フリーディアの悲劇 5
自室に戻り、僕は軍服に着替える。水晶は服の下からかけてある。ハンドガン、スナイパーライフル、アサルトライフル、僕は自分が持てる限りの装備を体にまとう。
時間は八時五十五分、自室から出て僕はワープホールのエントランスに出た。その頃になるともうエントランスはいつもの空気をしていない。軍服を着た男たちがちらほらと見える。どこかに整列している訳ではないのかと不安になるも、彼らが動き出す気配は無かった。
ライファーの時刻を見ながら心臓の鼓動をどうにかなだめようとする。深呼吸は時折乱れては落ち着きまた激しくなる。一般のプレイヤーはそのどこかいような雰囲気を察してすぐにマイルームへと向かう。
当事者である僕ですらその重圧にある種の恐ろしさを感じていた。デジタル時計の59の秒数が一新されついに00となる。時刻が九時になった時、銃声が一発響いた。
その銃声にまだエントランスにいた冒険者たちが各々動揺する。下級兵が彼らに対して退散を要求する。彼らがそそくさと出ていく様子が僕にも見えた。そして、党員のみとなったエントランスで各部隊が整列する。司令官と名乗っていたのは演説をしていたあの党員であった。僕は昨日の説明通りに指定された転送装置に部隊を並ばせた。特に言葉を使う余地は無かった。アジア人で構成されているため、大半は言語が通じない。慣れない英語でやり過ごすことも考えたが、向こうが英語を使える保障がない。
ハンドサインでこっちに来いと伝える。流石に単純なハンドサインだったため、全員がそれに従ってくれた。そして移動が始まる。
僕は先陣を切って転送した光がはげた後に見えたのは案の定工場であった。空を見上げると黒い煙が空高く上がっている。それはまるで雲を作っているかのように。二、三歩その場から離れると次々に兵士たちがこの場に転送されてくる。そして、彼らは僕の前に整列する。その機械のような行動に戸惑いつつも、僕は手前の工場を指さして、自ら先陣を切って走っていった。それに続いて、彼らは走っていく。
工場の大きな扉を指さして、一人の兵を前に立たせる。錠前に向かって銃を構えるジェスチャーをする。手を離すと兵士は理解したのか手に持つライフルで錠前を破壊する。その音を合図に僕はドアを蹴り上げた。
本来、無用な殺生を避けるのがクーデターとしても基本なのだろう。しかし、党が支持したのは一方的な攻撃であった。ぞろぞろと出てきた兵士たちが横一列に並び銃弾を浴びせる。わけもわからないまま工場の従業員たちはやられていく。僕は背後で待機していた兵士たちをサイドから突入しろと指示するために彼らに向かって進路方向に指を指す。彼らが次の部屋にぞろぞろと入っていき、再び銃声が聞こえる。そして、断末魔の声もはっきりと聞こえた。彼らは初めから存在していなかったかのように呆気なく消えていく。
そんな彼らに兵士たちは容赦なく弾幕を浴びせる。僕が次の部屋に向かった頃にはそこに誰もいなかった。生産ラインを見るにどうやら車の工場なのだろう。僕は障害物を避けながら走り、彼らの前線に追いついた。そして、僕もアサルトライフルを構える。脇腹に力を入れて、従業員を撃ち殺す。
彼らにはまともに抵抗する手段がない。こうなるのもある種の必然だったのだろう。突然、窓が割れる音がする。一人の従業員がそこから抜け出そうとしていたのだ。僕は彼をハンドガンで射殺する。その男の頭部が撃たれて窓の外に遺体が落ちていく。ついに、その落下音は聞こえなかった。
ドアを蹴破るとそこは再び外であった。幾人かを指名しこの工場に待機させる。少し、減った人数で今度はもう一つの工場を襲撃する。人数が減ったとはいえども、やはり彼らは民間人でありNPC、僕らには勝てっこないのだ。そしてついに二つ目の工場にも静寂が訪れた。天井の照明がまぶしく見える。そんなことを繰り返している内に半分ほどの工場の従業員は虐殺された。ライファーから連絡がくる。どうやら、国防軍が動きだしたようだ。選挙期間を狙ったためにその可能性は極力少ないはずであったが、それだけではどうやら駄目なのだろう。僕は兵士を一人一人工場の隠れ場所に待機させていた。一部は進軍のための派遣となる。この工業地帯はフリーディアの経済を支える重要な場所だ。戦車や戦闘機を使って焦土化を試みるよりかは歩兵派遣の可能性が高い。そして僕も工場の奥に隠れた。案の定彼らは明かりがついた工場を襲撃し始めた。僕のいる奥の工場までその銃声が聞こえてきた。
ドン!
