スペリオル=フリーディア戦線 2
フリーディアではもう既に復旧作業が始まっていた。どこの国にも貫徹してまで、この作業に没頭できるような暇人はいるようだ。だが、リバラディアの近未来的な都市景観はもう二度と見られないようだった。すっかり火を浴びてしまい黒い辺獄のような景色が隅々まで広がっている。唯一まともに利用できる施設はワープホールのみときた。
皮肉にも、リバラディアのビルの面影は未だ健在であった。僕が、歩道を歩くたびにそのゴーストタウンからの暗い視線が突き刺さる。都市の労働者は一夜にしてスラムの民へと転落した。軍服に身を包んだ僕の姿を見た党員たちは敬礼をし、それ以外のプレイヤーたちはその酷い景色に唖然としつつ僕を含めたこの組織の普通をただ見ていた。
この戦争は虐殺である。それは誰よりも実行犯たる僕が自覚していた。この都市の制圧を担当していたのはたしかロシア人のプレイヤーだったはずだ。ランキング3位の猛者にして、その能力はミサイルの精製であったと聞く。彼と直接話したことはないが、今は話す気も起きない。
もしかしたら、フリーディアの中でも復旧作業が進行している地域はまだましなのかもしれない。党の広報から発表された情報によれば、旧戦線の一部ではプレイヤーの能力によって毒ガスが散布された影響で、今も立ち入り禁止になっているそうだ。迷惑なことに、そのガスの効果はNPCだけでなく、プレイヤーにも及ぶそうだ。
党の主導する復旧作業にはいくつか優先順位が定められており、外国との関係を構築するための証券取引所や木端微塵にされた政府機関の立ち上げが突貫的に進められている。
廃墟となった公務館の屋上から垂らされた巨大な宣伝ポスターが風になびく。黒い背景に異様にたたずむそれをぼぉっと見ながら僕はある場所へと向かっていた。それは、この共和国の首都であったフリーフィートである。党員になってから一度行ったきりだが、中継されていた映像を見返す限りその経験は役に立たなそうであった。道中で僕を睨んだのは年端もいかない十歳そこらの子供であった。僕はその子と目を合わさない。ただでさえ、周囲の光景に視点が定まらないからだ。
「…………………」
言葉が出ないとはこのことか。何よりも、自分がこの作戦の功労者の一人であることに憤りを覚える。この世界もこの都市もすべては虚構だ。当然、僕の頭の片隅にもその事実ははっきりと存在していた。
それなのに、納得がいかない。昨日の自分を思い返す。何故、抵抗すらしなかった労働者を蜂の巣にしたのか。なぜあんなにも忌避していた水晶に手を付けたのか。もはや、わからない。何か巨大な狂気によって突き動かさせた僕は既に怪人なのだ。
党員は指示を出し、その下で実際に働いているのはNPCだ。何故、奴らは誰一人自分の行いに憤りを感じない。胸糞悪いとは思わなかったのか。
行き場のない憎悪が僕の全身を蝕んだ。この場で一人ただ黒い砂漠を歩きながら、制帽を手で押さえて深くかぶる。風になびいたマントをもう片方の手で引っ張りながら、重い一歩を繰り返す。
党員の姿すら今の僕には怖く映ったのだ。
突貫工事で修復された建物の内、一つだけ既に完成しかけていた建物があった。その建物だけが元のフリーフィートの原型を保っていた。
党員が時折出入りを繰り返すそこが新しい党の本部となるのだそうだ。
「おい……あの人がPhyか?」
どこからかそんな党員の声が聞こえた。
「ああ、軍服見りゃわかるだろ。未成年であの階級だとよ」
僕は党が正式に政治システムを構築した暁には新設される国軍の将校として登用されると聞いた。階級は少佐らしい。元々のプレイヤーとしてのランキングの低さか、それとも年齢が祟ったのか、怪人に変身できるプレイヤーの中ではかなり低いほうだ。僕は特に仕事と給料の比較でしか見ていないが、まぁこれが美味しいわけだ。自分のこの世界での活躍が身を結んだようだ。
(ただ、問題はこんな有様でいつになったらまともに経済が回り始めるかだよなぁ…)
