第4話『破棄された無能』
――思考が現実に戻る。
数日前から、2年前のことまで唐突に思い出してしまった。時間にして一瞬のようだった。なぜならまだ先の会話の続きだからだ。
「なにか失敗しましたかじゃない。結果を出せないからクビなんだ」
目の前には、呆れて大きなため息をついたばかりのリーダーがいた。
「そ、それは……」
京也は言葉に詰まってしまう。先ほどのやりとりが頭の中で何度も繰り返された。以前のことを不意に思い起こした理由はわからない。
僕は今、ダンジョン内で放り出され見捨てられる。早い話が、見殺しにされる寸前だった。何をどうしたって変わることもない現状を、誰もが傍観者のように眺めている有様だ。
目の前にいる妙齢の美女はおろか、他のパーティーメンバーでさえ、誰一人として助け舟を出そうともしない。路傍の石を眺めるような視線しか降ってこなかったからこそ、察してしまった。
「もう……だめなのか……」
膝から力なく崩れ落ちて4つん這いになり、思わず声に出てしまい諦めとも言える言葉を発してしまう。絶望で俯く顔からは、大粒の悔し涙が頬を伝うと地面を濡らした。京也の様子などお構いなしにことは進んでいく。
「ねえ行きましょ? いつまでいても仕方がないわ」
妙齢の美女は、事もなげにいう。
「ああそうだな。大臣も喜ぶだろうし、金貨一枚ぐらいは褒賞として出してくれるんじゃないか?」
リーダーの言葉に反応して妙齢の美女は、何か悪巧みを思い浮かべるような顔つきになり、京也を小馬鹿にするように話しかける。軽く膝を折り屈むようにして京也の顔を覗き込んできた美女は、ちょっとした挨拶程度の軽さで発言していた。
「あら? あなた金貨一枚程度の価値はある見たいね。よかったじゃない?」
「……」
何も返す言葉はなかった。
「ねぇ知っていた? どんなことであれ物事には価値があるのよ? あなたの価値は金貨一枚、素敵ね」
「……」
いつからだろう。金勘定される価値に身を置いていたのだ。
妙齢な美女は、まったく悪びれず京也を見て微笑む。何を言っているんだと、頭の中で怒りとも悔しさともわからない感情が京也の胸の内を蠢いている。
絶望的な状況でも何も言い返せず、立ち向かえもしなかった。どうやっても覆ることのない隔絶した力の差があり、道端に落ちている木の葉が人に挑むぐらい無謀だ。
仮に反骨精神で言葉を交わしても、すでに決定したことは覆せないばかりか、誰一人味方がいない。
見捨てられた時点で全員敵になったのだ。とは言え、もともと味方かですら怪しいのは変わらない。まだすぐにでも殺されないだけ、マシなのかもしれないとすら、京也は思いはじめた。
どうにもならなく、力なくひざまづく姿勢は変わらず、何もかもが終わりで4つん這いの状態で地面を見つめるだけだった。
両手のひらから伝わる地面の感触も、すべてを拒絶するかのように固く、冷たく感情はない有様で、さらに無慈悲だ。
「こいつは力がなく不器用とはいえ、今まで奉仕してきた事実は変わらない。だから俺たちの手で直接殺すことはしない」
「あら、殺せって話じゃなかったの?」
ああなんてことだ。必死に努力してきたのに殺せなどと……。京也は内心驚愕していた。
「ああ。そうだ。ただな、絶望に打ちひしがれるほどなら、当人も自分のせいだとわかっているはずだ。だからやらない。抵抗や命乞いをしてきたら、黙って切り捨てているところだけどな」
あまりにも身勝手すぎる発言に、返す言葉もない。
「ふうん……。そうなのね?」
「いつまでもここで時間を潰しても意味がないぞ。皆帰還する」
「は〜い。リーダーのいうとおりにするわ。皆同意もしたからね。それじゃ、無能クン、バイバ〜イ」
慈悲のかけらなど1つもない、悪そうな満面の笑みを最後に俺へ向けると、勇者パーティーを追放された。
"パーティーから排除されました"とメッセージが視界に現れた。
皆が転移魔法陣のある場所へ一箇所に集まると、京也のことなど眼中になく、振り返ることもせず発動して去っていく。
ただたった一人だけは消えゆく瞬間、目配せするかのようにして俺に頭を下げた者がいた。それは、侍と呼ばれていた者だった。
思わず伸ばした手には触れることもなく、きらめく魔力の残滓は、雪の結晶のように瞬く間に消えてゆく。
取り残された京也は、しばらくしてからふらふらと落ち着かない足を引きずり、転移魔法陣に向かう。よろけながらも立ち上がる姿は、生まれたての小鹿のごとくだ。
「やはり、だめか……」
まったくと言っていいほど反応を示さない。地面に刻まれた魔法陣は、慈悲や哀れみもなく一つひとつの文字は、京也にとって絶望の文字が描かれている。無言でいる女神像と同じだ。
そう、何も起きない……。
「僕は耐久能力だけで無力だ……。僕は、いや俺も努力すればいつか!」
棒立ちになり、拳を握りしめて叫んでも、誰も反応はない。声が反響する分、虚しいだけだった。
「俺だって! いつかはっ! クッソォォォォー」
どれだけ叫んでもムダなことはわかっていた。叫ばずにはいられず壁面を叩く。痛みすらせず耐久してしまう。能力ゆえ、今以上に怪我をすることもない。
京也は唐突に、ふと思うことがあった。
「無力だ……。でも、自分が勇者と同じ立場だったら……。助けに行くだろうか?」
思わず、空笑いしてしまう。
「そうだな……。当たり前だ、できることはすべてやる。たったそれだけだよな……」
京也は自身に言い聞かせるように壁を見つめていう。同時に目に力が宿り、強い意思で背筋を伸ばすと反対側のダンジョンの奥を見つめ直した。
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