第46話『砂塵』

 

 はぁはぁはぁ……。


 俺は赤い騎士の状態を保ったまま、破壊尽くされた教会の真ん中に立ち、肩を上下に動かして息をしていた。

 見た目は耐久のおかげで損傷はほぼなく、損耗は激しく苦しい。


 対抗する奴も、魔人であっても消耗が激しいのか肩で息をし汗が噴出している。

 黒くなった血も滴り落ち、失血死しそうなほどの流血だ。


 異質な魔力で命をつなげているらしく、流血はさほど影響がないようにも見える。

 

 欠損しても繋げれば即再生してしまうことから、削げ落ちたやつの右腕は、町の一部ごと黒い閃光で消滅させた。


 王都というよりは魔獣どもが暴れまくる戦場に近い有様だ。

 天使たちは両断された遺体だけが肉片となりあたりに転がる光景はどこの地獄かと言いたくなるだろう。


 地面はひび割れ、うなっていた魔獣たちは死に絶え、天使で埋まっていた黒い空は晴れ渡り赤い空がまるで血のようで、血生臭い風が頬を撫でる。


 俺は再び大剣を握り駆け出す。


 間合いを詰める速さは変わらず尋常でない。

 全身の筋肉の力を超越して、踏み込み飛び出す。


 狙うのはやつの首筋だ。斜め左上上段から、弓の放つ矢よりも早く魔人の首筋に到達するも、わずかにずれて肩に食いこんだ瞬間、振り下げた勢いを使い正面から胸を蹴り上げて剣を肩から抜き出し後退を図る。


「ガァぁあああぁあああ」


 俺の意識がまた変わろうとする。

 動きに追いついている魔人も、かなりの抵抗力を持つやつだ。


 魔人の右腕は肩から根こそぎ切り落とされるばかりか、脇腹からも血が溢れ出し、左足は膝下が折れてしまい膝立ちをするのがやっとの状態に見える。

 切り落とされた傷口は、自ら魔力で焼いてしまう豪胆なやつだ。


 魔力はまだある様子で、やっていることは固定砲台に近い。


 ただ侮れなく、無数の魔力の玉を繰り出し俺の進行を防ごうとする。

 耐久はしてしまうので、構わず進む。


 激しい肉弾戦と白兵戦で獰猛さが一段と魔人は高くなる。


 荒々しい状態なものだから、勇者で美しかった頃の女性である面影は当然なく、犬歯が剥き出しになり黒目が剥く状態の筋骨隆々で青黒い肌をもつ魔人になりかわっている。


 京也は奥の手に近い物を使っているのにギリギリの中で変わらず、厳しい。

 最後の奥の手という意味では、魔人に変質したあいつも変わりないのかもしれない。


 元勇者の魔人はもはや人としての意識や意志があるのかわからない。


 やつは当初、再生を持っていたにもかかわらず、膝下が折れてしまったのを再生しない理由がわからない。


 黒い閃光を放ち消滅させたいところではあるものの、司祭と約束した蘇生の条件は、魔人の魔核と魔石の二つを渡すことだ。


 うっかり消滅などさせてしまったら、リムルとアリッサが蘇生できなくなる。


 何度目かの突撃を俺は行った。

 ふくらはぎに入る力が異様なほど力づよく感じる。地面を蹴り上げるつま先はまるで指先で掘り起こすかのような勢いで地面を掻き出す。

 持ち上がる膝は、胸部を叩きつけるように上がるのは前傾姿勢であるゆえだ。


 一気に迫る俺に対して魔人も攻撃の手を緩めはしなかった。

 

