第3話『遠い存在』

 ギルドに到着しスイングドアの扉を開いて中に入ると、すべて木なりで横長のカウンターが目につく。

 右端には飲食できる場所が併設されているのか、どこか酒でも飲んでいるような雰囲気を見せる。

 大衆居酒屋のようで、5人程度座れそうなカウンターと丸いテーブル席が5席ぐらいある感じだ。


 石畳の床は、比較的きれいに掃き掃除をしているような形跡が見られる。カウンター近くの壁には何やら伝言版のようで紙に何か記載されていた。


 パッと見る感じ、依頼内容のようで報酬も書かれている。通貨単位がわからないのでなんとも言えないけど、見慣れない文字が読めたことに驚いた。


 門番のいった通り、ひとまず仕事にありつけそうだと考え、カウンターにいる女性へ声をかけてみる。見た感じ二十代前半ぐらいだろうか、髪は金髪のボブスタイルで美人な仕事のできる秘書風の風貌だった。


「すみません。門番の人から登録すると、仕事がもらえると聞いたのですけど……」


「はい、登録ですね。少々お待ちを」


 何の問題もなく、会話ができることに再び驚くも、次の行動で思わず困惑した。何かというと見せられたのは水晶だ。先ほど門番にも同じことをさせられたので、再び魔力なしを披露するのかと思うと、どこかうんざりした気持ちになった。


「さっきもやったけど反応はないよ……」


「え? あれ? あら?」


 少し焦りだすもすぐさま取り直して、様子を見られる。


「魔力がないとダメですか?」


「いえ、珍しいので少し驚いただけです。魔力に関係なく、当探索ギルドは分け隔てなく登録ができます」


「登録、お願いします」


 微量の光を帯びた金属板は、手のひらに乗るほど小さく大人の男の親指ぐらいの大きさだ。角には小さな穴が空いており、紐でも通して首からぶら下げたりするのだろう。トレーに乗せて差し出されると、金属版に指先を触れるようにいわれる。ちくりとすると血が一滴たれ落ち、金属板の発光が止んだ。


「探索カードは、あなただけの物で自身を証明するものです。魔獣の討伐やダンジョンの攻略をすると所定の情報が保存されます。無くさないようにしてくださいね。再発行は銀貨一枚必要です。発行元がどこでもどの町でも、利用と再発行ができる共通のカードです」


「凄いですね、わかりました。ルールとか知りたいので教えてもらえますか? 町に着いたばかりで何も知らなく困りました……」


「もちろんですよ。当ギルドでは、仕事の斡旋や各種買取などもしています。依頼の受け方は、早い者勝ちです。掲示板に貼り付けてある依頼書を受付まで渡せば受理できます」


「いつでもですか?」


「ええ。ギルドは常に開いているので、いつ来られても大丈夫ですよ」


「魔力なしの俺でも……。受けられる仕事は、あるんですかね?」


「もちろんですよ! 誰もやりたがらないお仕事などもあります。報酬はさほど多くないですけど常にあります。ギルドとしては、そちらを受けてもらえると助かるんですけどね」


 無一文な京也にとっては、仕事があるだけありがたいことだ。いくら耐久性があると言っても食べなければ衰えていくのは間違いなく、数日に一度の食事でしのぐことも考えていた。


「さっき言ってたダンジョンは?」


「はい。この先の道をまっすぐ行った先にあります。時間制限があり72時間ごとに強制的に作り替えが行われます」


「作り替え? ですか?」


「ええ。そうです。中に残った生き物はすべて死に絶えてしまいますので、行く際は残り時間に十分気をつけてくださいね。ウッカリ時間が過ぎて、脱出まで合わずに死ぬ人は意外といますので」


「他に気を付けることはありますか?」


「はい。ダンジョン内はすべてが自己責任で、ある意味無法地帯です。ダンジョン外の町中での犯罪は、衛兵が監視しています。ですので……。ダンジョン内ではくれぐれもお気をつけください。ギルドは一切関与していません」


