第6話『決意』

「箱、なのか?」


 思わず口をついて出てきたのは、分かってはいるものの半分期待ともう半分は不安からだった。


 すぐに視界に入ったのは、人の赤ん坊ほどの大きさもある箱の存在だ。金属枠の代わりに見た目は硬質な皮革で枠が作られており、箱自体は焦げ茶色の木材で作られたように見える。


 豪華絢爛な金色の金属枠からなり表面は、赤茶色の宝箱を今まで想像していた。実物は予想に反して、見た目は地味なつくりだ。


 噂に聞いていた特典箱は、宝箱となぜいわないのかは知らない。書物によると、重要な場所の近くなるほど無作為に、よいアイテムが取れる箱は特典箱という。


 今まさに目の前にある。


 特典箱が存在するのは、重要な場所に近いからなのだろう。開けて出てきたものは、触れた者が権利者となり生涯持ち続けると言われている。例外としては、当人が権利放棄すれば誰にでも持てる。


「特典箱……」


 思わず固唾を飲んでしまうほど、極度の緊張に晒されている。

 何が起きるかわからないのも特典箱の特徴だ。中には運よく中層で見つけて開けた途端、何かを吹き付けられて、顔面から溶け崩れたという話しを聞いたことがある。


 幸いなことに勇者パーティーでは一度も遭遇することがなかった。見つけたら間違いなく箱開けをさせられて、罠があって負傷しても、治療せず置き去りにされるのは目に見えていた。


 一歩ずつ近寄り、片膝をつきしゃがみこみ眺める。どうみても外側からは中身など検討がつくわけもなく、革の枠で補強された木箱に見える。


 どのような罠があるかわからず、意を決して開けた。鍵はかかっておらずすんなりと開いた。

 思わず腕をクロスして、首から上を守るような姿勢をとってしまう。


 ――っくるか? 何かを……され……ない?


 細める目には思わず力が入ってしまう。恐る恐る覗くと中にあったのは、正六面体の銀色に自ら輝く物があった。

 金属質なキューブ状のものは、わずかに銀色の粒子を帯びながら、箱の底に佇む。


 掴み出し手のひらの上に載せると、金属質のようでいてどこか存在が危うい。重さは、木の葉程度しか感じない。


 冷たい色をした物は、金属に見えても数瞬半透明な物にかわりまた、元に戻ることを繰り返している。素人目で見ても不安定さは拭いきれない。


 不意に手の平から痛みや痒みもなく沈み込んでいくと、何ごともなかったかのように体内に吸収されてしまう。


 何が起きたのかわからず呆然としていると、脳裏によぎったのは”保管箱”という認識だ。


「凄いな……」


 目を見開き、両方の眉が持ち上がる。思わず声に漏らしてしまうほど京也は感嘆した。


 生まれてはじめて自らの手で特典箱を開けて手にした物だ。いくら今過酷な運命があろうと、目の前で体験したことは何ごとにも代え難い。


 あらためて手に入れた物を認識すると、触れたものをどこか見えない場所に保管ができる優れものだ。


 勇者たちは、これ見よがしに持っていた魔法袋の上位互換なのだろうか……。せっかく得ても、この先使う機会がないのは残念なものの”得た”という体験は大きい。


 周囲を見渡すと、他に特典箱は見当たらなかった。

 箱の先の方角には、優に人の背丈の3倍以上はある高さと馬車三台が並列して走ってもまだ幾分余裕があるほどの幅を持つ空洞が口を開けて待っていた。

 壁面は光石で覆われているのか、視界は確保できるほどに明るい。


 洞窟内に入っても変わらず魔獣の気配がないのは、まるで罠に自ら入り込むような不気味さを感じる。

 その静けさの道中で、生きとし生けるものに遭遇することもなく進んでいると、また遭遇した。人生2個目の特典箱は、道のど真ん中に、堂々とした佇まいで鎮座しているを見つける。


 今度は先の物よりも、ひとまわり大きい。異なるのは、大きさだけで見た目は同じだ。

 思わず駆けよってしまうほど、京也にとって期待は大きい。罠があろうと気にせず開けようとすと、また施錠がされておらず再び底には何かがあった。


「……短剣? なのか?」


 鞘に収まらず、剥き身の状態で底に佇んでいた。

 

