もう一つの世界 2
「…………なんだか夢みたいだな」
ぼそっと彼は静かな部屋にその言葉を投げた。しんとした中で、いつの間にかその言葉すらも無くなっていた。
(課題やらなきゃ)
僕は教科書とプリントを用意して勉強を始めた。母が帰ってきていつものように夕食をたべ、入浴を済ました後、僕は再びvr世界について調べていた。メールをチェックするとアボスから一通のメールが来ていた。内容はvrゴーグルのアカウント登録についてであったが、下にはマイページと説明されているURLがあった。僕がそれをクリックすると即座に一つのアプリケーションがダウンロードされた。中には僕のアカウント情報とvr世界に関する情報が載っていた。僕がそこで知ることができたのは今日訪れた都市がフリーディア共和国の経済都市、リバラディアであるということ、そしてその周辺の世界に関する記述であった。
あの世界にはいくつか国が存在しており、その内の一つがフリーディア共和国であるという。それらの国々はお互いに友好関係にあったり、戦争をしていたりと現実の国々と似たり寄ったりだ。その上で、あの世界はその他に存在する様々な世界のターミナル的場所であるという。
各国家にはワープホールという施設がいくつか存在しており、そこから様々な世界に行くことができるのだという。例えば、花畑が一面にあるような世界があり、もしくは一定の危険が付きまとうような世界にも行くことができるのだという。そんな中で様々な世界に行きミッションと呼ばれる依頼を果たすことによって金を稼ぎ、通貨として各国の中で使えるそう。いわば、RPGゲームのギルドのようなシステムであった。これが、ゲームの基本的な楽しみ方ではあるようだが、定期的に様々なイベントも行われるそうである。僕はこれを読んでなぜ武器が平然と販売されていたのか納得した。
僕は眠い目をこすりながらそっとパソコンの電源を落とす。消灯し、彼はまたこの壮大なゲームについて考えを膨らませながら瞼をとじようとしていた。
(はぁ…今日は眠いな…)
僕が心の中でそう呟いたのは電車内でのことであった。今にも雨が降りそうな暗い空模様の中一本の電車がただ線路の上を走っていく。僕は既にこの時からあまりいい気分ではなかった。
(今日は選抜リレーの練習があるからなぁ…)
僕は大きなため息をついた。早く来なければいけなかったのに、天気が悪ければ元も子もない。
(まぁ、選ばれたんだから誇りをもってやってみるべきだな…)
電車が駅に着くと、僕は早歩きで学校まで向かった。学校についた頃にはすでに、雨が降り始めていた。
(これは…練習は中止か?)
僕のクラスには当然まだほとんどの生徒が登校していなかった。僕が早めに来てしまったせいもあり、同じクラスのリレー選手もまだ来てはいなかった。
(仕方ないから、他のクラスの人と相談してくるか…)
僕はそう伝えて、一年三組へと向かった。
「あ、すみません、失礼します。リレー選手の方っていらっしゃいますか?」
ノックをして人のほとんどいない空虚なクラスに問いかけてみる。
「あ、はい…」
クラスから一人女子が名乗りでてくる。ちょこちょことこちらに出てくる。
「えっと…今日ってリレーの練習やるんですかね?」
「あ、はいどうにかしてやるみたいです」
そう言って彼女はスマートフォンを見せてきた。チャットアプリの会話画面が僕の前に出てきた。恐らくはこの練習を計画したのであろう体育会系の人との会話であった。たしかに、彼らの会話を確認するに今日は実施するということで間違いなさそうだ。
「あ、じゃあ着替えときます」
「うん、そうした方がよさそう」
僕は三組を出て体操服をとると男子トイレまで行き、着替え始めた。もうすでにクラスにはいくらか人がいたのだ。着替え終わり、クラスの中で待機していると、続々とリレー選手が登校してくる。不思議であったのは、誰一人として雨が降っていることに動揺していないことであった。周りが移動し始めると共に僕も移動し始める。階段を降りると案の定彼らは校庭へと飛び出した。
(こいつら正気か…)
体育会系のノリは、正直言って苦手だ。
ため息をつきながら雨の中の砂場に飛び出した。
じめじめとした雰囲気が嘘のように選手たちは盛り上がる。そのようすは、僕からしたら異形そのものであった。
