スペリオル=フリーディア戦線 1

「待ってました!Phyさん」

 党員のバッジを付けた男女数名が廃墟と化したビルの一階にたどりついた僕に一礼する。僕は彼らよりもこの建物の惨さに関心があった。煤が舞う中で生き残りを喜ぶようにひときわ明るいパソコンにぷつり、ぷつりとノイズが走る。やがて穏やかに画面は暗転する。黒い画面をぼぉっと眺めている内に党員は転送装置を僕の目の前に用意した。

 「さ、どうぞ」

 彼らの声にはっとする。すぐに台座に乗り僕はこのクーデターの最終局面に向かった。

 僕は元々、この一連の出来事をクーデターと言っていたが今はもはや内戦と言って差し支えないだろう。このフリーディアの一日で誕生した荒廃を元の姿に戻すには途方もない時間がかかるだろう。いくら僕らが苦戦したとはいえ、彼らが所有していた爆撃機も少なくとも今の僕には左程の脅威にもなりえない。恐らく戦車も『ウェポン・ジェネレーター』を使えば有利に戦えるだろう。僕らもましてや一般兵でさえ、彼らにとっては超人に等しい存在だ。なぜなら、僕らは何度殺されても蘇るのだから。

 そう言った意味ではここでの内戦に負けたとしても運命は変わらなかったのかもしれない。

 僕の転送先はテントの中であった。五、六人用の少し大きなテント。そこにあった長いテーブルに回復アイテムが申し訳程度に置いてある。僕は自分の体力を見てテントを出た。中では今にも幾人かの兵士が現場に走ろうとしていた。屋外に設置されたテント群は臨時的に作られたにしては信じられないくらい立派だ。党の優勢がよくわかる。

 兵士たちについていくと、既に場所は前線であった。僕は既に警戒心を張り巡らせていた。銃声が絶えず耳をつんざく。しばらくすると味方と敵兵の姿が見え始め、僕は彼らに交じって銃を撃つ。塹壕戦にはなっておらず散兵がひたすらに白兵戦を繰り返していた。

 (ここで新しい能力を試すか)

 物陰に隠れてひたすら敵を待ち伏せする。すると一人敵兵が丁度よい位置に現れた。

 「カッタースナイプ…」

 このゲームのスキルはライファーから発動するか音声認証によって発動するかの二択の発動法がある。『ウェポン・ジェネレーター』を使った時は前者のやり方であった。

 僕の手には手のひらサイズの小さな丸のこぎりが発生する。丸のこぎりと言っても、円の中心には穴が空いており、エネルギー体のようなものでできている代物だ。それが何かは僕にもわからない。ただとげとげしいのだけはよくわかった。 

 (歯車みたいな形をしているから…名前はギアでいいや)

 スナイプと言っているのだから、これを投げて敵に当てるのだろう。僕はフリスビーを投げる要領で敵兵に向かってギアを飛ばした。

 僕はものを投げる力が弱い。基本的に体育のソフトボール投げではクラスの最下位になる。だからこそ、変な期待はしていなかったのだ。

 投げられた刃物は若干の軌道を描きながら敵に近づいていく。そして、見事に的中した。首元に命中し一撃で敵兵は消えていった。

 僕は疑問に思い再び激戦区に戻る。あえて狙わずに敵に向かってギアを飛ばす。ギアは物理的にはあり得ないような角度の急旋回をして最も近くにいた敵兵を殺した。

 おおよそ確証がついたが、僕は何度もそれを投げる。自分の投げ方を問わずにギアは次々と敵兵を切り殺す。

 (自動で当たる飛び道具ってことか)

 その効果は北欧神話のグングニルを彷彿とさせる。まさに投げるのが下手な僕には一番の武器だ。

 「…………ポイントキラー」

 そう呟くと手には赤い点のようなエフェクトが発生していた。もしかしたらと思い敵に向かってその点を投げてみる。すると敵に向かって命中した赤点は大きくなり敵を拘束していた。広がりきった丸い赤点の模様は命中した部分が中心となるようにデザインされていた。しばらくぼぉっと見ていると赤点は点滅し始める。恐らく効力が無くなるサインだと判断した僕は赤点の中心を蹴り上げた。すると敵も点滅しながら恐ろしい速度で飛ばされる。そのまま兵士は死んでしまった。

 (束縛と近接攻撃ってことか…)

