第52話『日本語』


 俺はギルドマスターから差し出された手を握り、軽く握手を交わす。

 京也は先のことはおくびにも出さず、普通に挨拶をした。

 

「俺は、京也。隣にいるのはリムルそしてアリッサだ」


 ところがギルドマスターは、かぐやとの知り合いなのか視線が注がれる。


「ん? カグラもいるのか? ついに男を見つけたのか?」


 かぐやはさも当たり前ですわと言わんばかりに、ギルドマスターに伝える。


「ワタクシ京也を運命の男と感じていますの」


 京也はチョット待ったー! と叫びたい気持ちを抑えつつギルドマスターに用件を聞き出した。

 

「まぁその話は後にしよう。ベレッタは俺に何か用でもあるのか?」


 それもそうだと思いしだしかのようにベレッタは、棚から1冊の本を取り出して手渡してきた。

 どちらからというと、何かの記録をした書物というべきか。


「これだ。かつての勇者が記したものらしい」


「ん? これは……」

 

「ああ、実はな建国の勇者から、今ままで伝えられたことでな。見ればわかるな……。これを見てどう思う?」


 手に取ると思わず、今すぐ隅から隅まで見たい衝動に駆られた物だった。

 表示の文字は、漢字とひらがなで書いてある。


『世界と女神の真実について』


 思わず口をついて、本の表紙に記載されたタイトルを読み上げた。

 京也は思わずといった感じで疑問を口にした。

 

「世界と女神の真実についてだと? どうして日本語の本が……」


 ベレッタは感心したように、目を細めて京也を見つめいう。


「ほう……。やはり読めるのか」


 京也は違和感なく読めてしまうため、ベレッタに聞き返してしまう。


「読めないのか?」


「ああ。我らは何度も解読を試みたんだけどな。糸口すらつかめんよ。まさか勇者と同じ言葉を使うとは、同じ祖国の出か……。なんとも興味深い」


 ベレッタが感傷めいていうと、京也もどこか同じ同郷の者がかつていたことに喜びを内心感じていた。


 つまり一人じゃない。

 

 京也は大雑把にページをめくり見ると、事細かく何か書かれている。

 気になる箇所がいくつか目に留まる。

 内容は、表に出ない方がいいのではないかとパッと見で思える内容もある。


 女神が管理できないダンジョンのこともそうだ。詳細が書かれている。

 全容はまだつかめないものの、最初のページに戻り表紙をめくるとすぐに書かれれている後輩宛の内容が目についた。


 『書物を受け取った君へ。単刀直入にいおう、管理されていないダンジョンへ行くんだ。そこには、より詳細な物を残してある。この本には大まかなことしか記載していない。それでも役立つことを記載したつもりだ。より多くのことを得たいなら、ダンジョンの近くに隠し部屋を作ったのでそこで確認してくれ。この一冊でも十分に有意義な情報にもしたつもりだ。恐らく君は、過酷な日々を過ごしていることだろう。この本を手に取ったことで、君が何かの礎にしてもらえたら本望だ。それでは運命など気にするな、抗え』


 俺はリムルに体を揺り起こされるまで、本から目が話せず固まったままだった。


 間違ってはいないけど、正確でもない。京也は、淡々と答えた。


「まだ、全容は掴めていないところだけど……。これは、同じ故郷を持つものへ残した記録です」


 ベレッタは大きなため息を吐くと、窓の外に目をやった。


「やはりそうか……。神話の時代から受け継がれ、今まで誰一人読むこともできなかったからな。何処か感慨深いものだ。その本は君が持っていてくれ」


「いいのか? 貴重な物なのでは?」


「まあ貴重といえばそうなんだけどな……。読める者へ宛てた手紙を時を超えてようやく巡り会えたのに、第三者が興味本位で横取りまではさすがにできまい?」


「そうだな。助かる」


 何を思ったのか、今度は180度表情を変えて顔を俺のすぐ目の前に迫る。

 この顔は何か期待している顔で、間違いなく依頼だと俺は直感した。


 京也は冴えていると思う。先手必勝で伝えた。

 

