もう一つの世界 3

学校から帰ってすぐに僕はゲームを始めた。

 (おっ、これおいしい)

 フリーディア共和国、リバラディア郊外の飲食店に僕はいた。フライドポテトをつまみながら、新品のハンドガンをまるでおもちゃを買い与えて貰った子供のように眺めている。

 (綺麗だなぁ…)

 僕が買ったのは先日訪れたデパートの品であった。学校帰り、僕はコンビニへと駆け寄った。登校前、家から持ってきた駄賃を使ってアボス社のプリペイドカードを買う。そうして手に入れたクレジットを使って、僕は銃を購入したのだ。

 小馬の刻印が刻まれたリボルバーが人工の太陽に反射してきらりと輝く。

(それで、今日ミッションってやつを受注しようか…)

手にした銃を早速実践に使うと考えるとそれはそれとして惜しい気にもなってしまう。

 (この拳銃はあくまでも護身用として使えればいいかな)

 僕は拳銃を太陽にかざす。プログラミングによって作られた人工太陽、その輝きはまさしく虚構そのものであるはずだ。しかし、にと僕ってその光は現実世界の太陽と変わらない普遍的なものであった。

 一本、また一本とフライドポテトを口に運ぶ。

 (そういえば、結局お金を払ってまで僕はこれを食べているけど、味と満腹感はあっても栄養価事態は全くないんだよな?)

 そう考えると、どことなく虚無感がわいてくる。

 (ま、vrじゃどこまで突き詰めてもそれが限界なんだろう)

 最後の一本をほおばると僕は席を立ってゴミを地面に捨てる。地面と接触したと同時にゴミは跡形もなく消えていった。

 (これが、この世界の常識か…)

 周囲の客の行動を真似しただけであった。自分でこれを行うと、現実世界との差でどうにも罪悪感が湧いてくる。

僕は立ち上がって、腰に巻いたホルスターにリボルバーを差した。僕はライファーに表示された残りのクレジットを確認すると、日本円にして約六千円分の6190リバンである。リバンはこの国の通貨で現実世界のどこの国とも一致しない独自のレートを持っている。

 (さ、ワープホールに行くか)

 そう心に決めて僕は歩きだした。僕はワープホールに行くのは当然初めてであった。そこに行けば、もしかしたら自分のような待遇のプレイヤーがいるのかも知れない。心の中には様々な思惑が混ざり合っていた。

 首都郊外にあるこの店はどこかラフな雰囲気がある。昼から客が来るような、居心地のいい場所であった。その郊外の壁に1枚のポスターが張られている。『第五次四カ年計画』と英語で書かれた赤一面のポスターだ。

 「…………」

 不思議だな。都市にいたときとはまるで雰囲気が違うからである。高層ビルが連立するこの都市が共産主義国だとは聞いてもいなかった。町のようすからしても恐らくはそんなことはないはずだと結論づける。

 だとしたら、あのポスターはなんだろう。レンガの廃工場に一つ張ってあるポスターはどこか寂しそうなくらいに色あせていた。

 郊外から都市に戻り、ライファーを使ってワープホールまで歩く。楽しみからかステップするように歩いていったその先に見えてきた建物はどことなく空港を連想させるものであった。

 (随分と大きいんだね)

 (これ、公共施設なんだよな?)

 (GDP高い設定なのかな?)

 自動ドアから建物内に入る。近未来的建築の魅せるSF的造形美はまさに少年の心をくすぐるにはうってつけであった。

 「いらっしゃいませ、お客様」

 そう語りかけてきたのは背丈が140センチほどの人型ロボットであった。

 「あ、どうも」

 僕はぺこりとお辞儀をして目の前の看板を確認する。受付と書かれた場所まで行くと丁度、タッチパネルが設置された機械が目の前にあった。『新規登録』と書かれたところをタップしライセンス登録とやらを進めていく。すべての入力が終わると、ライファーに新しく、ライセンスが登録された。

 (初期のランクはFか)

 何が基準かも知らない理不尽なランクだと思った。

 タッチパネルは右の部屋に行けと指示する。それに従うようにして僕は入っていった。中にはラウンジのような空間が広がっており、そこは多くの人でにぎわっている。雰囲気からして、思い思いの酒を手にしてにぎわっているようだ。その全員が僕のように何かしらの武器を持っている。

 スナイパーライフルから大剣のような代物まで、彼らはまさに一文無しの傭兵のようにも見えた。空久が入ってきた部屋以外のこのラウンジの出口は奥に堂々と設置されたSFチックな台であった。

 「よし、それじゃあ行くか!」

 とある、四人組が立ち上がる。ジョッキをカウンターに返したかと思うと、そのまま台の上に乗っていく。一人、また一人と彼らは光に包まれては消えていった。彼らは順番に乗っていく。ついに最後の一人も消えてしまった。

 「………」

 (あれがワープ装置か?さらっと目の前で超常現象おきたが)

 どうしても、目が点になってしまう。

 (ここにいる人達はプレイヤーってことでいいのかな?)