 水晶の与えたスキルはバランスが取れている。射撃に近接、そしてサブのように見せかけた武器精製と地盤は盤石だ。シンプルだが、攻撃手段も武器精製を使えばかなりのパターンになる。

 (もしかして、最強能力なんじゃ…?)そう思わせるくらいに理想的だ。

 次第に敵の攻撃が僕に集中してくる。それは僕が怪人としての戦果を上げてきたからだろう。どうせ、他の戦線でも怪人がやりたい放題しているのだから僕がマークされるのも無理はない。

 戦車がこちらに向かってくる。主砲が放った弾丸を躱すとサブマシンガンが次の装填までの時間稼ぎをしてくる。変身前ならば逃げていただろうが今の僕には行けるんじゃないかという考えが飛び出て止まなかった。

 「ウェポン・ジェネレーター、パンツァー・ファウスト」

 僕の下に出てきたのは先ほどのフリーガー・ファウストの親戚にあたる武器だ。当然、こちらも現代では骨董品扱い間違いなしの代物だ。巨大な弾丸をセットし腰を構えて僕はそれを撃ちだした。ロケット弾はまっすぐに敵戦車へと突進していき側面にぶつかる。爆発したと同時に戦車はもう動かなくなった。煙が晴れて見えたのは走行が破られていることであった。

 なぜ、これらの装備が国軍の兵器相手に通じているのか、その大きすぎる疑問を解消するのにこの戦場は不似合いであった。ただでさえ、僕の全財産を抱えている状態で戦っているのだから敗北は絶対にできない。過去の努力を水の泡にはしたくないのだ。

 その後も火を絶やさずに戦闘は続いた。火の粉が絶やさず土から宙に舞う。僕はその火の粉を振り払いながら前進する。戦車の砲撃を紙一重でかわしてミサイルを撃ち込む。爆発の中を進み、ギアを投げて兵士の悲鳴がした方向へとひたすらに進む。飛んできた戦闘機を爆破しやがて機体は地面に突入する。何人やったのだろう。兵士が逃げていく光景を目にすれば、火炎放射器で執拗に攻撃し、決死の覚悟でかかってきた兵士をナイフで葬る。

何機、何人、何台壊し殺したのだろう。もはや数えていない。

 「はぁ…はぁ………」

 どのくらい時間がたったのだろうか。流石に疲れが生じてくる。ライファーが何かを受信する。『殲滅に成功した』、その第一文からはじまったそれは内戦の終結を教える内容であった。フリーディア共和国の征服に完了したかの党が作る新たな国は少なくとも素晴らしくはなさそうだ。

 僕はゲームからログアウトしてそのまま目をつむる。思い出したようにゴーグルをベッドの下に滑りこませるとそのまま眠ってしまった。

 ぐったりと意識を失い朦朧とした中で目を覚ます。そのあやふやさは夢か現実か区別できないほどだ。

 僕はあの世界がどうなったのか知りたい。だが、興味と恐怖が戦っているようなそうでないような…もしかして昨日かなり遅くまでやっていたせいで睡眠時間が削られていたのだろうか。分別もつかぬ自分に呆れて二度寝してしまいたい欲を抑えては教科書をリュックに詰めて、外に出る。

 (面倒だなぁ…)

 時間は既に登校時刻に差し迫っていた。僕がどうこう言えるような時間帯でないのは僕が一番知っていた。これ以上、何もしようがない。それだけが行動する根拠であった。ぼぉっとした不明瞭感が視界に濃霧を作りだす。ここはどこなのか、それを知ることにさえ僕は全力を使わざるを得なかった。

 どこからかクラクションが鳴る。僕は聞こえているような、聞こえていないような矛盾した感覚に対してただただ傍観を貫いていた。

 「おい、人がはねられたぞ!」

 どこからか、切羽詰まった男の声がする。どうでもいいと自分の世界から、シャットアウトし、淡々と歩き始める。なんのことやら、僕には関係ない。

 ため息をつき次の一歩を踏み出そうとすると地面を踏みはずし、その足は空中に引っかかる。危うく転びそうになる。まるで、いきなり宇宙空間にでもほうりだされたように感じる。頭の霧が晴れた時、ふと地面に倒れている男を見た。

 それは、僕であった。

 「うぅ………」

 僕はベッドから体を起こす。全く酷い夢を見た。時計をみれば、もう昼近くだ。昨日に続いての休日僕はあの世界へと向かった。

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