プロローグ3 狂気と日常
「はぁぁぁぁああああんんっ!!!!」
ムチで打たれたときの悲鳴とは真逆の印象を与える、獣のような叫び声が少年の口から発せられた。
そんな少年はこれまで以上に頭のネジが外れたように叫び出した。
「たまんない!! たまんないわぁ!! 何という痛み。何という刺激!! やばいわぁ……。やばい!! やばいぃぃいい!!!! 気持ちいいわっ!! もっと……。もっとその刺激をよこしなさい!! 早くっ!! 早くぅぅうう!!!!!!」
拷問官はこのとき、これまでに感じたことのない恐怖を少年から与えられていた。
何かがおかしい。
コレは何だ?
本当に人なのか?
痛みを感じて喜ぶなんてどうかしている。
拷問官に残っているまともな部分が少年を理解できない。
理解できないが故に、怖い。
拷問官は少年から確かに恐怖を感じていた。
そんな拷問官の様子を知ってか知らずか、少年はなおも拷問官を煽る。
「びびってんじゃねぇ!!!! なにボサッとしてんだよぉぉおお!! ムチをよこせ!! 他人を傷つけるしか能がねぇんだろ、お前はよぉ!! サボってんじゃないわよぉ。早くしろ……。早くしろやぁ!! クズがぁっ!!!!」
吠えるかのような勢いで発せられる罵倒の言葉たち。
人が出せるのかと疑問に思うかのような声量。
拷問官に更なる恐怖を与えるのには十分な威圧感だった。
だが、仮にもこの地獄のような場所で、拷問官などという非情な仕事を行っているのだから、拷問官自身がまともな感性をしている筈がない。
拷問官はおもむろにムチを持っている手を振り上げた。
スパァァァァァァアアアアアアンッ!!!!
一打目よりも、より強力な一撃が少年の左ももに打たれた。
「っっっった、ぁぁぁぁああああああ!!!!」
少年は痛みによる反射で息を止め、声にならない声が口から漏れた後、絶叫した。
並の人間ならショック死するような衝撃のはずだが、少年にとっては大きな痛みと同時に快楽に襲われているように見える。
その証拠は少年の表情にありありと浮かんでいて、痛みを噛みしめ耐えるために苦悶の表情をしつつも、興奮しているかのように顔を赤く染めていたからだ。
「はぁはぁ……、んっ、くぅ……。はぁ……、んっ、きもちいいわぁ。ほんとーに。さいこぉ……」
あまりの痛みのためか、それとも快楽のためか。
どちらにしろ拷問官からの刺激により少年は口を半開きにしながらも、回らない舌でうわ言のように言葉を漏らす。
そんな様子に拷問官は何を思ったのか、もう一度ムチを振り上げた。
振り上げられたムチはまたも遠慮のない速度で振り下ろされ、少年の左ももに直撃した。
先ほどと同じように凄まじい破裂音が部屋内に響く。
そして、一瞬の無音。
次に部屋内に響く音は誰でも予想できるだろう。
そう、少年の悲鳴だった。
「ぐぁぁぁぁああああ!!」
少年の悲鳴はこれまでと比べて、勢いがなかった。
そのことに疑問を抱かずに、拷問官は連続してムチを振るう。
少年の着ている服はムチによる強烈な衝撃によって、どんどんと破れていく。
破れた服の下に見える少年の肌はムチの威力によって、破り、抉れ、血まみれになっていた。
当然、少年の血がムチに付着していく。
しかし、拷問官は少年の血など気にした様子もなく、血により赤くなったムチで彼の身体を無言で打ち続けていく。
スパン、スパン、スパン、スパン……
拷問官は徐々に顔を伏せながらも、無言で少年を打ち続ける。
顔を伏せるにつれて、ムチの威力は下がっていく。
パン、パン、パン、パン……
そうする内にいつの間にか、ゆっくりと腕が下ろされて拷問官の腕が止まった。
疲れから息が乱れている拷問官は顔を伏せ、腕を下ろし、ピクリとも動かない。
そして、ムチによるダメージの所為か、”こひゅー、こひゅー”という、か細い息を漏らし、少年はぐったりとして動かない。
しばらくの間、少年のか細い息遣いと拷問官の荒い息遣いのみが部屋内に響く。
そんな空間に徐々に音が響き出す。
「フッ、フッ、フッ」
一方からは、細かく息を切るように、笑い声のような何かが部屋に響く。
「ハッハッハッ」
もう一方からは、徐々に呼吸が安定したのか、普通の笑い声が響く。
「「フハハハハハハ」」
少年と拷問官は示し合わせたかのように大きな声で笑い出した。
二人の笑いにどんな意味があるのか。
彼ら以外に分からない謎の時間が続く。
そして、また示し合わせたかのようにピタッと二人の笑いが止まる。
しばらく、少年と拷問官が互いを見つめ続け、拷問官が口を開く。
「最初の一発はいいとして、二発目で確実に意識が飛ぶと思ってたんだがなぁ……。特別なムチで打ってやったのに、死にもしなけりゃ意識も飛ばさねぇ……。てめぇの身体、どうなってんだよ」
称えるかのように、拷問官は言う。
そんな拷問官に対して、少年は嘲笑を浮かべ言う。
「アンタ如きの責めが、この私に通用するとでも? 思い上がりが過ぎるわよ。それとも……。まだ、私が楽しめる術はあるのかしら」
拷問官を下に見た不遜な物言いを少年はする。
痛めつけられ、心も身体も消耗している筈なのに、少年は拷問官を煽る。
今回も、前回も、前々回も、少年は同じように拷問してくる者を煽った。
少年は次も、そのまた次も、同じように拷問官を煽るだろう。
より強い痛み、より強い刺激、より強い快楽を求めて。
そうして、彼らは拷問の続きを始める。
片方は煽り、片方は口汚く罵りながら。
誰から見ても、彼らは心、もしくは身体を傷つけられている。
それなのに、彼らは熱に浮かされたように、凄みのある笑みを浮かべる。
苦しいのに、痛いのに、彼らは笑みを浮かべる。
正常な者には誰も理解できない。
少年自身も、日替わりで来る拷問官たちにも理解できない。
狂っている。
ただ、狂っている。
でも、それが拷問官と少年の日常。
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ここまででプロローグの毎日投稿分は終了です。
次話以降、月・水・金更新となります。
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