黄泉の国 3
「ああ、さっきまでは随分と単調な部屋模様だったのにここからはビデオテープを探さなきゃいけないんだよなぁ」チャーリーの吐く愚痴はいつしか危惧すべき幽霊から本来の目的に軌道修正されていた。
「まぁ、ここからは手分けして探すとするか」僕は思い切って提案した。
「おぉ、そうだな!」彼は自分の言動を忘れたのかそれを快諾した。
書斎、そう表現するにふさわしい蔵書量の場所であった。見たことのない洋書がずらりと並び、皮とインクの干された匂いは埃の舞うここですら感じられる。僕はひたすら本棚のどこかに違和感がないかをチェックしていた。ミッションの説明文にもそれらしきヒントが見つからない以上、ビデオテープを探すこと自体に難しさはないのだろう。
本棚の上部をぼんやりと見ているとまた幽霊が野良犬のように飛んでいた。暇を潰す気で僕はそいつを撃ち落とす。まるで、縁日の射的のような気分である。書斎にビデオテープがあるならば、すぐに見つかりそうだが、僕がこの調子では先も危うい。そう改め、再び視界に注意を配ろうとした時、チャーリーが何やら興奮気味に叫んでいた。
「どうしたんだ?」声のする方向に駆け寄って僕はそう聞いた。
「見つけたよ!ビデオテープ!ほらこの通り!」
確かに彼の手には黒い直方体に二つ穴の空いた何かがある。それがビデオテープであるとはっきり確信が持てたのは僕が手に取った後のことであった。
「それで、ミッションは終わり?」僕はテープを手渡してからそう聞いた。
「ああ、と言っても完全に完了させるにはこのテープをこの館の映像室で見ないといけないらしいけどな」まじまじと不思議そうにテープを見ながらチャーリーはそう答えた。
「それじゃあ、奥の扉からだな。早く行こうぜ!」そう言って書斎の奥に向かう。それを追うように彼を追いかけようとすると彼に目掛けてガスグレネードが投げられる。危ない、そう叫ぼうとしたが理性がそれを邪魔した。既に毒ガスが詰まっているだろう缶は地面に衝突していたのだ。
僕はガスマスクを二枚手元に作りだし、一つを顔に着けて、既に黄緑色のガスでいっぱいの場所目掛けて走る。煙の中に入るとみっともないとは思いつつもとにかく手を振り回し、数秒でチャーリーの居場所を掴んだ。僕はチャーリーの顔を捉えると有無を言わさずに顔にガスマスクをつけて奥の部屋へと突き飛ばした。現実なら煙を食らった時点でガスマスクは意味をなさないがここがゲームであったことが功を奏した。グレネードを投げた奴の狙いはあらかた分かる恐らくビデオテープを横取りしにきたのだろう。同じミッションを偶然受けていたら確かにこんなトラブルもこのゲームでは良くある。
幸い一対一の勝負であれば、僕も負けることは無い。だが、毒ガスの霧が晴れた時に見えた黒い羽根がその自信を揺らがせた。
「意外だなぁ、こんなところにお前がいるなんて」男は言う。その野太い声はとある火山地帯での記憶と重なった。MUだ。僕は全て思い出した。
「流石に酷いですよ、僕らが通常のプレイヤーを妨害するなんて」僕は作り笑いをしながらそう言った。見上げると、男の手にはフルオートのハンドガンが一丁ずつ。銃口は明らかに僕の方を向いていた。
一斉に放たれた銃弾から逃げつつ、僕は本棚の影に隠れた。木でできているこの部屋の床からは黒い斑点と共に煙が宙に上がっていく。まさかいきなり僕を攻撃してくるとは思わなかった。それに扉の方向に男が向かってくることは無く、僕の上で照準を定めていた。咄嗟に手元に取り寄せたのは火炎放射器であった。僕は頭上の鳥に向かって、炎を指し向けた。意外そうな挙動をして、地面に着地する。翼の先は蝋燭の火のように赤く光っている。
奴が自分よりも速いことは確信していた。翼がある故なのかもしれないが、運動のスペックは自分よりも高い。
怯んだ隙を見て、僕はナイフを突き刺した。黒光りする刃が直接当たることは無かったがその怪鳥が再び空を舞おうとした時に翼に穴ができていることを知った。あの黒人を見捨てて和解するべきそんなことがよぎる。しかし、奴の狙いは既にチャーリーでは無かった。扉の奥に行くことは簡単なはずだ。
男は本棚の上に立つ。僕はアサルトライフルを取り出してひたすら銃弾を浴びせた。すると、男は背中からホースを取り出す。まるで、尻尾のように生えた二本のチューブからは紫色と緑色のガスが噴き出してきた。それが、毒性であることは言うまでも無い。
ガスマスクを既に装着しているため、視界を覆い隠すために放ったのだろうか。紫色のガスが地面に落ちていく。自分の足に触れた瞬間にヒットポイントが減り始めた。マスクが効かない、そんなことがあるのかと思いながらも僕の目の前には既に緑色のガスが迫っていた。マスクのフィルターを食い破りながら緑の煙が僕に触れたのが分かった。それと同時に体の動きが妙に鈍くなるのがわかる。おまけに視界は完全に緑一色だ。男がこちらに向かって、迫るのが足音でわかる。僕は手元に爆弾を取り寄せて、手元に落とし起爆させる。地面にぶつかる頃には男との距離が一メートルもない。
