フリーディアの悲劇 1

 フリーディア共和国の政体は民主主義であるという。共和国内には軍事委員、行政委員、立法委員、経済指導委員、統制委員がありのトップのポストをそれぞれ候補者の中から直接選挙によって決めるという制度がこの国にはあるようだ。軍事委員は軍隊、公安委員は内閣、立法委員は国会、経済指導委員は経済省、統制委員は放送局にあたる。当然、僕が所属しているスペリオル党もここにおいて最大の仕事に取り掛かる。だが、選挙権の無いプレイヤーが大半を占める僕らに何ができるのかいささか疑問に感じる。

 しかし、曲がりなりにも時折選挙期間中にも本部に顔を出していた僕はなんとなく自分が入党した時よりも活気づいていたような気がした。

 僕はいつも通り都市部でのウィンドウショッピングを済ませた後にワープホールに行くつもりであった。しかし、どうにも僕は円滑にワープホールまで行けそうにはない。

 今、対になっている二台の選挙用車両とそれを囲むようにしてそれぞれの派閥の自警団が睨みあっている。

 「いま、共和国に必要なのは全体主義による軍事力の増強である!その為にも我々ファシスト党が政権を握るべきである!」

 とある男がそう叫ぶ。それに釣られるようにして男の取り巻きの声も少しだけ大きくなる。この一派は全体主義による他国の植民地化を目論む、いわゆるファシズムを唱えている党なのだそう。弁を取っている男の名はビルディン・ワットソン、当然NPCのあくまでキャラクターだ。

 「ふざけるな!今共和国に大事なのは経済政策だ!コミューン党の下に平等な賃金を振り分け、計画的な発展をするべきだ!」

 彼に対抗するようにして叫んだのは、フリーディア共和国の中でも異色な政治的主張を持つコミューン党(フリーディア共産党)であった。その書記長であるリグル・ハグレッドの右腕であるパウル・パウンサーが車両に取り付けられた壇の上で演説をしている男だ。

 この二派閥は今回の選挙の中でも特に過激な派閥であり、かつ現段階の有力候補でもある。その、過激な思想に国民の一部が狂信的に賛同しているそうだ。ほかにスペリオル党の敵対勢力は、穏健派で構成された民主派、そして謎につつまれているアナーキスト派だ。

 「うるせぇ!レーニンの飼い犬が!」

 ビルディンの放ったコミューンに対する罵倒が堂々とマイクに拾われる。この発言を聞いたパウルが顔を真っ赤にすると大声で際限ない言葉を浴びせ続けた。

 「もういい!おい、お前らあのエセ愛国者をやっちまえ!」

 パウルの言葉をきっかけに両者の自警団が衝突し始める。空き瓶に卵、石までがこちらに飛んでくる。壇上の政治家たちはそれを気にも留めずに泥沼の貶し合いに突入していた。

 僕は静かにその場を立ち去る。僕の胸には彼らにとっては好ましくないであろうスペリオル党のバッジがつけてある。いくら、NPCと言えども、あの光景を見て立ち去ろうと考えない人間はいないだろう。

 ピピッ。

 ライファーから通知が来る。それは、党からの招集であった。僕は急ぎ足で党の本部まで向かった。集合時間になっても、集まった人は三十人足らずであった。

 すると党の正装を身に着けた幹部と思しき党員が僕らの前にやってきた。「親愛なる人間諸君!」、そんなパワフルな言葉で始まった演説に集まった全員が目を丸くする。国籍の違う全員が彼の言葉を理解できているのは恐らく党員の演説がそれぞれのゴーグルで同時に多言語に翻訳されているからであろう。正面の巨大なスクリーンには、僕を含めた三十人あまりのこのゲームにおけるランキングが掲示された。

 『87:Phy』、僕は掲示された表の中から自分の立ち位置を知らされる。

 僕の他に集まった人は基本的に僕よりも上位に君臨する人たちであった。特に現時点の一位にいる人がこの党にいることも僕はここで初めて知ることになる。党員は続けて、演説を進める。内容を要約すると、僕たちが党に所属する中でも特に戦力になる人材だと話しているようだ。

 「クーデターでも起こす気なのか…」

 どこからかそんな声が聞こえてくる。僕も同じことを感じていた。当然、選挙権を持たないプレイヤーで構成されたこの党が選挙で他の党に勝つことはほぼ不可能であろう。ましてや、投票する側のNPCに対して奴隷政策を進めることをマニュフェストとして掲げているのだから。

 当然、そうなれば政権を奪取する手段は合法的なものから違法的なものへと置き換わる。僕らのそんな平坦な予想が重苦しく室内に充満する。

 「君たちは武装組織を指揮してもらう!」

 悪い予感が的中する。彼の熱烈なスピーチとは裏腹に多くの人がその異常な状況を呑み込めずにいた。そのことに自覚症状はないのか男はひたすらに手を振りまわす。部屋の隅から何人かの党員が出てくる。その手に持っていた黒い何かを一つずつ僕たちに手渡してくる。部屋の暗さでよくわからなかったそれの正体は軍服であった。目の前の幹部が身に着けているものよりももっと重厚な軍服だ。

 一人が出来心からか、軍服の上着を羽織ってみせる。まるで陰に身を包んだかのようなそれは着る前には恐らく無かった威圧感を感じる。

 「それが、君たちの軍服だ。党本部に来るときはそれを着ていてほしい」

 党員はまるで自分事のように誇り高いと言わんばかりの声を張り上げた。

 「具体的な活動は来週のこの時間に再び告げる」

 そう言って党員は去っていった。ゆっくりと光を失ったスクリーンがやがて完全に暗くなると後ろの方で党員がドアを開ける音がした。暗闇の中での演説が故に窓から差し込んでくる光がまぶしくてたまらない。僕は手に持った軍服をじっと見るようにして、党の本部を出て行った。

 そうして、僕が向かったのはワープホールにある自分の部屋であった。僕は鏡を見ながら、軍服を着て見せる。まるで中学生や高校生になって制服の新調をするような感覚だ。

 鏡に映った自分はまるで自分ではないような気がした。自分よりも存在感の強い何か。抽象的にも僕はそんな気がした。帽子の正面でスペリオル党のマークが銀色に輝く。完成した姿はどんな形であれ、僕を感心させた。僕はリボルバーを構えて鏡の前に立って見せる。

 「………………ばからし」

 そう呟くと、僕は軍服の装備を解除し、ゲーム世界からもログアウトした。

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