 魔人はお構いなしに魔力の槍を俺に向けて無数に放つ。

 ルゥナのダークレインを水平に打ち込んでいるのと規模としては同じだ。


 ところが先ほどまでとは訳が違った。


 槍が回転して突き刺してくる。

 さすがに損耗も激しいことから、耐久力が落ちてきたのは否めない。

 耐久しきれず体に突き刺さり、足を止めてしまう。


 動きが鈍くなってからは魔人の猛攻が始まる。


 魔人が跪いた場所から動かずに、魔力の槍を放つ手は緩めない。


 俺は損耗したとはいえ、多少は耐久して弾き返すものの、今や押し込めば突き刺さるという状態だ。


 俺の脳裏で仕切りに警告が聞こえるようだ。


 耐久限界! 耐久限界! 耐久限界! 離脱してください。


 なんだか無機質な女性の声が脳裏に響くのは、何か不思議な気がする。

 俺の意識が朦朧としてきたのは、嘘でもない。

 だから、よくわからない無機質で女性のような声が頭の中で聞こえてくるのかもしれない。

 

 やはり耐久はあくまでも耐えうるだけで、いつかは限界にくることが今回ので分かった。

 現に流血して、血が止まらない。


 魔人の姿が二重にぼやけて見える中、俺はしきりにつぶやく。


「まだ、死ねない……。蘇生を……」


 俺は自分の求める意識とは別に、いつの間に動きを止めていた。

 すでに限界にきていたのかもしれない。


 脳裏に声が響く。耐久限界! 耐久限界! 耐……。 久……。


 俺の視界は暗くなった。


 耐久限界を上回りました……。殲滅ノ流儀……狂奏《きょうそう》発動!


「ウオォぉぉぉおおおおおおお!」



 

 ――あたしは見た。


 あたしは今、力を使いすぎて別空間で休んでいたところ。

 

 このままだと残滓が消えてしまうと焦ってしまい、京也を置き去りにしてしまったのは、あたしの失態かも。


 楽観的に考えていたのも、見通しの甘さがあったからだと思う。

 ようやく保てるようになったので、戻ってきたら京也はかなり危険な状態に。


 というより、何んなの?


 あたしですら、よく知らないし、見たこともない。

 全身から赤と黒の粒子がまとわりつく状態は、少しだけ聞きかじったことはある……。


 


 全身からほとばしる力は、赤い騎士とは別物。

 たしか、闇の世界の住人なら可能なやつと聞いたことがある。


 使えると言っても多分誰も見聞きしたことがないぐらい使われていないし、使えた者を見たことがない。


 本当に危機迫る時、死の直前に発動するという話。


 つまり、京也は死ぬ寸前まできてしまったという訳。


 一度でも発動したら止めようがないし、止められない。敵味方の区別ができるかは、当人次第という恐ろしくもありデタラメな力。


 力のデタラメさは、今持つ”最大の三倍以上”の力を発揮するらしい。


 黒い閃光を周囲に打ちまくり、もはや王都なのか破壊された遺跡なのか、わからないぐらいに辺りは変わってしまった。


 全身にまとう黒い闘気は陽炎のように揺れ動く。

 

 早ッ!

 

 まるで転移したかのように、瞬時に魔人の前にきたかと思うと、滅多斬りだ。

 剣さばきには、技もなければ技術などないに等しい。


 ただ力任せに剣を振り回し、叩きつけているデタラメな動きを腕の動きが見えないほどの速さで振り回す。


 力で押し通し圧倒する速度を用いて奏でる剣の振る舞いは、もはや技とまでいえよう。


 残りの腕を切りあげると、空中を回転しながら腕が回り黒い閃光で消滅させる。

 両足も付け根から突き刺し切り落とすと、剣で持ち上げ空中に放ち、同じく黒い閃光で両足とも消滅させる。


 黒い閃光のエネルギーを軽々使うなどと、めちゃくちゃな戦い方をしている。


 無尽蔵に闇の力があることで実現できる方法を京也は平然とやってのけている。


 もう止めかと思いきやまた動きが変化した。

 京也の意識が戻ったのかもしれない。


 注意深く見守っていると突然立ち止まり出した。



 ――何だ。


 何が、起きたんだ。

 俺はまだ生きていることに安堵したものの、戦況は両手足のない魔人がいてルゥナが戻ってきており、俺に手を振っている。


 魔人は無抵抗の状態で力が完全に抜け落ちて、視線すら向けようともしない。

 ただし、呼吸はかろうじてしているのか胸が上下に動く。

 

