいる奴らも最近じゃあ君みたいなやつがその水晶で化けてかかってくるんじゃないかって不安になっているんだよ。同志クロムポルトもどうにかして水晶を手に入れようと躍起になっている。僕らにとって今君みたいな人が実は必要なんだよ」

 「つまり、水晶は提供する必要があるんですね」共産主義を掲げているということは私有財産も否定しているのだろう。となれば、僕の集めた三つの水晶も国有の兵器という扱いになるのか。そう考えると、今までの自分がなんだか虚しく見えてくる。

 「んまぁ、一つ渡せばいいんじゃない?俺は黙っておくよ」男はあっさりと僕らに密約をかわした。

 「それなら、今渡しておきますよ」僕は三つの水晶の中からガスマスクのものを渡した。理由は至ってシンプル、毒ガスが大して使えないからだ。先程の戦いでもそうだ。味方が一人でもいると発動しにくくなる。軍が計画的に使うならまだしも個人ではどうしてもその強さを持て余しそうだ。翼を持っているという特徴もあるが正直あの刺客の使っていた高速移動さえあれば別にめぼしくもない。

 「いいのかい?もう回収してしまって」意外そうな顔をして男は尋ねた。

 「構いませんよ。匿ってもらう以上はそれくらいの誠意も必要でしょうかからね」向こうからしてみれば、水晶も三つぶら下げていた僕はそこらのテロリストとは比較できない程危ない存在なのだから。素直に手渡してしまえば、流石に相手も信用はするだろう。

 「ははは、日本人は律儀で驚くなぁ。それじゃあ、ついてきてくれよ。こっちのワープホールに君の情報を登録しておかなくちゃならないからさ」

 「ありがとうございます」終始キョトンとした目でやり取りを見ていた椎名も席を立ち僕らについてきた。首都のレボルグラードから少し離れた場所に位置しているもう一つの巨大な都市ギルディア、そこにこの国のワープホールがあった。国はプレイヤーの為にこのギルディアを開発したのだそうだ。まぁ、治安維持の為の隔離と言った方が正しいのかもしれないが。ちなみにこの国が所有するワープホールはギルディアの一個で全てらしい。その不便さを聞いて、全てが焼け野原にされた後でさえすぐに立ち直ったフリーディアの経済力が凄かったのだと再認識した。

 ライセンスを更新するとフリーディアの時の活動がそのまま引き継がれていた。ランクは既にS、全プレイヤーのランキングは上位がフリーディアの怪人達に独占されているものの、その中に僕は3位に入っていた。原因はおおよそ把握できる。自分よりも上位にいたプレイヤーの水晶を剥奪して自分の力にしたからだろう。我ながら豪快なことをやってのけたものだ。

 「さ、後は部屋に行って荷物を整理しとくんだな」新しい部屋に入って一連の説明をした後に男はそう言うと、部屋を出ようとした。「ああ、待った!」何かを思い出したように再び居間に入ってくる。ポケットから出した何かをコイントスのようにはじいた。飛んできたそれは空中で金色に輝いていた。僕はそれを手にとった。「この国じゃあ、流石にその姿で歩きまわられると困るんでな。軍服にはそいつを付けといてくれ」男はそれだけ言うと、部屋から立ち去った。僕の手のひらにあったのは赤い星を背景に金色の槌と鎌が交差するバッジである。帽子を脱ぎ、リベラルギアの紋章を外す。捨てるのは勿体ないと思い、クローゼットの隅に置いておく。新しく、制帽につけられたクレムリンの赤い星は部屋の蛍光灯に反射して炎のように煌めく。

 「ここも中々居心地がいいですね!」新天地での気合を入れた僕の横では椎名が目を光らせて部屋の隅々を見渡していた。ここもあの部屋には劣るが少なくとも困ることもなさそうである。僕はどさっとベッドに横たわる。それはようやくこの一日で起こった危機が全て収束したということに対する安心感の現れでもあった。

 「あはは、もしかしてお疲れですか?」ばつが悪そうに椎名はそう聞いてきた。「いやぁ、ただ買い出しは明日になるのかなぁと思ってね」なるべく罪悪感も持たれたくはない。僕は話題をそらした。

 「そろそろログアウトするよ。夕飯は明日まで待っていてくれるか?」

 「あ、はい!あ、でもその…」

 「何かあるなら早く言ってくれ」

 「明日の買い出しって私も一緒に行けますか…?」

 「ああ、せっかくここまで亡命してきたんだ。それくらいいいさ」

 僕はその言葉を最後にvr世界からログアウトした。放り出されたように現実世界に戻ってきた意識をカメラのピントを合わせるように瞬きをして脳を落ち着かせる。窓を見れば、夜空が輝いていた。ああ、やらかした。そんなことを思いつつ、僕はため息をついていた。脱出はしたものの、水晶以外のほとんどの装備や道具を喪失した。

 僕の手元にあったはずの大金もスマホを見てみると、自分のアカウントが凍結されているではないか。一日にして奈落に落ちてしまった。凍結されているから金自体が抜き取られているかまではわからない。ただ、あまり期待ができないのも事実だ。

 「やっべぇ…」言葉に出ない喪失感を覚えたのは受験以来か。今ではあの頃も懐かしい。それと同時にいつか昔の超人のような幻影を持った自分が今の僕を見れば間髪入れずに殴ってきそうだ。

 寝るに寝られない。僕はタブレットをベッドの下から取り出すと、自分の感情を思いのまま打ち込んでいた。時間が過ぎていつかは、眠くなるだろう。そんな浅はかな考えであった。

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