この工場にもとうとう国防兵士たちが駆け込んできた。それを見て僕はライファーからアイテムを取り出す。取り出したアイテムを一本ずつ並べてライターを取り出す。ライターは音もなくひっそりと火を灯した。まるで、一輪の小さな花のようだ。僕は、一つ一つにそれを灯していく。瓶に詰められた油に浸された紙に火を灯していく。灯された花々の寿命はそう長くはない。幸いなことにこちらの側にきた部隊は僕のことにまだ気づいていなかった。どこかで銃声が鳴り響く。向こうでは戦闘が始まったようだ。あちらが、無事国軍を撃退できるという保証はない。せめて僕は僕のいるところで頑張ろう。将校が考えていい事でもないのだろうが。
僕は間抜けにも堂々と正面の扉から入ってきた国軍に向かって火炎瓶を投げ始めた。その数およそ、十四個一、二発の不発はあるも数十人の部隊相手に命中する。火炎瓶自体は手榴弾を買うコストを下げる為の節約でしかない。現に何回も使ったことがあるのだが、人相手に使うのはどうも後味が悪い。相手が血を垂れ流さずに消えていく中に、燃えるガラス片がいくつも散乱する。花はこうして散ったのだ。
ライファーから無線が入る。ここでは翻訳ができるためどうにか韓国人が僕に情報を伝えている。どうやら別の工場で一部の兵士が撤退したらしい。そして、一部屋は陥落したと。話によれば、一人が不注意でやられてしまい火力が急激に減ったためだそうだ。最終的には、五人やられたと。
弱い多勢対、強い少数。相手の強みが数だとすれば、僕らの強みは質だ。一人がやられただけでもこんなことになるのか。
僕は自分の場所にいた兵士をかなり、引き抜いた。彼らにライファーで地図を見せそこに向かわせる。一度やられると再びここに来るまでにはかなり時間がかかる。彼らがどこにリスポーンするかを設定していたかは知らないが五分以上かかっても不思議ではない。
(最悪、僕には水晶がある。なんとか人数比を覆せるはずだ)
火炎瓶は残り少ない。僕が用意してきたのは二十本だ。それ以上は、ライファーが重量オーバーを警告して入りきらなかった。
ライファーからは党からの戦報が送られてくる。僕らの工場の制圧、そして一部陥落もまた公開されていた。どうやら、基本的に政府の中枢やワープホールは抑えたようだが、未だに国軍の撃破はできていないようだ。
(にしても、ライファーで情報のやり取りができるのはいいけれど、ハッキングされないのか)
なんの異常も無い以上は無駄な思慮とも思えるが。銃声の音はまだ止まない。不協和音の重なりはこの工場の深夜の盛り上がりの代わりとなっていた。
どこからか撮影された映像が、ライファーに映る。巨大なビル群の立ち並ぶそこはリバラディアの首都機能がある場所だ。盛大に燃えているその様子は自分のしていることの壮大さを知るきっかけにもなりそうだ。
屋上にぽつりといる人影は恐らく党の怪人だろう。奴の能力は炎上といったところか。二本の長物を持った剣士のような怪人であった。
(どうするか…)
やはり、単体で一個師団と例えて良いくらいの実力だ。改めてそう感じる。ここの警備兵を多くして、怪人化した僕一人で工場を抑えるべきか…。ゆらゆらと揺れていたガラス片にこもる火は兵士の足に踏みつぶされた。
銃声は次第に無くなっていく。すぐに入った無線に来たのは一度やられた連中と合流して国軍を撃破したので占領された工場に向かうという報告であった。僕はそれに対して了解とだけ単調に打つ。
(僕だけ何もできてない…)
後々悪く言われそうだ、そう思った。いまからでも彼らと合流して僕の力を無理やりにでも誇示すべきではないだろうか。
この国の絶望的な現状にそぐわない静かな工場には僕以外の奴らが銃を構えて色々なところで待機している。そんな中そのトップの僕がこうしているのだ。どうせ、僕が何もしなくても国家転覆が成功する未来は変わらないだろう。だったら正義感も何もない。
(ま、いいか…)
仮に今行ったところで僕は自分の能力も知らないままやられる可能性も十分にある。第一、この作戦を実行したときに僕は怪物でなかった。工場にたどりついた時も兵士として戦った。もしかしたら、とっくの昔に腹を括っていたのかもしれない。
そう結論づけようと躍起になる自分。そして、焦りを隠さない自分。それに対して僕はただ面倒に感じる。
ギュルルルルル…。
どこからかエンジン音がする。それが地上での出来事でなさそうなのはその場にいた全員が感じていた。一斉に天井を見上げる。それだけの暇を与えると、どこからか爆発音が聞こえてくる。周りの連中は戸惑っていたが、僕にはある程度推測がついていた。国防軍は本気じゃなかった。爆撃機が狙ったのは恐らく僕らが占領している工場の一つだろう。真に国難に直面して戦後の被害を顧みなくなったのだろうか。僕はライファーから指令の送信画面を開く。爆撃機が飛来している。その一言には多分な自信があった。
しかし、その次の文字を書こうとするとどうしても手が止まる。爆撃機が来たらどうすればいい?教科書に頼る問題でもない。ゲームでの経験をつなぎ合わせてもまともな答えは出てこない。
悪寒が背筋を冷やす。無意識に僕は水晶を握っていた。仮にこの戦闘に勝っても僕が評価されなければ意味がない。そう感じたのだ。
誰にも気づかれないように外を出る。雲一つない夜空に一瞬見えたのがその爆撃機であった。一瞬しか見えなかったが、位置はあらかた把握していた。
(ヤバい)
僕の心の中には明確な焦りが生じていた。奴が落とした爆弾の威力はすぐに分かった。奥で豪快に燃えているあれが先ほどの爆発か。あの爆撃機がどのくらい爆弾を積んでいるのかも、あと同じのが何機いるのかもわからない。
このままじゃ確実に負ける。それは誰が見ても明らかなことであった。
僕は工場群を抜け視界が開けた場所に走る。
(止むを得ない)
水晶を両手でぎゅっと掴み、力一杯握りしめる。次第に水晶にひびが入ったような感触が手に伝わった。潰すようにして水晶を握るととうとう水晶はその形を崩し、僕の視界は光に包まれる。僕はそのあまりのまぶしさに今の状況さえ構わずに目をつむってしまう。冷静さを取り戻し、目を開くと僕は怪物になっていた。手を見ればわかる。軍服から何とかはみ出た素手は異様にとげとげしい。爪は虎のように突き出ており、手の甲は鎧を纏った様だ。自分の手を合わせてもその感覚が自分自身のものだとわかる。
ピコン!
ライファーが反応する。画面には怪物専用とでも言わんばかりのコマンドが表示されている。ヒットポイントを示すバーの色は緑から紫になり、スキルは僕が常備しているものから置き換わっている。
『カッタースナイプ』、『ポイントキラー』、『ウェポン・ジェネレーター』
三つのスキル名が英語なことに若干の憤りを覚える。二つはわからないにしても最後の一つの意味は僕もわかった。
(武器の生成ってことだよな)
僕は迷いなくライファーからスキルを発動した。ライファーが反応した次には何が欲しいかが問われる。対空砲、と入力するもなぜかはじかれてしまう。地上から空に対抗できる装備が得られる方法は僕もわからない。そもそも、装備としてどこまでのものが許容されているのか。こんなにも焦り頭が回っているのはあの時の受験以来だろう。不安感も当時のままそっくりある。
(…………これがあったか)
僕が、入力した武器は『フリーガー・ファウスト』という代物だった。要求は承認され目の前には黄色く塗装された円柱の集まりのようなロケットミサイルが作りあげられた。およそ扱いきれないサイズのこの武器に専用の弾丸を詰め込み肩の力を振り絞って爆撃機の姿をとらえる。
