第36話『再会』
――熾天使だと?
「天使には、普通の黒目天使とその他に熾天使と呼ばれる、高位の存在がいるんだよね」
闇精霊のルゥナは、薄暗い通路をゆっくりと歩きながらいう。
今は、天使部屋から魔法陣で出たのち、すぐにまた別の魔法陣に乗ると、トンネルのような場所をルゥナを先頭にして歩いている。
ルゥナいわく、この方法が1番の近道だとのことだ。
「さっきの天使部屋だと、あくまでも人から変化して黒目になったやつだよな?」
「ええ、狂乱の黒目の天使たちしかいないよ」
「それでもさ、騎士団など相手にならないぐらい、身体とか魔力とかすごいんだろ?」
簡単に倒せたのは、型にはめたからだと思っていた。
ただ、騎士団より上の力を持つ存在となると、普通に正面から戦ったら以前の魔族との対峙のように、苦戦するのではないかと考えていた。
「人としても一線を超えて、騎士よりもある意味狂っているのかしら?」
リムルも何か思うところがある様子だ。
「リムルのいう通りね。強力な力を得る以上は、捨てる物も当然あるし、そうでもしないと至れない存在よ?」
「どんなに過酷でも後を絶たないのは、つまるところ力と神聖性に憧れてなわけか」
恐らく、成るという事実が大きいのだろう。しかも側から見たら神聖性が非常に高い。なんと言っても天使様だからな。
ならば、成れるならなりたいと考えるのは、いたって普通の考えだ。
裏返ると言い方をするような話も聞く限り、まるで将棋の成りだ。
「そうね。教会騎士団に所属した者だけしか、受け入れないみたいだけどね。とは言っても裏側では、普通に町の人らを金次第で手引きしているみたいだけど、ほとんど失敗しているね」
ルゥナはいつ調べたのか、まるで見てきたように、さらさらと言ってのける。
たしかにアルベベにきた時、出くわした黒目連中は失敗作だろう……。
金で天使化しようとして、失敗した奴らの末路だな。
それにしても、天使化を寄せ餌にするのは、入信者や入団者を増やすちょうどよい方法だろう。
お布施も集まりやすいし、一石二鳥だ。
しかも失敗しても、治安維持の名目で天使が夜間巡回しているなら、自分達の評判よくなる。
まさか失敗作の討伐と監視だとは、普通の人らは思いもよらないだろう。
「でもさ、天使化をすることで理性のタガが外れるんだろう? 危険すぎないか?」
「ある試薬で精神をなんとかしているみたいね。定期的に薬を服用しないと人を襲って魔核を喰らうらしいわ」
「なるほどな。やっぱ力ってやつは、簡単には手に入らないよな」
得るものがあれば捨てる物もあるというわけか、要はトレードオフなわけだ。
人間性を失うとはなんとも恐ろしい。
「今ね、最も厄介で問題なのは、熾天使の方よ?」
「元々から熾天使もいるし、天使から昇格したレアなのもいるみたいだな」
俺はどこかで聞きかじった知識を話た。
「昇格って、すごくないですか? 妖精がさらに上位妖精に至るぐらい大変そう」
リムルは純粋に、変化に対して感心していた。
それだけ上位の格に上がるのは、大変なことなんだろうと察したつもりだ。
「熾天使もどきは、見た目だけで人を惹きつけるから、ある意味魔獣ね。モドキのことを神の御使いというのは、人が言い出したことよ? 本物の熾天使が、安易と現れるわけがないでしょ?」
「そりゃそうだな。結局モドキは、魔獣としてはなんなんだ?」
「ミミクリーよ。天使姿ではないけど、なぜか似たような種類が闇世界にもいるけどね」
擬態系はたしかに似せて進化してきた生き物だから、どこの世界にもいるな。
「擬態か〜。どの世界にも擬態して生き延びる種はいるよな」
「妖精の国にもいますね。そのこたちはいたずら好きなので可愛らしいところはあります。世界によって変わりますね」
「へ〜なるほどな。妖精の国の奴は可愛い感じなんだな」
「ええ。小さくて妖精の真似をしています。とくに害もなく、花の蜜を年中吸う食いしん坊さんですね」
「なるほどな。食生にもよるんだろうな」
妖精の国とやらは、なんだか平和すぎる。
「魔法界にいるミミクリーは、性質はどんな奴らなんだ?」
