第45話 佐古太郎は考える
物事を俯瞰して見るのはとても大事であることは、大人になってからも痛感した事実だ。
そして、子供であればあるほどそれができないものである。子供は感情で動いてしまうのでそれも仕方ないといえば仕方ないのだが。
主観的な考えをしてしまう子供に対して、大人は客観的なものの捉え方が必要になってくる。
つまり。
客観的に考えてみようということだ。
何も経験を積んでいない純粋無垢な学生の俺であれば、今の絢瀬さんの俺に対する接し方を見れば確実に勘違いするだろう。
学校で話してくれる。
一緒に帰ってくれる。
ご飯に誘ってくれる。
プールに行こうとさえ言ってくれる。
その他にも様々あるが、それらをあくまでも主観的に見ればいわゆる『あいつ俺のこと好きなんじゃね?』となる。
しかし、大人になりある程度の現実を見てきたからこそ、そう素直に思えない自分がいる。
そんなはずがない。
と、どうしてもネガティブが頭をよぎる。
そうしてマイナスなイメージが浮かべば浮かぶほど、俺は動けなくなってしまう。
客観的な見方はもちろん大事だ。
でも、ときには主観的な考えも大事なのではないだろうか? 勘違いするのも思い切った行動を取るためには必要ではなかろうか?
そもそも。
客観的に見ても、『あれ、もしかしたらイケるんじゃね?』と思いつつあるのだ。
「……」
うん。
これはもう勘違いしよう。
絢瀬さんは俺のことが好きなのかもしれない。
もうあとひと押ししよう。
ここまで来たんだ。
如月に相談したときに彼から『先に付き合ってしまえばいい』と言われた。
そのときには夢のまた夢。俺からすればアイドルと付き合うのと大差ないくらいの非現実的な未来だった。
でもそれから、いろいろと積み重ねた。
今ならば、もしかしたらと思える。
そして、そのもしかしたらが叶ったとき、きっと未来は変わるはずだ。
決定打が必要だ。
それはもちろん告白である。
正式に絢瀬さんとお付き合いを始めるのだ。
「…………」
しかし、もう一つ気がかりなことがある。
もちろん安東の存在だ。
果たして、あの男が……人の女に手を出さないと言い切れるだろうか?
最初は嫌がっていても最終的に受け入れていれば問題ないとか言うような男だ。
普通に襲いかかってもおかしくない。
そして、そんなことを言うということは、安東は自分のテクニックやチンコに自信を持っているのだろう。
あれは間違いなく経験から来る自信だ。俺がどうしても持てなかったものである。
欲というのは、時に感情を凌駕してしまう。
もちろん、そうならないように自制心なんてものがあるのだが、そんなものではどうしようもないときはある。
浮気や不倫という存在が、それを決定付けている。イケないことだと分かっていても目の前の欲望に抗えない。
だからそういったものはなくならない。
そうなると、絢瀬さんと付き合うだけでは確実性がないかもしれない。
安東の方にも何かしなければならない。でも、何をすればいい?
絢瀬さんは俺のだから手を出すなと直接言うか? いや、そんなことをしても火に油を注ぐだけだ。
そんなもので止まるならば苦労はない。
中井美帆が彼女になれば……最初はそう思っていたけど、だとしても安東の暴走は止まらないかもしれない。
どんだけ面倒な奴なんだよ。
殴り合いになって勝てるとも思えないし。
解決策が思いつかない。
そのときはもうすぐそこまで迫っているかもしれないのに。
しかし。
よくよく考えると、確実に未来は変わっている。
絢瀬さんは家庭の問題で精神的に弱っているところを安東に付け込まれた。
でも、絢瀬さんは安東をよく思っていない。確かにそう言っていた。
少なくとも、今ならば安東に頼るくらいなら俺を選んでくれるはず。それだけの関係は築けているつもりだ。
であれば、絢瀬さんが安東の毒牙にかかることはないのではないか?
解決した。
とは言えないが、別のアプローチを仕掛けてくる可能性は十分にある。
ルートが変わるだけで、あの未来に辿り着いてしまうことは普通に有り得るだろうから。
「………………」
「呼ばれてるわよ」
「え?」
背中を叩かれ、俺はようやく我に返る。
現在、補習の最終日。
ぼーっと考え事をしていた俺は先生に指名されていたことに気づかなかったようで、隣にいた奏が教えてくれた。
「すいません」
「寝てたのか?」
不機嫌そうに先生が言う。
「いえ、ちょっと考え事を」
最終日だからか、先生もそこまで気にしなかったようでお咎めなしで終わる。
まあ、見渡せば普通に居眠りしてる奴もいるしな。安東とか、高峰とか。あれを起こさないのは、もう諦めているからだろう。
あの安東があれから補習に来続けていたのは意外だった。実際に彼も言っていたことだが、絢瀬さんが目的だろう。
夏休みというのはハメを外す絶好の機会なのだ。自制心も緩むことだろう。
「何考えてたのよ?」
「いや、大したことでは」
説明するのも難しいし、そもそも説明できる気もしないので俺は適当に誤魔化すことにした。
そんな感じで補習の最終日も何事もなく終わる。
しかし。
補習が終わり、教師が教室を出ていき、ざわざわと補習の感想を述べながら各々が帰り支度をしていたとき。
中井美帆がおもむろに立ち上がる。
「ねえ、みんな」
教室にいる生徒の注目を集めた中井はパンと手を合わせてこんなことを言う。
「せっかくこうして補習も乗り切ったわけだし、このメンバーでどっか遊びに行かない?」
今にして思えば、この一言が始まりだったのだと思う。
もちろん、このときの俺はそんなことを思いもしなかったし、何なら行くつもりなんて毛ほどもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます