ようこそコミューンへ 1

 「うぅ………」断ち切られていた意識を再び取り戻す。眠っていた体を起こし、霧のかかった頭を整理すると、昨日のお祭り騒ぎが鮮明に浮かびあがってきた。母には適当に自習とでも言ってしまっていたことが今になって申し訳なくすら感じる。夕食を取った後、そのままの勢いで映画を見て、しんみりとした雰囲気の中で椎名が生前のことについて話して…。

 僕ははっとして、メモ帳に新しい情報を書き込む。と言っても彼女が話していたのは桑原市の一部で行われていたとある祭りに関する出来事であった。

 なんでも、村では年に一回この時期になると一晩中祭りがあるのだとか。自分が死んでしまって今年いけなかったことを後悔していた。確か、僕は彼女に死の間際の記憶について聞いた。それに対して、彼女は少し悲しそうな顔をしながら、棒状の何かで頭を叩かれたと言った。死体は今でも見つかってない。だからこそ、その後の出来事は想像しがたいものだろう。

 居間へと行き朝食をとって僕は再びあの世界へと行った。自分で作れるならばと僕は彼女を説得したのだが、寂しいだの自分だってずっとここにいなければいけないだのと理屈を捏ねられてしまった。

 僕が部屋にスポーンすると、既に椎名は朝食をとっているようだった。彼女の身体はほとんど元の状態と言って差し支えない。そして、直接見れば、悪くない顔もどことなく似顔絵と似てきた。そこに焦点を当てるとトーストをほおばる少女の顔も一つのホラー作品だ。

 「大丈夫そうならもう行くよ」僕は時計を見てそう言った。

 「あ、はい!行ってらっしゃい!」笑顔で見送る彼女が現実世界に戻る最後の最後まで僕の視界に映っていた。

 淡々と授業をこなしていく。ノートにアラビア語のように羅列された文字は判読するのに困難だろう。学校からとぼとぼと駅まで歩く。

 帰りの電車を待つ学生たちの制服を春風がなびかせていた。それに逆らうように線路に電車が止まる。ぞろぞろと車内に入っていく一員となりながら最寄り駅をひたすら待った。

 電車が止まると真っ先にそこから脱出する。改札をくぐり、家までの道をただひたすら歩く。僕は鍵を開けて、家に入った。制服を洗濯機に放りこむと私服に着替えて、vr世界に入る。リュックに詰め込まれた教科書類は全て、部屋の隅の棚に放りこまれていた。

 「何見ているんだ?」僕は部屋に入って早々、椎名に尋ねた。行儀良くソファーに座っていた椎名の注意がこちらに向けられる。「ああ、これ昨日見られなかったホラー映画ですよ!」キラキラした目で彼女はそう言う。

 その瞬間、「わああああ!」という野太いピエロの悲鳴が聞こえた。彼女は笑いながら驚いたようにしていたが、不幸にも相手がピエロであったが為に、僕はソファーの後ろに隠れるように頭を押さえて屈んでいた。

 「……………」そのシーンが終わると僕はゆっくりと、耳を塞いだ手をゆっくりとそこから離した。最近では珍しく、もの静かになった。ソファーからそっとテレビの画面を見る。映画は一時停止されているようだ。その横で、何やら変な呼吸音が聞こえる。そしてすぐに椎名は大笑いをし始めた。