「断る」


 ベレッタは、眉を下げて目尻もさげ、こまった顔つきをしながらいう。


「ん? 私はまだ何も言っていないんだけどな……」


 京也は素直にいった。


「どこまで信用していいのか、俺にはあなたがわからない」


 ここであえて知らないではなく『あなたがわからない』とした。

 知らないなら知れば解決してしまうし、わからないなら範囲が広い。


 ベレッタにとっては、カグラこそが謎だという感じで疑問をぶつけた。

 

「それはいえるな。たしかに初対面の者を信用しろというのは難しい。カグラはどうやって、信用を取り付けたんだ?」


 そこでかぐやに話をふるあたり、一筋縄ではいかない。

 さすがギルドマスターだけのことはある。

 一斉にかぐやに視線が集まると、頬を赤らめて節目がちになる。

 よせ、今の反応は誤解をうむぞ。

 

 京也は念を押しした。


「待て、誤解を生むような反応はやめてくれ」


 かぐやはしれっという。

 

「ワタクシはただ、お慕いしていることだけをお伝えしただけですわ」


 ベレッタにとって難易度は高いだろう。苦しそうに返答していた。


「ふむ。参考にしたいところだけどな……。難しい」


 京也は角を立てる気もないので、あらためてベレッタに聞いた。


「一体何を求めているんだ? 町にはしばらく滞在するつもりだから、あまり角を立てるつもりはないんだけどな」


 ベレッタはさほど難しくもない調査依頼だと言わんばかりの態度でいう。

 

「おおー、聞いてくれるか少年! 女神の管理しないダンジョンの調査だよ。あそこは魔力持ちでは少々キツイ。なので浅瀬しか今まで進めていなんだ」


 すでに、女神が管理していない場所があるのを知っていたことに驚く。京也は意図が理解できたようだ。


「つまり、最奥まで行けるならいき、得た情報を開示して欲しいと?」


 ベレッタはあっさり回答をした。とくにやましいことは、無いからだろう。


「有り体にいえばそうだ」


 こうした調査依頼は高い分、得た物は没収というケースがあるからだ。なので京也は聞き直していた。


「そこで得たものの権利は? 期限は? 報酬は?」


「それは当然、お前たちの物だよ。探索ギルドが探索させておいて、やっと掴んだお宝を横取りするなんて日には、このギルドは終わるからね。報酬は金貨100枚だ」

 

 ベレッタが言うのは、ある意味当たり前のことだ。

 ところが、当たり前のことがまったく守られず通じない者もいる。

 

 京也は、それは当然だろうと思い答える。

 

「横取りするようなギルドがもしあれば、それもそうだな」


 ベレッタは依頼の期限は、無制限であることを言いたく、期限は気にするなといった。


「期限は気にしなくていいさ」


「その内容がすべてなら何にも問題はないな……。何か他に条件があるんじゃ?」


 この時、京也の目の奥にある何かがぎらつきながらいう。

 いわゆる強者以上の物がもつ、覇気とは違う何かだ。


 そのような目をギルドマスターが見過ごすわけもなく、背中に一雫の汗が伝う。


 とんだ化け物だよと。


 京也がアルベベ王国でしでかしたことは、すでにすべてのギルドが知ることとなっていた。

 一瞬にしてすべてを消してしまう力は、町の大きさ規模もある。しかも黒目魔獣と天使を蹂躙し、それらを生み出していたアルベベ教会丸ごと、廃墟にしてすべてを消し去ったと聞く。


 本来なら、最低でも監視をつける必要がある。

 ところが教会側の一方的な暴力によって、京也がキレたとの報告があった。

 

