第5話『非力』

 ――死。


 ダンジョン再構築まで、残りはあとどれぐらいあるのだろうか。京也は、残りの時間を強く意識していた。

 

 死刑宣告を受けたも同然で、どのように死ぬかを今、決めなければならない。出口まで魔獣に遭遇せず通れたと仮定し、全力で走り抜けたとしても半日程度はかかる距離にいる。


 仮定の時点で、どう考えてもムリなことがわかったから勇者たちは、今いる場所を選んだのだろう。現時点で言えるのは、脱出は不可能だ。


 脳裏に過ぎるのは死のことしかなく、あるのは絶望だけだった。

 唐突に突きつけられた死刑宣告は、心や思考も生きたい気持ちですらえぐられる。現実問題として、どうにもならないことも理解はしている。


 とりあえず自らの足で立ち上がったものの、ポケットに手をツッコんで地面を見つめながら体を左右に揺らしていた。

 今の瞬間、一分一秒が惜しいとも感じるし、どうにもならないからと自暴自棄な気持ちもある。何もかも、捨ててしまおうとする自身の気持ちを、行ったり来たりして揺れ動いていた。


 わかってはいたから努力もしていた。日々耐久性は向上していくも、残念ながら攻撃力は一切なく技術も得ていない。一人じゃ何もできないし、ダンジョン攻略などもっての外だ。


「――非力だ」


 ため息ですら、力なく息が口から漏れる程度だ。


 死にづらいだけで、敵を倒せない。

 今の俺を示す最も適切な言葉かもしれない。現状はどう足搔いても、再構築までにもう1時間は切っているだろう。やれることは限られていて、納得できる行動は恐らくコアへ到達すことにある。


「僕は……。どうすれば……」


 残りわずかな時間しかなくとも、京也は思い詰めはじめてしまう。

 感情をあえて力に例えるなら、絶望は力が抜け落ち、悔しさは力んでしまう。そして後悔は麻痺に近い状態だ。希望は唯一前に進められる力だ。そうやって心と体をこの短い間で蝕んでいく。


 ――勇者。


 その存在ならば、見捨ててもよいはずなどはない。他人の生きる機会を奪うことが許されるわけもない。人を守る正義の体現者であるというなら、なぜ奪い見捨てて殺すのか。


 ――否。


 最もシンプルな答えは、単に殺すのを楽しんでいるだけで、特権にかじりついているような奴らだ。


 僕は、いや俺は悔しい……。残された時間はもうほぼないし、脱出は不可能だ。


 今まで俺がやってきたことは、何なんだ……。俺のできること……。耐久は、何のために……。


 ――やり切るためだ。


 ならば……俺は、俺に賭ける! 耐久力が運命だというのなら……。初のコア到達者になる!


 ――行こうっ!


 自問自答して導いた答えは、俺の耐久能力はコアへ到達するためにあることだと、自分自身を奮い起こした。

 覚悟を決めたとき、全身の筋肉が一斉に武者振るいかのように震え出し揺れた。本当の覚悟を決めると、心以外に体も反応するものだとあらためて思い知る。


「覚悟終結っ! 俺の意地、最後に見せてやる!」


 言葉に出して覚悟を心に決め、京也は深層に向けて一歩を踏み出した。

 今の時間から最下層を目指すならば、ショートカットできる地割れか、陥没した穴を探す他に手立てがなかった。


 魔獣に遭遇して生き残れても倒せずムダに時間を使うだけなので、遭遇したら即座に逃げるつもりだ。

 戦わずして最下層に行くには、やはり谷底につながるような場所を見つけるより他になかった。


 幸いなことに近辺には魔獣がおらず、探すのに敵対魔獣がいて困ることはなさそうだ。京也はひたすら歩き回り、探しまわる。

 幸いなことに今いる階層は、他と異なり半分程度の広さだ。時間にして十分もあれば全体をくまなく見通せる。


 急ぎ探していると、突然京也の脳裏によぎるのものがあった。一体”コア”とは何なのかだ。


 ダンジョンがダンジョンであり続けるための、エネルギー源であることはわかっている。ダンジョン内にいる、生きとし生けるものの源だ。

 

 コアはすべて地下深くにしかなく、あらゆる物事を記録して留めている役割もある。

 魔獣がいい例で、魔獣が生まれても過去の経験がすでに蓄積された状態で生まれてくる。なので、コアはまさに記憶と記録の銀行だ。


 他にも特典箱と呼ばれる宝箱が存在して、中から貴重な武具など無作為に多種多様に現れる。ダンジョンが消えたら、排出された品々が消えることは今までないと聞いている。


 コアが経年劣化なのか定かではないものの、一部が崩れてしまい地上に露出したことが、歴史上ではあったと言われている。

 当時、コア周辺に出土した特典箱の品々は、今でも残っているという。出土品は、コアの存在条件とは直接的な関連性がないと言えるのだろう。


 そうしたこともあり、特典箱の奪取が過熱していったのは理解できる。

 気になるのは、特典箱はどこから品々を運んでくるのか謎のままだった。出現位置もコアの近くほど数は多く、よりよい物が出現すると書物では書かれており、口伝でも言われているそうだ。

 

 無から有は生み出せないと思うため、どこからか引っ張ってきていると思っていはいるものの、不思議なことでしかない。


 たまに中層にもいくつか出現することがあり、奪い合いで探索者同士が殺し合うほどだ。やり合ってもメリットの方が遥かに高い物品なため、争いは絶えない。

 当然ながら、ダンジョン内の出来事はすべての行いが黙認されている。もちろん殺し合いもだ。


 血みどろの争いが繰り広げられる特典箱とコアについて、どこかの学者が生涯をかけて調べたことがかつてあったという。

 

