無能の翼。〜神託で選ばれた11人目はすべてに耐久する。魔力ゼロで追放されて大量の経験値を得たので各地を攻略し無双して勇者を殲滅する。ダンジョン攻略したいから帰って来いと今更言われてももう遅い〜

雨井 雪ノ介

第一章:ゴウリ王都編(始まりの力)

第1話『偽善』


 今から1時間前に”俺”は、見捨てられた。

 勇者からもそして、生きる残る道も。

 このダンジョンの深奥で無能であることを言われて……。



 ――やつほど言葉に力がある者は、他にはいない。

 

 人一人の命でさえ、男の一言でパン一個の価値にすら遠く及ばない。

 どのような崇高な使命を帯びようと、命を見捨てることが果たして勇者にとって、正義とはいえるのだろうか……。


 僕は思う、何でこんなことになったんだと……。


 目の前にいる痩せ細った年の頃、16歳の黒目黒髪の少年は端正な顔を歪め、絶望感をあらわにする……。

 無慈悲な言葉で、心ごと殴り倒されたからだ……。


 今日はなんて日なんだろうと、考えても答えがない。数瞬前の言葉を反芻はんすうするように思い起こした。


 ――その台詞はこうだ。


「キョウ、お前のような無能なクズで役立たずはクビだ――」


 強い言葉を向けられて、黒い虹彩を見開くと眉毛をあげた。言葉を発せようにも有無を言わせない圧力が閉口させる。


 壁面全体がぼんやりと光る洞窟内の広場にて、人生初めての死刑宣告を受けてしまった。


 わかっていたけどキツイな……。僕はどうすることもなく、抗えることもできなくただただ呆然としてしまった。


 線が細く端正な顔つきは、何かに必死に耐えようとしていた。

 驚きと悔しさと、どこかわかってはいたことが現実となってしまった絶望感が胸中を渦巻く。思わずなのか強く握りしめた拳は、手のひらに指が食い込むほど力んでいる。


 悔しくて震える体を覆う衣類はパッチワークが多く、長い間着古しくたびれた様子だ。仕草や表情と相まって、より悲壮感を漂わせた。


 告げた男は兜を脱いでまでして、しっかりと顔を向けて唐突に言い放った。


 見かけは、長く癖のないストレートな金髪を後ろで一本に束ねた優男の風貌だ。年の頃は、20代後半ぐらいだろう。顔つきとは異なり、体格は背丈二メートルを越し、筋骨隆々の巨漢で圧巻だ。分厚い筋肉の上から銀色の鎧に身を纏う姿は、誰が見ても屈強な騎士そのものだ。


 気だるそうに首を左右に振り項垂れた様子は、すべての幕をおろし終わりとの意味を告げていた。言葉を吐いた男は、パーティーのリーダー的な存在であり、実質すべてを取り仕切っている。


 統率する立場の者が告げる言葉の力は強く、たったの一言で押しつぶされるほどに重い。


 京也を省き十名ほどのメンバーも、まるでリーダーのいうことが総意であるかのような目をしている。

 言葉に合わせて頭を前後に軽く動かし、あたかも同意のようなうなずく動きで意思を示していた。誰一人として、首を左右に振ることはなく皆、縦の動きしかしない。


 わかってはいるものの皆、同情はしないし慈悲もないわけだ。


 パーティーメンバーは”そんなこと”より早く、脱出しようとまで言い出す始末だ。もう一人のパーティーメンバーである妙齢の美女は、後頭部で束ねた髪を左右に揺らしながら、何か言いたげにリーダーへ食ってかかっている。


 モデルのような体型で、177センチもの高い身長で目立つ存在だ。スレンダーな体の線をローブで覆い隠していると思いきや、ローブの下では薄めの布地の衣類を着ており、目のやり場に困るほど体の線を強調してくる。


 髪は金色で艶やかに輝き、ポニーテールにして束ねている。自慢の肉体を惜しげもなく見せつけながら、妖艶な顔つきから覗かせる目は、長いまつげを強調するかのように影を落とす。誰もが振り向く美女は、どこか感情を剥き出しにしていう。


「ねぇ、もうすぐ規定時間よ? こんなのに構っていないで、さっさと行きましょ? 早く出ないと作り替えに巻き込まれるわ」


 何を焦っているのか、砂地の混じる地面に何度も右足の踵を叩きつけながら、リーダーである男をまくし立てる。リーダーは、何の動揺も見せずに、淡々と状況を確認して口を開いた。