 「おい……笑うなよ…」僕は大笑いする声をかき消すようにそう言った。

 「ああ…はい…ちょっと……ごめんなさい……面白くって……」椎名は未だに腹を抱えてまともに言葉すら交わせない。

 「はぁ……ピエロは嫌いなんだよ。何考えているかわからなくて」

 「はぁ…はぁ…そういう人いますよね」椎名はようやく笑いを収めた。

 何故だろう。僕は生殺与奪の権を握っていたような状態だったのにいつの間にかこんな会話すらしてしまう。残酷になりきれない自分に呆れを覚える。 

 そもそも、椎名を実質匿っている理由だって冷静になって後々考えてみればなんだかはっきりとしないものだ。

 「とりあえず、僕はもう行くよ」

 「え?あ、ちょっと待ってくださいよ!」焦ったように椎名はソファーからは飽くまでも動かずに僕の足にしがみついた。

 「別に機嫌悪くしたとかじゃないよ。ただ、党からお呼びがかかっているだけ。まぁ実際は超不安だけど…」椎名が手を離すと、僕は少しため息をした後フリーフィートの党本部まで向かった。相変わらずの上品な建物はまるでホテルのようだ。僕はエレベーターを使おうとボタンを押すと突然後ろから声をかけられた。少し驚き後ろを振り向くとそこにいたのはアイネスさんであった。

 「どうかされましたか?」翻訳アイテムを使い、そう彼女に語りかけた。

 「ああ、党首に呼ばれているのだろう。その前に付き合って欲しくてな」

 促されるままに連れてこられたのは、黒い軍服の集まる例の会議室であった。自分の席に座ると、彼女はその隣に座った。

 「………MUだったか、奴を倒したのは君か?」彼女は僕を威圧するようにしてそう問い詰めた。

 「あ、はい。でも倒さなければ僕がやられていました」彼女の冷徹な視線に屈すれば自分の立場が弱くなる。直感的にそう感じての言動であった。

 「そうか…、結局水晶はどうした?奴は持っていなかったが」

 「僕の部屋にあります。一応本人が持っていけと言った上ですよ?」

 「ああ、それは本人も言っていたな」言いにくそうな顔をしながら彼女は言った。「これは、私の一方的な提案ではあるんだが、それを本人に返してはやれないだろうか?」淡々と並べられた言葉は僕にとっては嫌な話だ。

 「えっと…理由をまず聞きたいです」鋭い目と僕の目が合う。僕は思わず目を反らしてしまった。

 「奴からも聞いたんだが、私たちの間で水晶の奪い合いが起きているみたいなんだ」そう言った彼女の表情からは呆れのような感情を感じる。

 「つまり、僕とあの人の間に起きたこともその一例で、アイネスさんはそれをどうにか止めたい。そういうことですか?」

 「ああ、その解釈で問題ない。と言っても君のでまだ二件目だ。一件目のことは私が二人とも倒したから問題なかったのだがな」

 「あはは…お強いことで………」クリストム二人が敵対しているとはいえ、それを一人でさりげなくそんなことを言ってしまうのは流石ランキング一位の風格とでも言った所だろうか。

 「まぁ、それなら構いませんよ。この後、党首に会ってからまたここに来ればいいですか?」

 「ああ、それでいい。わざわざすまないな」

 「いえいえ、お気になさらず」僕はそう言って、会議室を出た。エレベーターで最上階まで向かうと、目の前にはひときわ重厚な扉がある。

 ノックをして入れと言われる。「失礼します」そう言って、僕は初めて党首を目の前にした。目の前にいたのは、僕よりも一回り大きいくらいの背丈をしたやや小柄な白人であった。彼の背後一面に広がるガラス張りからは、フリーフィートの高層ビル群が見える。

 「ああ、よく来てくれたねPhy君」不敵な笑みを浮かべる党首。党首の部屋に私物はない。それどころか彼自身すら一切の武装をしていないようだ。たまに、この世界ではプレイヤーキラーと呼ばれる利潤目的でプレイヤーを倒す迷惑な連中が現れる。党首ともなれば、狙われる気もするがそれとも一切ここから出ないのだろうか。

 「えっと…要件はなんでしょうかね…?」基本的に目上に対する態度や教養があるわけではないが、僕は自己流の礼節で彼に聞いた。

 「ああ、君が匿っているあの女の子に関することだよ」その言葉ははっきりと僕の耳に入っていた。聞き間違いかと疑いたくなるが、彼が僕を睨んでいるのを知ってその事実を確信した。

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