僕がまともに金を得られるのもいつになるのだか。経済が回復したらたんまりと要求してやる。この戦争での僕の心労も並々ではない。
しばらくここにいてもつまらなさそうだ。外国に行ってみるというのも一つの手段なのだろうが、ライファーから流れてきたニュースによると全ての隣国が国境封鎖をしているのだという。武力で突破したい所だが、生憎と国境の先にもプレイヤーは当然おり、彼らが快く対応してくれる可能性はそう高くない。各国の報道機関のスペリオル党の評価が低いことはもはや常識だ。
ライファーから入手できるニュース記事では、虐殺者だの、独裁だの散々
なことを書かれていた。
(ま、当然か)
僕も渡航したことはないが、なんとなくわかる。しかし、外国との交易すら差し押さえられるとますます経済的に混乱しそうだ。
僕は新設された党の本部へと向かった。内部は外の光景が嘘のように煌びやかである。どこからか持ってきたのであろう観葉植物が金色に照らすシャンデリアに反射する。ロビーには党が奴隷用に制作していたNPCがスタッフとして配置されていた。日本語がどこかぎこちないような感覚がするが、昨日の今日で日本語に対応したことの方が驚きであった。
内部では党員ががやがやと何かを話している。話しによると党員幹部の会議は今日には始まるようだ。そこで国力回復の対策を話し合うそうだ。まぁ、参加できない僕としてはまともな案がでることを祈るばかりだ。
「それじゃあ、行きますか…」
今日僕が、ここに来たのには二つの理由があった。一つは眠すぎて知れなかったこの国の行方を知るため、もう一つは怪人としての僕に似合う武器を探すためだ。僕の怪人としての長所は何か。それを昨日の戦闘中にずっと考えていた。徒手格闘や運動能力も人間とは思えないほどに高いスペックを誇っているが、他の怪人とどこまで肩を並べられるかは未知数だ。
だからこそ、怪人として僕が持っている最大の特徴である『ウェポン・ジェネレーター』がこの課題の軸になるのだろう。この能力があるならば、武器などはいらないと考えてしまうが、実際に使い慣れると不満の一つや二つが出てきた。それは、スキルポイントの消費だ。このゲームにおける特殊な要素であるスキルはプレイヤーにバフを付けたり、必殺技として使えたりするのだが、それにはスキルポイントの消費がつきものだ。強い効果のあるスキルならばおのずと大量のスキルポイントが削られる。スキルポイントが足りなくなってしまえば、自ずとスキルは使用不可になる。一般的なRPGでも見慣れたありきたりなシステムだ。
『ウェポン・ジェネレーター』の使用時にもこれが消費されるのだが、他のスキルと比べて圧倒的に消費が激しい。武器の精製にもスペックごとにそれ相応のポイントが消え、重火器ならば弾薬の補給にも逐一ポイントが要求される。火炎放射器の燃料消費は悪夢のようだ。
だからと言って近接武器も使いやすいわけではない。使っていたナイフはどうも精度が悪く、壊れやすい。途中から敵兵のナイフを鹵獲して使っていたくらいだ。だからこそ、自前の装備代わりとしての扱いはできないのだ。
僕のライファーのアイテム欄に残っているスキルポイントの回復薬は一つもない。大量にあったはずだが昨日の戦闘で使い切ってしまった。
効果的なこのスキルの使い方は何か。そして昨日出た結論は臨機応変性であった。特殊な相手が出てきた時などは僕のスキルは非常に効果的だ。相手の弱点さえ知っていればそれを簡単につくことができる。そして、基本的燃費の悪いこのスキルでも手榴弾などの投てきは比較的安い。使用頻度が低くて、銃のように継続してコストがかからないからだろう。
基本的に『ウェポン・ジェネレーター』で精製した武器は使い捨てが前提と考えるのが正しいようだ。つまり、手ぶらで戦うよりかは長持ちする武器を併用した方がいいのではないか、そう考えた。銃は衣装装備である弾丸ケースのみを持ち歩いていれば、概ね解決しそうだ。通常はそれで解決するのだろうが、次あのようなスキルポイントの大量消費の機会があるととても弾丸のケースだけでは収まりきらなさそうなので近接武器も買うことにした。
