ようこそコミューンへ 2

 「それで、具体的にはどのような話ですか?」僕は企みなく自然な笑みをしていた。それはこの男が敵に回ることを確信したことに対する感情の裏返しなのだろう。気づけば、腕が曲がっている。本能的な反応であったが、すぐに水晶を使えるようにしようとしているのだろうと思考は追いつく。

畜生、あいつを殺しておくべきだった。そんなことが頭の中によぎる。昨日の記憶も今となっては愚者として笑っていた僕の黒歴史の一つに成り下がってしまった。

「あはは、まぁあれだけ党で殺せと謳っていた人物を殺したと虚偽の報告をしてあまつさえ匿っていたのだから当然、僕は不評するよ」この冷え着いた全体主義国家の主は僕に嗤いかけた。普通に話しても何を考えているのかが全く分からない人もなかなかいないだろう。

「それで、何か処分でも下るのですか?」この会話で自分が助かることがほぼないと判断したのか、僕の口調は挑発的になっていく。

「それはね、当然さ。そして、彼女も本来の予定通りに処罰させて貰うよ。君に関しても水晶は取り上げて軍から追放って所かなぁ…」にやにやと笑みを浮かべながら、僕の方を見る。ここで焦っても意味がない。そう感じた僕は作り笑いをしながら、彼の方をただ見ていた。

頭の中では今目の前にいるこの怪物を一体どうして対処するかを高速で議論していた。喧噪のような沈黙、口ではお互いにこれ以上の言葉がでない。ただ、少なくとも僕は次の手を考えている。 

 しかし、そんなに悠長な時間は残っていなかったようだ。炎の燃える音が背後から聞こえる。風を切るような音が僕の背後で爆発音を響かせた時、僕はそれが誰かは確信した。理性がまともに働く最後の機会を見逃すまいと後ろに向かって、ナイフを突き立てながらタックルする。正確にはタックルというよりも、ナイフによる切り付けだろう。クリストムと化した彼女を動かすことは無かったが、それが僕に一瞬だけ時間を与えた。ライファーから強制転送をして部屋に勢いよく戻る。タイムラグが焦燥感を作りだす。部屋に戻れた時に僕は急いで、クローゼットからMUの水晶を取り出す。これがあるということはまだ党員がここには来ていないのだろう。ソファーには椎名の姿はない。寝室のドアを勢いよく開けるとその音で寝ていた椎名は起きた。

 「え?いきなりどうしたんですか?」椎名は今の僕からしたら平和ボケとしか言いようがないほどの間抜けな顔をしている。ああ、どうせ助けるなら事情なんてどうでもいい。僕は強引に彼女の腕をひっぱり、転送装置に乗せる。行き先をタブレットが表示する。ここをハッキングされていないのが幸いだ。僕は国境近く、僕と椎名が出会ったところとは別の国との境目に転移した。強く握っていた手を放して、僕は体ごと抱え上げた。本人はかなり動揺していた様子であったが、そんなことを気にする余裕が僕にはない。

 水晶を握り潰してクリストムになる。そのまま、怪物のような速度で国境沿いまで向かう。特に策があるわけでも無かった。とにかく国境警備をしている兵士をなぎ倒してでもこの国を脱出しなければならない。咄嗟の判断とはいえ、僕はただでさえ過酷な措置が言い渡されていたにも関わらずアイネスを刺した。これでもう、プレイヤーと雖も党内では立派な反逆者だ。

 EMPボムと呼ばれる通信機器を妨害する爆弾をあたりに無差別に投げる。これを行えば、自分もライファーが使えなくなるが、相手も僕の位置を追えなくなる。僕は一直線上に岩やがけを超えていく。

 国境からあと一キロしないほどの距離に差し掛かる。僕は持てる気合を持って山を登る。党の追手が来ない。そんなことを思っていた矢先であった。

 高い金属音と共に背中が切られるのを感じた。ライファーを見ずともヒットポイントが減っているのがわかる。この時点で僕の計画も雲行きが怪しくなっていた。

 姿が見えない、それもあって僕は一方的に攻撃されていた。透明なのだろうか。すぐに思いついた推理はその数瞬後に破られる。

 ほんの一瞬だけ、奴は姿を見せた。かなり離れた距離である。そして、彼の進路と思われる場所にあった木の葉は彼が再び姿を隠してもまだ揺れている。危機的状況にあるからか、脳が妙に速く回る。

 恐らく、奴は高速で移動しているのだろう。姿が見えなかったのは目で追えなかったからか。そう結論を出した時には刃物による切り付けも馬鹿にできないほどにまでヒットポイントが無くなっていた。椎名はというと、腕と軍服のマントで押さえていたため、かすり傷で済んでいる。

 できることならMUの水晶を使いたい。しかし、椎名を抱えている今そんな猶予は残されていなかった。第一、毒ガスを無差別にばらまいたとしたら椎名は確実に犠牲になるだろう。

 ギアを投げてもあの速度では、追い切れるはずがない。僕は半ば投げやりのような気持ちで自分の歩みを止めた。能力を使用し自分の周りに踏むと電気が流れるトラップを引く。相手にダメージは与えたいが、今地雷を近くで踏まれたら僕は耐えられそうにない。すると、僕の後ろで飛び跳ねるような音がした。

