第51話『舞台』

 白い肌が視界に飛び込んできた。


 扉を開けると、湯浴み着と思われる白い布を巻いただけの姿が突然目の前に現れる。

 肩は当然でており、髪はまだ濡れた感じが残る。


 お湯に浸かったのか、まだ肌が上気してほんのりと桃色なのが艶かしい。

 どうしてそれほど潤んだ目で見てくるのか……。


 京也はかぐやのあまりにも扇情的な姿を見て、薄着では遠回りに危ないことを指摘したつもりでいった。

 

「魅力的すぎて困るぞ? 風邪をひくから少し乾かすか、暖めたほうがいいんじゃないか?」


 今の時代では、たとえ高級で安全性高い宿屋といえど危険なためだ。


 かぐやは変わらず上目遣いで黒目がちな目を京也に向けながらいう。

 

「あら、心配してくださるのかしら?」


「綺麗な女性がそのような薄着姿で一人うろついていたら、男どもは魅了されて狂うだろ?」


 かぐやは、からかうように上目遣いで視線を送ってくる。

 

「そしたら、狂ってしまう内の一人が京也かしら?」


 普通に考えてもかなり薄着な美少女がいたら、襲われるかもしれないぐらいに無防備すぎる。


「何を言っているんだか。用があってきたんじゃないのか?」


「ええ、もちろんよ。あなたを誘惑しにね」


 かぐやは、不意に距離を詰めようと寄ってきたと同時に、リムルの行動は異常に素早かった。


 京也は驚き、思わずリムルの名をいう。

 

「え? リムル?」


 珍しく、リムは叫ぶ。

 

「ダメ!」

 

 俺とかぐや姫の間で挟まるようにして、リムルが両手を左右に広げて立ち塞がる。

 ちょうど俺の前で通せんぼをした状態だ。

 

 アリッサは狼狽えながら発言しつつ、なぜか俺の腰にしがみつく。なぜ腰なんだ……。

 

「そ、それは、よくないぞ」


 かぐやは、言葉とは裏腹で楽しそうにいう。

 単に遊ばれただけだろう。だからこそあっさり引き下がったのかもしれない。


「あらあら……。今日は、皆がいてムリね……。残念」


 結局どうしたいのかがわからなく、京也は再度問う。


「本当は何用だったんだ?」


 なんだか、遊ばれているような感じがしてならない。


「明日、ギルドに行くのでご一緒にと思いましてね。お誘いにきたのですわ?」


「ああなるほどな。俺たちも明日ちょうど行くところだ」


「でしたら、ご一緒しませんこと?」


 京也は、歩いて数分程度の場所のギルドへ行くのに、大げさすぎやしないかと思い疑問を投げた。

 

「ギルドにちょいと行くだけだぞ?」


「こうしてお近づきになれたのですもの、少しの時間でも愛おしいですわ」


「そっ、そういうものか? なら朝、鐘が3回なったらロビーに集合だな。大丈夫か?」


「ええ。もちろんですわ」


 するとかぐやは、名残おしそうに何度も振り向きながら、胸の上あたりで手を振りながら去っていく。


 京也は思わず口から本音がこぼれる。

 

「なんだか騒々しいな」


 ルゥナは楽しそうに京也にいう。


「京也、随分とあの女狐に慕われたな? 同郷の匂いでもするのか? イヒヒヒ」


 ルゥナの楽しげな様子はこの際置いておく。

 今は、ひと騒動が終えたところでとどこか腹が減ってきた。


 軽く食事をしようと皆に提案すると、食べようとなり1階の受付へ向かう。

 どうやら部屋まで食事を運んでくれるという。それはいいねとのことで頼むことにした。


 しばらくすると部屋がノックされ、今度はリムルがまるで陸上競技の短距離選手かと思うほどのダッシュを見せつけて扉を開く。


 開けると宿の者らしく、木製でできた大きな配膳台を押しグルマのように押して運んできた。


 室内にあるテーブルの上に、一品一品乗せられていく。

 コースとかではないらしく、豪快な肉料理とパンとスープという内容だ。

 米は外のお店であるらしく、今は閉店時間でやっていないらしい。

 内容は完全に洋食とはいえ、どれもがうまそうだ。


 配膳係が去り、皆で食事にありつける。


 まだドリンクにすら京也は口をつけていないのに、リムルは早くも食べていた。


「キョウ、お肉がすんごくやわらかいよー」


 頬に手を当てて幸せそうにいう。

 それにしても、リムル早いな……。

 

