第65話 完全決着
攻撃のチャンスは相手が攻撃をしてきた瞬間にある。
なにかのアニメで言っていた。
「……」
それを実行してやりたいところだけど、よくよく考えるとさっき攻撃の瞬間を目で捉えることができなかったんだ。
無理だ。
カウンターとかはしっかり練習した人が為せる技なんだ。
仕方ない。
先手必勝だ。
「いくぞおおおおおおおおお!」
俺は叫びながら突っ込む。
そのとき、握っていたスマホを投げ捨てた。
父親は一瞬だけスマホの方に視線を向けたが、すぐに俺の方へ戻してくる。
あのままあっちに意識を向けていてくれればよかったのだが。
とにかく相手の攻撃を喰らうわけにはいかない。さっきのレベルの拳が飛んできたら本当に意識を失う恐れがある。
そんなことになれば何をされるか分からない。
「お前、喧嘩したことはあるのか?」
「は?」
最後に見えたのは俺を睨みつけてくる父親の姿だ。俺は思いっきり拳を振りかぶったのだが、次の瞬間に視界がぐるりと歪んだ。
そして、いつの間にか床に倒れていた。
気づいたそのとき、父親が倒れる俺に追撃を仕掛けてくる。体重を乗せた拳が振り下ろされる。
俺は転がり咄嗟に避けたが、さっき殴られた分の痛みが現れ始めた。その痛みに表情を歪めたとき、蹴りが飛んできた。
避けようとしたが、避けきれずに俺はさらに遠くへ吹き飛ばされる。じわじわと痛みが大きくなる。
痛みが追いついていない。
父親は近くに絢瀬さんがいるものの、俺の方に向かってくる。完全に意識がこちらを向いているんだ。
「最初の威勢はどうした?」
「……はッ、はぁ、は……」
息が切れる。
どうしてか分からない。
呼吸を整えて声を出す。
「まだまだ」
「ふむふむ。それでこそ紗理奈の彼氏だ。少しは認めてあげよう」
俺はよろめきながらなんとか立ち上がる。完全に遊ばれている。きっと本気で終わらせようとすればすぐに終わるはずなのに。
完璧にSだな、このオッサン……。
「……なんで、こんなこと、を」
「なんで? お前は自分のすること全てに理由があるのか? 世の中のあらゆることには理由があると思っているのか?」
父親は続ける。
「イライラした。だからストレス発散の手伝いをさせた。それだけだ」
「そんなの……」
「お前はイライラしたときに投げたぬいぐるみのことを可哀想だと思うのか?」
淡々と言う。
まるで業務連絡でもしているようだ。
「……人とぬいぐるみは違うだろ」
「同じだよ。要は私がどう思っているかだ。そして、それらをどう使うか。それだけだ」
「家族だろ。支え合おうとか、助け合おうとか、思わないのかよ? 襲いかかるなんて、絶対にしちゃいけないことだろ」
絢瀬さんのお母さんはこの男を選んだ。そのときはそんな状態じゃなかったはずだ。
何かがあって、変わってしまったんだ。そこに何があって、何を思ったのかは分からない。
けど、今のこの男が間違っていることだけは確かだ。
「自分の価値観でモノを語るものじゃないよ。人それぞれに考え方はある。たかが高校生に説教をされる覚えはない」
何を言ってもダメのようだ。
そりゃ義理だとしても自分の娘に手を出すようなイカれた男だ。説得なんてはなからできるとは思っていない。
「……」
俺は一度、息を吐いて呼吸を整える。あとどれくらい保つだろう。アイツが悠長に遊んでくれている間がチャンスなんだ。
少しでも時間を稼がないと。
これだけ殴られたんだから、できれば一矢くらいは報いたいところだが。
でもなんか格闘技とかかじってる身のこなしだしなあ。多分無理だろうなあ。
「もういいかな?」
嫌な笑みを浮かべながら父親が言う。
「……なんだよ、もうちょっと話に、付き合ってくれる、のか?」
ぜえぜえと、整う気配のない荒い息を吐きながら俺が言うと、父親はおかしそうにニタリと笑う。
「言っただけだよッ」
瞬間。
父親の拳が襲いかかる。
避けるのは無理だ。
だったらせめてガードしよう。
俺は咄嗟に腕を前で重ねて自身の身を守ろうとした。
が。
そのせいで空いてしまった脇腹に回し蹴りを入れられる。
どこかを守っても別の部分を攻められる。この男、喧嘩慣れしてる。そんな相手に勝てるはずがない。
「佐古くん!!!」
絢瀬さんの悲痛な声が聞こえる。さっきから何度も俺の名前を呼んでくれていた。
けれど、助けには入ってこない。もし万が一にも彼女が乱入してきて父親の矛先があっちに向けば俺はもう止めることはできない。
だから、そのまま動かないでくれ。
俺にできるのはせいぜい、こうして殴られてでも時間を稼ぐことだけなのだ。
安東のときも思ったけど、こうなることは予想できたし筋トレ以外にも何かしておけばよかったな。
なんて、今更言ってももう遅いが。
「……」
体に力が入ってくれない。
俺はぐてんと倒れたまま、父親の動向に意識を移す。男は倒れる俺を満足げに見下ろしているだけだ。
そのとき。
遠くからサイレンの音が聞こえた。
「あァ?」
反応はしたものの、そこまで気にしている様子はない。近くで何かあったのか、と思う程度なのだろう。
俺は最初に、通報する手段であるスマホを放り投げた。
理由は分からないが、恐らく絢瀬さん達には通報ができないという確信があるのだろう。
だから父親は俺を甚振って楽しんでいたんだ。
通報さえされていなければどうとでもなると思っているから。
だから――。
「……なに?」
サイレンの音が止まる。
この家の前で、だ。
――まさか既に通報が済んでいるとは思っていなかったのだろうな。
俺がしていたのは、警察がここに到着するまでの時間稼ぎだったのだ。
「……」
「お前、か?」
「……」
もう声を出す気力もない。
だから、俺はせめて肯定だけでもしてやろうと父親の方を向いて精一杯いやらしい笑みを浮かべてやった。
スマホを投げたのも、相手を油断させるため。本当はもうちょっと攻撃を避けたりしたかったけど無理だった。
父親が舐めプせずに終わらせようとしていたら終わっていただろう。
けれど。
ともあれ。
俺の勝ち、だよな?
インターホンが鳴る。
けれど父親は動かない。俺も動けない。絢瀬さん達も戸惑っているのか動いていない。
もう一度、インターホンが鳴った。外からこちらに呼びかける声もしている。
父親の表情に焦りが見えた。
どうやら、さすがにこの状況を覆す手段は持ち合わせていないようだ。
「……ク、ソ、がァ」
悔しがる父親の顔を見た俺は、それをきっかけにまるで糸が切れたように意識を失う。
どうやら、ダメージは既に限界を超えていたようだ。
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