「あの…高松くん?」
僕はその中心にいた人に話しかけた。というのも僕は先ほどチャットアプリのプロフィールで誰がリーダーかは把握していたのである。
「ああ、どうしたんだ?」
「リレーの練習って聞いたけどバトンは借りていたりするの?」
僕は高松の準備不足を突くことでなんとか練習を頓挫できればとすら考え始めた。僕に限らずすでに多くの人の体操服が濡れて薄暗い色を見せていた。寒さも気怠さもすでに限界に達していた。
「ああ、大丈夫だ。ほらバトンだ」
そう言って高松は筒状の何かを僕に手渡す。それは新聞紙をセロハンテープで丸めたものであった。
「何故これでいいと思った…」
「ん、何か問題か?」
高松は僕の悪意に気付いてはいなかった。悪気のなさそうな純粋な目が僕をまじまじと見つめた。
「いや、新聞紙は濡れるよ…」
「ははっ、確かに!ならそれよりも早く練習をやるぞ!」
(こいつ…何が何でもやるつもりだ…)
そう言って僕の思惑通りにはいかず練習が始まった。傘をさしながらぞろぞろと生徒たちが登校しているその横でひたすらにバトンパスの練習をする。気づけばチャイムが鳴り、何か強力な呪縛から放たれたようにして、僕の力が抜けた。
(はぁ…、ひどい目にあった…)
タオルで体のあちこちを拭く。まるで風呂上がりかのように濡れたからだが水で光る。優しく、布を当てながら、僕は制服に着替えていった。
(風邪ひきそうだ…)
からだのあちこちが冷たくなっている。
(ほんとに不快だ。はぁ、早く家に帰りたい…)
制服に着替えると僕はすぐに教室まで戻っていった。淡々とノートを取りその日もまた学校から家に帰る時間帯になった。
「ふぅ…」
家に帰り着替えるとすぐにベッドに横たわる。朝の一件があり、いつもよりも疲れたように感じる。気づけば、目を閉じており意識は遠い彼方へと飛んで行ってしまった。
どこかで鍵が開く音がする。本能的に僕は意識を取り戻していた。母が帰ってきたのだということは言うまでもなかった。夕食ができたと呼ばれると母との話し合いが始まった。
「これからどうするの…」
夕食時に母はそう聞いた。駅前で買ったのであろう惣菜を口いっぱいにほおばる。まるで、何か悪い話をするような雰囲気に僕はすこしばかり恐怖を感じる。
「大学の進路よ」
僕の体がびくりと跳ねる。受験に落ちて以来僕は常にその話題を避けたかったのだ。当然、それは高校受験に落ちたうしろめたさがあった。
「高校では勉強じゃなくて好きなことをしていたいな」
僕は少し緊張しながらもそう言った。
「そんなこと言って、そんな甘い考えで将来まともに職に就けると思っているの?」
母の声が僕の根幹を揺るがしたような気がした。僕の息が一瞬詰まる。徐々に僕は過呼吸になっていくと同時に、ゆっくりと母の方を向いた。
「何か、反論があるのなら言ってみなさい」
母は決して怒った顔をしているわけではなかったが、その冷たい目は僕に確かに伝わっていた。
「ごめんなさい。ごちそうさまでした…」
僕はゆっくりと食器を片付けて、いつの間にか逃げるようにしてリビングルームを去っていった。
「……………」
部屋に入り、ベッドの上うつ伏せになる。誰もいないこの場所で深いため息をする。僕は静かに毛布をかけた。優しく毛布が僕を包み込む。その手はかすかに震えていた。その微かな振動が掛け布団にまで伝わって布が小刻みに震えている…。混乱、それが僕の心の全てであった。
しばらく、経ち僕は電気を消して静かに落ち着きを取り戻していた。暗く滴る雨水が窓をつたっていき、空模様は黒い煤のような色に染まる。
(はぁ…なんで未だに勉強にこだわるんだよ)
こんなことを言われるのは今にはじまったことではない。僕だって慣れっこだ。でも、いつになっても母の言葉には反論できずにいた。
「呪いなんだよ…、きっとこれは…」
誰に伝えるわけでもなく、そう言って僕は目をとじた。まるで病人のようなゆっくりとした調子で。
そして、時間が過ぎていくと共に僕の複雑な気持ちは風化していった。
窓から日が差し込む。外でボール遊びをするにはうってつけの天気であった。しかし、僕はベッドの上でvrゴーグルをつけ仰向けの姿勢をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます