第50話『遠水近火』

 かぐや姫はこともなげにいう。

 

 「ワタクシ、このように見えても、月の力をもつかぐや姫ですのよ? 看破はとくに得意ですわ」


 京也は、名前を聞いてすぐにわかり、少し気の抜けた返答をしてしまう。


「はぁ……。なるほどな」


 一瞬緊張が走ったものの、相手の敵対する気は元々なく友好的な態度で接していた。

 敵対というよりかぐや姫は、やたらと体を密着させて親密度は高く近い気がするのは気のせいか?


 かぐや姫はあらためて、京也たちの目の前に立つと会釈をした。


「あらためて紹介に上がらせてもらいますわ。私、月の民のかぐやと申しますの。隣にいるのは、付き添いの者ですわ。同郷の者からは、かぐや姫か姫と呼ばれておりますの。今は事情があって、カグラと名乗っておりますわ。なので、初見で看破した殿方様が気になりまして……」


 かぐや姫は、簡単な自己紹介と共に、気になった理由を教えてくれた。

 京也は仲間の名前だけを簡単に紹介した。


「ああ。急にで悪かった。俺は京也。後ろにいるのはアリッサとリムル。名前は、カグラさんでいいのかな? カグラさんに看破されたルゥナだ。俺がわかったのは看破というより、俺の故郷ではかぐや姫が月に帰るまでのおとぎ話が有名でさ姿格好も同じで思わず驚いた感じさ。美少女すぎていいよる男が後を立たないことでも有名な話なんだ」


 本当にリアルで月の民のかぐや姫がいるんだなと、京也はどこか芸能人にでもあったような気持ちになっていた。


「あら、嬉しいことを言ってくださるのね。ワタクシのことはかぐやで問題ないですわ。京也と呼んでもよろしい?」


 京也は、もう問題ないなと安堵して返答する。

 

「ああ。構わないさ。それなら俺はかぐやと呼ばせてもらうよ」


 かぐやと言葉を交わすほど何か違和感があり、なんだかさっきから距離が、とくに近いような気がする……。


「もちろんですわ。喜んで」


「近いような……」


 京也の呟きは、かぐやからどうやらスルーされた。

 かぐやは寄り添うように聞いてきた。

 

「京也が知るおとぎ話、今度ゆっくり聞かせてもらえないかしら? 夜にでも?」


 そっと京也の胸の上に手を添えられて、潤んだ瞳でじっとみられるとなんだか一瞬胸が高鳴る。なんだ? 魅了という魔法ではないだろうか?


「もち……。うっ! うわっ。何ひて……んだ……リムル?」


 突然起きた出来事に、京也は無防備な状態だったので少し慌てた。

 リムルがいきなり後ろから、両手を使って京也の口を塞いだ。

 一体何のつもりか、わけがわからない。


 リムルは毅然とお断りすべく申し出た。

 

「キョウは、夜忙しいのです! なのでダメです」


 それに便乗して、アリッサも同意の意を返していた。


「そっ、そうだぞ!」

 

 リムルは否定し、アリッサが珍しく人前で賛同している。

 しばらくすると落ち着いたのか、リムルはやっと手を離してくれた。

 さっきのは一体なんなんだ?


 京也は何がなんだかわからないといった風に、リムとアリッサに向けていう。

 

「どうしたんだ二人とも?」


 かぐやはなんだか楽しげでもありつつ、目を細めて表情筋を上げて笑う。


「あらあら、うふふふ……。それでしたら、また今度にしますわ。ちょうどお部屋の準備もできたようですし。ワタクシたちは常に、この宿に泊まっておりますので、いつでも声をかけてくださいまし」


「ああ、ありがとな。じゃあ」


 京也は軽く別れの挨拶を済ますと、かぐやたちと別れて宿の人に連れられる。


「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」


 受付嬢もオススメの安全性抜群の宿だ。

 どうしたって期待してしまう。

 京也は意気揚々と声をかけた。


「リムル、アリッサ行こう!」


 リムルもどこか楽しそうだ。


「はーい」

 

