第46話 ウェーイ!


 補習メンバーでどこかに行こう。


 俺のような陰キャならば確実に断わるような提案である。

 しかし、たまたまか補習に来ていたメンバーのほとんどがノリのいい奴ら。


 中井の提案に「ウェーイ!」「それ最高!」「決定な!」と次々に賛同の声が上がる。


 この時点で乗り気でなかったのは、恐らく俺と奏くらいだろう。


 絢瀬さんはというと、どうする? という感じでこちらを見ている。しかし、俺達のリアクションでおおよその答えを察したのだろう。


「行かないの?」


 と、恐る恐る訊いてくる。


「まあ」


「行くわけないでしょ」


 と、俺達は口にする。

 こんなウェイウェイしているメンバーと遊びに行っても何の得にもならないのは明白だ。


 ていうか、あちらも俺達なんて認識していないだろう。つまり、行こうが行くまいが関係ないのだ。


 彼ら彼女らは騒ぐ理由と場所を欲しているだけなのだから。いつものメンバーはともかく、そこに誰がいようと、あるいはいなかろうと、気にもしないだろう。


「ええー、じゃあ私もやめとこうかな」


 さすがに一人でこの空気の中に入っていくのは気が引けるらしい。俺や奏のような根っこからの陰ってわけじゃないんだな。


「そんなこと言わずに行こうぜ」


 そのときだ。


 そう言いながらこちらに――否、絢瀬さんに近づいてきたのは安東圭介だ。

 なんだかんだと後半は補習に来ており、今日もこうして参加していた。


「で、でも」


 絢瀬さんはこちらをちらと見る。


 問題はこれなんだよな。

 絢瀬さんが参加しないのであれば何の問題もなかったのだけれど、彼女だけが参加するとなると心配は尽きない。


 他の人ならともかく、そこに安東がいることが不安を煽る。それは奏も同じようで訝しむ視線を安東に向けている。


 まあ、多分俺も同じような目をしているだろうけど。


「いいじゃん。来たくない奴らは放っといても。俺がいるんだし」


 なんでそこまで自信過剰でいられるのだろうか。内側から溢れ出る自信が、安東を大きく見せた。


 錯覚なのは分かっているが、俺はついつい萎縮してしまう。


「う、うん。でも……」


 絢瀬さんは尚もこちらを見る。

 その顔が何を言いたいのかなど訊くまでもない。そんな目で見られるとこっちの気持ちも揺らいでしまう。


 俺は奏の方を見る。


「……」


 険しい顔をしていた奏は諦めたように溜息をついてこくりと頷く。


「せっかくだし、俺達も行くよ」


「ほんと?」


「うん。ねえ?」


「ええ……」


 俺達が言うと、絢瀬さんはぱあっと表情を明るくする。


「そういうことだから、私達も参加するよ」


「そう……別に無理しなくてもいいんだぜ?」


 安東は俺達に……というよりは、俺に言ってくる。あいつからすれば邪魔なのだろう。


 邪魔だと思ってくれているだけ光栄と思うべきだろうか。


「大丈夫」


「……そォかよ」


 つまらなさそうに言った安東は、絢瀬さんを連れて盛り上がる集団の中に行ってしまう。


 基本的に俺や奏と関わっている絢瀬さんだが、ああいう場所にも普通に溶け込んでいけるのだから凄い。


 きっと、本来ならば住む世界が違うのだろう。


「良かったの?」


 隣にいる奏に訊く。


「あんたこそ」


「あんな目で見られたらね」


「同意見よ。それに、あのクソ野郎がいる場所に紗理奈一人で向かわせられないわよ」


 奏も同じようなことを思っていたようだ。思えば、最初から安東のことは良く思っていなかったもんな。


「俺達を邪魔者扱いしてた。何か企んでるのかもしれない」


「……紗理奈の貞操が危ないわ」


 それが冗談に聞こえないのだから笑えない。安東は何をするか本当に予想できない。


「理想を言うならボウリングとかで済ませてほしいな」


「あー、いいわね。カラオケは私的にはNGかしら」


「あー、わかる。人前で歌える曲がない」


「なんならその辺で適当にご飯を食べるだけでも全然いいわ」


「ほんとそれ」


 どこで、何をするのか、それを俺達が決めることはない。

 ウェイウェイと騒ぐあの集団の中に入っていく度胸は持ち合わせていないのだ。


 俺達はこの場から、行き先が決まるのをただ見守ることしかできなかった。


 あちらこちらから案が出ている。さすがは陽キャ共だ。

 カラオケやボウリング、スポッチャといった定番アミューズメントから夏休みやプールといった夏ならではな意見も飛んでいる。


 そんな中、一人の男子生徒が言う。


「夏といえばやっぱし海じゃね?」


 いやいや。

 海はないよ。

 なんでお前らはすぐに肌を焼きたがるんだよ。海に行って何すんの? サングラス掛けて寝転がるのか?

 水かけあうのか? あれ何が楽しいのか全然分からん。


「それな」

「あーしも思ってた」

「もうそれしかなくね?」


 一人、また一人とその案に乗りかかる。確実に海に行く空気が出来上がっていく。

 同時に、比例するように俺と奏の表情は確実に険しいものへと変わっていく。


「……海、ですって」


「ちょっとしんどいよね、海は」


「行かない?」


「絢瀬さんにああ言った手前、そういうわけにも……。安東の件もあるし」


「まあ、そうね」


 奏が盛大な溜息をつく。

 気持ちは分かるけれども。もう少し隠そうよ。いや、態度からして隠せていないか、俺も含めて。


「ウェイ! そういうことで、海に決定ー!」


「ウェーイ!」

「ウェーイ!」

「ウェーイ!」


 教室内のボルテージが一気に上がる。

 どうやら話し合いが終わったらしい。

 

 海に決まってしまった。


「……はあ」

「……はあ」


 俺と奏の溜息のタイミングは完成に同じだった。

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