 まずは魔人の止めを刺さなくてはと思い、重くなった体を引きずりながら、魔人の目の前にくると剣を使い腹に突き立ていとも簡単に串刺しにした。


「何ッ!」


 ところが、閃光のように一瞬にして眩い光が魔人の胸部中央で増大していく。


 まさかこいつは……。


「自爆か!」


 体の損耗が激しく動けずにいるとその瞬間、魔人はニヤリと口角を上げた。

 視界が真っ白になり魔人の声が聞こえた。


「ルーメン!」


 唱えた瞬間、ほぼゼロ距離で爆発した。

 全身を巨大な魔獣の足で踏みつけられたかのような衝撃を受け、吹とばされてしまう。

 地面に転がるように着地をし、全身を打ち付けて衝撃を逃しつつ、なんとか大剣は握ったまま転がり続けた。


 砂埃が高く舞い魔人の様子が見えない中で、大剣を杖がわりにかろうじて立ち上がる。

 爆発には耐えきれたものの、損耗が激しく身動きはほぼできないほどだ。

 このままではやられると思った時、砂埃が晴れていたのは、上半身と首がかろうじてつながったままの魔人が仰向けに横たわっていた。


 みるみるうちにしぼみ、損傷状態は変わらぬまま元の勇者の姿にもどっていく。


 ただし肌の色は青黒いままだ。


「グハッ」


 もと魔人の勇者は、多量の黒い血を吐血すると、弱々しい目で俺を見てつぶやく。


「強い……な……」


 アリアナの姿にもどると、もう残りわずかな時間で終わるだろう。

 胸部より下が爆発の影響か、すでになくなっていた。

 普通なら即死なところをまだしゃべれるのは、勇者を勇者たらしめる不屈の精神なのだろうか。


「ああ……。お礼参りだ」


 するとなぜか、最後の力を振り絞るかのように言葉を紡ぐ。


「侍の……竜……禅に……あい……に……いけ。奴……は……待っ……て……いる」

 

「――なぜだ?」


「召喚……。を……知る……唯一の……」

 

 途中で、こときれてしまった。

 

 アリアナに思うことは何もない。

 ただ、最後まで戦った勇者としてはそのままだと忍びなく感じ、見開いたままの目をそっと手で閉じさせた。

 

 俺は目的の物を得るために、やつの胸を手刀で貫くと、すぐに魔核と言われる物と魔石と言われる物の手応えを感じ引き抜いた。


 黒い血で塗れたふたつの物は、すぐに保管箱に入れる。

 ログではしっかりと魔核と魔石とでたので間違いないだろう。

 そこで落ち着いたところで、先の言葉を思い出した。


「竜禅か……」


 美しい銀髪を持つ褐色肌のダークエルフだ。

 やつには恨みなどないし接点もほぼなく、ただ何かヒントがあるなら聞き出すのもいいだろう。


 竜禅は、勇者パーティーでは異質な存在だった。

 常に何かを警戒しており、パーティーのメンバーといえど誰にも声はかけず、信用すらしていないそぶりだった。


 その中で唯一、俺にだけは何度か声をかけてもらったことがある。

 励ましに近い言葉を何度かもらっていた。


 これで次の目的地は決まった。


 召喚を知る人物とは、何を知っているのか、どこかはやる気持ちが湧いてくる。

 ただいく前に、リムルとアリッサを蘇生しなければと、損耗がひどい有様の体を引きずりながら、司祭の元へ急いだ。


 俺としては、二人が蘇生されるのは確定事項だ。

 なぜなら、神託で言われるぐらいお墨付きなのである。


 実体験として、神託の影響を受けた俺は、神託の言葉だけは信用してもいいと考えている。


 急がないと……。


 天使たちが消滅してから、あまり時間が経たないうちの方が、成功率は高まるからだ。


 俺はこの黒い血まみれのまま、ルゥナとともに戦場を後にした。


 ――じゃぁなアリアナ。


 最後にひと吹きした木枯らしは、アリアナの魂の巣立ちを見守るような感じがした。

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