第47話『褒美』

 「司祭!」


 俺は、急ぎ司祭のところへ向かう。

 

 今やアルベベ王都の煌びやかで巨大な教会は、完全に崩壊している。

 唯一元からあった旧教会だけが王都の外苑に近い場所で残り、厳かで静謐な雰囲気は、まるで威厳を保つかのように落ち着き存在している。


 まるで場違いな者は鈍重な体を引きずり、静寂を無視するかのように教会の扉を勢いよく開き、司祭を呼び出した。


「おや、やはりあなたなら成し遂げてくれると思いましたよ」


 非常に穏やかな笑顔と姿勢で待ち構える。

 どのような危機迫る状況であっても決して崩さない顔だ。

 

「証拠の品だ。確認してくれ」


 俺は、保管箱から勇者の魔核ともう一つあった魔石を司祭に手渡した。

 すると司祭は片眼鏡を用いて、それぞれをじっくりと眺める。

 

「間違いないですね。丸いのは勇者特有の魔核で、ドス黒い塊は魔人化した時にできた魔石ですね」


 今している最終確認はある意味、約束事みたいな物だ。

 司祭自ら、魔核と魔石を確認しているし、行動を指示したのは他でもない女神自身だ。


 あとは、リムルとアリッサが入っている石棺の蓋を開けて蘇生準備をしてもらうだけだった。


 ステンドグラスの真下に2個、くすんだ灰色のなんの変哲もない石棺が並んでおり、グラスからさす光は二人を穏やかに照らす。


「司祭、次はどうすればいい?」


 俺は気持ち焦っていた。

 彼が嘘をつくことがないのは理解しているし、確実に1個ずつ作業を正確にしているのもみてとれる。

 ただ体は抑えても、気持ちだけを待たせるのは難しい。

 

「もう間も無くですよ」


 変わらず穏やかな笑みで俺に説明をしてくれる。

 並ぶ石棺の中で眠る二人は、穏やかな顔つきで今すぐにも起きてきそうな感じがしてならない。


 司祭はゆっくりと石棺の四隅に蝋燭ろうそくをたて並べると、それぞれに火をつける。

 蓋はせず行うようだ。


 司祭はひざまづき、ステンドグラスの前にある女神像の前で祈りを捧げる。

 俺も合わせてまねてみると同時に、声には出さず心の中でつぶやく。


「女神よ頼む! 二人を蘇生してくれ」


 俺は祈りを捧げる両掌は、力みすぎてしまい指が皮膚に食い込む。

 司祭がそっと背中に手を当てたとき、思わず肩に力が入りすぎたのに気がつく。


「これから蘇生につながる儀式を行います。何があっても近寄らないでください。失敗する可能性も残されていますのでね」


「ああ。わかった。俺は中央から前へは入らないようにする」


「はい。中央交差部より前へは、入らないようお願いいたします。声もかけてはなりません」


「……わかった」


 俺は内陣には入らず、中央交差部で立ち尽くしていた。

 バシリカ型の教会がこの世界にあるのは、共通する何かがあるのかもしれない。


 固唾を飲んで、司祭を見守る。


 司祭は、二つの石棺の中央に立ち、右手で銀色の眩いダイヤモンドダストのような煌めきを石棺の上で撒く。

 さらに左手は、金色の粒子を同じく石棺にふりかけるように撒いた。


 そして、司祭は両腕を広げて女神像に何かを伝えているのかつぶやく。

 小さな声のため、何を言っているのか聞き取れない。


 そうすると突然天井から何の前触れもなく、黄金の光が石棺の上に降り注いできた。


 驚くことに、半透明の状態で生まれたままの姿をし、うっすらと金色に粒子を纏いながら、それぞれの石棺に二人が立ち姿のまま目を閉じた状態で降下してくる。


 思わず、声を出しそうになるのを堪えて、待つ。


 ゆっくりとまるで、木の葉が舞い降りるかのように、穏やかで優雅だ。

 どのくらいの時を眺めていたのかはわからない。


 金色の粒子を帯びた二人の透き通る姿は、恐らくは魂なのだろう。

 石棺にまでたどり着くと、体へ重なるようにしてゆっくりと仰向けに寝そべる。


 一瞬眩い光を石棺が放つと、周囲に漂う幻想的な光の霧は少しずつ晴れていく。


「京也さん、終わりました。二人とも間も無く目を覚ますでしょう。女神様に感謝の気持ちを伝えるのは、忘れずにお願いします」


「ああ。起きたらな。近づいてもいいのか?」


 俺はまだ半信半疑でもあった。

 ただ、期待する気持ちが前のめりになりすぎて、走り出してしまいそうになる。

 

「もちろんですよ。さっそく声をかけてあげてください」


「わかった」


 石棺の前にまで近寄ると、先とは異なり何処か頬に赤みがある。

 眺めていた時間が長かったのか、再び司祭から声がかかる。


「どうぞ、お声をかけてあげてください」


 思わず、ぼんやりとしてしまい司祭に促されて気がつく。


「リムル……。アリッサ……」


 語りかけるように囁くと、二人ともほぼ同時に動き出した。

 まるで寝起きかのようにそれぞれが背伸びをして、目をゆっくりと開いていく。

 俺に気がつくと飛び跳ねるように起き上がり、名前を叫んだ。


「キョウ!」


「京也!」


 二人とも目を見開き、自分達が生き返ったことに喜びを噛み締める。

 自分自身の体が無事なことや、深傷を負ったはずの傷が綺麗さっぱりなくなっていることに安堵している。

 

 するとようやく安心できたからなのか、俺もリムルもアリッサも大粒の雫がとめどなく目から溢れていく。


 二人を左右それぞれの腕で抱きしめながらやっと、普通の大きさの声を出せた。


「二人とも……よかった」


 気の利いた言葉など思いつくはずもなく、感情のままに”良かかった”とただそれだけを伝えた。


「キョウー!」


「京也ー!」


 俺も嬉しいはずなのに、なぜか目頭が熱くなり二人と同じよう目から大粒の雫が溢れ出し止まらない。


 どのくらいこうしていたのだろう。少しステンドグラスから陰りがでてきた時に、ようやく3人で立ち上がった。


「司祭、本当に助かった。感謝しても仕切れない」


「司祭様ありがとうございます」


「司祭殿、感謝の言葉もない」


「いえいえ。京也様が約束を果たしてくれたからこそできた物です。これもすべて、女神様の思し召し。女神様に感謝を伝えないといけないですね」


 俺とリムルとアリッサの3人は、女神像に祈りを捧げた。


 その後、とくにお礼はいらないと魔核と魔石を返却されてしまい俺たちは旧教会を後にした。

 後日、教会跡地に来てほしいと司祭から言われ約束をする。


 教会の外にいたルゥナは気まずそうにして出迎えてくれた。


「ちょっとね。あそこにはいけなくてね……。アハッ」


 訳は、今は聞かないでおこう。

 どうせ答えるきなどないだろうからな。


「大丈夫だ。こうして二人とも蘇生できたからな」


「ルゥナ心配かけてごめんね」


「ルゥナすまなかった。二人だけだと苦戦しただろ」


「まぁそこはね。京也がめちゃくちゃ活躍してくれたからね。あたしは少しばかり援護しただけだよ? イヒヒヒ」


 司祭は、約束通りリムルとアリッサを石棺に入れて蘇生した。 

 魔人を倒すのが条件だった。


 リムルとアリッサは何事もなかったかのように目覚めて、互いに喜びを分かち合う。

 

 闇精霊もさすがにこの時ばかりは苦笑いだ。

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