 アリッサもいつもの態度ではあるものの、どこか期待している表情だ。


「わかった」

 

 宿の者が丁寧なお辞儀をすると、まるで音もなく滑るようにして歩いていき、部屋まで案内をする。


 なんだ? 宿の人は忍者なのかなど、余計なことを思ってしまう。

 

 さほど急な階段ではないものの、大人5人は並んで歩けるぐらいの幅広な階段だ。

 3階まで割と段数を登り歩く感じはしても、階段の角度のおかげか大変さは感じなかった。


 ついた先の3階は目の前の部屋ともう一つの部屋のふたつだけの階層だ。


 部屋の扉も焦茶色の重厚そうな木なりの扉があり、ノッカーは定番のライオンに似た彫像が咥えている姿だ。


 案内されて扉を開いた先は、一見して高級感漂う部屋というのがすぐにわかるぐらいだった。


 宿の者は京也が心配していたことを見抜いたのか、すぐに答えて安心させてくれる。


「ご自由にお使いくださいませ。お好きな期間滞在していただいても代金はギルドから頂いております故、ご心配にはおよびません」


 京也はすぐにやったと叫びたい気持ちでうずうずしているのを抑えて、返答をした。


「わかった」


 なんだかすごい高級感のある豪華な部屋というのがわかるぐらい、調度品の一つひとつが丁寧に作られている。

 

 みて回ると、ベッドルームには恐らくキングサイズのものが三個もある。

 リビングルームには、大きめな3人がけソファーがふたつと一人用のソファーもふたつ。

 木製のテーブルが一つと、デスクと椅子が一つずつ。さらに奥には、トイレと風呂までついていた。

 

 大きな透明な窓ガラスもそれぞれの部屋に2個ずつついており、合計4つもあって採光がいい。

 今の時代には、非常に貴重な物なんではないだろうか。

 

 ギルドはよほど俺に期待しているのかも知れない。

 その分、厄介ごとがやってきそうなんだけどな。


 宿の者は丁寧なお辞儀と共に答える。

 

「何かございましたら、受付までお申し付けください」


 京也もリラックスして答えた。


「わかった。あれば相談するよ」


「それでは、ごゆっくりとお寛ぎください。失礼します」


 宿の者は、またしても音もなく去っていき、土地柄まるで忍者かと思いたくなる。


 ギルドの受付嬢も同じくして会釈をした。

 

 「京也様の此度の来訪、ギルドは歓迎しております。またお立ち寄りください。それでは失礼します」


 受付嬢もこうして去っていく。

 

 リムルは楽しそうに喋りながら、ベットに飛び込んでいる。


「うわーキョウ! ベッドがすごいよ!」


 こらこら、ベッドで飛び跳ねてはいかんと京也は思いつつ。

 無邪気なリムルに思わず、困った顔を向けてしまう。


 アリッサは少し興奮気味だ。

 

「このソファは、座り心地が非常によいぞ!」

 

 アリッサはゆったりと座り正面に見える窓を眺めて満足そうにしている感じだ。

 なんだか、リムルとアリッサの二人とも満足そうでよかった。

 

 それにしてもかぐや姫とは、一体何者なんだろうか……。

 

 ルゥナを看破できるのは、月の力とはいえ只者じゃない。

 まぁ、まだ敵ではないし焦ることはないんだけど、用心に越したことはない。


 ルゥナはふわりと空を飛びながら、近づいてきた。


「京也、恐らくね……。彼女も京也と同じ転移者かもしれないね」


 京也は思わずといった感じで聞いてしまう。


「かぐや姫がか?」


 転移者と呼ばれても同じだと言える感じがしなかった。時代背景が違いすぎる格好だからだろうか。


 そこでルゥナは、自らの考えを話してくれる。


「多分かな? なぜかというと、彼女には魔核の反応がないんだよね。あたしの力で検知できない人は、元々持っていない人がほとんど。あとは怪我などで失うとかね」


 京也は、ルゥナが魔核好きであるのを以前、公言したことを思い出しながらいう。


「そういや、ルゥナは魔核好きだもんな。とくに勇者の……」


 それにアリアナもいっていたことを思いだしていた。

 魔核がないのはあり得ないと。


 あるとするなら、怪我などで失うか異世界人かのどちらかしかないと。

 