 他には、本人自体はいたってまともで、害はない。むしろ協力的とすら言える。

 さらにいうと、何度も京也個人に向けた神託がおり、その都度本人は救われていたらしい。

 つまり、女神がなんらかしら目をかけている可能性もある。


 今までの内容を整理すると一言でいうなら、京也は危険だ。

 なのでギルドマスターは、態度対応は慎重にしなければならないと、警告が頭の中で鳴り響くような気さえして、こめかみを押さえていた。


「条件があるとするなら、ぜひ町で長く滞在してくれると嬉しい。なぜなら、京也が恩恵をもたらしてくれることで、さらに町に活気が出るのはいいことだからな」


 ベレッタは、滞在を長くしてほしいことを率直にいう。

 問題さえ起こさなければ、どう考えても町の活性化につながり、ひいてはギルドの利益になる。


 京也は自分なりに思いついたことを話た。


「なるほどな、戦利品は新たな探索者を呼び、当てにした商人や商売が繁盛し、また惹かれて人がやってくる。いい循環だな」


 ベレッタはあっさり認めた。


「そういうことだ」


 京也は、とくに不利益はないと見て受けることを伝える。

 

「わかった引き受けるよ。ただし俺の自由にやらせてもらうからな」


 ベレッタは直接の対話希望を京也に伝える。


「無論だとも。情報交換は私と直接にして欲しい。慎重に扱いが必要そうだからな」


 京也はベレッタの要求に対して、思うところはとくになく答えた。

 

「わかった善処しよう」


 京也たちはこうしてギルドマスターとも対面を果たして、どうせ依頼があるだろうと思っていたので想定した範囲だ。


 今までと1つだけ異なるのは、神話時代に書き残したとされる勇者直筆の本の存在だ。

 

 元々、勇者召喚について雷禅から聞く予定だった。

ところが、さらに貴重な情報を手に入れてしまった。

 

 日本語で書かれた本が存在すること自体、かなり運がよい。

 しかも俺が今本を独占しているし、今後もできる。

 なんとも幸先がいいんだろうと内心、嬉しさを噛み締めていた。


 今日はギルドに寄った帰りに、ダンジョンへ行く予定だったから、皆武装はしてきている。問題はかぐや姫だ。


 京也はかぐやの装備についてまったく知らないので確認してみた。


「なあ、かぐやはダンジョンにいくとき、何か武装をするのか?」


 かぐやは、さも当たり前のように答える。


「ええ、いつもこの十二単と天の羽衣だけですわ」


 京也は当初の予定通り、ダンジョンに行くつもりだったので声をかけた。


「ならば時間が問題なければ、これから行くけど来るか?」


 かぐやは当然のような表情をしている。


「ええ。もちろんお供いたしますわ」


 どうせ断ってもついてくるので、誘う形を京也は取ることにした。

 同行については、他の皆も異論はなさそうだ。


 俺たちは、ルゥナの案内で管理されていないダンジョンへ向かう。どういうわけか町の中心に向かっていくような気がする。


 中央に近づくにつれて、石畳で路面が整備されていく。

 ダンジョンも近くなり、人の往来も増えて売り子もいてかなりの活況だ。


 そのあと東側に進みダンジョンの入り口近くまでいく。

 ダンジョン前には変わらず、これから突入しようと意気込む者や、あまり収穫がなかったのか意気消沈している者。他にもMAPを販売やポーションの販売など活況を見せていた。


 ただ他の町と違うのは、桃太郎一族がいたり忍者がいたり、侍がいたりと姿格好が変化に富む。


 とくに危険なのは、金太郎の姿をしている女性だ。

 どう見てもあれは露出狂だろ……。しかも、あの重量がありそうな両手斧を片手で軽々持ち上げるところを見ると見かけと、実力は大きく違うような気がした。


 そうしたごった煮に近い入り口の喧騒から離れて、壁際に沿って進むこと数分。

 人気もない場所で、ただの壁の前に俺たちはいる。


 ルゥナが指し示すのは、ダンジョンの入り口から離れた壁面のある場所だ。


 「京也、着いたよ。ここなんだよね、なんか怪しいのは……」


 京也はなんてことの無い壁をつぶさに見ていると、文字が彫られていることに気が付きいう。

 

