第3話 僕の中にいる彼ら
意識が深く深くに潜っていく。
明かりのない、真っ暗な自分の内側へ。
深く、深く。
しばらく、自分の内側へと意識を深めていくと、真っ暗な暗闇の中にほんのりと光が見えてくる。
この小さな光のある空間では、外に意識を向けているときのように、丁寧な言葉でなくても怒られないし、殴られない。
僕だけの、僕たちだけの安息の空間。
僕たちの安息の空間には、”僕たち”と表現している通り、僕以外の存在がいる。
僕以外の僕たちとは、知識も記憶も身体でさえも共有している。
つまり、僕の内側に彼らは存在している。
そして、彼らがいたからこそ、遊び部屋での仕打ちに耐えられたのだ。
酷い遊びで、傷だらけの身体が痛み眠られない日も。
いつ身体が人形のようになり、意識がなくなってしまうか不安な日も。
彼らと話しているだけで自分の心が落ち着くのだ。
そんな風に過ごしていると、彼らに依存して安息の空間に訪れることが当たり前になった。
今、このときのように。
この空間では僕の認識として、意識ある人格は光の玉になっている。
全く光のない真っ暗な空間の中を進み、光の玉が浮かんでいるところに進む。
光の玉がいるところ、それが僕らの安息の空間。
安息の空間の中で、いつも僕の意識を真っ先に迎えてくれるのが、真っ白な太陽のような明かりをした彼だ。
彼の明かりがこの空間で最初に生まれ、疲れ切っていた僕のために、外の空間に対して怒りを抱いてくれた。
初めて会ったときは赤い炎のように、内部が燃えているような明かりの玉の彼だったが、いつの間にか光の強さが増していき、真っ白な色になっていた。
ただ、その明かりは外の太陽のように見すぎると痛みを感じるような明かりではなく、僕に安らぎをくれる明かりだ。
同時に、安らぎだけでなく、何か燃えるような感情をじわじわと抱かせてくるのも、彼の明かりの特徴だ。
そんな白い彼は真っ先に迎えてくれた後に、いつも声をかけてくれる。
内容は、”今日はどうだった?” だ。
今日もその例に漏れずに言う。
「今日はどうだった?」
いつも僕の答えは決まっている。
”いつも通りだったよ”と言うのだ。
でも、今日はいつも通りとは言えない。
僕は答えた。
「なんか外に連れ出されたよ」
僕の言葉を聞いて、白い彼は嬉しそうに言った。
「よかったじゃねぇか」
白い彼はそんな風に言ってきたが、僕には全然よく思えなかった。
いつも通りの日常が崩れ去ったのだから。
僕にとって、遊びやお屋敷での仕事は言われたことを聞くだけで良かった。
思考放棄といえば良いだろうか。
僕は考えるのが苦手なようで、働き始めたときは苦手なりに考えていたのだ。
でも、そんな”考える”という行為は、奴隷の僕には必要なかった。
言われたことを行っていれば、怒鳴られたりも叩かれたりもしないからだ。
だから、白い彼にこう言った。
「本当によかったのかな」
僕の発言を聞いても、白い彼は怒らなかった。
「俺は良いと思うけどな。 外に出るってことは、お前が”痛い”とか”苦しい”とか思わなくなるってことだろ?」
「た、たぶん」
救出されたけど、今後どんな風に生きていけばいいのか分からない僕は、何となくでしか答えられなかった。
そんな会話中に、僕たちに声をかけてくる意識がいた。
「えぇ~、もう気持ちいいことが出来ないのぉ?」
「うるせぇぞ、変態!」
白い彼に変態と呼ばれている彼は、僕の中で二番目に生まれた。
彼が生まれたきっかけは、白い彼とは違い何となく覚えている。
僕が遊びの痛みに慣れてなくて、この安息の空間にいることが多くなったときのことだ。
僕はいつも通りに白い彼と話をしていた。
そのときも遊びが痛くて苦しい、と白い彼に漏らしていた。
そんなときに白い彼が言ったんだ。
「じゃあ、屋敷にいた奥様だっけ? あの何かくせぇババァ。 あれが俺らの代わりに痛めつけられている姿は面白そうじゃね?」
なるほど。
何となく面白そうだと思った僕は、白い彼の言う通りに想像したんだ。
そうしたら。
「んもぅ~。 何かしらここ?」
という声が聞こえてきたんだ。
その声を聴いた瞬間、新しく生まれた意識がどんな性格で、どんなことが好きか頭の中に浮かんだ。
安息の空間で意識を集中していたから、頭の中に新しく生まれた彼の情報が浮かんだときに驚いてしまって、安息の空間から強制的に弾き出されたことを強烈に覚えている。