「結構凶暴ね。というより、あたしたちと同じ物を好む時点で排除対象よ?」
「まさか……。勇者の魔核か?」
「大正解! 京也はあたしの好み理解してくれて嬉しいわ。契りしちゃう?」
ルゥナは朝飯食べる? 程度の軽さにしか聞こえない。まぁ挨拶程度の発言だろう。気にしたら負けだ。
「ち、ちぎりですか!」
リムルは顔を真っ赤にして、体を前後左右に揺らし始めた。
「そんで、強さはどの程度なんだ?」
俺は華麗にスルーしたつもりだ。
「えー。スルーしなくもいいのになー。あたしこう見えても、結構すごいんだよね!」
「そんで、強さはどの程度なんだ?」
俺は繰り返しスルーして同じ質問を繰り返した。何度も言うけど、気にしたら負けだと俺は思う。
「モゥ……。京也はつれないのね。目の前にいる超絶美少女からの誘いなのに……。いいわ、あのミミクリーはね、総合的に見たら天使より上はあたり前だけど、群れたらまずいわ」
誘いと言っても、実体がないんじゃどうしようもないような……。
「群れることで、互いに上昇バフがかかるとかか?」
「よくわかったわね。ミミクリー同士は、どうやら重ねがけの制限はないみたいなのよね」
「それって、際限なく強くなるんじゃ……」
「そう。だから群れる前に倒さないと、本当にヤバイ」
そうこう話しているうちに、またルゥナの案内で、魔法陣に乗ると不思議な場所にきた。
そもそもルゥナが案内していた通路ですら、別の空間に入り込んだような状態で、薄暗いトンネルを歩き続けてきたようなものだ。
魔法陣に乗りたどり着いた先は天使部屋と同じく、再び真っ白な空間が出迎えてくれる。
俺の目か頭がおかしくなければ、目の前の光景は異常だ。
コウモリのように何かにつかまり、ぶら下がった状態で寝ている。
しかも、見渡す限りにいる……。
「かなりいるな、どうするんだこれ……」
「油断しているし、やっちゃうしかないよね? イヒヒヒ」
今日はいつもより悪い笑みを多く、ルゥナの表情からみれた気がする。
「ダークレイン!」
ルゥナは下から上に勢いよく腕を振り上げると、まるで豪雨のように集中的なダークレインを降らせた。
「下から?」
いつもと真逆なため、思わず聞いてしまう。
「雨はいつも上からとは限らないわ」
何をやり出したかと思えば、普通は上から降る雨が地面から上空に向かい降り注ぐ。
下から雨が降る世界なんて俺は苦手だ。
完全に重力が逆転した感じにも見える。
このタイミングで一斉に広範囲に行うことは、まさに蹂躙して大虐殺のはじまりにしかならない。
どうやら、ダークレインだけが下から上に降り注ぎ、直撃を受けた熾天使たちは穴だらけになった状態で、下に落下して
寝ている時に襲われたわけだから、完全に無防備な状態で防ぎようがないだろう。
目の前に広がる、光景はある意味圧巻だ。
真っ白な地べたに体中穴だらけの熾天使達が、苦しいのか蠢いている。
このまま回復魔法で治られても困るため、毒蛇で食らいつく。
「すごい光景だな……」
「アハッ まるで墓場ね。土でも被せておけばいい肥料よ?」
「天使が肥料とは、なかなか贅沢だな」
「でしょ? 作物がよく育つわ。イヒヒヒ」
「あれ? ルゥナは農家さんですか? よく知っていますね」
リムルはどこか感心するようにルゥナをみる。
「え? ではマジなのか? いい肥料って?」
思わず俺は聞き返してしまった。
「はい。マジですよ? 妖精の間じゃ有名な話です」
天使を肥料にする妖精ってなんだ? 俺の持つ妖精のイメージが音を立てて崩れていく。
一方ルゥナは、嬉々としてダークレインを降らせ続ける。
俺の近くにいるといくらでもできるとのことで、そういう意味ではルゥナの独壇場だ。
とくに体に何かされている感じはしなく、ルゥナとしては闇の力が俺経由で引き出せるとのことだ。
リムルは氷結魔法の氷槍でとどめを刺していく。俺も負けじと、毒蛇を用いて食い荒らす。
ところが何体かは上半身だけが残り、笑いながら消えていく熾天使の不気味さがまた、新たなトラブルの予兆を感じさせる。
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