 アリッサもリムルに続いて早い。

 よほどお腹を空かせていたのだろうか。


「スープとパンも格別だな。塩味の聞いたパンは美味いな」

 

 一口ごとに噛み締めるようにしている。

 アリッサもまた幸せそうで何よりだ。

 

 京也はようやく、果実酒に口をつけただけなのに、なんだかリムルとアリッサの食いつきっぷりは早い。


 俺もさっそく食べてみると、どう考えても一流レストランで出るスープであり、パンであり、お肉だ。


 食べた感じだと、フィレ肉の300gぐらいだろうか。好みのミディアムレアで焼かれていて、熟成肉のような旨味だ。


 ヤバイ、噛んだ瞬間にやや出てくる肉汁と肉本来の柔らかさと熟成された旨味が合わさって、噛むごとに幸せが訪れる。


 なんだ? 噛む行為が幸せなのは、マジですごいし美味い。


 上質な肉だな……。

 なかなか食える物じゃないぞと思い舌鼓を打ちながら、無言になり皆で夢中になって食べている。


 あっという間に食べ終わり、京也は心底満足したという気持ちをいう。

 

「いや〜。マジでうまくて言葉も出なかったな」


 リムルも満足して嬉しそうだ。


「うん。本当に美味しいと夢中で忘れちゃうね」


 アリッサは、想像以上だったのか若干興奮している。


「私もだ。想像以上に美味い物があるとはな」


 そこで一名除け者にされた者がいたルゥナである。

 肉体がないんじゃどうにもならない。


 あたしも肉体があればと、随分悔しそうに眺めていたのはなんだか、奇妙でおかしかった。

 ただ、少し気になることがあり聞いてみることにした。


「ルゥナさ、今まで見聞きしてきたことって、肉体に戻ったらそのまま引き継がれるんか? 自分の実体験として」


 京也の疑問はもっともだろう。

 目の前の思念体が基準なのか、肉体が基準かで少し様子が変わる。肉体側に食われてしまい記憶の一部となるのか、重要なことをきいていた。


「そうね……。過去短い時間離れて戻った時は、今のあたしに肉が戻った? という感じかな? 肉体側のあたしが目覚めるというよりは、思念側の方のあたしに、肉体の方が合わせてくれる感じかな? それが一番近いよ。今でもあたし自身は体の感覚はあるけど、京也は触れられないでしょ?」


 ルゥナのいうことは、過去の体験からなんだろう。

 ただし、どの程度離れていたのか未知数なので実行した時にどうなるか少し心配だった。

 

 京也は、ルゥナの手のひらの位置で触れるように手を添えてみて答えた。

 

「ああ、見ての通り素通りだ」


 ルゥナは、なんだかとても寂しそうな表情でいう。

 いつもなら決して見せない顔だ。


「体全体が幻肢なのよね……。わかってはいるけどね」


「かなり長い期間離れているんだろ? 大丈夫なのか?」


 ルゥナはやはりわからないことが多く、不安な感情を吐露していた。

 

「多分としか言えないわね……。肉体側は、ほとんど時間が止まっているような物だし」


 わからないこともだけど、不安なんだろう。

 

 これ以上、安否を聞くのも気が引けてくる。

 いつになく沈み込んでいるルゥナをみていたら、興味本位で聞くべき内容じゃないと思ったからだ。

 それに今はまだ何もできない。


 本人が気にしていることを、ずけずけ聞く俺自身がよくないと思えてきた。

 

 少し話題を変えてみようと、以前も軽く話題に出ていた門について話を振ってみる。


「以前いっていた門だっけ? 門を開けたら取りに行く選択肢とかはないのか?」

 

 京也が聞くと眉をハの字にして、困ったような顔つきをする。

 ルゥナはまた、少し寂しそうな顔で俯いてしまった。


「それね〜。考えたことはあったけど、ダメなんだ……」


「もしや門て実は、一方通行なのか?」


 ルゥナは突然、飛び起きたかのように元気一杯で答えてくれる。


「大正解! なんでわかっちゃうの? もしかして、そんなにあたしのことが欲しいの?」


 俺は真剣にルゥナを見つめながらいった。


「欲しいと言ったら応えてくれるのか?」


 中途半端な悲しませるような聞き方はしたくないというのもある。

 ルゥナは、手を左右にふり顔を扇ぐ。視線は上を向いて俺をみない。

 