そのあと、すぐに安息の空間に戻った。
だが、そのときには、もう変態のことを光として認識できるようになっていたんだ。
変態は紫のようでピンクのような、僕の短い人生では見たことがない色の光が灯っていたんだ。
僕は変態の光を見た瞬間に、屋敷の奥様を思い出した。
そもそも奥様を想像して現れた光だから、奥様を思い出して当然だけど、その光から漂う雰囲気や自分が奥様に抱いた感情を、変態の光は思い出させてくる。
奥様のことをはっきりとは覚えていないけど、僕が抱いた嫌悪感と気怠そうな雰囲気だけはしっかりと覚えている。
それが変態には残っているから、僕は変態を苦手に感じている。
変態が生まれた後、痛みが快楽に変換されることから、僕の代わりに変態が遊びを引き受けてくれることになった。
変態は遊び相手を容赦なく煽るから、身体に大きな傷が残るようになって嫌だったけど、遊びの恐怖と痛みから少しでも逃れられるのは嬉しかった。
僕が変態が生まれたときのことを思い出していると、白い彼と変態はいつものように仲良く会話していた。
「てかよぉ、変態」
「なによ?」
「痛いことされて、本当に気持ちいいのか?」
「もちろんよ! 痛みを感じているときに私は生を、性を実感するのよ!!」
「おい! お前なんで二回も”セイ”って言うんだよ!! なんか変なこと言ってんじゃねぇだろうなぁ?!」
「あらぁん、細かいことを気にしちゃ駄目よぉ」
「マジきめぇ」
うん、やっぱりこの二人は仲が良い。
そんな風に二人を傍観していると、白い彼は真面目な声で言ってきた。
「てかさぁ。マジでこの後、俺たちどうすんの?」
今、一番僕が困っていることだ。
そんな質問に、変態は気怠そうに言う。
「んなの、メインに任せればいいじゃない。というか、これまでメインは何もしてこなかったんだから、こんなときぐらいはなんとかしなさいよ」
変態はいつもの通り、僕のことを”メイン”と呼ぶ。
そして、僕にとって耳の痛いことを言ってくるのだ。
でも、考えることを放棄した僕は、こう言うしかない。
「いや、でも、どうなるか分からないけど、騎士様たちについていけば、なんとかなると思う」
そんな僕に、僕のことが嫌いな変態は、こう言うのだ。
「はい、出たわぁ。いつもの思考停止。あんたもいい加減、自分で物事の選択ぐらいしなさいよぉ!」
この安息の空間で怒鳴られることは殆どない。
それというのも、この空間は僕のために作り、生まれたものだからだ。
そして、僕に対して怒りや悪意が少しでも向いたら、白い彼は豹変する。
「ぅるっせぇんだよ、変態が……」
「なぁにぃ~、またメインをかばうのぉ?」
いつもなら荒々しい口調ながらも、どこか優しさを感じる白い彼だけど、彼が怒った瞬間、いつもの安心する白い光には、途端に黒い光が混ざってくる。
でも、変態は自分さえ気持ちよければ良いという性格を想像した所為で、白い彼の様子に気付かない。
「つぅかさぁ、あんたもメインのことを鬱陶しく思ってるはずでしょ? こんな奴がいなければ、私たちは身体を自由に出来るのよ? 思考停止して、全てを周りに流されて、自分の考えを持っていないメインのことなんか、消しちゃえばいいじゃない?」
僕を消す。
白い彼にとって、僕の命が危なくなるようなことは許容できない。
だからこそ、白い彼は暴走する。
「っっるせぇんだよ!!!! 変態がぁぁぁぁっっ!!!!!!」
彼の光が真っ黒に染まる。
安息の空間は暗いのに、彼の真っ黒な色合いは存在感を強く感じさせる。
そして、火のように揺らめいている黒色は、燃える勢いが増しているかのように激しくなっていく。
「変態がっ!! 調子に乗ってんなよ!!!! ここは俺とコイツのための場所だ!! 後から来たのが偉そうにしてんじゃねぇぇええ!!!!」
黒くなった彼が怒鳴るように叫んだ瞬間、安息の空間の全てが彼の黒に染まった。
黒くなっていようとも、彼が確かに燃えているのだと感じさせるように、僕はこの空間の中で身を焼く熱さを感じていた。
そして、僕の意識がこの空間の中から弾き飛ばされてしまった。
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