第67話 ご褒美タイム
夏休みは長い。
しかし、体が万全の状態に戻ったときには既に半分近くも終わっていた。
いろいろあったからなあ、前半。
いろいろありすぎたなあ……。
しかし、その前半のご褒美と言わんばかりに後半は中々に青春の時間を過ごすことができた。
宿題が終わっていないことを相談したところ、奏が一緒にしてくれるというので彼女と図書館へ行った。
宿題にも息抜きは大事だという絢瀬さんの提案でプールにも行った。遠慮したのか、奏は予定があると断ってきたので二人で行った。
絢瀬さんの水着、海のときとは違う良さがあった。海ではシャツとか着てたしな。
如月とオタクのイベントに行くこともあった。驚いたことに、そこには中井がいて、その付き添いで高峰もいた。
中井はどうやら隠れオタクだったらしく、如月と仲良くなっていた。
そんな二人は意気投合し、盛り上がっていたので俺は高峰と休憩スペースでゆっくりしていた。
そのとき、彼女に訊いたのだ。
どうしてパパ活なんてものをしているのか、と。
すると彼女は躊躇う様子もなく答えてくれた。
『うちさ、母親がいないんだ。アタシが小さいときに病気で死んじゃってね。兄妹がいるんだけど、そういうこともあっていろいろ我慢させちゃってるの。だから、少しでも何かしてあげたくて』
彼女なりの優しさなのか。
普通にアルバイトはしているらしい。そのお金は生活費に当てているようで、それ以外で稼がなければと思ったときに友達から話を聞いたそうだ。
『聞いたよ。アタシが相手してた男、あんたの彼女の父親だったんだってね』
どこから聞いたのかは分からないけど、高峰はその情報を仕入れていた。絢瀬さんだろうか? とは思ったけど結局確認はしていない。忘れていた。
『初めて相手したときは普通の人だった。二回目には化けの皮が剥がれたように別人だったわ。乱暴に扱われて、ただ性欲を処理する為だけに体を使われた。そのとき、あろうことか動画を撮られていたの。それ以来、アタシはあの人に逆らうことができなかった』
絢瀬さんの父親が言っていたことの意味を、高峰から事情を聞いて俺は初めて理解した。
確かに、動画をばら撒くという脅しがあったならばあのとき通報なんてできはしなかっただろう。
『間接的に、あんたに助けられたみたいだね。これで二度目か。といっても、前みたいなお礼はできないし、どうしよっか?』
からかうように言ってきたので、普通にご飯を奢ってもらってチャラにした。
そもそもお礼を求めていたわけではないのだから。
そして、彼女は最後に言った。
『これからは、まっとうに働くよ。ああいうことって、やっぱり危ないもんね。もう懲り懲りだよ』
まるで自嘲でもするように笑う高峰だったけど、それでもどこか吹っ切れているようにも見えた。
きっと、もう危ない橋は渡らないだろう。
俺は笑った彼女を見てそう思った。
そんな感じのイベント続きの後半。
さすがにそろそろ宿題を終わらせなければと向き合っていたところ、絢瀬さんから電話があった。
『これから家に来てくれない?』
というお呼ばれの連絡だった。
宿題は終わってはいなかったけど、絢瀬さんからのお誘いを断るはずもなく俺はるんるん気分で家を出た。
夕方になり、日が沈もうとするこの時間は、だんだんと涼しさを取り戻していた。
電車に乗り、彼女の家まで向かう。
到着してインターホンを押すと、すぐに中から絢瀬さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。どうぞ、中に入って」
シャツに短パンとラフな格好の彼女にどきどきしてしまう。髪も一つに纏めてあるのでいつもと違う印象を受ける。
「今日はお母さんは?」
「お仕事だよ。最近は夜勤の仕事も始めたんだ」
「……それは大丈夫なの? 体力とか」
「うん。楽しそうに働いてるよ」
これまでがこれまでだったからだろうか。
働いてもお金は父親のところへ行き、家に帰ればストレス発散に付き合わされる。そんな毎日を繰り返していれば精神も滅入るだろう。
深くは聞いていないけど、そのときのお母さんは相当、精神的にやられていたようだ。
逆らう気力を失うほどに。
抵抗しなかったのは、それ以上に絢瀬さんを守るという意志があったのだろうけど。
何か行動を起こして状況が悪化することを恐れたのかもしれない。確かに何をするか分からない男だったし。
自分が大人しく言うことを聞いていれば少なくとも絢瀬さんだけは守れる。その気持ちだけで我慢してきたお母さんは、父親がついに絢瀬さんに手を出したことが許せなかった。
だからあの日、ついに父親に抗った。
そんな毎日から解放された今は、自分と絢瀬さんの為に働ける、というところか。
だとしたら、確かに以前に比べれば何にでもやる気は出るか。
「それじゃあ、どうして俺は呼ばれたんだ?」
てっきり、母親との対面的なものだとばかり思っていた。
入院してたときに絢瀬さんとやって来た母に『お礼は改めて』と言われていたから。
でもそうじゃないと言うのだから、もう予想もつかない。
「……ご飯を一緒にどうかなーと思って」
そう言った彼女の顔はどこか引きつっていた。明らかに、それ以外の何かがある顔だった。
しかし、そんな俺の疑いとは裏腹に何事もなく夕食をご馳走になる。その後も夏休みの出来事を振り返ったりして、楽しい時間を過ごした。
時間は夜の九時を回り、さすがにそろそろ帰った方がいいかと思い立ち上がった。
「もうちょっといてもいいんじゃない?」
焦った顔で俺を止める。
「……いや、もういい時間だし」
「でも、ほら、夜だし……一人で歩くのは危ないし」
「男だし大丈夫だと思うけど。何かあるなら言ってほしいかな」
「……」
絢瀬さんは無言になる。考えるように眉をしかめて、スタスタと俺の方に歩いてきた。
そして、俺の手を握って上目遣いをこちらに向けてくる。こんなコンボ繰り出されたら相当厳しいお願いでさえ聞いてしまうまであるぞ。
絢瀬さんは自分の武器をしっかり理解してやがる。
「今日、うちに泊まって?」
「……はい?」
さすがに思考が停止した。
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