「ふぅあああわあわわわ……。ちょっ〜ストップ!」


 不思議なことに、肉体がないはずなのに顔を赤らめている。


「大丈夫か?」


「そんなわけないでしょー? もう、京也天然? この話はナーシ」


 突然リムルの声が背中から聞こえてくる。

 

「いいな、キョウとルゥナは仲良しで……」


 ポツリとリムルがつぶやくと、凄まじい速さで俺の右隣を独占するかのようにソファーに座ると腕にしがみつく。


「リムルどうした?」


「へへへ〜」


 リムルはなんだか嬉しそうに答えるので、そのままにしておいた。


 俺たちはそうこうしているうちに、夜の帳が下りたので皆それぞれのベッドに着いて寝た。


 ――翌朝。


 京也は熟睡して自然に目が覚めたためか、思わず声にする。


「よく寝たな」


 なんだかやわらかい感触が手に触れて、思わず数度揉みほぐしてしまう。

 すると何かやってしまったような気がして、手の位置に目を向けると何故か、アリッサが麦色の貫頭衣を着て真横で寝ている。


 つまり俺の手はアリッサの胸に伸びていた……。

 まずいぞ、これは相当にまずい。


 危ないと思い、ゆっくりと手を離して何処か気配のする反対側に振り向くと、同じく薄茶色の貫頭衣を着たリムルが背中を向けて寝ているものの、角度が少しおかしい。


 尻を突き出した状態になっており、ちょうど俺のが当たってしまう。

 非常にマズイとゆっくりと仰向けに戻り、少しずつ下に移動してベッドから脱出を図る。


 危ない、本当に危なかった。


 心臓の鼓動が耳のそばで聞こえているような気さえした。

 朝からとんだハプニングである。


 当人たちは気づかないままなのか、寝息をたてているのは変わりなく、気づかれずに済んだようだ。


 二人とも俺のベッドにやってきたのは、怖い夢でもみたのか人恋しくてきたのか、どちらかだろうと考え顔を洗いに洗面台へ向かう。


 宿泊している部屋には洗面台があり、魔法を使わずとも水が出る。

 オケに水を溜めてふと覗き込むと、一人だった時を思い出した。


 あの時からさほど時間はたっていないのに、生活品質は雲泥の差だ。

 弱肉強食とはまさに、今を体現している。

 力なき者ではありつけない。


 顔に冷たい水をかけて余計な汗を洗い流した。


 水を切ると、思わず自身の手を見てしまう。先ほど揉みほぐした方の手だ。


 京也は先の感触を思い出すかのように、思わず口をついて出てしまう。


「柔らかかったな……」


 空に浮いたまま、寝そべる格好をして、手で口を抑えて笑いを堪えているかのうようにルゥナは話す。


「だよね〜。京也、お楽しみだった?」


 京也は念のため、ルゥナに念押ししておく。


「んなわけないだろう。変なことを言うなよ?」


「変なことって? 京也がアリッサの寝ている時に、乳を揉んだこと? それともリムルのお尻に、それを突き立てたこと?」


「わ〜。いうな、言うな。なんだ? 何を求める?」


「そうね……。後でね」


 そういうと楽しそうにしてルゥナは、空を浮きながら去っていく。

 京也は大きくため息をついた後につぶやく。


「やられたな……」


 それからしばらくすると、リムルとアリッサも起きると何事もなかったかのように過ぎていく。


 今のところはバレていないぞ。


 俺たちは、約束通りロビーに向かうと、すでにかぐや姫たちは待機していた。


 かぐやは早朝というのを感じさせなく、ハキハキした感じで声を駆けてくれる。

 

「京也、それと皆さんおはようございます。ギルドまでよろしくお願いしますね」


 京也は待たせてしまったことに対して、軽くお詫びした。


「こちらこそ、待たせてしまってすまない」


 かぐやはどこか、鼻歌まじりで軽快そうにいう。


「つい先ほどきたばかりなので気にしないでくださいな。参りましょ」


 すると付き人だと言っていた者が、小走りで俺に駆け寄り耳打ちしてくる。


 あの禿頭の者が神妙な顔つきをしていう。

 