だが、僕にはまだ不安があった。実は僕がこの武器を知っていたのは歴史の資料集で偶然見かけたことがあるからだ。そう、これはあくまでも第二次世界大戦時に使われた武器なのだ。この武器自体は歩兵が飛行機に攻撃するために作られたので、今の僕にはもってこいだが相手はどう見てもジェット戦闘機であった。その時代の武器ならば想定している機体はレシプロだろう。咄嗟の機転が裏目にでたような感覚だ。ああ、やってしまった。諦めのような脱落感すら感じる。しかし、やるしかなかった。距離加減を多めに見積もり僕はその巨大な引き金を引いた。発射された光の矢のようなミサイルランチャーは敵の爆撃機に向かって進んでいく。神殺しのような無謀さだろうか。やっぱり無理だ。そう思っていた僕の悲観は見事に打ち砕かれた。
目の前に写ったのは爆撃機が爆発する瞬間だった。信じられない、僕はその言葉を何周も頭の中に巡らせる。まるで、幼い頃に花火を見に連れていってもらった時のような興奮でいっぱいになる。
重いランチャーを僕は肩から降ろした。ただ、ぎゅっと握ったグリップだけでつなぎとめる。しかし、まだ爆撃機の音は止まなかった。僕はライファーのリロードを押し、支給された弾薬を再びそれに詰める。そして、今度は迷い無く正確に撃ちだす。爆弾を落とすために高度を少し下げていたであろう。爆撃機に命中する。再び赤色の花火が舞い上がる。まるで、魔王にでもなった気分だ。世界の生殺与奪の権をまるごと掌握したような。
そして、弾丸が切れるまで、僕は撃ち続けた。一機、また一機と破壊されていく。まるで、自分の恐れが嘘のように僕は戦闘機を返り撃ちにした。
爆撃された工場で待機していたプレイヤーもそれを目撃して僕の下へ集まってくる。彼らは僕の異形に一瞬戸惑いを見せつつも、どこか興奮をおもい出したかのように残党を蹴散らしに向かった。
(初めてこんな知識が役に立った)
自分のやってきたことが無駄ではなかった。初めてそんなことを思った。
しばらくすれば、空は静かになった。爆発音とエンジン音の余韻がまだこの廃れた工場群には残っている。黒く焼け焦げたスクラップがそれを物語るのだ。僕は静かにファウストを肩から降ろす。すっと軽くなったと思えば、手放した時にはもうそれは消えていた。アイテムの消滅エフェクトが、体にあたった粒子に僕は暖かさを覚える。一つの粒を手繰り寄せようとしてもすり抜けてしまう。
次第に国軍が西方へと向かっていると、情報が入る。どうやら、西側は農業地帯であり僕たちの軍が派遣されていなかったようだ。党から発布された勢力図や情報を整理する。東方にしかない首都や工業地帯にワープホールが陥落し、政府の首脳やほぼ全ての政党のトップが既に殺された。地図で見れば、大方の地方は僕らが抑えている。僕の部隊の一部も工場の制圧が完了したと同時に別地方に進軍させていたが、どうやらうまくやれたらしい。
この時点でスペリオル党による戦略的目標はほぼ達成された。ライファーから新たな指示が下る。要するに国防軍の移動に対する攻撃の準備といった所だろう。すぐに元の部隊が解散させられた。
僕以外の全員はここからいくらか離れた場所までの治安維持をするそうだ。現在、構築された最前線での部隊はそのまま戦闘の継続が命令され僕はそこに加わることになった。近くのワープホールから転送装置を持ってくると言われ、集合場所がマップに表示される。五分、おおよそそう予想して僕は走った。そして、踏み入れた第一歩は地面を響かせる。
明らかに通常の力でないのはすぐに分かった。二歩、三歩と踏み出す内に加速していきいつの間にか人間としての僕よりも速くなっていた。筋力も予想通り上がっているようだ。噴出物を蹴り返したMUのことも納得できる。
今までではありえない速度だ。もしかしたら、オリンピックに出場しても勝てるのではないだろうか。元々、足の速さだけは自信があった。もしかしたら、怪物同士で比べても強い方かもしれない。
工場の残骸から逃げるように解散した兵士たちが移動しているのが見えた。僕は、彼らとは別の方向へと静かに走り抜けた。既に廃工場となったそこからは黒い得体の知れない煙が絶えず空に上がっていた。
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