 ルゥナは目を細めて、少し嬉しいそうにいう。


「よく覚えていてくれたわね。いつごろ食べさせてくれるのかしら?」


 ルゥナは肉体がないのに、味覚を感じるのはムリだろうと思いながらもタイミングを伝えた。


「ルゥナの肉体を取り戻した時にでもどうだ?」


 なんで肉体がないのに、食べようとするんだかなと京也は思う。


 ルゥナは大袈裟なほど、肩を落として力を抜きながらいう。


「たしかに……。肉体がないと……ムリね」


 ルゥナがなんか言いずらそうにしていたので、先ほど京也は深く聞かなかったことをあらためて今、聞いてみた。


「さっきギルドで言っていた特殊なダンジョンてなんだ?」


 ルゥナはいつもの何かをはぐらかす時によく使う方法で、話をずらしながら聞いてきた。


「覚えてくれていたのね。京也は、あたしのこと好きでしょ?」


 京也は、キスができそうなほど顔をよせていうと、途端にルゥナは慌て出す。


「好きでないと言ったら、嘘になるな」


「うわっ! ちょっそれっ! なにぃぃぃ」

 

 ルゥナは実体がないにもかかわらず慌てて飛び退くと、ハウハウいいながら、口を膨らませて呼吸をしている。


 顔を赤らめて、手で顔を仰ぐような仕草なので、焦ったような表情はどこか可愛らしい。

 何をしているのやら、ルゥナはなんだか賑やかになったような気がする。


 京也は気になっていたので、再度聞き直した。

 

「特殊ってさ、何が特殊なんだ?」


 ルゥナは少し怒った表情を作りつつも、口調はやわらかくいう。


「もう……。驚かせないでよね。京也のクセに」


 思わぬ展開で京也は聞き返してしまう。


「え? 俺が悪いの?」


 ルゥナはまるで先生になったかのように説明を始めた。


「そう悪いの! ――それで、特殊のことなんだけど、前提としてダンジョンて女神が管理しているのって知っていた?」


 京也は、過去何度か自身へ向けられた神託を思い起こしながらいった。


「知らないけど、なんとなくなそんな気はしていた。俺の危機に敏感すぎるぐらいだからな」


「神託だよね? 妙に京也へ目をかけているのは、気になるけど……。まぁそれについて、今はいいわ。この国にはね、女神によって管理されていないダンジョンがある感じなのよね」


「どうしてわかるんだ?」


「魔力の波長よ」


 京也は波長と聞いて、コウモリやイルカが近い物だったと、思い出していた。


「あっエコーロケーションか! なるほどな、反射で探知していたのか」

 

「エコー? がなんだかわからないけど、反射は正解よ」


「それがダンジョンと何が関係するんだ?」


「今まで京也が入ったダンジョンだと、ある力を使うと必ず反射がくるの。ところがダンジョンでも反射しないところがあるのよね。そこは魔力がないわけでなくて、不安定なの」


「つまり、女神が管理しているところは、満遍なく魔力に満ちいて、安定はしているので魔力がぶつかり反射をすると。管理していないところは、不安定すぎて魔力はそのまま浸透するか素通りして反射がなく、魔力がないところもあるという感じか?」


 ルゥナがいう不安定な状態は、ある意味魔核が窒息状態に近くなるんだろうなと思った。

 