ドンという起爆音と共にお互いが吹っ飛んだ。爆発の衝撃でガスは晴れた。
未だに重苦しさは変わらないが、僕の体は次第に調子が戻っていた。
僕のヒットポイントはたとえクリストムであったとしても爆発をもろに食らっていたせいで半分を切っていた。対して、男の翼は爆発の影響で焼け落ちており、目の前に写った木の枝のようなそれはもはや翼ではない。枯れ木のような何かである。
男は毒ガスを無差別にまき散らしながら僕に向かって突進してくる。近接武器が無いのか完全に丸腰だ。僕はナイフで彼の放った蹴りをそのまま受け流そうとしたが、思いの他強い力につられて体制を崩してしまった。そのまま、前回りをすると再び体制が元に戻る。男が突進の反動で怯んだ隙を見て、ナイフを投げる。一直線に飛んだナイフは意図も簡単に男に突き刺さる。
男の変身が解け、中からガスマスクを被った人間が出てくる。僕は彼を蹴り飛ばし、首にかけていた水晶を無理矢理奪い取った。いつの間にかお互い過呼吸になっていることに気付く。それを無視しつつ男の焦った目を見た。
「流石に酷いと思いますよ。いきなり襲ってくるのは」言葉を丁寧にしても僕の焦燥はイントネーションとして表に出ている。
「はぁ…手土産に持って帰れよ。もういいわその水晶は。これで幹部ポストまで奪われちゃたまったもんじゃない」
「…………?意外とおとなしいですね」
「そりゃあそうだろうよ。まさか水晶持ちがいるなんて思っちゃいなかったがここで水晶を二つ持てれば安心できるしな」皮肉そうな顔をして男は言った。「安心って、何に備えているのだか…」僕はため息をつきながら言った。
持っていた電気銃を男に向けると男は抵抗する素振りも見せない。僕が何発か撃っている内に男のヒットポイントがゼロになる。壊れたガラスのように消えてしまうと僅かな金が、そこに落ちていた。拾うとライファーに所持金として吸収された。
(大丈夫か………?)
こんなことが党内に知れたら、厄介事になりそうだ。
「おい!大丈夫だったか⁉」
勢いよく扉が開きチャーリーが飛び出してくる。その手にビデオテープが無いことを考えると恐らくミッションが完了したのだろう。
「全く、遅い。危うくやられそうだったぞ」僕は不満を彼にぶつけた。
「え?でもお前が廊下に突き飛ばしたのってそういう意味じゃないのか?」
不安そうな顔でチャーリーはそう尋ねる。
「いや、ごめん。あっているよ。無事に終わったならよかった」
「へへ…」ぶっきらぼうな笑顔でお互いが安堵する。
「んで、右手に持っているそれを見る限り俺らを襲った奴の正体もクリストムだったって訳か」
「そういうことだ。元々味方同士なんだから勘弁してほしいけどね」僕は笑いながらそう答える。
「それじゃあ、解散するか?」
「ああ、お疲れ様」
それだけ言ってお互いの部屋に転移した。まさか本気で戦うことも無いと考えていたためか頭も体も妙に疲労感がある。
「ふぅ、ただいま」
それだけ言うとソファーにもたれかかる。
「おかえりなさい!」そんな賑やかな声が聞こえる。声の主である椎名の方を向くと彼女はテーブルの上にいくつもの料理を出してきた。僕は戦利品である水晶をクローゼットの中に入れると、ライファーを操作してログアウトしようとする。「待ってくださいよ!」焦りと共にそんな声が聞こえてくる。
「えっと…時計見ましたか?」そう言われてライファーの画面を見てみる。
「六時半……だ」今から夕食を作るようではとても間に合わない。七時には母が帰ってくる。固まっていると椎名が再び何かを言ってくる。
「栄養は無いと思うのですけど…もし良かったら形だけでも一緒に食べられたらなぁって」もじもじと指を動かしながら椎名は言う。
「ならそのご厚意に甘えさせてくれる?」
「はい!」はっきりとした返事でそのままテーブルに座らされた。確かに目の前にある料理は一人で食べられるような量ではない。
「こんなにもよく作れたね」僕は感心しながらそう言った。
「元々料理は習っていましたので♪」機嫌よさそうに椎名は返した。賑やかに食事をとるのはいつぶりだろうか。自分にとってはこの食事さえくだらないごっこ遊びなのだろう。唯一党から降りる出所不明の金が僕にとってvr世界と現実世界の架け橋だ。それ以外は全て子供騙しなのかもしれない。
(それでも今はそこに浸っていたい……)いつしか僕はそんなことを考えるようになった。
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