 柄から刀身にかけて、くすんだ銀色をしている二匹の蛇が絡み合う。

 その刀身に食らいつく姿は、恐ろしげな印象を受ける。つかを握ると、何かが京也に仕掛けてくるような感覚がある。局所的に強い空気圧の強弱をつけて、当てられているような不思議な感覚だ。


「闇レベルが解放されました」


 無機質な音声が脳内に響き渡る。


「闇レベルだと? 一体何が……」

 

 こうして疑問を抱いている時に、実体のない不確かな存在が体当たりをするようでいて、体表を撫でるような感覚もあれば掴もうと触れられている感覚すらもある。

 

 何をしようとしているのか、何も効かない。重さは不思議と羽のように軽い割には、かなり頑丈そうにも見える。


 恐らく高価なのは、間違いがない。

 特典箱から武器を得たのは人生ではじめてだ。嬉しさのあまり思わず顔がニヤリとしてしまう自分がいる。どうにもニヤニヤが止まらない。これから死ぬというのにだ。


 さっそく保管箱にしまうと、驚くべきことが判明した。

 鑑定ができたのである。判定された結果がおぞましい。

 ”猛毒・呪い・吸血”どれも異なる困難な3つに耐えられなければ、直ちに影響を受け死ぬという。どうりでさっき何か触れようとしてくる感覚があったわけである。克服できる者には絶大な力を与えるという。


 ――名は、永遠なる闇の毒蛇。


 最強武器に近いと直感で感じた。説明書きにある毒蛇を放つとはどういうことなのか、実戦で試して見ないとわからない。

 今わかることは、どれだけ離れていても所有者の意思で手元に戻るという、優れた帰属特性を持つ武器だ。試しに壁面へ突き刺すと、パンに刺すかのようで最も簡単に差し込めてしまう。


 他にも試してみると、短剣が小指の先ほどまでしか見えない位置に移動して念じてみた。途端に、今まで手の中で握られていたかのように、瞬時に戻ってきた。


 なんとも凄い武器なんだろうか。ある意味”猛毒・呪い・吸血”の3つに耐えられない第三者が持ち去ろうとすれば、途端に力の餌食になる。

 盗難防止には打って付けとも言えるし、効果自体が武器にもなる。


 ダンジョン産の武具は、ひょっとするとほとんどが何か抱えているのではないかと思ってしまう。


 どうやら先ほどの何かを仕掛けられた感覚は、力のことだったのかもしれないとようやくわかった。思うに、耐久がなければやられていたわけだ。それもあって闇レベルという物が解放されたのかもしれない。

 

 何かに抵抗できるだけの力が必要なら、耐久がある京也にだけ有利に働くのは間違いないだろう。


 気を取り直してしばらく進んでいくと、大広間があった。壁際には大人の膝ほどの高さにある台座の上に、白く輝く球体が少し浮く形で存在した。

 球自体は直径が二メートルくらいあり、巨大で存在感は圧倒的だ。恐らくはコアに違いないと、京也は巨大さと神秘さに感嘆していた。


「ここが……そうか……」


 京也は自分が「見ているだけの非力」だけではないことを今、証明した。一人の「探索者」として、短い時間の間だけども、本格的に活動した成果が今目の前に存在する。


 コアまでたどり着いた生涯最後の記念に、自身の名前を毒蛇の切先を使いコアに掘り込む。


「九条鳥 京也っと。よしっ! いいな……」


 見上げるほどの大きさの球体に、手のひらぐらいの大きさで漢字一文字ずつ名前を掘り込んだ。


 時間の尺度となる石柱は、コアのすぐ真横の壁面にあり、残念なことに完全に光が消失していた。

 恐らく今の状態は時間切れになっているんだろう。短い生涯といまだに誰も到達したことのないコアに辿り着けた達成感の中、思い残すことはないとコアに手を当て、最後まで見届けようと目を見開くと死を待った。