「ん? 壁面だよな? 待てよ……」


 すべて三箇所あり、文字がブロックごとに並び替えができる。


 どう見てもこれは……。アルファベットだ。


『AAIMRSU』を『SAMURAI』に並び変える。

 そして、『KOOTY』を『TOKYO』へ並びかえし最後に、『AAJNP』を『JAPAN』に並び替えた。


 すると、人一人通れそうな入り口が、急に口を開けたように出現した。


 3つの単語を正確に並べ替えをするには、同じ故郷でないとさすがにムリだとわかる。

 しかも3つとも変えなければならないなら、すべてが正確に並べかえられることは、偶然の一致ではあり得ない。

 

 つまり、一度も通られていない通路が開いたわけだ。

 

 ルゥナは珍しく感心していう。


「さすが京也ね。これは何かの単語なの?」


 京也は、今の並びについて説明した。


「一番上は職業名だ。次に町の名前、最後に国の名前だ」


 まさかこんなところで、日本語を英語にするなど思いもよらなかった。


 ルゥナは何か納得したらしく、頷く。

 

「なるほどね。それじゃあ誰もできないわけね。納得」


 中を覗くと螺旋階段が続く。


 何をエネルギー源にしているか不明な明かりが一定間隔で点灯している。

 ちょうど、トンネルのオレンジ色の明かりと同じだ。

 

 罠はなさそうだけど念のため、耐久持ちの俺が先頭に立ち進む。

 すると全員が入り終わった頃、自動的に出入り口が塞がってしまった。


 このまま気にせず先を進む。


 5回転ぐらいすると、踊り場のような場所に出る。広さは感覚的に20畳ぐらいの広さだろうか。


 踊り場は、階段より明かりが多いせいか、薄暗くなく明るい。

 

 再び壁を見ると手形が左右それぞれ肩幅ぐらいの間隔で存在する。

 先と違い手形だけとは、なんとも気が楽だ。

 クイズもなければ、文字による指示もない。


 俺は手形に合わせて手をおいてみた。

 別にただのひんやりした岩に手をついているのと同じ感じがしていたはずだった。


 ――何ッ!


 京也は、一瞬にして感電したかのような、内側が焼かれるような痛みと痺れが同時に襲ってきて、壁に手が吸い付くようにくっつき離れない。


 リムルの叫ぶ声が聞こえる。


「キョウ!」


 何かが起きたのかようやく俺の手が壁から離れられるまで体感で1分以上は経ったんじゃないかという感じだ。


 すると今度は別の反応が現れた。


 皆京也の近くに集まり壁を見つめていると、中央から左右に分かれてゆっくりと開いていく。同時に空気が筒状の物から一気に抜けるような音が響く。


 ゆっくりと開いた先には、横幅が大人十人ぐらい余裕で並んで歩けるほどの、幅広の通路が真っすぐ奥まで伸びていく。


 足を一歩踏み入れると、手前から奥に向かって、非常灯のようなオレンジ色のランプが一定間隔で順次点灯していく様子が見てとれる。


 ルゥナが心配そうに京也の顔を覗き込みながらいう。


「京也、あたりね。体は大丈夫?」


 京也はなんともないことを伝えた。


「ああ、なんともないありがとな」


 さすがに感電したかのような感覚には驚いた。


 かぐやは、多少現代的な作りの場所に何か神秘性を感じたのか感想を漏らす。


「ワタクシ、こんな神秘なる仕掛けを見るのは初めてですわ」


 アリッサは完全に興奮状態で、声を上げる。


「京也、これはすごいぞ!」


 リムルもルゥナ同様に、心配そうに声をかけてくれた。


「キョウ大丈夫?」


 皆それぞれの反応をして、目の前の光景に釘付けになった。

 さて、勇者とやらが残した物、拝見しようか。


 俺は皆でゆっくりと一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る