「はい。わかりました。お金の単位とか価値はどんな感じですか?」


「はい。通常は、鉄貨・銅貨・銀貨・金貨の4種類からなり、すべて百枚単位で上の種類に上がります。白金なる単位もあって、金貨1万枚で一枚です」


「結構幅があるんですね」


「そうですね。白金となるとなかなか見かけることはないですね。価値については身近な物ですと、鉄貨5枚でパン一個が買えます。一番安い宿だと一泊銅貨10枚で済みます」


「わかりました。詳しくありがとうございます」


「何か不明なことがあれば聞いてくださいね」


 一通り聴き終えて礼をいい、さっそく依頼を受ける。戦うこと以外ならなんでもよかった。


 戦う術はなく、力もない。今できることは、戦う以外の別の手段で稼ぐ方法が必要だった。当面は食い繋ぐための資金と戻るための方法を探しながら、依頼をこなして稼ぐことを選択した。


 ――登録してから1年。


 滞在して一年でわかったことは、自身の能力だ。任意の人や物へ一定時間の耐久力を付与ができる。付与により衣類や武具の損耗、その他にも肉体の損傷の低減などに貢献していた。


 はじめて登録してからちょうど一年ぐらいした頃に、何か神託がおりたらしく京也はどういうわけか、勇者の集まりでもある勇者パーティーに11人目として強制的に参加させられた。


 あくまでも耐えるだけなので攻撃する戦力としてはカウントされなく、勇者パーティーでもおまけ的な扱いだ。著名な勇者パーティーに入ることで恩恵をえられるはずなのに、1回の探索に付き銀貨一枚が、京也の固定の報酬だった。


 勇者たちからの雑用は酷く、過酷な物が多くて割に合わない物ばかりだ。とは言え、使命感で仕事を続けていた。


 魔獣に食われないのも勇者パーティーにいるおかげでもある。困ったことに攻撃はできないため、レベルは上がったことがない。だから、レベルゼロ止まりだ。

 

 なんとも情けない話ではある。技術を学ぶにも金が必要で日々の生活が精一杯な京也としては、身近にいる勇者がお手本になるはずだった。

 残念なことに、挙動を盗み見る対象にはなりえなかった。扱いが悪い以前に、まるで動きが見えないし、教えを乞うにも基本的に京也はゴミ扱いで相手にすらしてもらえない。


 頼れる者がいないと、自ら独学で試行錯誤するしか手段は残されていなかった。苦しい状況の中、ギルドには小まめに顔をだしている。


 探索ギルドは加入当初から世話になっていて、仕事を回してもらっていたこともあり良好な関係は維持しておきたかった。

 受付のトレイシーは気立がよくて、いつも僕を気にかけてくれる綺麗で優しいお姉さんだ。確か二歳ぐらい上だと登録した時に本人から聞いたことがある。


 ギルドマスターはほんと熊みたいにがっちりした人で、見かけはどう見ても近接武闘派に見える人だ。十人中十人は斧でも持って最前線で雄叫びを上げているように見えるというだろう。肉体と体つきの見かけによらず、魔導士で知る人ぞ知る高名な人だそうだ。


 魔法に関するすごい人が、なんでギルドマスターをしているのかというと、話が長くなるといい軽くあしらわれてしまう。登録した当初から気にかけてもらっていて、僕にとっての理解者でもあり信頼できる人だ。


 もう一人は、個人的に気になっていた人がいた。

 鉄仮面と呼ばれる相反する姿の女探索者だ。常に目の位置にスリットだけ入った仮面をかぶっているので、表情は伺いしれない。スタイルはかなりよく、目を引く。背は高く僕と同じぐらいはある感じだ。髪は後ろで束ねており探索者と思えないほど色艶がきれいな金色をしている。

 

 物腰は落ち着いていて、隙がまるでない。背負う大剣がなければ近接戦闘とは思えない雰囲気と姿だ。いつもソロなのか一人ふらりと現れては、ダンジョンに向かうらしい。何か一人で稼がないとならない事情があるともっぱらの噂だ。


 本人は噂などどこ吹く風程度で、気にすらしていない様子だ。


 以前背中に視線を感じ振り向くと、鉄仮面の視線が僕に向けられている気がして、驚いたことがある。


 本当のところは仮面で隠れていて、視線など第三者がわかるわけもなく、僕の気のせいだろうと思っている。

 少しは気にしてくれたなら嬉しいという気持ちは正直あるけど、現実を見て生きないと死ぬ。

 

