第44話 制服デート


 その日の補習が終わり、俺達は昼食を食べるために都会の方へとやってきていた。


 夏休みということもあり人の数は多いが、この前来たときに比べると少しマシだ。

 この暑さが人の数を減らしているのか、それとも夏休みという長期休暇が人の密集を分散させているのかは定かではない。


 昼に学校が終わり、そこから電車での移動ということもあり、こっちに到着する頃にはお昼どきは過ぎていた。

 今ならば少しは空いているかもしれない。


「結構人いるね」


「……」


 はえー、と感心の声を漏らす絢瀬さんだった。俺は喉に何かがつっかえているような感覚に陥り、どうにも気持ちが悪い。


「どうかした?」


 それを察したのか、絢瀬さんはそう尋ねてくる。さすが、空気の読める人だ。人の気持ちにも敏感らしい。


 にしては、俺や周りの男子の気持ちには気づいていない様子だが。


「いや、良かったのかなって」


「なにが?」


「安東」


 補習の合間の休憩時間。

 俺と絢瀬さんが昼食を食べに行くことを盗み聞いた安東は、自分も行っていいかと言ってきた。


 絢瀬さんが俺に判断を委ねてきたので、俺は渋々ながら許可したのだが……。


「ああ、うん。やっぱり、今日は佐古くんと二人がいいかなって」


 最終的に絢瀬さんはその誘いを断った。俺が承諾したこともあり、まさか安東も断られるとは思っていなかったらしく驚いていた。


 何とかしようと噛み付いてはきたが、絢瀬さんの頑固っぷりに諦め身を引いた。


「……ぶっちゃけ、あんまり安東くんのこと好きじゃないでしょ?」


 それはあまりにもぶっちゃけた話だった。

 絢瀬さんからそういう話が飛んでくると思っていなかったので、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせる。


「まあ」


 俺は言葉を濁らせたが、ニュアンスで本音はお察しだろう。


「だから、今日はやめとこうかなって。この前のお詫びも兼ねてるのに、佐古くんが楽しめないと意味ないもんね」


 それはつまり、お詫び云々がなければ安東がいても問題なかったということなのかな。

 俺を優先してくれたことに対する嬉しさの反面、そんな考えが浮かぶ自分が嫌になる。


「それにね、ほんとは私もちょっとだけ得意じゃなくてね」


「安東?」


 俺が聞き返すと、絢瀬さんはこくりと頷く。


 彼女の口から漏れた意外な言葉に、俺はやはりどうしたものかと固まってしまう。


 陰口とか悪口とかそういうのを彼女から聞くことはまずない。それ故か、人を嫌っているイメージは皆無だ。


 だからこそ、その言葉に驚いた。


 もちろん、得意ではないという言い方をしているが、ニュアンス的にはもう少し手厳しい意味合いだろう。


「ああいうね、ちょっとやんちゃな感じの男の人はやっぱり怖いなって」


「楽しそうに話してるから、そういうふうに思ってるのは何か意外だ」


「うーん、楽しそうに見えるのかな? 私的にはやんわりとやり過ごしてるんだけど」


 だとしたら上手い。

 あれもこれも演技だったらどうしようと考えてしまう。そうでないことは分かってはいるが。


「あんまりね、そういうのは良くないって分かってるんだけど」


「誰とでも仲良くなるっていうのは難しいと思うよ。人間なんだし、苦手な人は少なからずいるだろうし」


「……そう、だよね」


 絢瀬さんの表情が陰る。

 しかし、それに気づいた彼女はこちらを向いてにこりと笑った。

 

「佐古くんは何か食べたいものある?」


 話を切り替えようとしているので、俺もそれに乗ることにする。せっかくの二人での時間なのだ。

 楽しく過ごしたい。


「んー、何でもいいといえばいいんだけど」


「何でもいいが一番困るんだよ?」


「絢瀬さんは?」


 俺が訊くと、彼女はんーっと唸る。そして、いたずら小僧のように笑って言う。


「何でもいいかな」


「……それが一番困るのでは?」


 こういうところが好きだ。


「そういうことです。なので二人で考えましょう」

 

 夏休みとはいえ学校終わり。となればもちろん俺も絢瀬さんも制服である。


 そして二人きり。


 これはもうデートだ。


 だとしたら、夢にまで見た制服デートというやつではないだろうか?

 もう一生叶うことのないと思っていた夢。

 仮に彼女ができても制服デートは学生の間にしかできないものだからな。

 いい大人が制服着てデートしても、それは制服デートではなくただのコスプレデートになる。


 ああ、まさか俺が制服デートをする日が来ようとは。


 ありがとう、神。


「あそこ行こっか」


 絢瀬さんが指差したのは大きな家電量販店。とは言いながらもあらゆるものが売ってある。

 ここ一つで何でも揃うと言われている場所で、もちろんフードエリアも充実している。


 この暑さの中、やみくもに歩き回ってお店を探すくらいなら、エアコンの効いた場所で限られた選択肢の中から選んだ方が手っ取り早いだろう。


「賛成」


 ということで場所を移動する。

 フードエリアには様々なお店が並んでいる。見取り図があったので見てみると、和食に洋食、中華にイタリアンなど種類は豊富だ。


「どう?」


 隣に立つ絢瀬さんがちらとこっちを見ながら訊いてくる。小さな看板を見ているので、自然と距離が近くなる。


 そんな至近距離でまじまじと見られると緊張してしまう。


「何となくこれかなっていうのは見つかったかな」


「どれ?」


「絢瀬さんは?」


「私? んー、どうだろ」


「せっかくだし、ここはお互いの意見を確認してみようよ」


「うん、いいよ。決まった。それじゃあ、せーので指を差そっか」


「オッケー」


 せーの、と絢瀬さんが音頭を取るので俺はそれに合わせて指を差す。


 俺が選んだのはオムライスのお店。

 絢瀬さんも同じお店を指差した。


 まさか一致するとは思わなくて、俺達は顔を見合ってくすくすと笑ってしまった。


「それじゃあここにしよっか」


「そうしよう」


 お店に向かいながら、絢瀬さんが不思議そうに訊いてきた。


「どうしてオムライスなの? 男の子だし、もっとお肉のお店を選ぶと思ってた」


「あのお店って男だけだとちょっと入りにくいんだよね。だから、せっかくの機会だし入ってみたくて」


「なるほど。私達がラーメン屋に入りづらいようなものか」


「かな」


 そんなことを話しながら、俺達はオムライスのお店へと向かった。

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