 にぎわう人々を見て僕は変な気分になった。こんなあたかも人間のように賑やかにしているのにまさかこれすらもプログラミングなのかと。

 酒場の全員が自分と同じようにライファーを腕につけていることに気付く。

 (さっきの人たちも僕みたいに腕にライファーを巻いていたな。都市にいた人にもつけている人といない人がいたけれど、もしかしたらプレイヤーとNPCの差はライファーの有無かもしれない)

 周りの人々も次々に何人かワープしていく。

 (そろそろ僕も行ってみるか)

 僕もまた、装置に乗る。足元からもれる光が一瞬で腰まで到達し最後には頭まですっぽりと包まれてしまう。僕はきょろきょろとあたりを見回す。

 次第に、光が徐々に弱まってくると、見えた景色はラウンジでは無かった。僕の目の前には質素な部屋があった。

 (あ、ワープした)

 ライファーが突如反応する。どうやら、チュートリアルが始まるようだ。僕は、ライファーの説明を乱暴に読み進め、部屋に設置してあった装置を起動させた。先程と同様の装置はまたも台の足元に光をともす。

先ほどの装置との相違点はその上部に液晶画面がついていたことであった。

 (へぇ、ここから行き先が判断できると)

 次に僕はベッドの横に置いてある一台のタブレットを手に取る。画面に触れるとミッションの選択画面へと切り替わる。

 (要するに、ここがマイルームとして設定されている場所なのか。タブレットでミッションの選択、そしてあのワープ装置を使って行うっていうシステムだと…)

 僕は適当にミッションをタップするとワープ装置の光がさらに強まった。

 (あまり時間があるわけでもないしもう行こう)

 僕はワープ装置に足をつける。足元が光りだし、視界すら遮られた後には転移が完了していた。

 腕についているライファーの表示がいつの間にか変わっていた。ミッションの内容は『戦闘訓練:ハンドガン編』の文字が上部に書かれており、ヒットポイント、心拍数、体温、異常状態、弾薬の数…etc、と戦闘用の画面になっていた。

 転移された空間は幾何学的な四角形に包まれた無機質な空間であった。目の前には人型の的が置いてあり、その奥にはミッションの指示をするモニターが設置されている。

 足元にラインが引かれる。前に進もうとすると、見えない壁のようなものに阻まれてどうにも進めない。

 モニターには『的を破壊しろ』との指示が出される。僕は、ホルスターから銃を抜いてハンマーを引く。的に記された円の中心を狙うように向きを合わせるが、どうも手が震えて撃てそうにない。

 一度、深呼吸をした後、もう一度僕は的に向かって銃を向けた。照準を合わせて引き金を引く。

 ドン!

 強烈な破裂音が耳元で鳴ったと同時に僕は思わず目をつむってしまった。それと同時に思わず手放してしまった銃が自分の方向へと飛んでくる。僕の額に思いっきりぶつかった。

 「あれ…?痛くはないんだ…」

 ライファーを見るとヒットポイントがわずかに減っている。この世界での痛みは触覚としては還元されないようだ。

 手放してしまった銃を手に取って的を確認する。円から少しずれたところにくっきりと穴が開いている。

 モニターには『銃は反動が強いです。しっかりと持ちましょう』とご丁寧なお叱りが表示されている。

 「わかっているってのに…」

 次に出てきたのは動く的であった。的が複数出てきており、前後左右に動いている。

 「しっかり持って…」

 脇をしっかりと閉めて、腕にも力を入れる。まるで自分自身が固定砲台の一部となったようにして銃を構える。的が照準と重なりあったとき、僕はその集中を解き放つようにして引き金を引いた。弾丸はしっかりと的に命中する。銃はブレることなく、僕の手の中に留まっていた。

 コツをつかめば、後は簡単であった。一個、また一個と壊すことができた。

全ての的を破壊するとモニターから最後のミッションが表示された。

 『敵を倒せ!』、と表示され、目の前には迷彩柄の戦闘服を着た人間が、こちらに向かってきた。三人、全員がナイフを持っている。

 「ヤバい!」

 先ほどまで慣れなかった銃が自然と構えられるようになる。一発の破裂音と共に一人目の心臓を撃ちぬいていた。そして、ゲームの敵キャラのように撃ちぬかれたそれは消えてしまった。横に目をやると一人がすでに自分の五メートル先まで迫っていた。焦りからかとにかく力だけを込めて相手を撃ちぬく。腹部に被弾したようでこちらも一撃で消えてしまった。最後の一人は距離が少し遠いので、僕でも余裕を持って狙いを定めることが、できた。一発で頭を撃ちぬく。そのまま、倒れた最後の一体を倒すと彼もまた消えてしまった。

 『ゲームクリア!』、とモニターにでかでかと表示される。ライファーから強制転送のカウントダウンが始まり、いくつかの秒読みの内に僕は行きと同じような光に包まれて自室に帰ってきた。

 「これが…vrゲームか…」

 得体の知れない感動が体の底から湧いてくるような気がした。ライファーには課金分に加えて50リバン追加されていた。

 (まぁ、実質チュートリアルみたいなミッションだったし、少ないようにも感じるけど仕方が無いか) 

 僕はライファーからログアウトを実行する。現実世界の自分が戻ってくるような、違和感が脳の中に残り続ける。まだ、vr世界には慣れ切ってないようだ。

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