全体主義国家 1
郊外に存在していたのは巨大な直方体のコンクリートの塊であった。戦前の面影はそこには全く無かった。直方体の施設が転々としているだけ。それ以外は何もない更地と化していた。レンガ造りの建物も近くにあったはずなのだが、それすらも見当たらない。
「あの……」
僕はコンクリートの塊の前に銃を持って構えていた警備員に話しかけた。
党員服に似た制服を着用しているということはこれは党の建物だったのか。
「はいどうされましたか?Phy少佐?」
「え?少佐?」
聞きなれない呼ばれ方に困惑する。少佐、その階級について記憶を掘り返してみると確かにそんな記憶があった。ここまで国が再興したからには、国防軍も整備されたのだろう。その少佐は定期テストに追われていたわけだが。
「ここはなんの施設?」
思い切って僕は敬語を使うのをやめた。彼はどう見ても僕より身長も高く
年齢は上であろう。だが、相手が下出に回ったのならば話は別だ。まぁ、自分からそう接してきたのにいきなり怒るなんてことも無いだろう。
「ええ、ここは下級NPCたちの労働施設ですよ、少佐」
その言葉に頭がついてはこなかった。
「えっと下級NPCって何だ?」
「そういえば少佐はここに顔を出していなかったですよね」
「ああ、できればフリーディアがどうなったのは教えてほしい」
「ええ、かしこまりました。ここで立ち話ししているのも難ですし中に入ってください」
彼はそう言って代わりの警備員に仕事を任せると巨大なコンクリートの中へと僕を案内した。
「ここは……」
施設の階段を上がり続け最上階にたどりつくと、そこには彼と同じように党員服まがいのものを着た職員たちがなにやら勤務している。
(監視室…)
看板には英語でそう書いてあった。それが演技のいいものに見えることはない。少なくとも僕には胸糞悪いと言えるだろう。
監視塔のような上階の一室でその説明は行われた。窓からは労働者たちがせっせと作業している様子が見える。腕にライファーが巻き付けられていない。恐らく、NPCのなれの果てだ。
「ああ、彼らがその下級NPCですよ」
警備員とは別の者が紅茶と菓子をテーブルの上に置いた。
「党が敷いた政策で、NPCを階層ごとに分けるというものがあるのですよ。下級、中級、上級の三段階です。下級の彼らは工場や農場での労働を行います。まぁ、言い方を悪くすれば奴隷ですね。中級の僕らがその監視役を務めます。例えば、ストライキを起こしたり脱走を図ったりした時の処罰なんかですよ。そして上級の人々は市民としての生活が完全に認められています。例えば、リバラディアやフリーフィートにも住めますし、希望すれば職も無理のない限りは自由です」
「僕はそういう彼の腕を見た」
ライファーが無い。つまり、ここはNPCだけで運営されている施設だったのか。
「君も元々はフリーディアの住民だったのか?」
僕は彼にそう尋ねた。いくらなんでもこんなに冷静に同胞を虐げられるのか、そんな憎悪にも似た正義感で心がいっぱいになる。
「いいえ、僕は党によって作られたNPCです。ここにいる管理側の者はみんなそうですよ。下級から中級に昇格している者も中にはいるとおもいますけど。少数派ですよ、それは」
「そうか……」
彼の言葉には悪意があるのか、それすらも今は考える気力が無かった。
「にしても国家のシステムもリバラディアやフリーフィートもよくこんなに早く復興したな、少なくともクーデター直後の悲惨さは知っているからな」
NPCは首をちょこんと曲げて考えるポーズをとると一つの結論を提示する。機械の軌道音が断続的に聞こえる中の数秒の沈黙である。
「ああ、まぁそれならなんだか建物がいつの間にか立っていたなんて話を聞きましたよ。少佐のお役に立てる情報かわかりませんけども」
「ああ、問題ない。ありがとう。じゃあ最後に、君の名前を教えてもらえる?」
「はい、僕の名前はG―001293です」
「ああ、そうか………。覚えておくよ」
僕はそのままこの陰湿な要塞を出た。彼らの目が無くなると僕はすぐに走りだした。水晶で変身することすら忘れている。ただ、何としてもあそこからは離れたい。頭にあったのはそれだけであった。
その駆け足のままリバラディアに戻る。特段目的などは無かった。ただ、ここから逃れようというだけであった。どれだけ走っても体力は一向に減らない。それはゲームのシステムによるものだ。
「ふぅ…………」
次はどこに行くべきか。ぱっと考えて思いついたのはワープホールであった。思い立ったが吉日、そんな言葉を頭に思い浮かべながら怪人化してワープホールまでかけていった。ここぞとばかりに水晶が取られる危険性があるとも考えたが、どうやら、党のプロパガンダの映像に水晶を使って変身する僕が映っていたため、もはや下手な隠し方では通用しない。
ついてみるとここだけは戦前と全く変わらない場所であった。未だに初めてここに来た時の衝撃を思い出す。乾燥した大地に突如現れたかのような近未来建築物と言っても過言ではない。
(何かミッションでも受けるか…)
先ほどの後味の悪さを打ち消したいというのが正確であった。自分が加担していたとはいえ、そこまでとは思っていなかった。正確にはそれを利権という甘い蜜で打ち消していたのだ。
自分の部屋に入室しようとすると僕は転送先に違和感を覚える。
(ひ…広い……)
それに完全に別部屋になっている。とても豪華に改装されたその部屋はさながら高級ホテルのスイートルームだ。転送の手違いか。しかし、ライファーが示す位置情報や座標は元々の僕の部屋と一致していた。
(そ、そうだ。装備……装備は……!)
僕はすぐ目の前に見えた木製の美しい装飾のついたクローゼットを勢いよく開ける。一切の軋みなく開いたクローゼットの中からものを取り出しては確認する。内戦で使った銃や防寒着、高いものから安いものまで一つ残らず僕のものだ。
クローゼットの横に据えられた縦長の鏡がふと目に入る。僕はふと気になったことがあった。
(僕の怪人姿はどんなものなのか)
そんなことに好奇心を滾らせながら水晶に手をかける。もはや慣れた手つきで水晶を割り僕は怪人になった。軍服に身を包んだ僕の素顔はロボットであった。その予想と真反対の見た目に驚いてしまう。まるで幼い頃にみたヒーローのようだ。僕は反射的に自らを人と見られないことへのショックか軍服の上着を脱ぎ棄てた。僕の体は装甲といえる金属片に覆われていた。サイボーグという言葉では生ぬるい。全身がロボットであった。
体にそっと触れてみる。やはり冷たい、しかし強そうだ。僕はライファーから変身を解除し再び軍服を着た。そして何事もなかったかのように次のやるべきことに移った。
部屋の管理機能の付いたタブレットが通常は部屋にあるものだ。僕は部屋を右往左往してベッドルームでそれを見つける。
部屋のモデリングを確かめるとそこに党からのメッセージが残されていた。内容を簡潔にまとめれば、特権階級用の部屋を用意しましたということだ。部屋のモデルは直接変えられたらしい。
そんなことができるのかという感心と、勝手にやるなという苛立ちが交差する。もしも党に裏切ることがあればすぐに見つかりそうですらある。
居間にあたる場所に転送装置は置いてあった。ソファーとテレビが睨み合うのを静観するようにして堂々と設置されている。
モニターからミッションを選ぶ。と言っても今の僕に本気で戦う気力はあまり無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます