第2話『数日前』

 ――数日前。


 京也はいつもどおり帰還後の朝に、寝泊まりしている安宿屋の裏手にまわる。

 井戸の水汲み場でいつもの日課である精神統一の訓練をしていた。


 朝づゆが草木の葉に銀色の雫となって、朝日にあたり輝く。

 少し肌寒いとはいえ、日中はまだ汗が蝕むぐらいの気温にあがるのだろう。

 夏の終わりも京也の訓練を経るごとに共に近づいてくる。


 早朝に一人、訓練に励む京也の生活は苦しくとも、充実していた。それは、今いる勇者パーティーに11人目として参加しているからだ。


 この参加が認められているのは、運もあれば日々の努力の結果でもあるとも目を閉じながら考えていた。


 当の本人にはどのような内容かは知らされずに、京也は半強制的に連れてこられたに過ぎない。唐突に神託が降りたらしく、参加させなさいとだけ言われたらしい。


 京也の魔力はゼロでも、肉体や武器防具の損傷や摩耗も一定程度は、第三者に付与可能な特殊能力である耐久力により回避できていた。


 だからこそ、より貢献を大きくするためいかにして能力向上をするか、今でも努力を惜しまずに続けている。

 

 パーティーでのダンジョン活動後に宿へ戻ると、ほぼすべての時間を能力向上の訓練に割いていた。

 努力の甲斐があって、微々たるものでも上昇はしている。


 パーティーへの参加が認められた頃と比べると、雲泥の差だと思っている。


 まだまだいけるな……。そう思っていた。


 上がるからこそ努力は大事だし、積み上げた結果で今があると思っていた。

 

 1つだけ懸念があるとすれば、一度も敵対者を討伐できていないことだけは気がかりだった。有効な攻撃の手段を何ひとつも持たないためだ。


 手段がないなら、今できることでやれることはすべてやろうと、決めていた。

 他から見ると、自身の能力向上に努める様子は、研ぎ澄まされた刃のように鋭利な雰囲気も醸し出していた……。


 一定時間集中していたのか、心地よい疲労感が訪れる。


「ふぅ……。こんなところか」


 肺に溜めていた息を大きく吐きだした。

 耐久能力を自身に付与して、何層にも重ねるイメージを積み重ねていた。

 丁寧に足の指先から髪の毛一本一本にわたりゆくまで薄く包み込むように、何度も重ねていた。ちょうど千層を超えたあたりで止める。


 あぐらを組んでいた姿勢から立ち上がり井戸へ向かう。中に桶を落とすと数秒後、水に打ち付けられる音を心地よく聞いた。

 軽快な音を合図に縄を掴みゆっくり引き上げると、並々と汲まれた水が白銀の飛沫をあげて引き上げられる。


 冷え切った水を別の桶に移し終えて水面を覗き込むと、黒目黒髪の年頃十六ほどの男の顔が映り込んでいた。

 達成感に満ちた顔をした端正な顔つきで、周辺にはいない珍しい髪と目の色だ。前髪は顎にかかるほど長く汗で濡れたのかしなやかで艶やかさが目立つ。


 水を掬い上げ顔に勢いよく当てて洗う。当然、体にも水が跳ね返り上半身はずぶ濡れだ。

 

 京也の一番好きな時間でもある。


 あとは、濡れた布を使い体の隅々までふき、布をすすぎと繰り返して体をさっぱりさせた。

 体を頻繁に拭く習慣は、他の者はあまりないこともあって、井戸は早朝だといつも貸切状態だ。


 再び映り込む自身の顔を見てふと問う。


「なぜ魔力保持者はやり切らないのか……。すべてをやり切った先に答えは必ずあるはずだ」


 思わず疑問を口にしてしまう。魔力がなければ、特別な者にはなれないと言われていた。勇者パーティーに参加する前までは皆、京也を哀れんでいた。


 ”魔力がなくて、かわいそうに”や”魔力がないから仕方ないだろうね……”など、聞きたくなくとも耳に飛び込んでくる哀れみの数々……。


 まるで、没落した貴族が物乞いをして、路頭を彷徨っているのを哀れんで見ているかのような目を向けてくる。


 魔力がなくとも神託があったこともあり、選ばれたことで少し自信をつけたのも事実だ。

 神託を受けたと聞いた時は、思わず口角がじわりと上がる感じで喜びを噛み締めたのは嘘ではない。

 召集された後、パーティー内でひどい扱いを受けることしかないのは、魔力がゼロなら仕方のないことだった。


 魔力よりも自分の能力の耐久力を高めれば、必要とされる人へなるに違いないと考えて、日々研鑽をしていた。

 人のことより自分のこと。比べるのは昨日の自分だと、京也は常に言い聞かせていた。


「やれることをすべてやり、やりきればまた違った物が見えてくるはずだ……」

 

 京也は”やり切ること”にこだわっていた。今できることとやれることがすべてだからだ。今までのことを考えると、しぶとさもありタフさは誰よりも強かった。


 少しだけ気になることはあった。魔力と能力の二種類の存在だ。


 魔力を持つ者は能力を持たないし、能力をもつ者は魔力を持たない。両者はまるで線をひいたように分けられている。

 いつからだったのかはわからない。今いる世界の人らは魔力を持つ側に偏り、能力を持つ側はほとんどいない。


 京也以外には、周辺地域に存在しないのだ。書物を見る限り今から数千年前は半々ぐらいの割合でいたと書かれている。

 

 過去いた能力者たちは、雷を自在に操る者もいればあらゆる物を自由に動かす力を持つ者もいたという。

 他にもさまざまな能力を持つ者もいて、能力者は魔力保持者と比べて負けず劣らず優秀だったと聞く。


 呼び方が別にある者たちもいたようだ。


 能力者たちの一部は”外界の民”とも呼ばれていたらしい。

 超越者すら凌駕すると記録にはあるものの、不確かな内容なのは変わらない。彼らを含めて能力者たちはどこに行ってしまったのか、足取りは掴めない。


 唯一の情報は、遠く西側の最果ての地に”外界の民”に関する何かがあるという。

 今では荒廃した地域らしく、強大な力をもつ魔獣が跋扈ばっこするとも聞く。ゆえに、誰も近寄らないらしい。


「俺がもし……。外界の民と関係するなら、いつか会ってみたい」


 京也は西側の空に浮かぶ雲を眺めて、つぶやいた。


 ――ふとため息をつく。


「なかなかうまく行かないモンだな……」


 京也は何処か大きなため息とともに、気持ちを吐露していた。

 自身の境遇は痛いほどにわかっていたつもりだ。あえて何度も指摘を受けていたので、感覚はある意味麻痺しているともいえた。


 ひどい状況でも諦めず、やれることはすべてやり抜くことを常に意識していた。

 魔法は行使できないし、レベルも高くない。耐久性もとくに優れた能力ともいえない。本当に無いこと尽しだった。


 魔法はどのぐらい行使できないかというと、必要となる魔力の保持が基本的にゼロなのである。

 源泉となる魔力すら帯びていないし、体のなかで生成されることもない。


 過去の戦争では、体内にある魔力核を損傷してしまいゼロになった者もいると聞く。魔力を簡単に失う時代はとうの昔の話で、今ではない。

 小競り合いはあっても大掛かりな戦争はないし、魔獣にまだ食われていないのでそうした損傷も辛うじて防げている。


 多少でも魔力が体に帯びるには、体内に魔力核が必要だ。残念なことに京也は、持たない。元々別の世界の住人だからだ。


 ――時が経った。


 思い起こせば知らぬ世界に来て二年。元の世界について何も手がかりが無いまま時間だけがいたずらに過ぎていく。


 ある時、長いトンネルを出たら別の見知らぬ場所が最初の始まりだ。

 引き返そうにも振り向くと、トンネルは見えるものの隔てた見えない壁が存在して、触れられず戻れなかった。


 他にも通行人はいるし、自転車や車もとおるのになぜか、京也だけが他の者とは異なる出口に出てしまった。


 出た先は、森の開けた場所にでており、一帯だけ木々はなく地面が露出している。

 広さにしては、テニスコート二個分ぐらいだろう。地面が露出している場所以外は、背の高い木々が辺りに生い茂る。

 

