第45話『魔人』
――魔人戦。
肉体強度などお構いないし、甲冑は俺の意志をさらに汲み取り、人を超えた動きでアリアナへ迫る。
前傾姿勢で突っ込んだこともあり、左側に携えた大剣は加速と同時に滑り出した。
左逆袈裟斬りで左下から右上へと振り上げる動きを繰り出した。
膂力が尋常でないからこそ、大剣でも生きてくる斬り方だろう。
辛うじて反応ができた魔人は、後ろにややずれたところで浅く斬られたに過ぎず裂かれることはなく回避した。
アリアナは自ら望んで魔人となったのかはわからない。
恐らくは天使にでもなれると騙されたんだろう。
誰も好きこのんで魔人になんぞなりたい者など皆無だからだ。
ただ今言えることは倒さない限り、リムルとアリッサを蘇生することは叶わない。
ゆえに、是が非でも倒さなければならない。
俺は、意志とは別に甲冑の意志に従い大剣を振り回す。
技術や技ですらない単なる力まかせの滅多斬りだ。
損耗が激しく、体力が追いついていないことを感じる。
それでも甲冑が、俺の体を無理矢理にも動かして、攻撃し続ける。
的にならないよう前後左右と移動しながら魔人を中心にして、デタラメに斬り当てていく。
地面を蹴りつけるたびに、ふくらはぎの筋肉が酷使され足のすべての筋肉も現状に耐えうるよう、直接手術をされているかのような異様な感覚が襲う。
魔人は武器を持たず、自らの肉体と魔力による攻撃をしてくる。
振り上げた拳は空を切り、魔力の塊はすでに俺がいない時に撃つという状態でまだ追いついていない。
本調子でないのか、足元がおぼつかないままで肉弾戦を挑むのは止むを得ないのだろう。
丸太のように太い剛腕から繰り出す拳は、甲冑などいとも簡単にひしゃげてしまいそうな勢いで踏み込んでくる。
魔人の膂力から生み出される拳速は、弓の速さを凌駕している。
肩で拳を受けてしまう。
しまった! 距離を稼がれた。
甲冑を破壊できないものの、体を優に吹き飛ばす勢いがあり、俺の体は空中を舞う。
無防備な姿勢を絶好の機会と捉え体を狙い撃ちにして、魔力砲で追撃をしてきた。
背中に直撃した魔力の塊は、強い衝撃と共にさらに高く体を押し上げていく。
ほぼ同時のタイミングで無数の魔力の塊が体を隙間なく穿つ。
凄まじいほどの連携を見せ、文字通り俺は手も足も出ない。
数十ほど受けたあと、そのまま体は落下し、地面に叩きつけられる。
今度は俺が、生まれたての子鹿のようにおぼつかない足で立ち上がると、魔人から攻めてきた。
間合いを詰めるのが早く一呼吸で接近してくると、右拳は俺の腹を強く打ち付ける。
くの字に体が曲がると今度は、左拳で垂直に顎に左拳が突き上げる。
姿勢が一気にのけぞるような形で倒れそうになると、左から顔に強烈な一撃を喰らう。
足がふらつき右側に傾くと、今度は右側から頬を右の拳で打ち付けてくる。
止まらない肉弾戦に、握って離さなかった大剣をこの時ばかりは袈裟斬りにして振り上げる。
さすがに大剣には危険を感じるのか、一旦距離を置く。
ところが離れたことが一見して、俺に有利になったかと思いきや、地獄の始まりだった。
魔人は後光が指すかのように魔力の塊を自身の周囲に展開し、一斉に俺へ向けて撃ち出す。
連射式ボウガンを無数に置かれて、撃たれているような錯覚さえする。
「間も無く耐久限界・間も無く耐久限界。戦略的撤退または離脱せよ」
「え?」
唐突に脳裏に響いた無機質な女性の声に、戦闘中なのに動揺してしまう。
一度ならず何度も繰り返し響いてくる。
同時に体中に、赤黒く光る線が体中に見え隠れしだす。
突然起きた変化に一瞬、戸惑いはするも今は戦闘中ゆえ、目の前のことに再び集中した。考えるのは後にすればいいと。
魔人のどこに力があるのか、魔力の塊を撃たれ身動きできない状態なのは俺の方だった。
「強い」
今までの奴らとはわけが違う。力その物の一つひとつが違いすぎた。
まるで台風で雨風が吹き荒れる暴風雨を、自身で直接受けているような気さえする。
今はまだいい。耐久できているからだ。
またしても魔族と戦った時のように劣勢だ。あの時はリムルが支援してくれて、最後にアリッサが止めを刺してくれた。
その二人はもういない。
ルゥナも力を使いすぎたのか、姿を見せない。正真正銘の正念場だ。
まだだ。俺はまだ倒れられないし、まだ死ねない。
そう心に念じても、どうにもならない状態が続く。
危険な感じはするも、今は甲冑側に委ねてみるのも一つだ。
――やるしかないっ。
俺は覚悟を決めて、駆け出す。甲冑の意志に身を委ね始めた。
――グッゥ!
全身の筋肉と骨が悲鳴を上げている。
耐久により、損傷はせずとも著しく損耗はしている。
力任せで駆け抜け、被弾しようがお構いなしに魔人へ突っ込んでいく。
右の拳から腹を撃たれようと、構わず上段から大剣を振り下ろす。
腕を伸ばし切った時に大剣が肩口を切りつけ、そのまま肩ごと削げ落とす。
落ちた腕を間髪入れずに剣を使い中に舞上げ、再び町中でも関係なく力を使った。
「黒閃光!」
腕と家屋もろとも空間をくり抜いたかのように射線上に存在する物すべてが消失した。
そのまま左側に回り込み脇腹を刺突する。
激痛からなのか、動きが鈍くなった隙を狙い攻撃も傷は浅くとも入った。
再度至近距離からの刺突を繰り返そうにも、後ろに大きく跳躍した魔人は俺との距離を稼いだ。
魔人の着地の少し前に再び、魔力弾が無数に俺へと殺到する。
再び防戦一方になるかと思いっきや、甲冑の意志は被弾してでも突っ込んでいった。
前傾姿勢で地面を駆け抜け迫る。
一方的な蹂躙は回避できたものの再び脳裏に響く声が繰り返される。
「間も無く耐久限界・間も無く耐久限界。戦略的撤退または離脱せよ」
何だというんだ。引けない戦いが目の前にある。
限界などクソ喰らえ。
俺は警告に対して無視を決め込んだ。まるで役に立たないからだ。
今大事なことはなんとしてでも、やつの息の根を止めなければならない。
さらに、魔核と魔石を持ち帰らなければ蘇生ができない。
成功しか許されないし、許さない。
俺の命に代えてもやり遂げる。
俺はすでに覚悟を決めていた。足りなかったのは技術でも力でもない。死ぬ覚悟だ。
焦燥感にかられながらも、俺は意識を魔人へと切り替えた。
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