第47話 水着がない
水着がない。
以前、絢瀬さんと見に来たときには結局買わなかったのだ。というのも、買おうとはしたが財布の中にお金がなかった。
いろいろと買い揃えるにはお金が足りないような気がして諦めた。絢瀬さんも『そういうことならまた見に来ようよ』と言ってくれたのだ。
実際に水着を使う機会は本当に訪れるのだろうか、と少しばかり疑ってはいたが、まさかこんな形で必要になるとは思わなかった。
あのあと、細かな日程などが決められ、最終的にライングループが作られたところで解散となった。
陽キャの行動力まじですげえわ。
テンションそのままに各々が帰宅したあと、教室には俺と奏が残された。絢瀬さんはグループに連れられて出て行ったけど荷物がここにあるので戻ってくると思う。
というわけで待っている。
「俺、家族以外と海とか行くの初めてだよ」
「奇遇ね。私もよ」
根本的な部分がぼっち気質だからか、俺と奏は意外と気が合うというか考えが似ているところが多い気がする。
「どうするの?」
「そりゃ買いに行くわよ。海行くのに水着ないのは変でしょ」
「だよね」
これ誘っていいのかな。
さすがに水着を一人で買いに行くのは気が引ける。難しいというか、どうしたらいいのか分からない。
絢瀬さんはまた見に行こうと言ってくれたけど、予定ある可能性もゼロではないし。
そもそもを言うと三人で行けば済む。
「俺も買いに行かなきゃいけないんだけど、良かったら一緒に行かない?」
「嫌よ、と言いたいところだけど今回は受け入れるしかないわ。さすがに水着は一人で買いには行けない」
「奏もそうなの?」
「可愛い水着とかよく分かんないでしょ。まあ、それよりも必要なものがいまいちピンとこない」
仰るとおりでございます。
「……」
奏はなんというか、酷く憂鬱そうな顔をしている。その上、大きな溜息をつくものだから、さすがに声をかけないわけにはいかない。
「どうしたの?」
「別に」
確かに安東らリア充グループと海に行くのは気が引ける。何も面倒事がなかったとしても憂鬱にはなる。しかも何か起こる可能性の方が高いのだから気が滅入るのも確かだ。
でも、それだけか?
それはあくまでも俺の事情であって、奏の理由にはならない。
「海が嫌いとか?」
「まあ、好きではないわね」
「泳げないとか?」
「ばかにしないで。水泳の授業だってあるんだから、人並みには泳げるわ」
「じゃあ何?」
「海が嫌いなことに理由いる?」
いるだろ。
何も理由なく嫌われる海の気持ちを考えてやろうぜ。
「あんたはどうなの?」
「俺も……まあ、好きではないけど」
「だとしたら、きっとあんたと同じような理由よ」
俺が海を嫌いな理由か。
まず第一に楽しみ方が分からない。
第二にリア充ばっかりで肩身が狭い。
第三に後片付け諸々が面倒くさい。
第四に暑い。
……上げるとコロコロ出てくるな。
奏が嫌いな理由もこんな感じだというのか? そう言われて違和感がないのがその発言の正しさを裏付けているような。
彼女も認めているようだ。
俺と似ているところがあることを。
「あ、いたいた。待っててくれたの?」
そんな話をしていると、絢瀬さんが教室に戻ってきた。申し訳無さそうにこちらに寄ってくる。
「荷物があったからね」
奏が答える。
「そかそか。荷物を置いておいて正解だったよ。危うく置いていかれるところだった」
「一緒に出ていった人達はいいの?」
あの陽属性、ウェイ族のモンスター達。勢い凄かったけど、よく逃げてくることができたな。
「うん。今日は予定があるからって言って戻ってきた」
「そうなんだ」
「二人は何話してたの?」
海が嫌いな理由、というのは何となく印象が良くない気がするので、それは言わないでおこう。
「海に行くけど水着ないから買いに行かなきゃって話をね」
「ええ。わざわざ別の日に家を出るのもなんだから、今日このまま行こうと思っていたけど」
それは初耳である。
いや、もちろん予定はないので構わないし、その理由にも同意できるが。
「紗理奈は予定があるのね」
「へ?」
「仕方ないから、二人で行くわ」
言いながら、奏は立ち上がる。
ああそうなんだ、そういう流れになるんだ。いや、全然二人でも問題はないんだけど。
奏が俺と二人で出掛けることを許容しているのは何だか意外だった。別の日にしてでも絢瀬さんは連れてくると思っていたから。
そんなに休みの日に家を出たくないのか? 引きこもりの鑑だな。
「いいでしょ?」
「まあ、そういうことなら」
そっちがいいなら俺が断る理由はない。センスも知識もない二人で買いに行って問題ない買い物ができるのかは定かではないが。
「ちょ、っと、待ってよ。私行かないとか言ってないけど?」
「予定あるんじゃないの?」
「いや、ないけど」
でも、確かさっき言ってたような。
陽キャメンバーにそう言ってここに戻ってきたと。
「でもさっきは」
「さっきのは、ここに戻ってくるための言い訳! 本当は二人と一緒に帰りたかったの」
むすっとした表情を作りながら絢瀬さんは言う。なんだそういうことか、と納得する俺と違って、奏はにんまりとしている。
何その顔。
「あら、そうなの。そういうことなら三人で行こっか。あれ、それとも、そうなると私は邪魔なのかしら?」
とぼけたように奏が言うと、絢瀬さんが軽く奏の背中を叩く。絢瀬さんが軽くとはいえ手を出すのは珍しい。
「意地悪言わないの。ほら、もう、行くよ」
「はーい」
絢瀬さんに連れられて奏は荷物を持って廊下へと向かう。二人のやり取りの意味がよくわからず、俺はぼーっとしていた。
「佐古くんも行くよ?」
「あ、うん」
言われて、我に返った俺は彼女たちを追いかけた。
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