 わかったことは、わからないことがわかっただけだった。多少飛躍しているものもあるにせよ、魔法世界にあった物しか出土しない。今の世界に合う出土品であるところを見ると、世界の何かが作用はしているんだろう。


 京也のようにどこか別の場所からきたわけではない。そうした別の世界の品は、片鱗すら存在しなかった。

 魔法に関わる品々は、世界のどこかの何かと繋がりがあるのかいまだに誰も知らない。


 今まで縁がなかった特典箱は、もしかすると人生の最後の最後で巡り会うかもしれない。妙なほど高まる期待感が、京也を後押しする。

 残り少ない命であるならば、最後ぐらい夢を見させてほしいものだと京也は考えていた。


 目を皿のようにして隈なく隙間なく探し歩く。いつもは勇者たちの背後に隠れて移動をしていたこともあり、ある意味安全が確保された状態でもあった。

 今や一人だけのため、すべての対処が必要だ。敵対するものがいないとこんなにも楽だとは思いもよらなかった。


 徒歩十分程度の広さとは言え、練り歩くとかなりの時間を費やしてしまう。どことなく、左奥の場所に歩みを進めていくと、何か今までと違う何かがあった。


「もしや……」


 京也は駆け寄り眺めて見ると口を開ける地面は、目的と合致する。

 谷底は見えないほど深く地割れした場所があった。横にひび割れた場所は、馬車が数台縦に並んでもまだ足りないぐらいの縦幅があり、横には水平に壁の先まで続いているように見えた。かなり遠い先まである地割れだ。谷といってもいいぐらいの感じだろう。


 もしかすると、最下層までの最短ルートかもしれないと考えていた。今は目の前の地割れしか選択肢がないため、飛びこもうと決めていた。

 

 覗き込むように身を乗り出すと、深く真っ暗で何も見えない。視界が得られないのは、光石が存在していないからのようだ。見えないぐらいの深さならかなり期待はできるだろう。


 京也は思いをはせると、顔のニヤつきが止まらなくなってきた。明かりの確保は手持ちの腰に吊るしている道具箱にも入れてあるし、ポケットにも非常用に光石がいくつかある。


 以前、自身の耐久がどこまでいけるか、真夜中に高い塔から飛び降りたことがあった。

 

 少しずつ飛び降りては登りを何度も繰り返していき、最終的にはてっぺんから飛び降りても無傷であることに気がついた。

 痛くは無いかというと、痛覚がないのではと疑うぐらい痛みはない。近い物だと赤ん坊に叩かれたぐらいの感覚だ。疑問に覚えるぐらいの感覚で済んでいるのがすごい。


 分かってはいるもののこの能力というものは、人として既に超越したものだ。

 だとしても、いずれは限界が来るのではないかとも思っていた。単に限界値が人より高いのであって、上限はさすがにあるだろうと思う。


 当時とは比べものにならないくらいの高さなのはわかる。だから何が起きるかわかららないし、このまま落ちて死ぬこともあり得る。

 ただし、何もしなくても死ぬなら賭けて見ようと思う。一世一代の大決意でコアを目指して京也は飛び降りた。


「いっけー!」


 リュックは捨て置き、勢いよく高くジャンプをするとまるで空中で歩くかのような動きをしてしまう。

 両足から着地するかのように飛び出したにもかかわらず、重たい頭が下になると引き寄せられるよう真っ逆さまになって落ちていく。


 着いた先が仮に行き止まりで何もなくとも後悔はしていない。俺自身の選択で未到の地へ足を踏み出したのだ。他でもない自身の能力を使ってやり遂げる。今は自身の能力のことがすべてだった。


 突風は顔面を強く吹き付けるかのようにして、すべての髪が後ろになびき風と共に踊る。風圧からなのか、目尻に涙が溜まっていく。目を細めながらこれから向かう”闇の世界”に恐れながらも期待がどこかにあった。


 前人未到のコアだ。目的の場所に向けて、人族初の一歩を踏み出したわけで冒険心が疼く。飛び降りた時は暗かったものの奈落の底に向かうにつれて、光石が増えてきたのか明るくなってきた。


 どのぐらいの浮遊感を味わっていたのだろうか。体感にして十分以上はある。もう間もなく底が見えてくると、辺りには何も見えないし動くものすらない。


 今のままだと頭から落ちてしまうので、なんとか回転して足から着地ができないものかと体を動かしてみた。膝を抱えるようにすると体勢が変わり、今度は尻から落ちていく感覚がある。


 残りはタイミングを見て足から着地をしようと試みる。受け身を取るのに、今までやりやすかったからだ。あらゆることに耐え切る体なので、骨折の心配や脱臼の心配もしていない。


 両足で地面に着地と同時に、横に転がり続け衝撃を逃した。どのくらい転がったのか、目が回るほど転がり続けて砂埃を撒き散らしながら、数分転がり続けてようやく止まった。


 辺りを見回すと、壁がいっそう明るく光り、いよいよコアに近づいている感覚が強い。肌に伝わる感覚は、恐らくは強い魔力の波動で痺れているのだろうと考えていた。


「大丈夫なのか……」


 自身でも体の状態が無事なのか、半信半疑であったのはいうまでもない。

 全身で感じる感覚はまったく問題ないと言えるほどの状態だった。今や頭上の遥か上に、髪の毛の毛先ほどに見える灯の点が、踏みしめる地との距離感を物語る。


 恐らくは、高い場所から降下してきて無事で済んだのは、京也がはじめてだろう。どこにも負傷がなく無事であることを確認してから再び周りを見渡した。


 視界に入った瞬間、心音が耳の側で聞こえるほど急に高鳴りを感じた。今まで書物で知ることはあるものの、はじめての遭遇だ……。アレはもしや……。思わず固唾を飲んでしまう。

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