 刺客が僕の設置したトラップを避けた音だ。本音を言えば、電気トラップに引っかかって欲しかったが僕にとっては逆転のチャンスだ。ナイフをがむしゃらに振っていると、刺客のナイフと偶然なのか衝突し心を不安にさせるような金属音が再び響く。その次の瞬間には再び別の方向から飛び跳ねる音が聞こえた。僕は、フラッシュボムを取り出し、地面にたたき付けるとともに後ろへと大きく飛び跳ねた。AK-47を手元に取り寄せる。光源に向かって僕は一心不乱に銃弾を撃ち続けた。再び飛び跳ねる音が聞こえる。着地音がすぐに聞こえた時僕はニヤリと笑った。

 「ポイント・キラー」高速でそう言うと、僕の手に赤いマーカーで出てくる。それを目の前に向かって投げると、マーカーは数メートル先で展開し、刺客がその場に拘束された。椎名を降ろすと、僕はナイフを自分が知っている限りの全力で赤い模様の中心に突き刺す。刺客は凄まじい速度で後ろへと吹き飛び岩にぶつかり、変身が解けた。過呼吸をしながら意識すら朦朧としているように見える彼が抵抗できないと分かり僕は前回のように間髪入れずに男の水晶を奪い取った。

 気が動転していたのだろうか、生身となった男を銃を使わずにひたすら髪を掴みながらナイフで刺していた。頭に刺さった時点で男はゲームから離脱した。目の前のはした金に目も当てずに僕はその場から立ち去った。椎名を岩陰に避難させると、僕はガスマスクの怪鳥へと姿を変えた。椎名は訳も分からずに左右を見渡している。これと言った説明もせずに彼女を連れてきたのは少し可哀想とも思える。

 彼女を再び抱えると、地面の数十メートル上を飛行し、山岳を超える。機動性は僕の本来の水晶よりも幾分かあるようだ。

 「化け物だ!」そんな声が聞こえてきた。下を見ると、どこかの軍隊が僕らに向かって発砲している。僕は慎重に地面へと降りた。この翼がダメージに弱いことは奴を倒した自分が良く分かっている。変身を解除して、両手を上げる。椎名を降ろすと、彼女も目の前で銃を構える兵士たちを見て思わず手を上げていた。

 自分たちが亡命者だと伝えると彼らは途端に笑顔になり、僕らを歓迎し始めた。と言ってもこの時点では、お互いに半信半疑であったが。

銃を持った兵士たちに囲まれて僕は地下の軍事施設のような場所に案内された。小さな部屋で僕と椎名は二人きりにされた。こんな窮屈な場所に押し込められたのは僕のクリストム態に怯えているだけだと信じたい。

 椎名がおろおろしている中で、僕は自分の口座から金銭を取り出すようにライファーで操作されていた。しかし、既に口座は差し押さえられているようだ。あの国にいた中で自分が得たものが、八十万円のリアルマネーと一人のNPCなのだというとどうにも微妙に感じてしまう。もう少しだけ、稼げなかったものか。そんなどうしようも無い後悔だけが未だに心に残る。

 「もう流石に教えてくれませんか⁉何が起こったのか!」椎名が電子機器をいじる僕に怒るようにしてそう言った。

 「ああ、簡単に言うと…お前の存在がばれた。それで持って、ミスって幹部の一人をナイフで刺したせいで党から追われた」僕は彼女の向ける視線を逸らしながらそう告げた。「……………」椎名は先ほどまで荒げていた声を静めた。

 「これって…私のせいですか…?」先ほどからの急展開で頭が混乱しているのも相まってか彼女はぽろぽろと涙を流していた。そうだ、とはっきり言ってしまっても彼女と決別するだけの気がする。本当の意味で孤立した僕にとってはNPC一人さえも重要に思えた。

 「まぁ…仕方ないな。決定的だったのは俺が党の本部で暴れかけたことだったんだし。第一、お前に会えたから前世云々のことも気づけたんだ。別に一人で罪悪感を抱え込まなくていい」僕は淡々とセリフを読み上げるようにしてそう言った。

 「うぅ…わかりました」口ではそう言っているが、内心では未だに消化しきれていないといったところだろうか。ぽんぽんと頭をなでながら、僕は何故椎名を匿っていることがばれたのかについて考えた。と言っても、客観的に振り返ると危うい行動をとっていることは明らかであった。昨日と言えばあれだけ騒いでいたし、用意された部屋にも関わらず盗聴器が仕掛けられている可能性すら僕は疑って無かった。明らかに危機感が欠如している。その事実は僕にとっては心に刺さるものであった。

 かつかつと革靴の音が部屋の外から響いてくる。

 「まさか、フリーディアからプレイヤーが亡命してくるなんて思いませんでしたよ。まぁ、安心してください。ここにくれば一安心ですから」

 戸を開けて出てきたのは自分と同じく腕にライファーを巻き付けた男であった。古今東西どの国に行ってもやはり、プレイヤーの特徴だけは変わらない。彼は落ち着いた様子で僕らの目の前に座った。


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