「姫を頼みます」


 そんなに顔近づけなくても聞こえるんだけどな、と京也は思いつつも苦笑いで答える。


「え? はい」


 すると目の前にいる付き添いの者と、かぐやの近くにいた付き添いの者の両名とも同時に深くお辞儀をしだした。

 

 何がなんだか、わけがわからず、京也も会釈で返した。


 京也は軽く声を皆にかけると、ギルドへ向かう。

 

「さ、いくか」


 京也たちはフルメンバーで、リムル・アリッサ・ルゥナも一緒に向かう。

 かぐや姫は、天の羽衣の力なのか地上から浮いた状態で進む。

 なかなか疲れ知らずの便利そうな代物だ。

 付き添いの者は宿屋で待機の様子だ。


 珍しく何事もなくギルドに着くと、今度は受付嬢からギルドマスターがちょうど今いるため、会って欲しいと言われる。


 会うぐらい構わないだろうと承諾すると、涙目になりながら何度も頭を下げられた。


 ならば気軽に要望に応えたのは、よかったのかもしれない。


 どのギルドもギルドマスターの部屋へ続く道は同じだ。

 受付嬢によりノッカーを数回鳴らすと、俺の案内をし中に入れらた。


 ギルドマスターの声は凛とした感じがし、笑顔を向けられる。


「よくきてくれたね。そこに腰掛けて少し待ってもらえるかい?」

 

「ああ。わかった」


 京也は手前のソファーに腰掛ける。


 四人がけのソファーでは京也の左に、リムルとアリッサが腰掛けた。

 何やら必死に書き物をしているのか、かなりの速度で紙に何かを書いていた。ある意味デスクワークの覇者というべき気迫がある。


 今まで筋肉を強調した者がとりまとめ役だったのに対して、意外なことにダークエルフのしかも女性のギルドマスターだ。


 白いドレスシャツはややゆったりめにきており、非常に似合う。

 髪型がロングでタイトな淡藤色のポニーテールな分、落ち着かせているのか、引き締まった大人っぽい印象だ。


 根元付近から毛先まで真っすぐで癖がないストレートヘアをポニーテールにしている。

 毛髪の流れが非常に綺麗で、丹念にブラシを使って整えた様子がうかがえ、髪を高い位置で束ねている。

 髪留めは、金属製の銀と黒の格子柄で髪色にも合い映える。

 前髪は毛先を軽く巻いてサイドに流しておりツヤがある。


 目は大きく、鋭利な印象ながらも長いまつ毛が何処か儚さを見せる。

 誰が見ても妙齢の美女としか言いようがないぐらいで、しかもグラマーだ。


 それにしても美女は何をしても絵になる。

 

 見た目に惑わされることなく、俺は警戒心が高くなってくる。

 何故なら、今までの傾向だとこの展開は、間違いなく何かがあると踏んでいる。

 

 どうでるかと思案していると、いつの間にかかぐや姫もあたり前のように馴染んで腰掛けていたことに、今更ながら気がついた。


 言葉には存外に、なぜこにいるのという意味も含めて、京也は名前を呼んでしまう。

 

「かぐや……?」


「あら、京也のいるところがあたくしの居場所ですのよ?」


 かぐやは京也の心情を察したのか、さも当たり前のように言ってきた。

 昨日少し顔合わせしたぐらいのはずで、そこまで親しいというわけでは……。


 京也は、付き添いの男が耳打ちしてきたことを思い出しつぶやいた。


「もしやあの時の頼むというのは……」


 かぐやは、しっかりと聞こえていたのか、満面の笑みというより微笑み近い上品な笑顔でいう。

 

「ええ、末長くお願いしますわ」


 京也は、唐突すぎて思わず固まる。


「え?」

 

 リムルは残念そうにいう。


「えー?」


 アリッサは、淡々となんでなのかを追求したそうだ。

 

「さて、どういうことだ?」


 ギルドマスターの部屋で何故か、修羅場を迎えそうな嫌な予感がしてならない。

 そのギルドマスターはようやく書類作業が終わったのか、俺を見ると目を細めて薄く笑う。

 

「さてあらためて、自己紹介しよう。私がカミナリノモン国の探索者ギルドのギルドマスターベレッタだ。よろしく頼む」

 

 そういうと手を差し出してきた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る