第1話 おとぎ話と不安

 僕? 私? 俺? とりあえず”僕”でいいかな。

 僕は奴隷。名前はないようです。強いていうなら、3番でしょうか。

 さらに、自分自身を呼称する一人称も持っていないです。

 奴隷風情の僕が言葉とはいえ、自分自身を主張するような単語を使ってはいけないらしく、私、俺、僕、その他の自分を表すような単語を使うと怒られてしまうのです。

 誰に怒られるのか? と問われましたら、ご主人様や遊び相手の方にです。

 ただ、遊んでくださる方は、怒ったときも遊びのときのように同じことをしてくださるのですが、何が違うのでしょうか、といつも疑問に思っています。

 とはいえ、奴隷である僕が許可もなく質問することは禁じられているのですが……。


 ご主人様のおられるお屋敷では、ただただ働くだけで遊んでくださる方はいらっしゃいませんでした。

 ですが、いつのころだったか、薄暗く、いつも悲鳴が聞こえてくる部屋に入れられてしまいました。

 この部屋に入った当初は、なぜこのような場所に入れられたのでしょう、と思っていたのですが、これまでの働きに免じてご褒美を下さった、ということを遊び相手の方が教えてくださいました。

 それと同時に、遊び相手の方は「これから俺たちが交代で、お前の相手をしてやるからな」と、恐ろしい笑顔でおっしゃったのです。

 ただ、そのときの笑顔を遊びのときにもしていらしたので、この笑顔も含めて”遊び”なのだと、密かに納得したものです。


 さて、なぜこのようなことを思い出しているかというと、どうやら僕は、僕たち奴隷はこの場所から救出されるそうなのです。

 ただ、僕には分からないことがあります。

 ここに入れられたのは、ご主人様からのご褒美だったはずです。

 それなのに、救出……。

 確かに、ここに入れられてから定期的に痛いことをされます。

 でも、その行為は”遊び”、つまりは娯楽だったはずなのです。

 なぜ救出? 僕には分かりません。


 とにかく、僕は薄暗い部屋から出されました。

 久しぶりに出た外は光が多く、そして眩しかったです。目も開けられないほどに。

 この眩しい場所に出されたということは、僕はどこかで働かなければならないのでしょうか。

 そのようなことを独り言のように呟くと、僕を救出してくださった方が聞いていたらしく、表現の難しい複雑な表情で、


「しばらくは働かなくていいんじゃねぇか? そりゃ、生きていくには働かなければならんが、少年に関して言えば今すぐ考えることではないだろ」

 

 と、ぶっきらぼうながらも優しくおっしゃいました。

 僕の言葉を聞かれたときは救出してくれた方に叩かれると思いましたが、予想外の言葉に困惑してしまいました。

 ですが、僕ら奴隷を救出してくれた方(おそらく騎士と呼ばれる方々)と何やら話していた奴隷5番は喜んでいるように見えました。


 5番は遊び部屋の新人として最近入ってきた方ですが、人生経験が子どもの僕なんかより豊富で、部屋ではいろいろ教えてくれました。

 同時に、奥の部屋でするような遊びを拷問と呼び、辛く苦しいことのように言っていたのを覚えています。

 ご主人様のご褒美を苦しいと表現していたのは疑問でしたが、多くを教えてくれたことを感謝しています。

 冒険者、貴族、スキル、おとぎ話などなど、本当にいろいろを教わりました。

 5番からしてみれば、外に出れるということは嬉しいことなのでしょう。


 そんなことを思い出しながら、5番をぼーっと眺めていると、僕に気付いた5番が近づき言いました。


「3番、お前は子供だったけどよ、あの部屋でよく生き残ったな。すげぇやつだ。ただ、外に出ても、おとぎ話の教訓を忘れるなよ。どれだけ苦しくても、罪を憎んで人を憎むなよ。人への憎しみは返ってくるんだからよ」


 彼の言うおとぎ話とは、おそらく”鬼”という存在が登場する話だと思います。

 その話をざっくりとですが、思い出します。




 ある村に冒険者夫妻が移り住み、狩人として働いていました。

 よそ者かつ、生き物の命を奪う職業についたことで村の者から嫌悪され、差別をうけるようになりました。

 そんな状況で、冒険者の妻が病にかかりました。

 病にかかった妻の治療を村の薬師に断られ、妻は死亡。

 後を追うように、冒険者自身も病にかかり死亡しました。

 冒険者の死後、すぐに冒険者の遺体が変容。

 角の生え、恐ろしい形相をした姿になった冒険者が村を破壊し、人への憎しみが収まらない鬼は、いつしか国を一つ滅ぼすほどに暴れまわった。




 救いのないおとぎ話ですが、5番はこの話と一緒に教訓を教えてくれました。

 確か5番はこう言っていたと覚えています。


「ここでの鬼ってやつぁ、人への負の感情から生まれた存在。人への復讐心に溢れている。だから、この鬼は村だけでなく、国まで滅ぼしたんだ。つまり、この話が伝えてぇのは、人へ苦しみや憎しみを与えると、自分たち自身や周囲に返ってくるっていいてぇのよ」


 そう、区切った後に、より真剣に5番が言っていました。


「だからよ、ここでは苦しいかもしれんが、耐えるんだ。何があっても、人を憎み苦しめちゃいけねぇよ」


 このときの5番の気持ちは分かりませんが、僕にしっかりと大事なことを伝えようとしてくれたのは分かっているつもりです。


 

 いろいろと思い返しましたが、僕は救出されました。

 ただ、僕はこれからどうすればいいのでしょう。

 僕の中にいる”彼ら”にも意見を聞きたいのですが、記憶などを共有している彼らもどうすればいいか分からないはず。

 ならば、ここは流れに身を任せようと思います。

 僕らを救出してくれた騎士様たちが、この先について提案してくれるでしょうし……。

 

 それにしても、これまでの遊びで疲弊した身体が痛い。

 外の眩しさで、残っている右目までも痛い。


 痛みによって、僕が生きていると実感できます。

 これまでの遊びで出来た傷が、僕の生を実感させてくれます。

 今は、外に出たことによって痛みを感じています。

 種類の違う痛みが僕に生を伝えてくれますが、同時に僕は気付きました。

 いや、気付かされました。

 これまでと違う痛みが僕の日常の崩壊を伝えてくるのです。

 遊びとは違う痛み……。

 これまでの日常がなくなる……。


 痛みに慣れた僕に残ったのは、未来への不安だけでした。

 

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