 魔力ゼロでゴミ扱いされている僕なんか強い人にとっては、なんの取り柄もない存在で無価値だからだ。


 苦しい状況でも、いい人や気になる人がいてなんとか過ごしてはいる。悪い奴も当然いて、ゴウリ王都にはとんでもない曲者がいた。


 神託で教会から名指しで呼ばれた時は、舞い上がりそうなほど嬉しかった。起きたよい出来事すべてを無かったことにしたいぐらいに、関わりたくない人物がゴウリ王都にはいる。


 国の中枢にいる大臣のことだ。


 接点を少なくとも持ってしまったのは、きっかけは神託だ。神託による教会の指摘と依頼は事実上命令に近い。神託が降りた場合は、完全に履行しないと滅びるとまで言われている。他に、神託があったなどと嘘をいうのも、即時天罰を受けるとのことだ。


 過去、神託詐欺を働こうとした者が教会にある動くはずのない女神像が動き、直々に手を下されて詐欺した者は、チリになったと聞く。


 事件のことから、神託は非常に繊細で重要な物でかつ、絶対なのだ。わかっているはずなのに大臣は、京也をかなり雑に扱い殺そうとまでしたぐらいだった。今のところ何もお咎めなしだ。


 勇者パーティーにいる人は、勇者と呼ばれる人の集まりだ。国1つにつき、最小でも3人以上の勇者が生まれる。

 京也は勇者でなくとも神託による後付けで参加だけさせられた。当然国の威信を背負うのだから、見すぼらしい格好をさせるわけにも行かなく、居住地もそれなりの扱いが必要だ。


 ――と言われているはずが現状、何も……変わらない。


 神託は、待遇まで言われていない。能力があまりにも低いので与えられる必要がなかった。


 大臣も勇者の人らも口々にいうことは、できればパーティー最中に死んでほしいとまで僕の目の前で堂々という有様だ。扱いとして勇者ではなく、雑用専属要員として指名されたことになっているそうだ。


 僕が滞在しているゴウリ王都には72時間制限のダンジョンがある。国よって24時間や48時間など制限時間が異なるところもあれば、複数存在するところもある。時間が長いほど難易度は高まるものだ。


 制限時間をすぎると内部が崩壊して、すべて作り替えられる。中にいて無事だった者は、過去から今まで誰もいない。ダンジョンで生まれた魔獣ですら皆殺しになり、再生成される。ギルド受付のトレイシーが説明した通りだった。


 ダンジョン内では、誰の手でも捌けない治外法権なところで、すべて自己責任という名の殺害が行われているのも事実。


 自身の手で下せないなら、せめてダンジョン内の事故で処分したがっていたのは事実だ。仕方なく大臣は、パーティーに京也を入れるところまでは従った。神託に従わない者すべてが悪影響を受けるからだ。


 故意ではなく、ダンジョン内での事故であるなら問題ないと見られていた。神託を守らない行動とは別になるので遅かれ早かれ、いずれ始末されてしまうのは想像に難しくなかった。


 京也は、最も勇者から遠い存在で、勇者を超える超人や超越者などもっての他だ。今いる世界では、勇者より上の存在がいた。中には魔力がゼロに近い者もいるらしい。京也は憧れた。いつかきっと崇められる領域に辿り着きたいと。


 純然たる思いなだけに、濁りや不純な動機もない。単に魔力ゼロでも、誰よりも強くなれるある意味”希望”が欲しかったのかもしれない。

 わずかな希望へすがるようにして京也は、毎朝自己流の訓練を欠かさず続けていた。


 恐らくは元の世界に戻るのはほぼ絶望的だった。同郷の者もいなければ過去転移してきた者の形跡もない。内心は諦めてしまい、頭の片隅に留めておくぐらいでしかない物になっていた。

 今では、いつしか超越者を夢見て、自身の能力を向上させようと日々研鑽中だ。


 ――そして、再び思考が再び現実に戻っていく。

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