 原因不明の強烈な頭痛に襲われながら、なんとか戻ろうと四苦八苦していくうちに、トンネルは消えてしまい取り残されてしまう。


 京也は、着の身着のままで見知らずの”森”を徘徊することになってしまった。


 幸い着こんでいたので、今の環境でも問題はない。足元は悪路でも走破可能な厚底のブーツで、ズボンは丈夫な生地でできたカーゴパンツだ。上は作業着の上に防寒具をきていた。


 再びトンネルが現れるのではという期待の元、一晩を明かすものの何も変化がない。

 仕方なく離れて人を探すことにした。当然のことながら、まるで異なる世界だとは気が付きもしない。

 単に人里離れた場所にどういうわけか来てしまった程度の感覚で、意外と呑気であった。だからスマホでの確認が遅れた。


 変わらず唐突に頭痛に襲われるも、不思議と喉は渇かないし腹も減らない。

 京也は、自身の体がどうなっているのかと考えると、不意に目の前に半透明な板の上に見慣れた文字が並ぶのを見た。


 見える表示がいわゆる、ゲームでいうステータス表示であることに気がつくのはすぐだった。すぐにわかったのは年齢からだ。今の年齢とだいぶ離れており若返っている。視線を変えると追随して常に目の前に表示がされる。


 なんとなく手を伸ばすと触れられる場所は、何かマシュマロに触れるようなやわらかい感触がした。

 ひとまず木の根に腰掛けて、目の前に見える表示をつぶさに観察してみる。恐らくは、なんとなく感じているのは今の自分自身の状態であり、もちえる何かなのだと直感した。


【名前】九条鳥 京也

【性別】男

【種族】……

【年齢】14

【レベル】0

【状態】耐久中

【能力】完全耐久

【特殊】言語理解


 表示を見た瞬間、別の違うどこかにきてしまったことを理解してしまった。ただ気になるのは、種族が何も書かれていないのはどういうことなのだろうか。

 人を探す途中、木の根本で足を引っ掛け転びはするものの損傷は皆無だ。

 

 先に見た能力の”完全耐久”と”耐久中”の表記がまさに、耐え切った証だとわかるのも遅くはなかった。

 今言えるのは、あらゆることに耐えられることがわかったことへの成果は大きい。


 見知らずの場所での病気や怪我は、罹患したら命とりになる。今のところ食料も飲水すら手に入らない状態が続く。

 それでもまだ耐久できるのは、ある意味能力で助かる。どのようなことであれ、病気や怪我で動けなくなることが一番怖い。

 もし想像した通りの能力であるなら、現代医学を超越した健康体でもあるし、体の心配が不要な肉体を手に入れた。


 今の京也には、耐えることは出来ても攻撃できないばかりか、手段がない。なのでなるべく、敵対生命に遭遇しないよう慎重に辺りをみまわし、歩みを進めた。


 何日目かにして、ようやく人工物が見えてきた。


 家の扉ほどの大きさもある石が、積み上げられている。頑丈そうな石を積み上げてできた城壁に囲まれた町らしき物が見つかった。

 先の自身の能力を見たところ言語理解があるので恐らくは言葉は通じるだろうと楽観的に考えて、森から抜けて姿を現した。


 門番となる衛兵はさっそく、京也を不審者として拘束し尋問が行われる。意外なことに、予想以上に早い解放だったのはわけがあった。


「お前、魔力なしで大変だな……。探索者ギルドにでも行って登録してしのげるかもしれんぞ?」


「あっ……。ありがとうございます」


 どうやら魔力なしでは、脅威とみなされない。


「そこをな、入ったら右に向かう道をひたすらまっすぐいけ。紅い屋根が目印だ」


「わかりました」


「達者でな」


「ありがとうございます」


 こうして京也は、探索者ギルドへ向かうため扉をくぐった。

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