「そうよ。だから魔力を主体としたこの世界の人が入ったら、逆に危険よ。体内の魔力が底をついたら、もう外側から吸収もできないし体内は枯渇している状態よ」


 京也は素朴な疑問を投げてみた。


「不安定な場所に、どうしてそんなに興味を示しているんだ?」


「管理されていないからこそ、何かがあって隠すにはちょうど良さそうと思ったからね」


「まさか、神話時代の勇者が何かを隠したと言いたいのか?」


「ええ。恐らくは京也と同じ祖国の出なら、後続の者へ何かを残しているんじゃないかと思ってね」


「さすがだな。俺はそこまで思いつかなかったよ」


「ただ、入れても何も無いかもよ?」


「そうだな……。他の者がすでに入り入手していたら、たしかに何もないかもな」


「でしょ? とは言ってもきになるのよね」


「俺もだ。何かを隠して残すことは十分にできるだろうからな……」


「そそ。なんだか怪しいんだよね……。もちろん行く? よね?」


「面白そうだから、明日にでも行くか? そこまでご執心なら、闇の門のヒントか闇の世界の融合について、何かあると読んでいるのか? もしや?」


 ルゥナは、都合が悪くなるとすぐに、可と不可とも言えないことを言ってくる。


「京也はあたしのこと、なんでもわかっちゃうんだね。結構しよう?」


 リムルはどこまで聞いていたのか突然やってきて、俺の背中にしがみつく。


「え! キョウ。それはだめだよ? ね?」

 

 アリッサもここぞ言わんばかりに、さらに腰にかぶさりしがみつく。

 ちょっと嬉しいけど、苦しい……。


「リムル抜けがけは良くないぞ」


「ちょっ! お前ら。何を熱に浮かされているんだ?」


 仲間は当然大事だし、今度こそ手放さないように注意したいところだ。

 とはいえ、近くの他人より今は、遠い親戚の勇者な感じもしてきた……。

 本当は逆なんだろうけどな。


 想像している比喩的な意味での遠い親戚にあたるのは、同じ故郷出身者と思われる神話の時代の勇者だ。本当の親戚というわけではないけどな。

 それに、ここ最近世界に現れた、ポッと出の職業勇者では決してない。

 あいつらはクソだからな。


 今は、管理されていないというよりは、管理できないダンジョンの謎と何かがありそうな感覚を大事にして、挑むことを決めていた。


 ルゥナの道案内で再び向かうことになりそうだ。


「京也、そしたらいくつか目星つきそうな場所があるから、一個ずつ行ってみよ?」


「ああ、そうしよう。普通のダンジョンならいつでもいけるからな。リムルとアリッサもいいか?」


 リムルは妙に回答が早かった。

 

「うん。もちろんだよ!」


 アリッサも問題なさそうだ。


「私も問題ないぞ」


 なんだか、二人とも性格が少しずつ変わってきたような気がする。

 というより元々なのだろうか……。


 京也は思わず二人に聞いてしまう。


「リムルもアリッサもなんだか出会った頃と比べて、雰囲気が変わったか?」


 アリッサは焦りながらも、自身は変わりなさそうな雰囲気で答えた。


「そ、そうか? 私は変わりないと思うぞ」

 

 リムルは、京也を見つめる。


「いい意味で京也も、いい感じになってきたと思うよ?」


 ルゥナがいつになく、慈愛の眼差しを向けてきた。

 なんだか照れ臭い。

 たしかに、殺伐としていたあの時と比べたら、雰囲気は雲泥の差だ。

 今は大事な仲間もいるし、どこか心が安定しているような気さえする。


 それにしても勇者が残した物か……。

 あくまでも予想の範囲でしかなく、ただの不安定なダンジョンなだけかもしれない。


 だとしても入る者がいなければ、誰も知らない未知な領域は心を躍らせる。


 今まで好むと好まざるとも、未知な領域へは飛び込むか飛ばされていたから、不安よりも期待感の方が大きい。


 何より、知らない世界を知ることの方が何十倍も楽しいのだ。

 沸き起こる気持ちは、力を得て抗えるようになってから持つようになった。

 しばし思うと、やはり『力』という物は大事なんだと実感する。


 あとはせっかく行くなら、ギルドでの依頼があれば、ついでに引き受けておくのもいいかもしれない。

 

 恐らくそうしたことをするのに、期待をしている方が可能性は高いからな。


 現金なギルマスのゴダードやジョバンニあたりはとくにな……。


 ぼんやり考えこんでいると、不意に扉を叩く音が聞こえた。


 かぐや姫の声だ。


 「京也います?」

 

 一体何用なんだと、扉へ向かう。

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