フリーディアの悲劇 4
「さてと、どうするか…」
ため息を吐くと、僕はどうしようも無くワープホールのロビーへと向かった。僕は、ふとランキングの書かれた表を目にしてしまう。これは、もはや僕の癖になっていた。
(一から十位、全てスペリオル党員か…)
それも、昨日とは打って変わった人選である。当然、水晶を早速使ってバトルロワイヤルやマルチバトルをしているのだろう。三十位圏内にいたはずのMUも九位にランクインしている。
僕は首に下げてあった水晶をまじまじと見た。
(まだ、使ってはいけないな)
恐らく、あの水晶を不必要に使うのは危険だと感じた。このゲームではレベルが無く、現実世界の運動神経がそのまま反映される。自身を強化するには強い装備を買うかスキルを身につけるしかない。
既に金銭的なアンフェアが生じてはいるが、この投資は結局果てがないのでまだ良かった。金銭はともかく装備は奪えない。僕は気づいていたのだ。このアイテムが装備として認識されていないことを。
きっかけはクローゼットにこれをしまおうとした時のことであった。本来ならば適当に放りこむだけで定位置つくのだが、このネックレスだけはそうもいかなかった。今日僕がクローゼットを開けた時、ネックレスは壁に跳ね返ったのか下に落ちていた。本来こんなことはあり得ない。つまり、これが装備品ではないという結論に至ったのだ。
となれば、これは分類としてはアイテムということになるのだろう。そこで僕が恐れた自体が起こるのだ。いずれ、誰かの水晶が奪われた時に、世界中のプレイヤーが水晶を狙うだろう。そうなれば、まともに外も出歩けない。普通は市街地でプレイヤーを襲うなどあり得ないが、このゲームは強くなればなるほど金が手に入る。糸目をつけない連中が大量に出てくるだろう。
元々の理由に加えて僕はやはりこれを使ってはいけないと再決心する。しかし、今の僕の服装ではどうしてもばれてしまう。僕の服装は未だに初期装備であった。武器などの購入に資産の全てを費やしたからだ。上位プレイヤーとしての威厳があるとはとてもいえない。おまけに今は将来危険物になるだろう水晶を見せびらかしている状態だ。
(今から私服でも買いにいくか…)
僕はワープホールを出て、リバラディアまで向かった。首都の百貨店に行けばそれなりのものがあるだろう。それは、ファッションの理屈が中学生のまま置いてきぼりにされている僕の浅はかな思考であった。
百貨店まではそう遠くない。駆け足で二十分程である。
(交通機関は高いし、ワープホールは行き先を勝手にいじれないし…)
なんだかんだ言ってこの世界にも不便さがある。
百貨店に入ると冷房の冷たい風がこちらに向けられた。火照った身体の疲労があっという間に元通りになる。僕はたちまち元気を取り戻していつものように色々な店を見て回る。
東京にもこんな場所が探せばあるのだろうか。正直、服には関心がない。故にセンスも知識もない。男性用の服屋の商品を一つ一つ見ていく。
(うぅ…、基本的に高いなぁ…)
良いデザインの服に近づき、値札を見て驚愕する。先ほどからその連続であった。だが、男性用の服はまだ良い方だ。先ほど通りかかった店のショーケースに飾られた女性用のドレスが今日見た数字の中で押しなべて高い。これだったら、現実世界で買う方がマシとさえ思える。
そして、僕は再び別の洋服店に足を運んだ。またまた、額が日本円換算で一万円を超えるような服が沢山ある。
(まともに買えそうなのは…これくらいか…)
僕が手に取ったのは白いシャツと水色のジーンズであった。明らかに僕に似合うとは思えない。まるで、軍服と百八十度変わった姿に少し考えるも僕はこれを購入した。
(これなら水晶も隠せるな…)ネックレスはシャツの襟に上手く隠せていた。鏡で確かめるに中々ばれないだろう。
僕は早速その服を着て、外に出てみた。僕はあまり身長が高くない。故に、どうしても自分が似合っている気がしない。周りの目線が気になる。何気なく吹いた風でさえも僕をからかっているように感じてしまう。
「どうしたものか…」
青い空に向かってそう嘆く。僕の言葉は誰にも拾われることなくただ、消えていった。
僕はライファーから時間を確認する。そろそろ昼時であった。僕は一旦ログアウトして居間に行く。現実世界での昼食を済ませ、僕は夜までフリーディアに戻ることはなかった。
中間テストの勉強に時間を費やす。これでも、優等生のメンツは保たなければいけないのだから。しかし、心は常に今夜へ強い思いでいっぱいであった。どうなるのかという強い興味。
芥川龍之介が羅生門にて示した四分の恐怖と六分の好奇心というフレーズがぴったりであった。僕にとっては羅生門にて下人がであった老婆がまるで今の党である。そして下人が道徳観を捨てずに死ぬか、生きて盗人になるかを決めかねているように僕にも一種の疑念が残っていた。
着ていた服の胸ポケットをいじる。肘で紙を固定しながら、鉛筆の手は決して止めなかった。夕食を食べ終えて、僕は早々に風呂に入った。湯船から溢れんばかりの湯気を体で受け止める。湯船に浸かった頃には勉強の疲れなどどこかへ吹き飛んでいた。
僕は、念入りに髪をドライヤーで乾かすとすぐに自分の部屋へと上がっていった。そして朝のように再びゴーグルを頭にかぶりフリーディアへと戻ってきた。
リバラディアのど真ん中に戻ってくる。威圧感のまるでない普通の私服のまま僕は再び二十数分の旅路を戻っていった。
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