「ん? ああ……石柱の足元まで光が来たか……。もうすぐだな。――毎回さ、中にいる奴も殲滅して作り直しなんてよお、なんか非効率じゃねえか?」


 突然ダンジョンの愚痴をいいだしはじめた。ある意味いつもの通りマイペースだ。どのような時でもブレないのはリーダーの特徴だ。


「そんなの……知らないわよ。仕組みは学者に任せておけばいいのよ。72時間制限ならたっぷりあるから、ここにしたんでしょ? 」


「まぁ……そうなんだけどな。――おっと、あの光り方だと……。恐らくはもって、後1時間程度か。もう足元スレスレのところまで光がきているしな」


 目の前にある転移魔法陣へ乗らないと、再構築の開始までにダンジョンの脱出は間に合わない。もちろん歩いて出口までいけるのは時間さえあればだ。今いる階層だと、出口まで時間がかかりすぎて間に合わない。歩いての帰投が不可能な場所だ。


 最大の問題は、魔法陣を起動するには相応の魔力が必要になる。取り残された場合、脱出が不可能になる。なぜなら、京也には肝心な魔力が無かったからだ……。


 大抵の者は転移魔法陣で帰れるものだから、ギリギリまで居続けることが多い。残念なことに今回は違った。帰投する人員に、京也が含まれていないのである。


 歩いて脱出が間に合わない付近でクビと宣告して、切り捨てようとしているのだ。ご丁寧に、他のパーティーがいないことをわざわざ確認してまでするという徹底ぶりだ。


 なぜ手間暇かけてまでして、排除したいのか……。勇者らしからぬ行動に戸惑いを覚えるのはたったひとり、クビ宣告をされた京也だけだ。


 排除したいなら、入る前にいってさえくれれば、京也は多少思うことがあっても他のパーティーメンバーからして見たら、問題ではなかったはずだ。

 ギルド規定のパーティー脱退時の退職金さえもらえれば、さよならのはずだった。


 ところが金はパーティーから出ることがわかると、途端に拒んだ者しかいない。

 単に出費を回避するには、戦闘中の行方不明者にすれば、支払いをせず損もせずに帰投できる。見殺しにして金を浮かせようという魂胆だ。しかも決め台詞が言える。


 魔獣に襲われて仕方なかったんだ……と。


 当然見殺しに近いようなことをすれば、ギルドでは違反行為に問われる。

 民衆から期待の厚い勇者パーティーとなれば、全員の人となりが疑われていかなる理由があろうとも、やった行為こそが失望され失格の要因になる。発覚すれば支援金が無くなるばかりか、二度と勇者待遇を受けられなくなる。


 勇者とはいえ、力ある者の非道な行為への制裁は厳しい。勇者は各地にわりといるため、変わりとなる者は比較的潤沢にいる。

 陳情書だらけで失った信頼感を取り戻すため、過去数百年にわたり、為政者が強気に出ることは許されている。


 もししなければ、力を持った者たちの傍若無人ぶりが発揮されて、陳情書の山になるばかりか、国に対する信用が落ち暴動のきっかけになることを恐れていた。


 勇者排斥運動が過去、数百年も前に何度も起きていた。


 過去の出来事から、民衆は見向きもせず行く先々で困難が待ち受けているとなれば、尖兵として活躍させずらくなる。人望や期待も厚い方がいい。民衆が勝手に支援をしだすからだ。国にとって都合よく使えかつ、指示に従う”ちょうどいい”兵隊みたいなものとして維持したいのはもっともなことだ。


 思惑から外れて勇者の悪事が発覚するのは、誰かが密告するかもしくは、京也本人が生きてギルドまでたどり着いたらの話である。大抵ダンジョン内では、死人に口なしとして処理されてしまう不条理な実態がある。


 京也にとって不利な要素しかない中で、話はどんどん進んでいく。


「大臣の意向もあり、戦闘中行方不明者として扱う。戦力にならないのなら仕方がない。京也はたしかに他の者とは異なり、珍しく魔力はない。能力もちが希少とは言えるものの、せいぜいサポート的な能力しかない」


「魔力がないのは最初からわかっていたでしょ? 加入については、神託だから従うしかないけどね。脱退については、”戦闘中行方不明”で本当に大丈夫なの?」


 リーダーと妙齢の美女は、互いに理解はしているものの意見をあえて交換していた。魔法で記録されている可能性を鑑みてのことだった。仲間のようで、皆互いに牽制しているのが現状だ。

 多少長くパーティーを組んでいたとしても、互いに所属する国が違うし、思惑も若干違う。見ている目線も当然ながら国の意向により異なるのは当然だった。


「皆が同意するなら、大丈夫だ。実行する以上、全員一蓮托生だ」


「そう……。私は異論ないわ。皆もそうでしょ?」


 妙齢の美女は周りを見渡すと、他の者たちも縦に頭を振り、同意を態度で示しつつ声にも出して同意していた。


 もう一人の騎士風の者は、かぶとを被ったまま低い地響きがするかのような声を発していう。


「ああ。同意する」


 軽装なローブに身を纏う魔導士風の女性は、杖へ寄り掛かかるようにしていった。


「同意します」


 同じく軽装ではあるものの、身軽さといえばこの者が一番と言えるほどの軽装だ。革の胸当てに革のズボンを履いた斥候の者がいう。


「同意でいいよ」


 気怠そうであり、眠そうな目をして精霊魔法を駆使する美少女も渋々いう。


「……めんどクサ。同意」


 背丈に似合わない弓を背負う美少女も、明るく答えた。


「同意〜」


 つられてなのか、巨大なシールドを持つ体の巨大な者はいう。


「同意!」


 腰に短剣を左右に二本ずつ合計四本を所持し、左右の手には一本ずつ所持する。肩まで白髪のボブの美少女も、少し気怠そうにいう。


「早く帰りたいんだけど……。同意」


 最後に、褐色の肌に銀髪のポニーテールが美しいダークエルフの女が着物を着崩し刀を腰に下げた姿で、さも当たり前のようにいう。


「同意だ」


 リーダーは周りを見渡し、大きくため息をついた。全員一致した意見からの安堵であるだろう。内心はどうであれ、表向きは同意が取れたので総意として扱える。


 神託により選ばれた十人が最初に活動をはじめ、後から11人目として京也が加わった。参加は神託のため強引にである。神託の内容は強く遵守されており、絶対守らなければならないありがたき言葉であるとされている。


 遵守が絶対条件である神託により、参加を強要されたにもかかわらず、今は排除しようとしている。参加を強要はされても排除については何も言われていないなら、神託を反故にしたことにはならない。最初の参加させることですでに達成しているからだ。


 強要からの反動なのか、かなり厳しい仕打ちを勇者たちはしてきた。当の本人には何の罪もない。客観的に見れば、よくついてきたと褒められはせよ、否定されるものではない。


 魔力ゼロが事実とはいえ、ダンジョン内での宣告はキツイ。せめて地上に帰投してからにして欲しいと願うのは当然だ。

 生存することすら絶たれるなんて理不尽極まりない。なぜ命まで奪われないといけないのか、まったく理解できないし彼らの心中など理解したくもないと京也は考えていた。普段意見しない京也は、今だけは声にだした。


「ど、どうしてですか? 僕、なにか失敗しましたか? 一緒にやってきたじゃないですか?」


 変えってきた答えは、能力以前の話だった。


「なにか失敗しましたかじゃない。結果を出せないからクビなんだ――」


「そ、それは……」


 リーダーのいうことはたしかにもっともだった。京也は勇者パーティーにいても、必要な仕事が満足にできていないのだ。


 魔獣や敵を倒すことにまるで欠いていた。唯一耐久能力を付与するぐらいで、今となっては強くなったパーティーメンバーには、ないよりマシ程度のお飾りの能力付与でしかない。存在しないと困る能力なら、もう少し違ったかもしれないけども、現実は非情だ。


 当初と比べて、周りが強くなりすぎたのもあるからだろう。Lv200を超える屈強な勇者パーティーと呼ばれて久しい。


 参加すること自体は仕方がないにせよ、戦闘に直接関係しない能力持ちは勇者たちにとって不要だし”お荷物”であった。命を預けるメンバーたちであるため、足を引っ張る者がいるだけで不穏な空気感になる。


 京也自身は攻撃力がなく、一度も魔獣を倒したことが無かった。殴るより殴られる側の存在なわけだ。


「あああ……。嘆かわしいわ。11人目と聞いた時は期待したのにね」


 パーティーメンバーである妙齢の美女は気もないのに、目のやり場に困るほど体の線を強調して見せつけてくる。

 自慢の肉体を惜しげもなく見せつけながら、京也がいかに不要かを雄弁に語ろうとする。演技が入っていたとしても、大袈裟に落胆されると京也も惨めな気持ちになる。


 京也は状況に絶望していた。なぜ、見殺しにされないといけないのかと。俯きながら数日前のことを不意に思い起こしていた……。

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