僕は新スペリオル党本部を見るだけ見るとそのまま、引き返し旧本部のある所まで向かっていった。道中は堂々と怪人となる。この方が人間の姿の時よりも数倍早くたどりつくからだ。それにこの水晶の提供主である党がこの国を掌握してしまった以上、特に誰かに何かを言われることもないだろう。
昨日の凄惨な戦闘があったというのにも関わらず党の旧本部は忙しい。新設された本部よりも人の出入りが激しいのはぱっと見てすぐにわかる。
僕はそんな光景を横目にショッピングセンターへと向かう。ここはいつも通りの人だかりではあるが、戦争に使われたのか商品はあまり無かった。特に、奴隷として売られていたNPCは一人残らず消えており、彼らがどこにいるのかは道中の光景を見れば明らかであった。
(そもそも、個人所有している人がいるのか謎だけど…)
何回も足を運んだことはあるが実際に購入した姿は見たことがない。無人の奴隷売り場から目を背け、僕は近接武器を販売しているところへと向かった。ナイフ、斧、マチェット、剣と物騒な品々で溢れかえっている。僕は一つ一つの武器を手に取っては左右に目を見張らせながら一回、二回と振ってみる。重い金属が風を切る音はどこか綺麗だ。
「あ、いたいた。あの~Phyさんですよね?」
その言葉に背筋が凍る。僕は急いで持っていたナイフを軍服の内側に隠し声のする方向を向いた。
「ああ、ええっと、何か?」
目に映ったのは同じ党員の人間であった。国籍は珍しくも僕と同じ日本人だ。もしかしたら初期部隊の一員だったのだろうか。
「えっと、伝言なんですけども同じ黒い軍服の人たちから夜の八時から会議をやりたいのでフリーフィートの方の本部まで来てくれって」
「ああ、そうですか。了解しました」
僕は彼に一度お辞儀をすると、彼もことを済ませたのかその場を去っていった。ナイフを商品棚に戻して僕はライファーの予定帳にそのことを記載した。
黒い軍服の人たち、それは恐らく怪人たちのことだろう。彼らも全て国防軍に編入されるそうだからその関係の話だろうか。剣の峰が証明に反射して輝く光景をぼぉっと見ながらふとそう考えた。特段値打ちものが無い分僕は剣にも興味を見出していた。西洋発祥のスタンダードなロングソード、持ち手を握って持ち上げると手の筋肉がこわばるのがわかる。
(お、重い…)
重いものを持つのにもそれなりの自信があったがどうにも重い。これを振り回していた西洋の騎士の苦労も今なら理解できる。一方の日本刀を僕は手に持ってみる。西洋の剣よりかはいくらかマシであった。
(少し軽いくらいか…)
手に持った感覚はなんとも言えず、鞘を腰につけてみると思いの他様になる。自分で言うのも難だが、その恰好は戦前の日本軍人だ。
(格好いい…)
自分の姿に少し好感を持てる。実用性は知らないが見かけは軍服と実にあっていた。僕はこのゲームで剣類の武器を使ったことがないため、スキルなどは最初から取り直しになる。それは非効率だ。僕は日本刀を捨て、ナイフが飾られたウィンドウを見る。また少年心をくすぐるデザインのナイフが飾られていた。値段こそ高いが、ビジュアルと共にその能力も一級品だ。
近接武器も長く使用することになるだろう。だったら高い投資こそ重要。そんな考えも頭によぎる。だが、本心では何よりも見た目の方が魅力的なのであった。
僕はその魅力にひかれナイフを購入した。きっとそれは衝動買いとでも言うのだろう。早速腰に巻き付けてみる。ナイフの名前はクロムディエルと言うそうだ。僕にはのナイフ名前には詳しくないのでなんとも言えないが。一見底がないように見えるがゲームでの解釈な分には大した意味もなさそうだ。
その後、弾丸のポーチを購入して腰の反対側に取り付ける。ただ、これは反対側で輝くナイフと比べると非常に地味だ。
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