第30話『遺跡』

 俺は本当は仲間が欲しかったのだろうか。

 今はまだ、答えは出せない。

 

「そうだ! リムル!」


「彼女は多分、大丈夫よ? 妖精と精霊には幻覚が効かないからね」


「ひとまずは安心だな」


「……多分? アハッ!」

 

 食虫植物の化け物が生き絶えたのを見て、俺は先の幻影に囚われていたことを思い起こしていた。


「仲間か……」


 誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いてしまった。


「京也? どうしたの? 寂しげなイカす顔しちゃって? アハッ」


「なんかな、変なことを思い起こしたよ」


「変なね……。どんなこと?」


 ――あの時俺は。

 

 俺は生き抜くことに必死だった。


 背に腹は変えられないため、さまざまな仕事に手を出し、わずかなカネを握りしめ、奪われないよう身を潜めていた。


 どれも過酷で大した金にはならず、下卑た笑い声がこだまする地下でドブさらいもしたし、糞尿の中で探し物依頼を受けて、手探りで拾い上げたのは地獄だ。


 いつも俺は一人だ。


 だからといって不満はないし、一人の方が楽だった。

 どの世界でも同じく、仲間よりスキルが大事で、とにかく学びたい気持ちが強い。


 気持ちとは裏腹に、どこか心に隙間風がながれこむような感覚を覚えた。

 仲良さそうに歩く者たちの笑い声が、どこか遠くの世界で起きた出来事のように聞こえた。

 

 仲良さそうな家族が買い物をしている姿も眩しく映る。

 暖かそうなスープを冷ましながら飲む姿に、腹を空かせて眺めてしまう。


 本当に欲しかった物は何なのか、わからなくなってきた。

 欲しいのは食べ物でもないし、スキルでもないのだろうか。


 ただ俺がいる現実で気がつくには、周りはドス黒く視界が覆われて、鍛錬をいくらしても精神的はには追い詰められてしまい、わかるはずもなかった。


 さえずる鳥は死に絶え、空は魔獣で覆われて黒く、吹き荒れる風は血生臭い。


 地獄ような悲劇の悪夢を何度も見ていた……。


「まだ俺は弱いな……」


「そうかしら? あたしなんて京也がいなければ存在できないよ?」


 闇精霊は珍しく立ったまま、俺の目をじっと見つめながら話す。


「え? 初めて聞くな」


「あたしは残滓。本体と合流する前に力を使い切ったら消えるわ」


「おいおい大丈夫なのか? さっきみたいな力を使って?」


「だから京也がいないと、あたしの存在も危ういかな? アハッ」


「わかったよ。俺も背負っているんだなお前のことも」


「そんなに気に病むことも気負うこともないわ。ダメな時はどう足掻いてもムリな時はあるし」


 半分諦めの境地のような台詞だ。


「ああ。いつも通りの俺さ。妙に気持ち弱くなったけどもう大丈夫だ」


「本当に?」


「お前に消えられたら困るからな」


 俺は闇精霊の目を真剣に見つめた。


「ブっ! 何よそれ? ダメだからねあたしは。……フォルトゥーナよ」


「フォルトゥーナ?」


「そ、あたしの名前。いつまでもお前呼ばわりじゃね」


「やっと教えてくれたんだな」

 

「呼びにくいでしょ? ルゥナと呼ぶ人もいるわ」


「わかった。そしたらルゥナと呼ぶな、これからは」


「アハッ! 照れるな」


 いつもの闇精霊のはずなのに、名前を知るだけで身近に感じるように変わるもんなんだなと俺はしみじみ思った。


「もうここがなんなのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」


「いきなりだね。まぁいいや。ここって元々、限界を超えさせる施設だよ?」


「だから過酷と言いたいのか?」


「ちょっと違うかな? ここは訪問者の持つ限界を超えた時に、新たな能力を開花させるための場所だったわけ」

 

「なるほどな。まったく届かないより、後ほんの少しなら本当に届くからな」


「そそ。訪問者に合わせて、ぎりぎりのところを踏みとどまらせて、限界を超えさせる。だから当人にはキツイんだよね」


 あまりに高い壁であるなら乗り越えるのは難しい。

 それどころか、諦めてしまい先に進まないんだろう。

 つまりは、途中脱落者多発で本来の目的を達成できなくなる。

 

 ところが、あと少しのところであるなら意外と踏みとどまれるし、越えることも不可能ではない。


 たしかにそれなら、限界と思っていたことも実は努力で超えられる成功体験が得られるわけだ。

 

 いつしか目的すら忘れられて、隔離用の場所に成り下がってしまっていた。

 変わってしまった理由は、誰も知る由もない。

 

 結局俺は何がしたいのか、おぼろげに思っていたことが形になってきた気がしてきた。

 目には目を歯には歯をと裏切りには死を、勇者たちに償わせること。そして闇レベルを上げて完全無双する。

 

 幻影のおかげで、迷いは吹っ切れた気がした。

 

 トレイシーや直接は手を下していないバルザックなど、今後もこうして敵対した結果、殺めることも増えるだろう。


 命の軽さが当たり前の世界で、力を持っているし自分で運命を切り開ける。


 ならば、自分にとっての正義と求めることを追い続ければいいと考えが明確になってきた。


 強制転移してきて数年。


 やっと他人に屈しない力を手に入れて、わずかでもレベルが上がってきた。

 それまでは、以前の世界同様に誰かに守られた平和な時間が続いていた。

 ある意味、争いごとは他人任せで何もしていない。


 何もさせてもらえなかった俺が今や自身の力で切り拓き、財力や力も得ている。

 他にもやりたいことと、やらなければならないことができた。


 そうした意味では、覚悟が決まったとあらためて思える。


 力を得られた分比例して、責任と争いは共にやってくる。

 こうしたごく当たり前のことが、ようやく腹の底に落ちてきた気もしていた。

 

 闇精霊のいう次の段階が、いつでどのような物かはまだ検討がつかない。

 俺の心の中は、次の段階とやらに歓喜している。

 

 また成長できるのともっと強くなれるし、さらに高みに行けると。

 そのためには各地のダンジョンも巡りたいし、この世界へ召喚の橋渡しをしたと思われる神を殴り倒すこともしたい。

 

 正確にいうと、神の存在を消滅させることすら考えてもいる。

 果たしてその時、世界はどう答えを出すのか、見ものだ。


 神を相手に、何をおごっているのかとあるかもしれない。

 俺が持つ力は、神とすら対抗できるかもしれないのだ。

 ならば、それを目的にしたっていい。


 できるやつだけがする。

 そうした世界だからだ。


 最終的には、闇精霊の望む闇世界と今いる世界を繋げるのもありだろう。

 破滅的な思考かもしれないけど、先のことは正直よくわからない。

 気持ちも変わるかもしれない。

 

 ただ、今は明確に思う。


「勇者を殲滅して、ダンジョンを無双する」


 まだ1つのダンジョンしか制覇していないし、俺の決意は固く実行あるのみだった。


 ――数刻後


 動き回らずに、俺は呑気に闇精霊のルゥナと今後のことなどを話し込んでいると、リムルが駆け寄ってきた。


 どうやら一箇所で動かずにいて正解だったようだ。


 合流したリムルは、離れる理由もなく京也についていくという。ある意味一蓮托生なわけだ。


 リムルほど信頼のおける人はいないし、ついてきてくれるなら嬉しい。ただどこかで、リムルはしたいことがあり我慢をしているのではないかとさえ思っていた。


「私は、京也といる場所が私の居場所。だから一緒にいる」


「リムル……。ありがとう」


 ふと闇精霊がふわりと目の前で舞う。すると気になる言葉を発した。


「闇レベル10から先はね。人によって違うんだよ。イヒヒヒ」


「違うにしても、キリのいい数字で変化があるのは、間違いない感じなのか?」


「う〜んそうだね。京也の場合魂の深いところで、根本的に何かが違うんだよね。心当たりない?」


 今までの世界で、魂との関わりがあるとしたら住職ぐらいだろう。

 ただ、死と向き合うような人との接点があるわけもない。


「魂のことで心当たりなんて言われてもな……。具体的に魂に影響することってなんなんだ?」


 俺にとって大事なことでもあるけど、魂のことは何も知らないに等しい。

 むしろ存在することすら、怪しむぐらいだ。

 

「そっかー。そこからか」


「私も知りたい」


 珍しくリムルも会話に参加してきた。

 ルゥナは一体何を知っているだろうか。


「多分、京也は元々あたしらの世界の人かなってね。しかも神クラスのね」


「どういうことだ?」


 なんだかいきなり神クラスと言われても信憑性に疑いがでるし、仮にそうだとして、俺になんらかの関係があっても冷遇されてきたのはあまり納得がいくものではない。


 過ぎたことは仕方ないにせよ、なんだか嫌な感じもする。

 

「普通は、今いる世界ではない異界の力を引き出せるのは、そこの世界と深いつながりがないと、出来ないことなんだよね」


「俺がいたのは、魔法も精霊もない場所で日本という国だぞ?」


「そそ。何もないところから来たのに、この世界で力を引き出せるわけがないと言いたいんだよね? ところがいたことない世界の力を徐々にではあるけど得ていると」

 

「ああそうだ」


「あたしもいくつか世界を見てきたけど、元の世界の力を使えるか、ついた先の世界に一から馴染み、すべてを作り替えるかどちらかしかないんだよね」


「だとすると、この世界に馴染んでいない俺は前者になるのか……」


「そうね。その解釈は正しいわ。前者はあたしで後者はあたしの仲間。もうすでにいないけどね」


「やはりわからないのは、闇世界のことはまるで記憶にないしな……」


「記憶は紡がれないこともあるわ。例外は今までにないのよね。とすると、おかしいのは京也あなた」


「なんだろうな? 検討がつかないよ」


「今ある事柄から導きだす答えは、闇世界の住人か関わりが深い人物となるわけ」


「肉体の構造も精神も元の世界と、変わらない気がするけどな。俺は転移できたんだし。関わりはないんでないかな?」

 

「たしかに京也のいうように闇世界の記憶はないみたいだし、体験もしていないというのは正論よ。もし京也の魂が、闇世界の経験を伏せてまでして、潜り込んでいたとしたら? どうかしら?」


「潜り込んでいたら元の魂の持ち主が、画策しているとしか言いようがないな……」


「突拍子もないのはわかっているわ。ただ京也の規格外の状態は説明がつかないのよね。いずれあなた神どころの話じゃないわ」


「だとすると、何になるんだ?」


「話の腰おるけど、遠い先の話より目先のことよね? 多分だけど次の変化は闇レベル50ぐらいかと思うわ」


「いきなり話が変わるな……。50か、まだまだだな」


「何を得るかは、さすがにわからないわ。ただ京也の規格外の許容量なら、いろんな可能性があるからなんとも言えないかな? 楽しみでしょ? イヒヒヒ」


「ああ、そうだな」


「まずは、脱出しようか。もう出口は大体わかったわ。闇精霊を舐めてもらっちゃ困るわね?」


「頼もしいよ。助かる」


 すぐにでもキスができそうなぐらい顔を寄せてしまうと、ルゥナは途端に焦り出す。


「ふぅわっ! 何よそれ! 急に反則でしょ?」


 こうして俺たちは、ルゥナの案内を頼りに出口へ向かうことにした。

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