 どうやら72時間経過したようだ。


 ダンジョンの宿命でもある再構築が、高濃度な魔力の噴出がところどころで起き、岩を砕く轟音とともに開始された。大きな岩が降り注ぎ京也へ激突する直前に、来世への願いを誰に伝えるというわけでもなく、胸に秘めて目を閉じる。


「――ありがとう。俺を支えてくれた俺自身と、俺を裏切らなかった耐久の能力よありがとう。もし来世が叶うとするならば、俺はもう一度耐久で挑戦したいと思う。俺の人生ここまでか――」


 自然と感謝の気持ちが湧いてきた。最後に自身の能力がやはり一番だとの思いが何故か湧き出てきた。


 巨大な岩は京也を容赦なく飲み込み、しばし岩をふり続けていた。


 ――数時間後。


 コアの広間は、他所より比較的早く再構築が終了したのだろう。

 静寂が終わりを告げ内装が整えられると、あるはずもない物があった。京也である。胸が上下に動いていることから生きていることが窺い知れる。


 損傷も見た目ではほとんど見られない姿で、今までのかたちのままだ。京也はまるで寝起きのように意識を取り戻して、自身の目で再び光を感じた。


「俺は……」


 視界に入る様子と体の感覚から、損傷はほとんどなかった。状況からすると絶望的な状態から見事に耐え切ったことになる。


 他に脳裏へ強く響くものがあり、急ぎ自身の状態をステータス表示で見た。目の前は、驚愕すべきことが書かれていた。


「レベルが上がらない? いや闇レベルってなんだ? あっそういえばさっき……」


 視界には、黒地に燃えるような金色の揺れ動く炎で縁取られた数字がある。そこにはっきりと、”闇レベル”と”闇スキル”の記載があった。


【名前】九条鳥 京也

【性別】男

【種族】……

【年齢】16

【レベル】0

【闇レベル】3

【状態】耐久中

【能力】完全耐久

【特殊】言語理解

【闇スキル】……


 何が起きたのかログを辿ると、コアを破壊したことになっており、膨大な経験値が闇レベルを上げた様子だ。

 あまりにも膨大なため処理仕切れずに得た分のいくらかは、京也専用の特典箱にて特別な物として還元されるとある。

 つまり、コアの破壊判定があってもレベルは上がらなく、闇レベルは上ることがこれで判明した。


 何がどうして、俺が倒したことになったのか、疑問に思い画面をスクロールしていると、原因がわかった。短剣で名前を掘り込んだことで、傷ができたので俺が攻撃したことになっていたのだろう。俺は勝手にそう結論づけた。


 急に闇レベルなるものがレベルアップしたのも気になる。ただのレベルは上がらず0から微動だにしない。闇レベルも上がったとはいえまだ3だけだ。

 普通に考えたら、闇レベルは通常のレベルと比較して、レベル1上げるのに相当な量の経験値が必要なのかもしれない。


 周囲には特典箱がいくつも無造作に置かれている。今は自分のレベルより周りのお宝を得ることに集中した。箱を開けていくとまず1つ目は、人の背丈ほどある箱で中には巨大な卵が入っていることだ。


 中に人が入っていると言われたら、自然と入るだろなと思えるほどの大きさだ。

 

 保管箱に格納すると妖精の卵とある。他には神の雫と呼ばれる蘇生薬などを多量に手に入れる。こうした消耗品以外には、コートなどの防具や衣類をいくつか手に入れ最後の一個は、防具を手に入れた。


 周囲にある特典箱を一通り開けたときにふと思い出したのは、ギルドマスターや世話になっている人たちのことだ。

 生存を報告して置かないと、余計な心配をかけてしまうと思いどうにか脱出しなければと辺りを見回す。

 問題は魔力がないのに、どうやって脱出するか考えていると、もしやと思いコアに手を当てて願い出てみる。


 予想した通り、転移魔法陣はコアが魔力を肩代わりしてくれて現れた。名前を彫る際に手を触れた時、どこか俺の声や考えに反応するような様子を感じたからだ。


 再び手を添えて気持ちを込めてお礼を述べるとコアから何か反応があるものの、どのようなことを意味しているかはわからない。


 俺は急ぎ戻るべく転移魔法陣に足を踏み入れると、転移の際の光に全身が包まれた。

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