逃走者 3
よくある事件、そんなことを思いながら僕は簡素な朝食を食べ終えて、vr世界へと向かった。
部屋で僕は朝食の準備をするが、どうも部屋が静かだ。ベッドルームの方に向かうと椎名はまだ寝ていた。安心感があるのだろう。僕はトーストとベーコンエッグを調理し、彼女を起こしにいった。
「なんて呑気な……」
目の前には昨日まで死にかけたような顔をしていた彼女は今やクイーンサイズのベッドでぐっすりと眠っている。気が抜けすぎた。そう𠮟ってやりたいほどだ。口元に手をあてると空気がこちらにあたる。ひとまず生きているのだろう。
「朝ですよ」
そう言って彼女の肩を二、三回たたく。うぅ、という声を聴いてもう一押しと肩を揺さぶる。
「うぅ、おはよう……ございます……」声はとても小さい。
「早く起きてくれ、朝食はできている」僕は彼女に大きな声でそう言った。
「あ、はい……」彼女にはどうも僕が不機嫌に見えたようだ。
そそくさとベッドを降りて朝食を見るなりはしゃぐ椎名、彼女が食べ始めるのを確認すると僕はすぐにログアウトしようとした。
「それじゃあ、学校行ってくる」
「学生さんだったんですね」
「まぁね、これでも高校生だ」僕がそう言うと、
「何年生ですか?」
「まだ一年だ」
「ふふっ、じゃあ同い年ですね」そう言ってNPCは少し笑顔になる。
「意外だな。NPCにも年齢があるのか」
「NPC…?かどうかわからないですけど、私も高校一年生ですよ」
「へぇ、すごいね」
「興味なさそうですね」
「まぁね、じゃあ行ってくる」
そう言って僕はログアウトした。彼女が勝手な行動を起こさなければいいのだが。
時間はかなり切迫していた。僕は急いで荷物を作り終えると、扉を開いて家を出た。さて、退屈な時間が始まる。学生の本文たる学校、青春のありどころなのだろうが、残念ながら今の僕にはそんなことも無かった。
迫りくる眠気に耐えながら、ひたすら板書を写す。シャープペンシルの先端を額に押し付けて歪んだ顔を気には留めない。そうして、嵐のように過ぎていった一日を振り返りつつ、僕は帰りの電車に乗った。
コンビニで買った弁当を電子レンジに放りこむ。一分スマホをいじっているとアラートが鳴り、プラスチックの蓋を外す。それを箸でつまみながら、生物学の教科書を見返していた。
時間が六時近くになると、僕は再びあの世界へと向かった。
「あ、おかえりなさい」
そう言って、椎名は迎えてきた。
「顔色はマシになったな」
「あの労働がありませんからね……」
椎名が遠い目をする。
「でも、服どうした」
椎名が来ているのは薄汚れた昨日から身に着けている作業服であった。泥汚れや血、果てには膿までもが付着したそれで部屋を歩くな。本来ならば、そう言いたいが。
「でも……これ以外に服なかったですよ?」
「えぇ……」
確かに今の服装でこの部屋を歩いては欲しくない。僕の服を起用にも僕とて持っているのは今着ている軍服のみだ。プレイヤーとて今時初期装備ではかなり馬鹿にされてしまう。
僕は前に購入していた服をとりあえず彼女に渡した。まだ完全に体が回復しきっていないからか乱雑に投げられたコートを彼女は体全体を使ってキャッチする。その光景は僕でさえ思わずヒヤッとするほどだ。
「とりあえずこれ着ていて」
「あ、はい。わかりました」
彼女が着替えようと部屋を移ろうとした。
「はぁ……何買ってきても文句言わないでよ」
「えっ?はぁ……」
そう言って僕は転送装置の台座に乗りリバラディアのデパートまで向かう。
そこは、今無き無機質なシャツとジーンズを購入したあの場所の跡地にできた新しいデパートであった。以前の瓦礫の山もいつの間にか片付けられている。
僕は適当に彼女のサイズよりも一回り大きいくらいの女性物の衣服を購入する。
「あ、これお願いします」
「……………………」
レジで会計を務めるNPCは僕を見るなり、絶望一色の顔をする。僕が目をそらすとNPCは無言で素早く作業を終え、僕もそれに合わせるように無言で金を出した。
買い終えると、僕はそそくさと自分の部屋まで帰った。
「はい、これは使っていいから」
「え?あ、はい………」
僕は袋ごと彼女に服を渡した。着替えるスペースが確保しにくいのが難点だ。彼女は点を丸くしてその袋を見ている。
「ご飯作っているから着替えてきて」
「あ、はい………」
「あの…………」
冷蔵庫を開けようとした時、彼女は黒いコートを着たまま、僕に話しかけてきた。
「どうした?」
「あの………どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」
「………俺もよくわからない」
「そ、そうなんですか………」
「ただ、一つ勘違いしない方がいいこともある」
「へ?何ですか?」
「君たちをこんな境遇にまで追い込んだのはあくまでも僕らだ。下手に善人扱いしない方がいいと思うよ」
「………………………」
僕が真面目な顔でそう告げると、椎名は暗い顔をしてしまう。しかし、それが事実である。
「そうなんですね、って分かってはいたんですけど……」
「すみません、着替えてきます」
そう言って、椎名は別の部屋に行った。僕はそれを気にする気も起きずに淡々と夕食を作る。椎名は夕食を食べ始めた頃には既に先ほどまでの落ち込みも無くなっていた。
椎名は食べ終わると、自ら食器を洗いにいった。僕は水の流れる音と食器が重なって響く音を横にテレビをただぼぉっと見ていた。
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