スペリオル=フリーディア戦線 3
「八時までどうするか…」
このまま復旧活動を手伝ってもいいのだろうが、僕には他にやるべきことがあった。それはテスト勉強である。僕はゲームからログアウトしてナイフから鉛筆に持つ手を切り替えた。
かりかりとノートに答えを記入する。全く面白くは無いがやらなければならない。理由などないのだ
時計の針が八時に迫ろうとしていた頃には僕はゲームを始めていた。怪人に変身し旧本部から新本部へと走って移動する。五分前には現地に到着していた。黒服の連中がすぐそばにいることはすぐに分かった。僕は、彼らと軽い挨拶を交わして会議室へと向かっていった。
(普通に悪い人ではないんだが…)
怪人になると一気に悪人感が増してしまうのはなぜか。会議が始まるとその前に何故か怪人に変身することを促された。
「なんでこの姿に?」
僕は同じ軍服のプレイヤーに尋ねた。
「ああ、この方が雰囲気出るだろう?」
ただのノリだったようだ。
会議室の中央には党のシンボルたるリベラルギアが床に描かれている。それを囲うようにして設けられたおよそ三十の会議席に一人一人座る。その光景は特撮映画の撮影と間違われてもおかしくないほどだ。
この異端なる将校団の先頭を仕切るのは個人戦力ランキング一位のプレイヤー、アイネスであった。女性である。彼女はアメリカ人だそうでプレイヤーの表記も当然英語だ。ランキング一位だけあって、様々な噂が飛び交っているが、その真偽は誰も知らないそうだ。スコア自体は僕とは桁が一つ違う。まさに圧倒的だ。僕は彼女の話を聞く。
どうやら、この会議室は僕ら水晶の所持者専用に作られた場所だそうだ。どおりで席の数がほぼぴったりなわけだ。軍事作戦の会議もここで行うとのことだ。そう話している姿を見るに本当にゲーマーか疑いたくなる。
彼女の怪人となった姿は薔薇がモチーフになっているようだ。僕の怪人としての異端な部分がこの場になって浮き彫りになってくる。先程まで軍服を着ていたはずの彼らは怪人となったときには全く異なる服装をしている。そのまま軍服を着ているのは僕だけなのだ。それが何を意味しているのかは分からないが僕の姿は他の怪人と比べて地味にも見えた。
案の定話しあったのはこの国の新しい国防軍であった。国防軍は政党の管轄にある組織という扱いになるそうだ。これは予想内のことであった。
問題になったのは海外の諸国がこちらに向けている明らかな敵意についてであった。フリーディアは大陸の端にある国だ。領土を接する国々は既に党の異常性に気付いており、すでに国境には大量の兵士が配備されている。
一番の問題なのが、国がプレイヤーを傭兵として雇っているという点だ。こうなれば、僕らの強みであった強力なプレイヤー兵士を用いた電撃戦のようなやり方も強みが無くなる。
「水晶を所持しているプレイヤーはいるのか?」
議席の一つからそんな声が聞こえた。声の主は英国紳士のような見た目にピエロのような仮面を被った者であった。名前は僕もよくわからない。
「いえ、まだそんな情報はありません。しかし、この水晶が突然党から配られた故に私たちもこの水晶の出所を知りません。何度か党首にも聞いてみたのですが、一向に教えてはくれませんでした。私たちが入手法について知らない以上は相手の手に渡らないように阻止することも叶いません…。少なくとも今自分たちが持っている物は絶対に安全に保管しておくようにお願いします。皆さんも知っていると思いますが、それはあくまでもアイテムです。他の人の手に渡れば党の利権の崩壊に直結しますので…」
長々と話した情報は僕の耳にもしっかりと入った。招待不明の水晶、送り主の党首に掛け合っても答えてくれないのだとしたら、もしかして量産可能なものなのか?それとも単に水晶についての情報を漏らしたくないだけか…。
あらゆる可能性が考えうる以上答えを無理やり探すほうがナンセンスか。
結局会議で決まったのは国境線に配置している兵士が越境してきた際にすぐに戦闘を始められるように現実世界で通信できるようにしておこうという内容であった。原則英語で発信されるのだという。
メールアプリのアドレスをお互いに共有するとすぐにログアウトしアプリからグループチャットが開かれた。
(英語の勉強も頑張るかぁ…)
一人の部屋でこっぴどいため息をついた。ベッドにもたれかかった身体を一旦起こして風呂を浴びる。明日の学校の支度さえしてしまった僕はまた鉛筆を持って問題集を解きはじめた。
「面倒だなぁ…」
vr世界と比べてこの世界は窮屈だとも思ってしまう。あの世界では軍の中枢にさえ登りつめたというのに、この世界でしていることはせいぜい勉強だ。いつか、こんなことすらしない日がくるのだろうか。そんなことを思いながらひたすら書かれた汚い文字を今一度見つめなおしては、その中から判読できない文字を消して丁寧な字に書きなおす。睡魔が襲うまで、それを続けているだけであった。
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