第62話 最後の戦いへ
目を覚ましたとき、見慣れた天井が視界に入ってきた。
どうやらタイムリープに成功したようだ。
そのせいなのか、やはり頭痛は少しだけ残っている。時間が経てば収まるだろうけど。
近くに置いてあったスマホで時間を確認する。
早く起きなければという気持ちが強かったからか、いつもよりも随分早い目覚めだ。
六時半。
さすがに二度寝をする気はないので体を起こす。目を覚ますためにシャワーを浴びに行こうか。
絢瀬さんに電話しようかな。
とりあえず今の彼女の状態を知っておきたいし。安全を確認するということにもなる。
ただ、それが父親を刺激する可能性もある。
悩みどころだ。
予定通り、今日は八月十日。
夏祭りの日から二日後だ。
奏の話では昨日は何も起こっていないはずだけど、それもどうかは分からない。
もしかしたら夜の時点で既に手を出されている可能性もある。
それを阻止するのがベストだが、何よりも自殺という最悪の未来を何とかしなければ。
そのためには、やはり彼女の父親をどうにかする必要がある。
ただの学生である俺に何ができるだろう。
腕力では勝てそうにない。
筋トレはしているけど、子供が大人に勝つには相当な力がいる。相手がよほどヒョロくないと厳しい。
警察に通報するのが手っ取り早いが、事が起きる前にどう説明していいのか分からない。
これから父親が暴力を振るいます、なんて言っても信じてもらえないだろうし。
振るっていますと言って警察が現地に到着したときに何もなければ誤通報になる。
いざというときに信じてもらえなくなるのは面倒だ。
「……」
頭を冷やし、考える。
暫しの間、シャワーを浴びていた俺は着替えて自室に戻る。
一応日記を確認しておいたが、内容は未来で見たものと変わらない。浮かれた内容が書き記されているだけだった。
一応、メッセージだけ送っておくか。もしかしたら気づいてくれるかもしれないし。
絢瀬さんにメッセージを送り、自室でそわそわと動き回る。居ても立っても居られなくなった俺は家を出ることにした。
歩きながら、絢瀬さんとのメッセージ画面を確認すると、俺のメッセージに『既読』がついていた。
え、既読スルー?
嘘だろ。
そう思った直後、彼女からのメッセージが届いた。俺はそのことにホッとする。
どうやらメッセージを見た瞬間だったようだ。
俺は彼女のメッセージに秒で既読をつけてしまう。ずっとその画面を見ていたと勘違いされたかな。
今のところはまだ大丈夫ってことかな。
『電話できる?』
俺はメッセージを送る。
『ちょっと待って』
と、返信が来る。
俺はコンビニでコーヒーを購入し、近くの公園に向かう。ベンチに座り、彼女からの電話を待つ。
セミの鳴き声は自然と耳障りには感じない。ただどうしてか体感温度を少しだけ高められているように感じる。
セミ=夏のイメージが錯覚を起こしているのかな。
誰もいない公園を、ベンチからぼーっと眺める。これは学生だから何でもないが、二十歳を超えた男が一人で朝からこんなことしてたら職質案件だろうな。
なんてことを考えていると、絢瀬さんからの着信がきた。
『もしもし?』
「おはよう、絢瀬さん」
『おはよう。どうかした? 随分朝早いけど』
無事を確認したかった、とは言えない。
「何となく、声が聞きたくなって」
『もう、佐古くんってば嬉しいこと言ってくれるなあ』
彼女の声が弾む。
無理をしているようには聞こえない。まだ父親から襲われる前なのか?
『今、外にいるの?』
「え、ああ、うん。どうして?」
『セミの鳴き声が近い気がして』
「なるほど。ちょっと早朝の散歩をしててさ」
例えば、絢瀬さんを外に連れ出すというのはどうだろうか?
そうすれば少なくとも彼女は襲われないよな。
「絢瀬さんもどう?」
軽い感じで誘ってみる。
が。
『ごめんなさい』
と、暗い声が返ってきた。
『今ね、お母さんが体調を崩してて、私が看病してるんだ』
「そう、なんだ。なら、仕方ないね」
『うん……ごめんね』
奏から聞いていた通りだ。
確か、目を覚ました母親が体調を崩していたときのことを知って、父親に反抗を見せるんだっけか。
「俺さ、今日も全然暇だし、何か困ってることあれば助けるよ?」
プラン二。
俺が彼女の家に居座る。
そうすれば父親の暴走が起こらない可能性はある。もちろんその場しのぎにしかならないが、準備する時間は増える。
本当ならば絢瀬さんを連れ出したいところだけど、タイミング悪くお母さんが体調を崩している。
そんな人を置いて、絢瀬さんは出掛けようとはしないだろう。
『ありがと……でも、大丈夫だよ。お母さんの顔色も良くなったし』
「本当に? それ以外にも困ったこととかない?」
少ししつこいと思われるかもしれないけど、こうするしかない。
俺が彼女の事情を知っているのはおかしい。だからそれを言うことはできない。
そうなると、こうする他ないのだ。
『……』
絢瀬さんは少しだけ黙った。
もしかしたら気が変わって頼ってくれるかもしれない。
俺は少しだけ、そんな淡い期待を抱いた。
が。
『えっと、大丈夫そうかな。ありがとね、心配してくれて』
僅かに彼女の声色が変わったような気がした。意識していないと気づかないほどの微々たる変化だ。
この時点で、絢瀬さんは既に父親から宣告を受けている。彼女はその未来を受け入れているんだ。
母親を守るためか。
変にそれに抗えば、状況が悪化するかもしれないと不安に思ったのかも。
十分に有り得る話なのでこちらも無理は言えない。
だから。
「わかった。でも、何かあったらすぐに連絡して。絶対に助けに行くから」
それだけは伝えておく。
俺の気持ちが彼女に伝わると信じて。
『……うん。ありがとう』
それで、電話は切れた。
ここにいても仕方ない。
何が起こってもすぐに駆けつけれるように絢瀬さんの家の方に向かっておくか。
俺は飲みきったコーヒーのゴミをゴミ箱に捨ててゆっくりと歩き始める。
俺の家から絢瀬さんの家は割と距離がある。なので電車を使うことになるのだが、駅に到着した俺は驚く。
「……嘘だろ」
人身事故により、電車の運転が一時的に止まっていた。
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