全体主義国家 2
「これでいいか……」
選んだのは、廃工場の探索というミッションであった。どうやら、転送先はフリーディア共和国のはずれで僕が制圧した工業地帯とは別のところらしい。内戦時に半壊の被害にあっているため損害具合を調査してこいということだそうだ。何故こんな依頼があるのか、党が国家権力を掌握したときにミッションの発令権でも得たのだろうか。そんなことを気にしながら僕はその場所へと転送された。
カツン!
軍靴が鉄の床を踏みつける音はまるでこの廃れた工場に目を覚ませと言っているかのようだ。朝日がひびの入った窓からさして埃が舞う様子がうかがえる。ただ一人、ここには誰もいないようであった。錆びた手すりにそっと触れてみる。ざらざらとした感触をそっと振り払うと赤い鉄が飛び散る。
水晶を握り潰し、怪人となり僕は懐中電灯を精製した。この能力の強みをできるだけ生かしたい。生産されていた物は破れかけのポスターや残骸品から察することができた。ここは恐らく自動小銃を作っていた軍需工場だったのだろう。
ライファーから座標を算出してみると、ここが西部の農業地帯であることがわかった。そんなところにポツリと置いてある工場、旧国軍やここの労働者きっと藁にもすがる思いでこの工場を動かしたのだろう。
ボコりと穴の空いた場所を見つけた。壁に空いた半径二メートルの穴は手榴弾で爆破でもしたのだろう。もしくは怪人の誰かが攻撃を加えたのだろうか。飛び散った破片を一つ拾いあげる。勿論血痕なんてついていないのだろう。人間が死ぬよりも彼らの消失は残酷であった。何一つメッセージを残せないまま神隠しにでもあったかのように消えてしまう。プロパガンダで散々迫害するよう差し向けられても僕の根底にあった偽善は未だ消えない。
天井を見上げるとしおれたケーブルが吊り下げられたまま放置されているのが見えた。僕はそのうちの一つを掴んで断面を確認した。
奇妙だ、断面を見てただ漠然とそう感じた。その違和感を突き詰めるように他の断面を観察する。一方のケーブルは溶けたように断面が変形しているが、もう一方のケーブルはボロボロになっており、床にはゴムの屑が落ちていた。この時点で誰がここを襲撃したのかは粗方特定できていた。恐らく、アイネスさんなのだろう。彼女は元々フリーフィートに派遣されていた。その時の映像は僕も戦っている最中に漠然とではあるが見た記憶がある。炎を灯した剣と、氷を宿した剣、その二つの大剣を振り回しながら戦っていた。 単なる僕の推測であったが、炎の剣で片方のケーブルを切りもう片方のケーブルを氷の剣で切り裂いたのだろう。炎の剣によって溶かされたゴムと氷の剣によって急速冷凍させられ砕けたゴム筋は通りそうだ。だとしたら、正面でなく動揺を誘うためにわざと壁を破壊したとでも言うのだろうか。
僕は上階にあった工場長の部屋に足を運んだ。扉は枠組みから完全に外れており床に倒れこんでいる。工場長の部屋はもっと悲惨であった。工場一帯を見渡せる窓は溶けたような跡があり横一文字に豪快に切られていた。
工場長がここで殺されたのは言うまでもない。僕は工場長の部屋の写真を一枚撮ると、窓を割りそこから工場全体の半壊具合を収めた。レポートに詳細な文章を添えて仕事自体は完了であった。
(なんだこれ………)
ガラスの破片と煤に埋もれた一冊の冊子を僕は取り出した。乱雑に冊子についた破片を払うと、一ページずつ、その内容を確かめた。
内容は国防軍が標準装備していた自動小銃の設計図をまとめたものであった。彼らの銃は少なくともプレイヤーの間には出回って無いはずだ。旧政府がそもそも販売をしていなかったから。
考えてみれば間抜けな話だ。旧政権は自分から反逆者に武器を売り渡していたのだから。
それでも唯一僕らに与えなかった武器か、フリーディアの様子を見る限りほとんどの戦後設備は取り戻しているようだ。今更これを渡してもいらないだろう。僕はちょっとした記念品としてライファーにアイテムを登録した。
そのまま、転送をしてミッションを終えた。
(結局あの工場は取り壊すのだろうか………)
改装された自分の部屋でコーヒーを飲みながら僕はそう考えていた。テーブルの上のパソコンには党の下級NPCの農場がマッピングされた地図を見ながらそう考えていた。元々肥沃な土壌があったあの地域はそのほとんどが僕の視察したようなあの工場のように奴隷農場として既に稼働しているそうだ。その外れに未だ取り残されていたあの工場は逃げ出したNPCの隠れ場所としては最適なのではないか。ふとそんなことを考えたのである。そもそもあの場所でそんなことを考えるNPCがいるのか自体謎だが。
ただ、党の支配を抜け目なくやりたいのであれば邪魔な施設だろうと僕は勝手に結論づけていた。あそこに毎日通えばいつかはNPCに会えるのだろうか。そんなことを思いながらコーヒーをまた一口飲む。
テストの不安感も冷めてきたころには新しい部屋が気に入っていた。
ソファーに寝転がり映画を見ながら一服する。現実世界の僕の部屋がさほど広くないからか、こっちにいた方がいくらか気が楽だ。
時間も押してきた頃には僕は現実世界に戻っていた。いつも通りの勉強をしていつも通りの模範的習慣を送る。あっちの世界は変化ばかりで面白い、こっちの世界のいい所は法則的で安定している所だろう。きっと、僕にはまた同じ明日が用意されている。夕食をとり風呂に入り、ベッドの上で目を閉じる。ああ、変わらない。
しかし、その次の日の僕は精神的にはとても日常的とは言い難かった。
(全教科…………………平均点……!)
僕にとっては正直言って悪い点であった。僕が想定していたのは学年一桁クラスの成績を狙っていた僕にとってはあまりにも低すぎた。
「なぁ、星雲は何点だった?」
嬉々として聞いてくるその誰かの声に強烈な怒りを覚える。できることなら、そのまま自分の答案用紙を彼の口に捻じ込みたいくらいだ。
「ああ、いや…大した点数じゃないさ……」
僕はぼそっとそう告げて席に戻る。教師がテストの問題を解説し始めた頃には僕の答案用紙は丸まった紙の束になっていた。
学校の終了を告げるチャイムが鳴り響く。一斉に下校する生徒に追いつくこと無く、僕の足はとぼとぼと学校の最寄り駅まで向かっていた。ただ、ぼぉっとしたような感覚が思考を静止させる。最早何も考えてたまるものか。そんな意地がどこかにあったのかもしれない。
家に帰り朧気にスマホを開くと何やら通知が来ていた。それは電子マネーの口座からであった。リベラを現実世界の金へと換金するにはそれ専用の口座が必要なのであった。実際名義上はアボスの子会社である所が金庫代わりになっていた。
奇しくもこの日は、僕の暗い木曜日であると同時に党からの初任給が配給される日でもあった。額に関しては細かいことは聞いていなかったが、それなりの額を期待していた。
「…………………」
百万円、そう百万円であった。およそ高校生が持つことの無いであろう金が僕の目の前にある。
嬉しいのだろうか、それともこんなことで利益を見出した自分が虚しいのだろうか。ふと、涙を出したくなった。しかし僕の目は枯れてその怒りは拳が固く握っていた。
現実世界で負けに負けて結局味方したのが、単なる遊びだという事実は揺るぎない。どれだけ否定してかかろうとも否定できない。自分の理想像が崩れていくのが分かった。重荷を背負って歩んできた道中で転んだようになんとも呆気ない。
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